EP.02 0X陣: B-part <実BATTLE>

 閉鎖空間のトルムにおいて、戦闘は滅多に起きない。

 大規模な戦闘は特にそうで、ここ三百年は平和が保たれていた。

 ちなみに、それ以前に激しい戦闘が起きたのは大戦の混乱が残っていたためである。

 こうした内戦は、支配体制が確立されるに従って減った。

 それだから、近年——と言ってもここ三百年の間で——行われた戦闘と言えば、貴族間の決闘や謀反を起こした塔衛騎士トルムハルトの鎮圧くらいだった。


 それが覆されたのが前回の忌界人襲撃とはいえ、既に十二年も以前の話。

 はっきり言うと現在のトルムは外界の襲撃に慣れていない。

 午後九時過ぎの夜襲は、指揮系統を混乱へ陥れるに十分だった。






  ◆ ◆ ◆






 戦闘管制室は焦燥に包まれていた。

 室内にはオペレーターの必死の声が飛び交っていた。


「て……敵は、いっ、依然として外街区画で戦闘中。し……しかし、始めに攻撃を受けた外街北東L15地区そとまちほくとうえるいちごうを超え、よ……より内側の外街北東L13地区そとまちほくとうえるいちさんまでおっ、押されています!」


 オペレーターの声が震えている。

 経験を積んだオペレーターの声が震えるのは、極めて異常なことだ。それが緊迫さを演出している気さえあった。


「状況はもう良い! 損害は!」


 茶髪の指揮官は声を荒げる。


「駐留部隊十五機は既に全滅。現在応援に駆けつけた二部隊三十機及び優等生十機が交戦中! また十二部隊が五分後に到着予定とのことです」

「ちい! このままでは敵百五十機に勝てぬ! 最初の百八十機からほとんど減っていないではないか……」


 指揮官は顔を歪める。

 いつも通りの任務を、いつも通りにこなせば良いはずだった。

 それなのに、戦況は悪化するばかり。

 瞬く間に十五機で編成される一小隊が壊滅していく。


 彼は、貴族としての名誉欲しさに見栄を張ったことに後悔さえ感じていた。「指揮官など三十代半ばの自分には重すぎる責任だったのだ」と。


「どうすれば良いのだ!」


 その時、一人の男が管制室に足を踏み入れる。


「デーモンド男爵、落ち着かれよ」

「だ、大司令……⁉︎」


 指揮官に大司令と呼ばれた金髪の男は、落ち着き払っていた。

 その威厳を感じさせるたたずまい、話し方で司令室の空気が変わる。


「デーモンド卿、貴族とは本来落ち着いていなければならぬ。そこに羽織っている赤服の意味を考えよ」

「は、心がけて参ります」


 指揮官デーモンドは右膝を床に付き、右拳を左胸に置いた。

 トルムにおける最大級の敬意を表す時の挨拶、敬礼のポーズである。


 それを横目に大司令は司令席へ身を移した。


「ここからの指揮は私が行う。心せよ! デーモンド男爵は副指揮に回れ」


 ——は!


「まずは三機一組のコンビネーション体制を徹底するよう騎士たちへ通達せよ。また、養育院の生徒たちは退避させろ。未来の光をここで失うわけにはいかん」

「はっ!」


 はっきりとした受け答え。流暢な言葉。オペレーターにも訓練通りの調子が戻っていた。

 ピリッとした空気。戦闘管制室には先ほどまでの動揺とは違う緊張が漂う。

 これを作り出したのは、この金髪の男、管制室の全権を担う大司令である。

 デーモンドは、「これが経験を積んだ者の力か」と感心するのだった。


「し、司令……」


 と、そこにオペレーターが動揺した様子で声を上げた。


「どうした」

「し、戦闘領域に新しい友軍機の反応が現れたのですが……そ、それがでして……」

「な、なんだと⁉︎」


 その場にいる誰もが驚いた。

 大司令が動揺したからだ。貴族、そして騎士らしく、滅多に冷静さを欠かない彼が——


「大司令、これは……‼︎」


「あり得ない……ジスタートは起動しなかったはず……はパナセルの加護を持っておらぬ。だとすれば誰が……⁉︎」


 そこへ入る通信。


「大司令、当該機より通信が入りました! そちらへお繋ぎします」

「ああ」


 驚きや疑問にさいなまれつつ、男は応答した。


『こちらデル・アドバンテージ。アドバンテージ家の嫡子ちゃくしにございます! ただいま継承アイリスを起動できましたので、微力ではありますがが戦闘に参加しとうございます!』

