EP.03 女ノ体
EP.03 女ノ体: A-part <70te琴だ>
母、妹、執事に囲まれて、人型機動兵器のコクピットに腰を下ろす金髪少女。沈黙の下、彼女はただただ困惑していた。
数秒前に妹が放った言葉はあまりにも衝撃的で、少女にはすぐに理解できるものではなかったからだ。
彼女の眉間の寄せ方は、何かが欠けたのを悲嘆するかのようで。
「ありえない」
彼女の口から語られた一文、その素直なつふやきは、至極真っ当なものだ。
「は……? なんで男のオレが男なのに女になるんだ?」
少女の言葉は、まるで自分に言い聞かせるように発せられた。
「まさか……この伸びた髪も、この声も、まさか⁉︎」
そう、彼女はつい数時間前まで男性だったのだ。
貴族の名家アドバンテージ家。その本家の嫡子、デル・アドバンテージ。いずれ家を継ぐ大事な長男。それが本来の彼のはず。
とはいえ、今このアドバンテージの家宝たるアイリス・ジスタートの座に座しているのは可憐な少女。
しかし、歪んだ表情の彼女は、この世の終わりを悟るかのような大きな目をしてコクピットの外に立つ達観者を見つめていた。
「これはどういうことなのですか」
彼女を囲む三人もしばらく口を開けずにいた中、まず口を開いたのはベザレアだ。困惑しているのはデルだけではない。
「まだ私の目眩が続いているとでもいうのか。説明しなさい。セバス!」
回答を求められた執事。彼こそがデルをアイリス・ジスタートへ
老爺は見るからにうずうずしていて、白髪混じりの口髭が
「そんな……しかし奥様!
「この
女主人の怒りにセバスは黙り込んでしまう。それはそうだ。目前の少女を見れば、誰もデル・アドバンテージという男性とは思えない。見たこともない女性を見れば「部外者」と思われて仕方ないのだ。
そんな二人の緊張を前に、デルの困り顔は酷くなる一方。口を引きつり、今にでも涙が出そうな表情になっている。
「母上、そしてセバス……ご意見を申してもよろしいでしょうか?」
夫人と執事の間に走る緊張を終わらせたのは、驚いたことにソニア・アドバンテージであった。デルの妹だ。
ベザレアはハッとソニアを目を細めて見つめる。母は子の想いをを裁量しようと。
「何ですか。ソニア、我が娘よ」
娘を信じよう、とベザレアは母性溢れる穏やかな笑みを見せ、発言を許可した。
母の信頼を得た喜びと共に、ソニアは口を開く。
「
一点の曇りもない強い眼差し。ソニアは、確信を持って宣言した。
それに対して、母はさらに言葉を返して、さらに娘の考えを探ろうとする。
「どうしてなのですか?」
娘は、顔の表情さえ一つも変えず、言葉を投げ返す。彼女の光る目は、決死のそれそのものだ。
「根拠はあります。それは、彼女の金髪赤眼という容姿でございましょう! これはアドバンテージ家しか持ち得ない特徴でございます。それだけでも十分な理由になりませぬか?」
語り終えたところで、ソニアは一呼吸置いて聴衆二人の顔を覗く。
「しかし——」
まず言葉を返したのはセバスだ。
「しかし、地毛が金髪なトルム人は珍しくありませぬ。瞳の色もカラーコンタクトレンズによっていくらでもごまかせますぞ」
ソニアが見たのは、いつものような落ち着きを取り戻したセバス。その落ち着きは、心の重りを固く
「あっ……」
ソニアの相槌が最後、三人の口はまたもや閉じる。格納庫の寒さもあって、空気という氷が割れるのではないかという雰囲気だ。
その場に流れるのは、時計の針が回る音だけ。
「
ついにデルが口を開いた。穏やかな声色で、一音一音を確かめるような静かな喋り出しで。
「それでも、
そのゆっくりとした喋り方からは、ぽつりぽつりと言葉を選んでいるのが感じられる。
——気をつけろ。ここでうっかりすれば、大きな穴に落ちてしまう!
そう言い聞かせて。ただでさえ疑っている彼らの前で、油断は許されない。
「ソニアに母上を託した後、外に出たんです。避難できていない人たちがいるのではないかと思ったので」
自分がデル・アドバンテージなのだと信じてもらうには、自分が不法侵入者ではないと証明できる話題、アリバイのような情報が必要だろう。デルはそう思って、まずは自分の行動を語り始める。
「でも、助けられなくて……ああ、あの家族は二番通りの肉屋の」
デルの脳裏に横切る記憶。ほんの数時間前の出来事。助けを求められた次の瞬間、ビームに焼かれた四人家族。それら蒼炎に巻かれた命の一部始終が鮮明に再生された。
そうして最期を見てしまったこと。助けられなかったこと。それが事実であること。
——クッソ!
