EP.01 結シN: E-part <2ジ2TレR1STα1希望>
そこには、何もなかった。
パナセルの光に溶かされて、目の前で人が消え去った。
助けようとした四人は存在しない。
髪の毛の一つさえも残っていなかった。
「助けられなかった」
デルは、その場に崩れ落ちる。
「ああ……」
さっきまで人がいて、今はいない空間。
その虚無が寂しさを実感させる。
「クソ、クソ、クッソォ‼︎」
誰かを助けたくてシェルターを出たのに、助けられなかった。
「結局、俺は何も出来ねえんだよ! 出来損ないのまま、今ここで死ななきゃいけないのか‼︎」
ただただ、哀しくて。デルは、喉に感じる胸焼けに身を任せた。
そして、そこに佇んだ。
◆ ◆ ◆
それでも、叫びたいだけ叫ぶと顔を上げる。
他にも助かった者はいるはず。
それを希望に、辺りを見回す。
——誰か、誰かいないのか⁉︎
だが、人の声はただの一つも聞こえない。
今度こそ、デルを失望、絶望、無力感が襲う。
先ほどまでの日常が嘘のように、生きた音がしなかった。
あるのは、風が火を舞い上がらせる音と人型機動兵器の駆動音のみ。
-——駆動音?
ハッと思い、デルは空を見上げた。
ビームには出どころがある。出どころ、それは人型機動兵器しかない。
——まだそこにいるはず。
憎しみを持って、四肢のシルエットを探した。
——あれか。
いた。いたのだが……
デルはその形状に驚愕する。
「あれは……アイリスじゃないか」
鋭利的なライン。人型でありながら、爬虫類、鳥類のような美しさを見せる機体。
カクカクしたラインが特徴の敵機とは違う。
間違いなくアイリスのシルエットだった。
それも、ツインアイ、複雑なディティール。漆黒と青色のツートンカラー。
卓越した操縦技能を持つ者のみに与えられるオリジナル・モデルにほかならない。
「嘘だ。アイリスなら味方なんて……攻撃しないはず——」
だが、デルの疑いはかき消される。
そのアイリスは銃口を地上に向けた。
そして、トルムの一構造物を焼き払う。
敵でしかありえない、行わない挙動だ。
——どうして?
哀愁が憤慨へ変わる。
悲しみが憎しみへと変化する。
あいつは俺たちの街を燃やした。みんなを殺した。
——敵は味方かなんて、もうどうでも良い。
奴は、守りたいもの、大切なものを奪った。
青年が決意する理由は、その事実だけで十分だった。
「俺は、絶対に許さない!」
——だから。
「必ず、必ずお前を倒してやる‼︎」
デル・アドバンテージは、そう決心した。
◆ ◆ ◆
デルは、シェルターに戻るとすぐにセバスに近づく。
「すみません……誰も助けられませんでした。地上は、火の海でした」
悔しさを噛み締めながら、そう語った。
「おぼっちゃま、気にするに及びません。行動されただけでも素晴らしいことです。元気をお出しください」
執事は思う。
破け、焦げている服と泥だらけの体がデルの奮闘を立証していると。
何もできなかったのではない。彼は踏み出せた。
セバスはそこに喜んでいた。
「ありがとう……」
デルは、セバスの言葉に少し元気づけられた気がした。
心からの感謝でも足りないくらいだ——
そして、デルは本題に踏み込む。
「それで、聞きたいことがあるのです」
「と、いいますと?」
「アドバンテージ家の<継承アイリス>はどこにあるのでしょうか?」
爵位を獲得した時、中央政府より寄贈されるオリジナル・モデルのアイリス。それが継承アイリスだ。
貴族の当主は、これを家督へ受け継がせることで家の象徴とする。
つまり家宝である。
だが、アドバンテージ家の不思議として、継承アイリスを使った歴代当主の話を聞かない。
こんな言い伝えがあるからだ。
「"変化させるアイリス"——そう聞いております。乗るのは危険と」
アドバンテージ家のアイリスは、他のアイリスと違う。
パナセルの力を最大限に利用し、乗る者を蝕む——
つまりパナセル・リブートと同じ、中毒症状を引き起こす。そう言われているのだ。
なぜそんな機体が一貴族に託されているかは分からない。
「危険な機体であることは十分承知しています。それでも、アドバンテージ家を……皆さんを守りたい! こんな僕でも、家の機体なら使えるかもしれない」
確信はなかった。
それでも、「変化させるアイリス」という言葉が脳裏に横切る。
——それなら、俺も変われるのではないか?
アイリスを起動できるのではないか?