「な……なんだと……」

『ち、⁉︎ も、申し訳ございません! セバスさんに頼んで乗ったら起動してしまいました‼︎』

「は……はあ……」


 彼の動揺はおさまらない。

 パナセルの加護を持たないデルがジスタートを起動したことさえ驚くべきことだ。

 しかし、それ以上に疑問に上る部分がある。


「あ、いや、それより……お前、なのか?」


 そこに映るパイロットは、彼がよく知る少年ではなくだったからである。

 本人でない——つまりアドバンテージ家の人間を偽っているとすれば、それは戦闘参加以前の問題だ。


 父の困惑を余所よそに目の前の少女は口を開く。


『は? わたくしはデル・アドバンテージとして十七年間生きて参りましたが』


 即答。

 キョトンとした顔は「なぜそんなことを聞くのですか?」のそれだ。

 そのいさぎよさが更に大司令を困惑させる。


『起動させると共に気絶してしまいまして、今でも体に違和感がありますのでそのせいかと思われます』

「そ、そうなのか……」

『はい、また、ジスタートにはアドバンテージ家の生体情報が入力されていると聞きました。それで信じて頂けるかと思います』

「も、もういい……詳しい話は後だ」


 もはや、かける言葉も出てこない。

 また、ジスタートにアドバンテージ家の生体情報が入力されているのは事実だったので、一定の信憑性があると感じた。

 そして、彼女は

 ついに大司令は覚悟を決めた。

 一呼吸置いた後、眉を狭めて問う。


「一つだけ聞こう。お前、本当に戦うと言うのだな?」


 デルだと仮定するならば、これだけは聞いておきたいと思うこともある。愚息とは言っても、自分の子供だからだ。

 そして、自分も決めなければいけない。

 子どもを戦場へ送り出す覚悟を——

 そして子ども(仮定)も答える。


『はっ、我が家の周りも焼かれまして、これ以上戦火を広げる訳にはいかないと思いました。トルムのため、精一杯戦う所存であります!』

「分かった。行ってこい……」

『ありがとうございます!』


 頭を抱える大司令。

 そこにデーモンドが駆け寄った。


……いかが致しましょう」


 大司令の名は<ウィリアム・アドバンテージ>。

 トルム貴族最上爵位の公爵であり、外街L13地区の諸侯でもあり、そこに邸宅を構えて家族四人と暮らす男でもある。






  ◆ ◆ ◆






 ジスタートは、戦闘領域から少し離れた場所にいた。

 コクピットの中、金髪赤眼の少女は通信を切る。

 通信をしていたのは、戦闘参加の許可を請うために司令部に許可を請わなければならなかったからだ。


「まさか今日は父上がお出になるとは……」


 ため息をつく。

 暫しの沈黙。

 そして……


「あ〜、まったく分からねえ! なぜ父上はのことを疑われたのだ⁉︎ いや、パナセルの加護を持ったのは分かるよ? でもあれは別のことを気にかけていたのかあ⁉︎ もうしかしてこの声のせい? まったく分かんねえ!」


 と、普段は声にも出さない愚痴を吐いた。

 そして、またため息。


 ——そうだ。は今から命のやり取りをしなければいけないのに。


「何やってんだか……」


 これも気分の高揚と関係があるのだろうか。

 デルは、冷静さを欠く己の心に困惑した。


 ——操縦桿を握る手が震えているのは、きっと痛みのせい。


 そう言い聞かせた。






  ◆ ◆ ◆






 外街L13地区とは、外街L15地区の五キロメートル以東を指す。

 コクピットから見える空は赤一色。

 デルは、そこが戦場であることを思い知らされた。そして、が戦場であることも痛感させられる。

 ギアを上げるごとに増していくGも実機であることを再認識させる。それは、シミュレーターでは再現できないことだからだ。


「さあ、実戦だぞ……」


 古代、愛馬を駆って戦った者もこんな心境だったのだろうか。

 無理やり疑問を作っては、それを思い巡らすの繰り返し。

 デルは気を紛らわせたかった。

 あと少しで命のやり取り……奪い合いをしなければいけないのだから。


 ——負けたら死ぬかもしれない。そして、こちらが攻撃すれば相手は。


 言葉は続かない。

 それは、デルがその言葉を紡ぐと同じタイミングで戦闘領域に突入したから——


「集中しろ、自分……」


 さっきよりも大きく見える蒼い線の交差、それが戦闘を表すもの。

 その中の一体に狙いを定められれば、デルの戦闘が始まる。

 緊張がピークに達する。

 聞こえるのは、自分の鼻息だけ。


 そして、数秒しか経っていないその時、目の前の敵機がこちらを向いた。


「警告音ッ!」


 デルの初戦が始まった。


「ジスタート、特別なオリジナル・モデルなら、上手くやってくれるよなあ!」


 ライフルを敵機に向けようとする。

 が、それは間に合わない!


「んッ!」


 敵機の銃口がこちらを向いていた。

 ジスタートは、そこから飛び出た蒼い光を受け止める。

 四回の衝撃が続いた。


「生き……てる……」


 揺れる頭を安定させようと、顔を上げる。

 が、そこには——


「あぁ!」


 目の前に敵機の顔。

 相対距離数メートルという至近距離からビームライフルを向けられる。

 一瞬の焦り。しかし、デルは諦めない。


は、死なないよ!」


 素早く前進、敵機に向かってタックルする。

 自然の法則には逆らえないはずだ。

 衝撃と慣性、重力によって、敵機は落ち葉のように落ちていく。

 そこへ銃口を向け、連射。

 敵機が体勢を整える前に仕留めたい。


「はあ……はあ……どうだ……」


 敵機はビームの熱エネルギーに腹部を溶かされ、爆散していった。


「やった……」


 これがデルの初戦闘になった。

 なんとか勝利できたが、デルの顔は晴れない。

 急接近してきた敵機への恐怖がおさまらない。急に現れたように見えた敵機の顔は、まるで悪魔だった。

 それと共に、自身の対応の遅さを痛感する。


「コンビネーションを組めるように、入れる部隊を聞いておくんだった」


 だが、戦場で反省する暇などない。

 素早く息が落ち着けて、味方機の援護へ移る。


 ちょうど前方で友軍が戦闘を行っている。

 敵機に蹴落とされる黒色のアイリス・ジーニアが見えた。


「助けなきゃ……」


 機体の速度を上げたその時。

 モニターに表示された友軍の識別コードが現れる。

 それは、のものだった。


 つまり、そこに乗っているのは見知った顔——


「どういうことだ」


 通信を繋ぐ。すると、向こうから先に声が届いた。


『援護を頼みます! くっ、早く‼︎』


 通信から聞こえてきた声は、ジェームズのものだった。 

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