思い出すだけで胸から出てきそうになるものがある。一言で表すならば、悔しいと。
一秒の間に流れ込んできた記憶と衝撃と後悔と自責と。それらをすべてを吐き出したいところを抑え込んで、デルは次の言葉を放つ。
「自分の力不足でこうなってしまったのです!」
——そうだ。俺がアイリスを起動できる人間で、戦ってさえいれば‼︎
心の中で付け加えた。一番腹が立つのは、アイリスを起動するための素質つまり「パナセルの加護」を持たなかった自分なのである。
「だから、セバスさんに頼んだんです。『変化させるアイリス』と呼ばれ、敬遠されるこの機体……ジスタートの格納庫に案内して頂きたいって!」
言いたいことは話したぞ。そんな全てを曝け出そうと叫ぶような気合いで、デルは言葉を出し切った。
「どうか信じてくださいませ……」
一声をつぶやいて話を結ぶ。最後は喉に残る力を振り絞り、嘆願するように固い声で。あとは聴く三人が俺の正体を考えてくれ、と託す気持ちを込めて。
彼女が演説の聴衆に目をやると、彼らはデルではないどこかに目を逸らしていた。
しかし、一人は違う。
「
セバスだ。セバスが彼女がデル・アドバンテージであるという確信を宣言した。
「
「セバスさん……!」
デルは感嘆のあまりセバスの名を呟いてしまった。
ジスタートに乗り込むまでの情報を共有していたのはセバスだ。住民をシェルターへ避難させたのもセバスとのチームワークだった。
また、外へ出たいと話したこと、四人家族の救出失敗を話したこと、ジスタートの格納庫へ案内を頼んだこと。これらをすべて、セバスは知っている。
だからこそ、セバスが“アリバイ”を納得してくれたことが嬉しいのだ!
「しかしセバス、
これは自分が説明しなければならないと思い、デルが口を挟む。
「それは
「ふん……」
母の眉と口の歪み方からは、
「しかし、仮に
貴女という、いつもにも増して他人と接するような口調。
母は納得していない。彼女の子供であるデルは、容易にそれを察することができた。
不安によって胃が動くのを感じながら、言葉を返す。
「承知の上で乗りました。
伝えたのは、これからの想い、信念。デルの口調は興奮した人が怒鳴るようなモノではない。たんたんとしていて、でも強気の発言。それを母にぶつけてやった。
四人家族の死に様を見たあの時。そこで覚悟は決まったのだ。また、実戦を経験したからこそ分かったこともある。ヒーロー気取りではない。二度と悲しい気持ちになんてなりたくないない。ただ、守りたい。自分の大切なものを自分が守るのだと。
——これは偽善ではない。
人の命は、取り戻せないのだから。
こうしてデルが心の中で決意を新たにした直後、ベザレアが口を開いた。
「そうですか。それなら良い」
良い、という言葉に「想いが伝わったのか」とデルは目を見開いた。
しかし、母の言葉は続く。
「ただし、貴方がデルとは、まだ分かっていないのですよ。肝に命じておきなさい」
——やっぱり、まだ信じられないかあ。
心の中で苦笑いするような気分だ。頭をかいた。
先程アリバイも話したし、どうすれば自分がデル・アドバンテージと信じて貰えるのか、今のデルには見当もつかない。
どう言葉を返そうか、思い浮かばないのだ。
しかし、そこで口を開いたのは、またもや意外な人物。
「先に申し上げました限り、私は信じます! お兄様であると」
母の釘を刺す発言に反論したのは、迷っているデルではなくソニアだ。少し前にもデルを擁護したデルの妹である。
デルを見てみると、首を傾げて目をパチパチさせている。驚いて驚いて仕方がないという顔だ。
「ソニア、どうして……?」
デルにとってソニアとは、自分を嫌っているという印象である。だからこそ、擁護してくれるとは思ってもいなかった。
デル自身は嫌いな人間のことは考えたくないという性格なので、ソニアの考えを図りかねる。理由が謎すぎるのだ。訳を知りたくないはずがなかった。
しかし、その返答を聞く機会は遮られる。
——ピピ、ピピ、ピピ、ピピ、ピピ、ピピ
ありがちな電子音声。それがジスタートのコクピットから鳴って、格納庫全体に響きわたる。
「何の音?」
唐突な音の正体を分かりかねるベザレアの一声に促されて、デルはジスタートのサブモニターに目を移した。
電子音の詳細は、確かに画面中央で大きく存在感を示している。
「あ、これは通信の着信音だ」
