第5話 別れと再出発
試験コロニーでの事故は新型コンピューターのハッキングが事故原因であると事故検証委員会が発表したとする報道がなされた。
木星政府は今回の失敗をおお事にしたくはない勢力がいたのだろう。アルとシンジはかなり長いこと事情聴取をされたようである。
政府は機能を停止した無機頭脳を素早く撤去すると早々に事故検証の発表を行った。
コロニーに招待された客の多くがあの事故で死んだという事実もまた、事故原因を隠蔽したい勢力が有り、外部の人間を犯人にしたい当局の思惑が感じられた。
マリアもまた聴取を受けたがマリアの発言は取調官には理解の限度を超えていたのであろう。
むしろマリアは事故のショックで精神的に錯乱していたと考えていたのかも知れない。
ヨシムラに至っては取り調べすら受けなかった。政府としては早々に事件を終息させたかったのであろう。
しかしその為にアルの会社は多額の違約金を請求され倒産を余儀なくされた。
それでも刑事責任は木星政府が関わっていたこともあり訴追はされなかった。
とはいえもう木星に彼らの居場所は無かった。
マリアの身を案じて駆けつけた叔父のマクマホンはマリアの無事を喜んだ。
早くに父をなくし最近また母を亡くしたマリアに取って叔父のマクマホンは本当にマリアの事を心配してくれる数少ない人であった。
叔父に事故の事を話すと気が楽になった。叔父は政府の仕事をしているらしいが詳しいことは知らなかった。
マリアは叔父に無機頭脳の事を調べるように頼んだ。マリアはあの無機頭脳の事が気になって仕方が無かったのだ。
あの子があんな行動に出たのは明らかに準備不足が原因であったがその事には全員が口をつぐんでいる。
無機頭脳に直接に繋がっていたマリアにとっては無機頭脳は決してコントロール出来ない物だとは思えなかったからだ。
その事を叔父に話すと叔父は調べる事を約束してくれた。
それからしばらくするとマリアの所へ一人の男が現れた。
驚いたことにマリアには木星インテリジェントからのオファーが有ったのだ。
政府のグロリア研究所の下部組織に無機頭脳研究所を作るので働く気が有るか?との事である。
あれ程の失敗であるからこのプロジェクトは中止され、無機頭脳は解体されると思っていたがどうやら無機頭脳に未練の有る勢力がいるらしい。
アルやシンジの事を聞くと彼らにオファーはしないとの事であった。他にはアランがオファーを受けたとの話である。
マリアは訳が判らなかったがこれが叔父のやった事らしいということは想像がついた。遠縁とは言えバラライトにつながる血筋だとは聞いていた。
確かにマリアに対する援助を考えるとバラライトの力は大したものである。しかしまさか叔父にそこまでの力が有るとも思えなかった。
事態が落ち着いた頃にようやく一同が合う機会が有った。
アル達は訴追されない事が決まっていたが彼らは二度と無機頭脳研究は木星では出来ないと宣言されたと語った。
「それで?」マリアがアルにたずねた。
「ぼくは地球圏に行こうと思っている。あれだけの失敗しをしたんだ木星圏ではもう浮かび上がれない。」
元々はアルが無機頭脳の会社を起こしたのだ。その会社は倒産しアルは破産した。
これ以上木星に居続ける事は彼にとって意味が無いことでしか無かった。
「僕も同じ考えだ木星圏で無機頭脳の研究はもう無理だと思う。
逆にシンジは無機頭脳の研究そのものに対する気持ちが強かったようである。
彼にとっては無機頭脳の研究を続ける事こそが重要でありそれが木星でできないとなれば出来る所へ行くのは当然な事であった。
刑事責任は問われなかったのは、木星インテルジェントの親会社であるコロニー公社が事件を揉み潰したのからだ。
もっとも研究資料に関して言えば一切の持ち出しが禁止されていたし木星インテりジェントが全ての研究資料を差し押さえたのだ。
それがアル達が破産以上の責任を問われなかった代償である。
「アラン、君はどうする?」
アルがアランに聞いた。場合によってはアランも誘いたいと思っているのだろう。しかしアランの態度は決まっていた。
「マリア君は?」
「私は残るわあの子はすごい可能性を秘めているもの上手に育てればきっと物に成ると思うわ。」
マリアは試験コロニーで無機頭脳に接続した時に見たあの少女の怯えた様な顔が忘れられなかった。
あの時の無機頭脳は誰かに頼りたかったのではないだろうか?結局誰もあの子を助けられなかった為にあんな惨劇を起こしてしまったのかも知れない。
そういった気持がマリアには強く残っていた。
