EP.02 0X陣

EP.02 0X陣: A-part <痛/喜/進>

 少女は、重苦じゅうくと共に目が覚めた。

 胸苦しさを感じる。強烈な吐き気だ。


 ——痛ッ!


 それと同時に気付くのは、全身に漂う痺れ。それは、今にでも痙攣が始まると思わせる程のものである。


「ん……」


 そして、他の重大な異常にも目が留まった。

 両脇に存在感を発揮している二組の束。


 ——何これ。いや、髪なんだけど。


 その名称を分かってはいた。髪である。

 問題はその長さなのだ。

 彼女の元の髪の長さは、せいぜい襟に届くぐらいだった。

 それが今は、肩にまで届くになっている。


 ——これじゃあ、みたいじゃないか。


 彼女は、その髪を右人差し指でくるくると巻く。

 小麦ように金髪に輝くそれは、確かに自分の髪色だった。


「まるでフォークに巻かれたパスタだ……って、え……?」


 何気ない呟きの中に現れる別の違和感。

 彼女はとっさに顎を上げて喉に手を当てる。


「あー、あー、あーあーあーあー、あ。声がおかしい……」


 ヘリウムガスを吸った覚えはない。

 しかし、こんな高い声が地声であるはずでもない。


「はあ」


 解放される溜息は脱力の証。


「気持ち悪。どうなってんだよ」


 ここで少女の本音が飛び出した。

 本来の自分とは違う。矛盾であって矛盾でない。そんな感覚が彼女の顔を濁す。


「まあ、こんな気絶するような訳の分からない機体だ。何が起きてもおかしくないよ。声だって治るし、髪は切ればいいでしょ」


 少女は、楽観的な考えで不快さから目を背けることにした。まるで捻挫を痛くないと我慢する子どものように。

 それは、サインから注意を逸らすことでもあった。






  ◆ ◆ ◆






は、どこにいる」


 まずは自分の居場所を自覚することから始める。

 少女は、頭蓋骨を直に叩いているような頭痛に耐えながら顔を上げた。

 前を見ると格納庫の景色が表示されたパネル、下を見ると機械の操縦桿があった。

 ここにおいて、ようやく彼女は己の現在地を認識した。


 ——ジスタートの中か。


 一つ分かれば、紐が解けるように他のことも思い出された。


 ——の名前はデル・アドバンテージ。


 アイリスを起動できない自分は、つい先ほど十二年ぶりに現れた忌界人と戦うために一族の継承アイリスであるジスタートに望みを託したのだ。

 そして、今は全天周囲型のモニターに景色が吹き込まれている。格納庫の景色だ。

 つまり、それは……


 ——がアイリスを起動できた?


 一瞬の沈黙。そして、言葉が飛び出した。


「やった……やったぞ!」


 外では戦闘が行われている。

 この状況で喜びの感情を抱くのは不謹慎かもしれない。

 しかし、抑えることなどできない。一気に笑顔が顔を覆った。

 涙が嬉し涙で上書きされていく。

 不謹慎なんてどうでも良い。

 少し前に気絶してしまったこと、今も続く激痛、声の違いなど、もはや今のデルにはどうでも良い話題となっていた。


 ——やっとみんなから認められる。


 十七年に渡って罵倒、失望、嘲笑に耐え続けた。

 アイリスを操縦できないという呪縛からやっと解放された。それこそがデルにとって最も重要な話題だった。

 出来損ないというレッテルから逃れられた。彼——彼女にとっては、それだけで十分なのだ。


「よっしゃ、行くかあ!」


 高揚したテンションのまま、デルは発進シークエンスを始めた。

 という訳で、デルが体の変化に気づくのはもう少し後になる。






  ◆ ◆ ◆






 管制室は無人だった。

 そこは、本来カタパルトの制御を行うところだ。この状況ならセバスがいるところである。


「なるほど、カタパルトの制御システムはジスタートでコントロール出来るのか。それでセバスさんはいない訳だ」


 デルは、ノートパソコンのような形をしたジスタートのサブモニターを操作する。

 そこには、ジスタートのシステムや武装の全容が浮かび上がっている。


「やっぱり、気持ち悪いな」


 痛みで感覚が麻痺しているため、何かを触るごとに違和感を感じる。

 しかし、この時点でデルがジスタートを起動させてから三十分以上の時間が経っていた。

 外がどうなっているか想像もつかない。

 味方が壊滅してしまっているなど、最悪の事態も想定しなければならない時が迫っている。

 自分のことを気にしている場合ではないのだ。


「時間がない。一か八かだけど、はトルムを……家を守りたい」


 もう、デルに他の選択肢はなかった。


「行くか」


 戦場に飛び出す覚悟は整った。

 デルは、サブモニターに表示された無数の選択肢に手を伸ばす。

 発進シークエンスの始まりだ。


「カタパルト制御システムのコントロールをジスタートに譲渡。生体情報をパスコードとして入力」


 モニタに”You have controll”の文字が浮かび上がる。


「コントロールの譲渡を確認。アイハブコントロール。次にカタパルト各部位に異常がないかを再確認……」


 安全確認は基本。この辺りは養成学院で習うことだ。


「異常無検知。プログラムオールクリア」


 部品に問題がなければ、それは動くということ。

 空への道は開けた。

 あとは自分が進み出るだけ——


「カタパルト展開!」


 その一言とともに、天井が高くなっていく。

 番号が振り分けられた複数の“蓋”が開けて、ついに黒はに変わる。


「一番から五番、全ての展開を確認。ちっ、空が白い!」


 次はいよいよ発進。

 だが、個人所有の小型格納庫に飛翔を補助してくれるものはない。

 それで、そのまま機体を発進させなければならない。


「垂直推進体勢!」


 ジスタートが膝を少し曲げる。

 それと同時に背中と脹脛から蒼い粒子。四つのバーニア全てが動く。

 全てを浄化していくような淡い雫がジスタートを包んだ。


「デル・アドバンテージ。アイリス・ジスタート、出る‼︎」


 一羽の鳥が巣立った。

 それは白鳩か、もしくは白鷺か。それとも——

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