映り出されているのは鈴のピクトグラム。しつこく左右に揺れるアニメーションは、早く応答してくれと言わんばかりだ。
デルを呼び出している相手は誰だろうか。
「トルム軍公共福祉分軍隷下外街東中央司令室第一端末……ログイン者ID、ウィリアム・アドバンテージ。父上だ!」
父は事故処理で忙しいはずだ。こんな時にどうして連絡をかけてくるのだろうか。デルは不思議に思いながら、通信を繋いだ。
『おお、まだ機体の中にいたか。ベザレアにソニアも』
「はい、父上。しかし、どうされたのですか?」
『いやいや、部下に任せて一息つけたところだ。ただお前の様子が気になってな』
頭に手を置きながら肘をつくウィリアム、相当疲れているのが伺える。普段は整えられている前髪もぐちゃぐちゃに下がり、乱れている。そういう違和感に気づいて、デルは父の苦労を察した。
それでも、彼の目だけは力を帯びている。話は続く。
『落ち着いたところでもう一度問おう』
稲妻のように鋭い眼差しは、デルという獲物を酌量するかのよう。
『貴様、本当にデル・アドバンテージなんだな?』
ウィリアムは少し目線を上げながら問い尋ねた。それは、デルを睨むような、ガンをつけるような感じ。
デルは、体に恐ろしい何かが突き抜けるのを感じて、反射的に背筋が伸びてしまう。でも、怯えている場合ではない。デルには、怯える必要自体もないのだ。
——嘘ではない。俺は本当に、デル・アドバンテージなのだから。
それで、デルは自信を持って断言した。
「そうです。
『そうか……そこまでの自信があるなら構わん。お前には遺伝子鑑定を行ってもらおう。そうすればはっきりするであろう』
——遺伝子鑑定! なるほど、その手があったか。
デルは、ずっと「どうすれば自分がデル・アドバンテージであると信じてもらえるか」と考えてきたわけだが、ここまで思いつけなかったのだ。
確かに、遺伝子こそ一番の証拠だ。
——これさえ成功すれば!
こうして、「希望が見えてきたあ!」とガッツポーズをするデル・アドバンテージであった。
とはいえ、ウィリアムの話は続いている。デルはウィリアムの呼びかけによって現実へ引き戻されるのであった。
『おい、デル……デル。聞いているのか!』
「は、はいっ! 申し訳ありません。つい嬉しくて」
『まあいい。話を変えるが、そこにセバスはいるか』
「はい、おります」
『変わってくれ』
「承知いたしました。来てください、セバスさん」
仕えている者らしく、主人の家族——ベザレアやソニアの後ろに下がっているセバス。しかしデルの手招きに応じて、カメラの前へ立った。そして、頭を下げながら話し始める。
「旦那様」
『よし、セバス。どうか私の頼みを聞いてくれぬか』
「聞くなど滅相もございませぬ。
以前として頭を下げながら語るセバス。それを見ているウィリアムの口角には、微笑が浮かぶ。
『フッ……それでこそだ、セバス。頭を上げよ』
「はっ」
ここにおいて、ようやくセバスは顔を上げるのだ。模範的な紳士、そのものである。
『まったく、私を幼少の時から見ているくせに。変わらんな』
そして、ウィリアムは顔を戻した。ここからが本題と伝わってくる。
『頼みたいことは二つだ。一つ、忙しい私の代わりに、デルを病院に連れて行っておくれ。遺伝子鑑定を頼む。二つ、ただでさえ混乱している状況だ。家族を頼む』
「はっ! このセバス、必ず成し遂げます」
家族を頼む、なんとも重大な指令である。それでも、セバスは迷いなど見せない。真面目くさった顔だ。
だからこそ、セバスは信頼できる。ウィリアムはそう思っているのだ。
『次に、ソニア』
「は、はいっ。なんでしょうか、お父様」
急に話を振られて慌てるソニア。穏やかな音色で話すウィリアムは、子供の反応を楽しむかのような微笑みを浮かべている。
『もしそれがデルだとすれば、女の体のことなんてほとんど分からないはずだ』
「あっ……」
ソニアは手を口に当てて、何かに気づいたかのような素振り。
『だから、デルの面倒を見てほしい』
「お父様、分かりましたわ!」
——ソニアの笑い方、なんて無邪気な笑顔なんだ。
自分の面倒を見てくれるとは……どうしてそこまでしてくれるのか、また疑問が蘇るデルであった。
『最後にベザレア、いるか?』
「はい、あなた」
母が見せる、疑いも何もないような笑み。褒めてもらいたい子供のような、でも大人の力強い唇。