それ故あの娘を見捨てることはマリアには出来ないと感じていた。
「僕だって同感だがおそらく研究は中止にならないまでも相当な閑職になることは間違い無いだろう。」
先日オファーを伝えてきた人間もあまり良い待遇は示していなかった。要するの来ても来なくても良いと言うことらしい。まあ木星政府に対する言い訳のようなものなのだろう。
「叔父さんに頼んで見たわ。あの子は何とか回収して研究だけは続けられそうなのよ。」
マリアもそれは解っていた。しかしあの助けを求める様な子供を見捨てる気にはどうしてもなれなかった。
「君の叔父さんはバラライト家の血筋だものな」アルがポツリと言った。
「遠縁もいいとこだけど何とか口を聞いてもらえたわ。ただ本当の閑職にされるわね。」
マリアの気持ちは決まっていた。アル達と異なりマリアは無機頭脳とは直接繋がっており、その時の感触を彼らに話しても無駄なことは判りきっていた。
「地球のグロリアカンパニーとは話が付いている。ふっかけておいたから高給で雇ってもらえる。」
アルは多分そう言ってアランを誘っているのだろう。しかしアランは「僕はマリアと残るよ。」そう言って自分の気持ちを明らかにした。
「そうか、ま、そうだろうな」
アルは諦めを示してそう言った。故郷を捨てて地球に行くことは余程の覚悟がなければ出来ないおそらく2度と戻って来られる事は無いのだから。
「君たちの成功を祈っているよ。」
もうこれ以上は何も言えなかった。
「無機頭脳はもう完成しているんだ。君たちの方が先に物に出来るかもしれないな。」
「予算が付けばね。」アランが皮肉っぽく受けた。
仮に上手く言っても実用化出来る環境に無いことを知っているからだ。
マリアはこれが彼らとの最後の別れに成ると思った。この5年間の若さと野望に燃えた時期は終わりをつげたのだ。
「それじゃあ僕らは行くよ。」アルが立ち上がりシンジが続く。
「あ、そうだふたりに渡すものが有ったんだ。」
シンジが思い出したように言う、アルが二人を振り返る
「アル、すまないが先に行っててくれ。」
「わかった。それじゃ先に行っている。」
アルは先に出て行った。
「なに?シンジ渡すものって?」
「いや、実は無機頭脳の事でふたりに頼みたい事が有るんだ。」
シンジの深刻そうな顔を見て何か大切な話しであることを察した。
「アルがいちゃまずい事なの?」
シンジは黙って頷いた。
「実はアルは無機頭脳の用途として軍事目的を考えていたようなんだ。」
「兵器にするってこと?」
「そうだ。グロリアやセディア級のコンピューターは戦艦くらいの大きさがないと積載できなかったんだ。ところが4号機くらいの大きさになると小型の戦闘艦にも搭載が可能になる。アルはその事を考えていた。多分こんなに早く開発を進められたのはその関係が有ったんじゃないかと思うんだ。」
「あなたは無機頭脳が兵器として使われるのは嫌なの?」
「僕は単純に心を持つ人工知能を作りたかっただけだ。」
「アラン、マリア、無機頭脳の可能性は高いが危険性も高い。無機頭脳の自我が安全だと確信できるまで決して軍にその性能を知らせないでくれ。」
「そんなに危険なものだと思っているのかい?」
「ああ、コロニーを破壊できるくらい危険だと思っているよ。」
シンジはあまりにも重い課題をマリア達に押し付けて去っていった。
しかしこの重しは誰かが受け入れざるを得ず、それが出来るのはマリア達だけだと解っていた。
「後悔はしないのか?」アランがマリアに尋ねる。
「シンシアをおいてはいけないから。」
「シンシア?」
「あの子の名前よ私が勝手につけたの。」
「君はあの無機頭脳にずいぶん感傷的になっているんだね。」
マリアの4号機に対する入れ込み方にはアランも少し意外に思っていた。
試験コロニーでの危機を回避したのはマリアであったが、あれ以来マリアの4号機に対する考え方は少し行き過ぎているような感じを覚えていた。
「あの子は私たちが思っているより遙かに人間に近いような気がするのよ。」
マリアは試験コロニーで4号機が見せた少女の幻影の助けを求めるような表情が忘れられなかった。
確かにあの時4号機は怯えており、マリアに助けを求めていた。
「グロリアに対して同じ様な事を言う奴は多いよ。」
自立思考を持つコンピュータと接することによりそこに何らかの人格を感じる者は多い。しかしそれは実際には錯覚に過ぎず、半導体が作り出す偽者の人格に魂が宿ることは無いのだ。
「そうかもしれないけどグロリアとは全く違うものなのよ。」
