EP.01 結シN: D-part <異world>

 世界は、滅びたとされていた。

 およそ五百年前に起こった「パナセルの大量発生」という災害によって。

 パナセル・リブートと呼ばれるそれで、人々はパナセル大量摂取に伴う中毒症状を起こし、死んでいった。

 唯一生き残ったのがトルムを建造した我らの先祖だったと、そう伝えられてきた。


 しかし、それは違った。

 十二年前、敵の襲来によって覆されたからだ。

 アイリスの運用方法や、塔衛騎士トルムハルトの組織構造が一新される原因となった出来事。

 敵はトルムの外からやって来た。トルム内では不可能とされたプロセス、トルムを囲う雲をくぐり抜けて。

 アイリスとよく似た人型機動兵器は、トルムの外縁部、外街そとまち区画を焼いた。


 アドバンテージ家の屋敷も外街区画にある。

 デルは当時四歳。それでも、その時の惨状は目に焼き付いている。炎の中で、母におんぶされて逃げた記憶。



 ——まだパナセルの加護の有無うむが確認される前だったので、みんな優しかったっけ。


「ちっ……なんでこんな時に思い出す! いや、なぜまた来た⁉︎」


 敵——忌界人が操る人型機動兵器に向かって、そう叫ぶ。

 あの時の敵は少数で、その日のうちに雲の方向に戻っていった。

 だが、今回は違う。

 大勢だ。暗闇から何十もの青い光が降ってくるのが分かる。

 敵は降下作戦の真っ最中。

 すぐには去らないことが容易に想像できた。


「なぜ街を焼くんだ‼︎」


 最初に攻撃された区画は、もう一面火の海だった。

 蘇る戦火の記憶。


 ——あの時みたいには、させない!


 すぐさま部屋を駆け出し、家族の元へ向かう。


「母様、ソニア、早く地下のシェルターへ!」

「言われなくとも——」


 ソニアが返事をしようとしたその瞬間——


 ゴーンと大きな轟音。

 足を支えるコンクリートが震え、無数の亀裂が走る。


「何が……起きている‼︎」


 騒音が止むと同時に、床に抑え付けていた頭を上げた。

 母と妹の方向を見るとソニアは無事なのは分かった。しかし、突然の衝撃に驚いたのか何も言葉を発さず、目を見開いている。

 母の方を向くと——

 ソニアを抱きしめたまま、ぐったりしていた。


 ——母様ッ……⁉︎


 声をかけようとした瞬間、デルは強い殺気に襲われた。

 体全体が巨大な影に覆われたからだ。

 恐る恐る顔を上げると、そこにがなかった。

 その代わりに存在していたのは、巨大な四肢と胴体。

 山のように積もった瓦礫を——トルムを蹂躙じゅうりんするようにたたずんでいて、こちらを見つめていた。


 ——やられる。


 抑えられない恐怖心がデルを支配する。

 アイリスとは似ていて違う。

 青き光——パナセルを使っていて、コクピットが背中にあるのは同じだ。

 しかし、デザインは鋭利的なアイリスとは違ってカクカクしていて、アイリス以上に戦うことしか考えていないような——

 教科書で見たことがある、五百年以前の"メイサイフク"を着た兵士のような——

 恐怖の次にドッと無力感が押し寄せてくる。


 ——俺は、奴らに焼かれて……死ぬのか?


 覚悟を決めようとしたその時!

 アイリスが敵機に体当たりしていく。


『君、大丈夫か!』


 塔衛騎士団の迎撃隊が駆けつけてくれたのだ。

 その人型の鋭利で華麗な後ろ姿は、まるで天使のように思える。デルの心には、深い安堵があった。


「はい、ありがとうございます!」

『早くそこのご家族をシェルターへ! 私はコイツをぉ‼︎』


 そう言って、その塔衛騎士トルムハルトは、敵機を蹴り飛ばす。

 デルたちから遠いところで戦闘を行うためだ。

 デルは、その隙に二人の元へと近づく。


「早くお逃げください! か、母様……母様! あ、大丈夫だ。気を失っているだけ……」

「うっさいわね! あんたみたいな奴が母様に触れないでよ‼︎」


 ソニアが服の袖を掴んで母から離そうとする。


「いい加減にしろ!」


 デルは、こんな時でも価値観にこだわるソニアに嫌気がさした。

 今も辺りでは瓦礫が崩れたり、燃えたり、砲撃が当たったりする音で乱れているのだ。


「そんなことより、自分の命を心配しろ! いつまた、ビームやら瓦礫やらが飛んで来るか分からない……次は死ぬかもしれないんだぞ!」


 黙り込むソニアを横に置いて、母をおんぶした。


 ——あの時とは、逆にございますね。


 まだ優しく接してくれたあの頃、あの瞬間——

 デルは、戦火の中でもそれが嬉しかった。

 だが、騒音はデルを現実に引き戻す。


 ——早く避難しなきゃ。


 地下シェルター目掛けて歩き出す。

 そこに執事のセバスが現れた。瓦礫の中をい出てきたのだ。


「セバスさん、頭から血を流しているではありませんか⁉︎」

「私は平気にございます。それより、奥様を」

「母様は、僕がおんぶしていきます。セバスさんも早くシェルターで手当てしましょう」

「はっ」






  ◆ ◆ ◆






 地下シェルターに避難を終えた。

 母は気を失っているし、ソニアは放心状態だ。

 デルは、それを横目にセバスと話し始めた。


「ここから、どうしましょう」

「そう申されましても、攻撃がなくなるのを待つしか」

「ですよね」


 苦笑いしながら、上を見上げる。

 地下にいても聞こえる砲撃の音。戦闘は続いている。

 既に家が入っていた構造物は崩れ落ちたし、周りも同じ結果を辿っているだろう。

 

 ——でも、まだ残ってる人がいるかもしれない。


 ふと頭によぎる希望。

 デルは、人々の生活を眺めるのが好きだ。忌界人の襲撃が始まる直前もそうしていた。

 彼らの日常どころか、命まで奪われるかもしれない。

 それを考えると、じっとしていられなかった。


「セバスさん。僕、外に出てきます」

「なりません!」

「いえ、まだ残っている人もいるでしょうし、放っては置けません」


 セバスは少しの間を置いた後、デルに穏やかな顔を見せた。


「優しいお方になられましたね……」

「いえ、よしてください。当然のことです」

「必ず、帰ってきてください」

「当然です」


 助ける。

 そう決意して、デルはシェルターを後にした。

 だが、


「なんだこれ……」


 音がしなかった。

 正確には、パチパチと何かが燃える音だけ。それしか聞こえない。

 そこにあるのは、ただの焼け野原だった。

 必然とも言える絶望がデルを襲う。

 自然と涙が出そうになった——

 と、その時、


「助けてくださーい!」


 ——人の声だ!


 戻ってきた希望と決意を胸に振り向く。

 瓦礫の上に四人の家族。

 胸が熱い。


「今、行きます!」


 すかさずそう答えて、デルは歩き出した。


 ——やった。人の役に立てるぞ。


 ハハハ、と天を仰ぎながら走る。

 そして、再び顔を下げれば、そこには四人家族が——


「は?」


 顔を下げ、家族の元へ焦点を合わせようとした瞬間。

 忌まわしい蒼い光が視界を横切る。


 目を向けた先、そこに四人の姿はなかった。

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