『いろいろ変わりすぎて、気が滅入るかもしれん。でも大丈夫だ』
「分かっております。アドバンテージの妻としての立場、必ず果たして見せます」
『うん。では話は以上だ。それではな。切るぞ』
通信ウィンドウが消えて、サブモニターが通常画面へ戻る。こうして、父からの通信は終わった。
一息ついて、デルは考え始める。これからどうすれば良いのだろうかと。まずは遺伝子鑑定を受けて、結果を見なければならない。それからは。
——それから? この体で、どうやって生きればいいのだろう。
ほんの数秒の間にも、考えれば考えるほど莫大な疑問や不安が生まれて、押し寄せてくる。
「どうすれば……」
無意識に右親指の爪を噛もうという時、パッと意識が現実へ戻る。聞こえてくるのは、自分を呼びかける声——
「お兄様……! お兄様、聞いていますか!」
「あ、ああ。それにしても、ソニアはどうして……?」
声をかけてくるソニア。この行為によって、デルは本当に自分の面倒を見ようとしていることが実感する。
それで、今度こそどうして自分を助けてくれるのか、聞こうと思ったのだ。
「そんなことは後です。さあお兄様、お家に戻りますよ!」
「あ、はい!」
またデルの疑問は掻き消されていく。
それどころか彼女は、ただデルに手を差し伸べてくる。
そして、デルを引き出したのだ。
ジスタートから現実へ。
◆ ◆ ◆
デルは、地下シェルターを抜けて、我が家に戻った。建物内に入ったところで、トイレに行ってもいいかとソニアに尋ねた。妹はそれを許可したので、只今のデルは、トイレの洗面台——鏡の前に立っているというわけだ。用をたすためではなく、自分の姿を見に来たのである。
そこで始めて目にする、鏡に写る自分。女としての自分。その姿。
「ああ……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「君は、誰……?」
そこに見えているのは、自分でも惚れるぐらいの美人。本当に自分とは思えない美少女が、鏡に写っているのだ。
「ほんとに綺麗だなあ」
デルは始めての感覚に感心しっぱなしで、今にでも好奇心が溢れ出そうだ。
まず目に留まるのは、
「ちょっと触ってみよう」
デルの心の中で好奇心が勝って、ついに溢れ出た。自然と手が動いていく。
頬っぺたに指を置いてみる。そしてちょっと押す。
「ほわあ……」
思わぬ快感。自然と漏れる声。様々な要因で積み重なった緊張で、神経が敏感になっている。
もちもちっと心地よい弾力。傷ひとつない肌が形成するのは、独特のむっちり感。
——新感覚すぎる!
興奮しないわけがない。これが自分の体なのか、女性の体なのか、と。デルにとっては不思議なことだらけで、新発見の連続なのだ。
不思議なことの一つとして、どうしてこの顔が美人なのかも気になる。デルは、短い時間の中で考察してみることにした。
ちなみに、デルが自意識過剰というわけではない。決して。十七年生きてきた中で初めて見るものなので、自分の顔だと実感できていないだけである。
「この目を見ると、アドバンテージ家ってことは分かるんだよなあ」
まず目に入ったのは、目元だ。
一番上には、男性よりも細い眉毛が、丸く軋んだ針のごとく置かれている。
その下には、緩やかな半円が片側二つずつ刻まれている。どことなく穏やかな印象を持たせる二重だ。
そして、パッチリと大きい上、澄み切った瞳。サクランボやストロベリーのような淡い赤色を咲かせるその瞳から感じられるもの、それは情熱。
ちょうど良く影を落とす涙袋も忘れてはいけない。アクセントとして感じとれる優しさ。
デルの目周りは凛々しくもあり、温かくもある。見るものすべてを包み込むような花びらなのだ。
「それにしても、整った鼻だ……」
次に目に入ったのは、自分の鼻である。
小さくも大きくもない、絶妙なサイズの鼻が、顔の中央に居座っている。丸すぎるわけでも、鋭すぎるわけでもない鼻筋。そこに皮付きピーナッツ半分くらいの小さな鼻頭が乗っかり、小豆のように小さな鼻穴。
鼻に黄金比というものがあるとすれば、完璧な小鼻だ。彫刻品のように整った鼻が、小顔に見えるバランスを成り立たせている。
「うわあ、めっちゃエロい唇……」
鼻の下には、すぐに唇。
厚すぎないが、平たいわけでもない。でも、真ん中が少し盛り上がる上唇——アヒル口がデルの唇だ。
控えめに見えて、とても可愛らしい色気、デルの性癖そのものだ。