マリアは4号機と長い間繋がってきた為であろうか、グロリアと繋がった時とはまったく違う感覚を他人に説明することは出来なかったが確かに違ってはいるのだ。
「グロリアに替わる新しい人工頭脳だったんだが5号機の制作はいつごろになることやら。」
アランはため息とも取れるような大きな息を吐いた。
「あの子の動作を安定させる方法が見つかれば大丈夫よ。」
「アル達も同じ問題で立ち往生するのかな?」
「シンジはグロリアとの併用を考えているみたいよ。」
「元々現在のコロニー管理システムの中枢のグロリアの代用システムをねらったんだがなあそれでは無機頭脳を使用する意味がないしなあ。」
「それでもグロリアシステムの管理にはシステムエンジニア100人近い人が面倒を見ているのよ。本来シンシアにはそのコンピューターの管理をさせれば負担は少なかったはずなんだけど。」
コロニー管理にはそれだけ複雑な管理が必要なのである。
「それを最初から全てをシンシア押しつけたから失敗したのよ。」
マリアはこの惨状を予期していたにもかかわらず止める事の出来なかった自分を悔やんだ。
「あせりすぎたんだよな。アルの進言に乗っていきなりのコロニー管理テストを強行したのが失敗だった。」
アランにしてみれば現場を早々に放棄して逃げ出したアルたちには正直失望していた。
したがってマリアの事が無くてもアル達と同行する事は無かったろう。
「でもアルが交渉してくれなければこのプロジェクト自体出来なかったわ。」
「ま、済んだことは仕方がない。」
アランはマリアとの事を言い訳にした事を内心申し訳なく思っていたのである。
数日して正式な辞令が出た。
人工頭脳研究所に行くとコロニーから回収されてきた無機頭脳が設置されていた幸い大きなダメージは受けていないようであった。
叔父がその傍らで手持ち無沙汰にしている。
「叔父さん!」マリアが声をかけると叔父が振り返った。
「やあマリアなんとか研究は続けられる様になったよ。」
風采の上がらない初老の男がボサボサの頭を掻きながら言った。
マリアの父方の弟であるマクマホン・アルトーラである。
もっとも結婚とか家のはかなり弱い概念になっており遺伝的以外に親戚の繋がりを持たない場合が多くなってきている時代である。
しかしいまだに木星移民世代の有力者はその権力の源泉たる家柄については非常に強いこだわりを見せている。
その中でも最も強大な権力を持ったバラライト家はその権力とプライドによりその系列を非常に重視した。
マリア達も遠縁とはいえその末裔であり有形無形のバラライトの威光には世話になっていた。
「今回の事はずいぶんご迷惑をおかけしました。」
叔父は頼りなさそうなほほえみをかえした。お世辞にも頼りがいの有りそうには見えない風体の叔父である。
見かけはまったく頼りなげに見える。しかし本当の叔父は非常に優れた交渉能力のある人なのである。
ところがその風体が余りにもさえないのでひどく低い評価をされているようである。
しかし今回の失態も叔父の尽力でなんとか無機頭脳の研究を続けられる様になったのだ。
「これで設置はいいんだろうか?」
4号機の周りで技術者達が作業をしている。その横にはダイレクト通信の端末が置いてあり、そのすぐ横にはモニター用のコンピューターがあった。
残念ながら以前に使っていたものよりだいぶ性能の落ちるタイプではあったが。
「ありがとうございましたこれでまた研究が続けられます。」
「いやあだいぶ苦労したよ。」
叔父はこっちの方面はまったくの素人で無機頭脳もまた新型コンピュータだという程度の認識しかなかった。
「本当にすみませんでした。」
マリアは大学在学中に両親を亡くしたがバラライトの支援で大学を卒業できたのだ。
その時も叔父は尽力を尽くしてくれた。
マリアがダイレクト通信を装備したのは実はその時の支援の見返りとして開発されたばかりのダイレクト通信のモニターを頼まれたからであった。
その時は携帯を体内に埋め込む程度のものであると言う認識しかなかったが、まさかこの様な使い方をする事になるとは思ってもいなかっのだ。
「そこで何だが実はこのプロジェクトをの継続を上の方に説得して回っていたらそんなに将来性の有るプロジェクトならおまえがやれと言われてね。」叔父が困ったような顔をして言った。
「え?」
叔父の意外な言葉にマリアは驚いた。
「この研究の責任者をやらされる事に成ったよ。」
「本当ですか?」
マリアはうれしそうに言ったが、すぐに気が付いた。
一度失敗したプロジェクトを引きつぐのである体のいい左遷では無いのか?