その希望がデルを動かそうとする。
「これで変われなかったら……俺は、一生、出来損ないのままだ!」
今日までの罵倒に耐え続けた日々……
そして、自分を罵倒する自己中たちにも増して、アイリスを起動できない自分を憎んだこと——
「それは嫌なんです!」
力強く言う。
「変わりたい‼︎」
願いを丸裸にして、セバスに訴える。
「試すだけです。もともと僕はパナセルの加護を持っていません。これで起動しなければ諦めます。だから……お願いします。セバスさん」
デルの目は、闘志に燃えていた。
——おぼっちゃまは、本気である。
セバスは、デルの決意を信じた。
「そこまでおっしゃるのでしたら、分かりました。おぼっちゃま、どうぞこちらへ」
「ありがとう。セバスさん」
◆ ◆ ◆
避難民という羊を地下シェルターへ
コツ、コツ、コツと音が響く。
そこにあるのは、セバスとデルの足音だけだ。
この空間は、静寂によって来訪者の覚悟を見定めている。デルには、そう思えた。
「ここにございます」
立ち止まったセバスに続き、上を見上げる。
そこにあったのは、高さ二十メートルにも及ぶ巨大な扉。
まさしくアイリスの格納庫だ。
その大きさと圧迫感は、嫌でも緊張を感じさせる。
「開けてください」
「かしこまりました」
こんなところで怯える訳にはいかない。
青年は、「変わってみせる」という決意を胸に歩み出す。
「照明、入れます」
パチン、と明るさが空間を包む。
眩しさが癒えた時、デルは目を開ける。
そこにあったのは、確かにアイリスだった。
「これが……アドバンテージ家の継承アイリス……」
紅白の機体。ところどころにあしらわれた黄。
確かに量産機とは違う、ディティールの細かいデザイン。
二つに分かれたサイドスカート、見たこともない形状のライフル。
そして、それ以前に見た者を恐怖に落とし込む、ツインアイ——
まさしく、オリジナル・モデルだ。
「美しい……」
デルは、思わずそう呟く。
敵機を見た直後だったから、尚更そう思えた。
純白が強調されたアイリスは、まさしく
「変化させるアイリス……」
「アイリス・ジスタートにございます」
「ジスタート……?」
「そう、全ての始まり。劇の幕開け、希望となるにふさわしい機体……」
「始まり……」
「行ってらっしゃいませ、デル様! 覚悟を決められた身、必ず果たせれよ!」
セバスは、デルが今まで見たことのない表情をしていた。
それは説教する時とは違う、人を後押しする男の目だ。
「分かりました。必ず!」
デルも頷き返す。
「
もう、デルはジスタートだけを見ていた。他でもない。
「俺は戦う!」
——これが俺の決意だ!
◆ ◆ ◆
コクピットは簡単に開いた。
セバスによると、アドバンテージ家の生体情報が入力されているらしい。
「シミュレーターと同じ、
三百六十度、全ての風景を見渡せるコクピットだ。
シートに腰掛ける。
——いよいよだ。
ドキドキと、胸が鼓動している。手も震えている。
緊張がピークに達しそうだ。
「俺は、変わらなければいけない」
声に出せば落ち着く、と聞いたことがある。
そんなことを考えつつも、デルはこれまでの道のりを思い返した。
——デル・アドバンテージってパナセルの加護を持たないらしいよ。
——うっそ〜、ダサッ!
散々馬鹿にされた。
——お前はトルムを守れない。
その通りだ。
——
辛かった。
——出来損ないに負けるなどぉ‼︎
ジェームズの言葉も思い出す。見下げられる人生も嫌だった。
——ふう。
息を吐く。
「全てが……嫌だ」
デルは、操縦桿を握った。
「自分も、みんなも、敵も何もかも憎い!」
叫ぶ。
「お前は"変化させるアイリス"なんだろ?」
希望を込めて、語りかけるように叫んだ。
「じゃあ、俺を変えてみせろ……」
ガチャリと、操縦桿を動かす。
「だから——」
起動ボタンを押す。
己の全てをかけて——
「目覚めてくれ! ジスタート‼︎」
一瞬の沈黙の後、ウィウィウィウィーンと音が鳴り始めた。
モニターに「SET UP」の文字。
<9/16/2567……日付を確認しました>
<22:18……現時刻を確認しました>
モニターにより複雑な表示が浮かぶ。
「起動……できたのか……?」
デルがそう言葉を発した瞬間だった。
<パイロット認証を行います>
次の瞬間、シート下部から拘束具が飛び出て、デルは動けなくなった。
「あああ……‼︎」
デルは何が起きているのかわからず、ただ怯えることしかできない。
「ど、どうしたっていうんだぁ‼︎」
ジスタートは、デルの叫びも聞かず起動プログラムを進行させる。
<生体情報、確認。遺伝子情報——適正系統と八十六パーセント一致。F-typeと断定>
——F-typeってなんだ?
<転成、開始——>
——何を始め……
「くっ……ぐあああああああああああああああああ‼︎」
痛みがデルを襲う。
体が熱い。
今まで感じたこともない吐き気もする。
——ヤバい!
体が溶けて行く感覚。
いや、本当に溶けている。
内臓も目も、頭もぐちゃぐちゃ、ヌメヌメに。
おぞましい。
「熱い……! 気持ち悪い……‼︎」
——変わるって、こういうことかよォ‼︎
何も喋れなくなって、吐いたところまでは覚えている。
デルは、薄れる意識に身を任せて、目を閉じた。
十分ほど経った。
ジスタートのコクピットにいたのは、一人の女性だった。
金髪の少女が気を失ってシートに座っていた。
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