というわけで、鏡を前に様々なアングルからアヒル口を強調し、ポージングをとってみるデル・アドバンテージであった。
「顔、丸い?」
続いて、デルは輪郭に注目した。
ゴツゴツと角ばっていた男性時代の輪郭とは違い、女性の輪郭は全体的に丸く見える。
デルは輪郭に沿って両手を動かして、形を掴もうと努めた。
こうして、可愛さを考察するうちに思い浮かぶ言葉はこれだ。
「うーん、童顔?」
卵型にも見える健康的な輪郭。縦長で、楕円形のように軽く緩やかでスマートなライン。とはいえ、顎まわりは尖らない程度にシュッとしている。
そして、顔のサイズも小さい。小顔の中にはめられた大きな目、それが小動物のような印象を与える。これが童顔と思わせる要因なのだ。
「まあこんなものかな」
綺麗な小鼻、澄んだ瞳、くっきりと映える二重と涙袋、アヒル口、卵型の小顔……こうした要素が組み合わさって生まれた奇跡の顔。
——それを自分が持ってしまった。
自分という男が女性と化して可愛い顔になった。それを心の中で言葉には変換できるし、言い聞かせることもできる。
でも、現実感は持てないものだ。今の気分は電子音楽に身を任せている時のようなハイテンション。高揚感は妄想の中に我を転移させるような歓喜。
「でも、さっき頬っぺたを押した感覚はあったよ。ほら」
もう一度、デルは右頬を押してみる。そこに凹んだ肌特有の圧迫感と痛みを感じるので、妄想の世界ではないはずなのだ。
「いくら考えても分からないな。疲れたから寝よう、そうしよう」
デルが出した答えはこれだ。夢の世界なら、寝てしまえばいいし、現実にしても、頭が正常な時に落ち着いて考えればいい。
——それに、ソニアも待っているし。
急ごう、とデルは鏡に背を向ける。見えるのはトイレ出口。廊下から室内灯の白い光が差し込み、新人少女を
しかし、デルの動きは止まった。
「ん?」
まるで降って来たかのように思い出される確認事項。それは、最も重要であり、最も重大であり、最も大切なことだ。
——なんて大事なことを忘れていたんだ!
自分の不甲斐なさを呪うかのように歯ぎしりする彼女は、もう一度鏡の前に止まった。
鏡の前に立つこと数十秒。邪魔する者が何もない静寂が緊張を演出する。
「ふう——」
少女は深呼吸してリラックス。
明るさを暗めに設定された、オレンジ色のペンダントライト三本がスポットライトに小娘は照らされる。
彼女は、そのステージで勝負に挑むのだ。優劣が確定するのは一瞬。
「よし」
まるで合格者発表の貼り紙を確かめるような前振り、覚悟は決まった。
ここから審査は始まっている。
デルは、目を瞑りながら着ていたYシャツのボタンを外す。
「頼む……あってくれ!」
目を見開いた! 単刀直入に言って、デルが確かめたかったのは——
「あっ……」
思わず声が漏れてしまった。
それと共に思い出すのは、いつかしたウェルトとの会話。
『なあ、デル。お前は何カップか好きだ?』
『はあ? 急になんてことを聞いてくるんだよ』
『いいからいいから』
『しょうがねえなあ。ま、まあ強いて言うなら』
『強いて言うなら?』
『Cカップかな』
『なんだよつまんねえなあ』
『はああああ? 話を振っておいてなんだ。じゃあお前はどうなんだよ、ウェルト』
『俺? うーん、Zカップかな』
『変態か』
男なら一度はしたことがあるだろう会話。
デルが気になったのは、自分のおっぱいのサイズなのだ。
「うわあ……どうしよう」
こうして、デル・アドバンテージが苦い顔をするわけ——
つまり、デル・アドバンテージのおっぱいは、貧乳だったのである。
そして、
「兄上! 兄上! あ、いた……って、え……?」
トイレの出入り口に立ち止まる妹、驚愕の顔を見せるソニア・アドバンテージその人。
終わった、デルはそう思った。
——失態だ。
元男の自分が、女の姿で上半身を曝け出して、眺めている姿を見られたのだ。おっぱいと共に。
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二〇一九年六月二十二日、誤ってエピソードを下書きに戻してしまい、午前十時十分に再投稿いたしました。すみませんでした。
トルムアスタ 転成のデル TAMA-CHAN @TAMA-CHAN
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