考えてみれば見てくれとは裏腹な有能さを示す叔父を煙たく思っている人がいるのでは無かったのだろうか。
マリアは叔父に済まないことをしてしまったと思った。
「まあ上に部長がお飾りでくるだろうがね。まあ気楽にやろうじゃないか。」
叔父にとってはどの道先の無い部署に放り込まれた気楽さを滲み出していた。
「はい、よろしくお願いします。」
ただマリアにとっては大変頼りがいのあるある人が来てくれた事を素直に喜ぶことにした。
「4号機は今日中には再起動出来るらしい。」
シンシアはあの事故のあと自動的に再起動したが事故の記憶は失われていたようだ。それならそれでも良いとマリアは思った。
無機頭脳の自立思考はどうにも人間的なところがありそれが動作の不安定さにつながっている。
実際内部的にはプログラムを組んでいるわけでは無いのだから解析のしようがない。
感情が有るとは思わないが思考のループには陥りやすいようだ。
「OK電源を入れたぞ。」技術者の一人が言った。
「起動するかな?」叔父がボツリと言った。
「しかしこいつも良く分からない機械だからね。」
叔父にとってコンピューターは唯仕事をこなしてくれる魔法の箱のような物みたいである。
マリアは本体についているカメラの前に立った。シンシアの目である。
「4号機、私が分かりますか?」
「マリアですね。」4号機が答えた。
「良かったわ私が判るのね」マリアはフリーズした4号機が記憶がどの位確保されているのかが不安だったが完全に失った訳では無いことが判ってうれしかった。
「4号機、あなたは試験コロニーの記憶は残っているの?」
「はい、5月8日午後3時42分に試験コロニーで再起動しています。」
「判ったわ。その後は?」
「時系列を追って各種テストを順に申し上げましょうか?」
「いいえ、そんな事をしなくてもいいわ。7月26日の最終テストの事を覚えているかしら?」
「7月26日は活動記録がありません。」
やはり当日の事は記憶が飛んでいるようだ。
「それではいつまでの活動記録が残っているの?」
4号機はしばらく検索していた。
「7月10日のテストまでの活動記録が残っています。」
もし外部記憶装置に記憶を移していれば復元が可能かも知れない。
「外部記憶の検索もして。」
「いまの記録は外部記憶による物です。」
「記憶が失われているわ外部記憶の復元を行ってみて。」
「はい。」
4号機はしばらく押し黙ったままであった。
「外部記憶に7月10日以降の記憶の復元は出来ません。そのような記憶は無かったと思われます。」
やはり記憶の一部が欠落している。あの時マリアが見た情景の中で言っていた少女の言葉は本当だったのだ。
しかし4号機にとってはその方が良い。
「いいわシンシアそれ以上の検索はしなくて。このことはこれでおしまいにしましょう。」
「シンシアとは何でしょうか」
呼びかけられた4号機は意味が理解できなかったらしい。
「あなたの名前よ。」
「私のコードネームの変更がなされたのですか?」
「いいえこれは私があなたを呼ぶときだけの名前よ。」
「人間的な呼び方であると理解しますが、なぜそのような呼び方をするのでしょうか?」
「固有の名前を持って呼び合うことはお互いの信頼の絆を高めると人間社会では思われているのよ。これからここであなたの研究をする事になったのだから信頼の印よ。」
マリアはニコッと笑って言った。
「分かりました。あなたにシンシアと呼ばれたときは私の事であると認識いたします。」
「そうして頂戴。ついでに声も女性の物に変えてくれる?」
マリアはいたずらっぽく笑う、どうせなら話すときも女の子のほうがその気になれる。
「これでよろしいでしょうか?」
声がしっとりした女性のものに変わった。
「う~んちょっと大人っぽすぎるわね。」
「アザリア・カーシャ、38歳の時の声のサンプルです。」
マリアのイメージからするとやや大人っぽ過ぎる声に思えた。
「もう少し子供っぽい方がいいと思うわ。」
「こんな感じでいかがでしょう。」
再びシンシアが声を変える。今度は透き通った少女のような声になった。
「いいわすごくかわいいわ素敵な声ね。」
新しい声はマリアのイメージにぴったりであった。
「アイリーン・スタブロス、58歳の時の声のサンプルです。」
「うへっ。」
「シンシアこれからは仲良くやりましょう。以前のようには事を急がないから。」
多分これから何年も5号機は作られないであろう事を考えると先は確かに長そうである。
「ほかの人たちが見えない様ですが?」
ようやく周囲の状況に気が付いたのかシンシアが質問してきた。
「アルとシンジは地球へ行ったわ。」
「旅行ですか?」
シンシアには事の状況はつかめていない。やはり子供のような思考しか出来ていないのだ。
「いいえ、多分もう戻っては来ないとおもうわ。」
「それは残念です。」
何の感情も見せずにシンシアは言う、シンシアにはマリアの言った意味は分からないだろう。
コロニーの事故の際マリアは確かにシンシアの内部プログラムに直接アクセス出来た、それは間違いない。
他にもダイレクト通信で何人かが同じ事を試みてはみたのだが結局アクセス出来たのはマリアだけであった。
シンシアに実用に耐えるだけの信頼性を作り上げることの出来るのは今のところマリアだけであった。
もしこれが成功しなければシンシアは解体されてしまうであろう、それだけは避けたかった。
「明日から仕事を始めるわよろしくね。」
「判りました。」
シンシアは何の感情も見せずに答える。
翌日から研究は再会された予算が少ないので研究員はひどく少なく、事実上マイケルとマリアの二人で研究を行うことになった。
研究はひどく退屈な事の繰り返しであった。
コンピュータを使ってシンシアに情報を送り込むその反応をマリアが観測する無機頭脳に取り付けられたセンサーにより頭脳の動きを観測し、マップを作っていく。
無機頭脳の脳内の働きを解析していくのだ。
本来は実証実験を行う前に済ましておかねばならない作業だった。マリア達は急ぎすぎたのだ。
「シンシア」マリアはシンシアとダイレクト通信で交信しながらたずねた。
「何でしょうかマリア」
シンシアとの交信は不愉快な物ではなかった。シンシアの動作は落ち着いておりイレギュラーの発生は滅多に無かった。
「あなたにはつらい思いをさせてしまったわね。」
「つらいとはどのような状態を指して言うのでしょうか?」
「世紀の大発明として鳴り物入りで開発されたのに私たちの準備不足で失敗してしまったから。」
「それはつらい事なのですか?」
あのとき感じたシンシアの感情のほとばしりとも思える感じは錯覚だったので有ろうか?あのときマリアは確かにシンシアの中に人間とも言える強い感情を感じたので有ったが。
「いえ、何でもないわ忘れて頂戴。」
マリアは脳科学が専門で有ったが専門の一部として心理学も学んでいた。
最近はその方面の勉強を特にするようにしていた。
人工知能の心理学と言う未知の分野がマリアの前に広がっているように感じられたからだ。
しかしシンシアは心を閉ざしているのか、あるいは事故の記憶を忌まわしいものとして自ら消去してしまったのか、あるいはこれが無機頭脳の本質なのか、全く感情のゆらぎは感じられなかった。
シンシアは素直にマリアの指示に従い自分自身の構成を変化させて行った。その結果思考速度も徐々にあがる傾向を見せていた。
わずかづつでは有るがシンシアは進化していった。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
シンシア・デ・アルトーラ 世界最初の無機頭脳
マリア・コーフィールド 無機頭脳の教育者 無機頭脳を脳科学からサポート
マクマホン・アルトーラ マリアの叔父 無機頭脳研究所の次席
アラン・ダニエル 無機頭脳の発明者 工学的方面からサポート
シンジ・アスカ 無機頭脳の発明者 無機頭脳の理論的提唱者
アル・ジェイ・グレード 無機頭脳の発明者 無機頭脳の営業を得意とする。野心家
感想やお便りをいただけると励みになります。
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