第11話 機械の魂
「マリア。」ベッドの中でアランがマリアに呼びかけた。したいのだろうか?
「なに?」アランはそっとマリアの乳房を摩る。
「子供が欲しいな。」もうマリアも30近くなってしまった。
他の人と同じように卵子保管はしてあるもののマリアは自然出産主義者だった。
試験コロニーの事故以来落ち着かない日々を過ごしてきたが此処に来て少し落ち着いてきた。
シンシアが我が家に来て家の事を全てやってくれる。まるでメイドを官費で雇ったようなものであった。
余分な時間が出来ると人間やることは決まってくる。この際子供を作ってしまおうとでも考えたのだろうか?
「そうね。」マリアはそれ程気のない返事をした。
シンシアの存在はふたりに取っては微妙な感じである。使用人、友人、家族、いずれにも該当しない感じであった。
シンシアと生活をしてみると実に純粋で素直であった。世間知らずと言う言い方がもっとも近い感じではあったが人間的には非常に好感の持てる感じである。何より人間と違って裏表がない。
だがその性格(あるいは性能)は実際の社会においては非常な危うさを感じさせる。
アランはそっとマリアの下半身に手を伸ばしてくる。
「シンシアは?」マリアは尋ねた。
「この時間は培養タンクの中さ。」アランはそれを踏まえて誘ってきているのだ。
「そうね。」
シンシアの料理はまさしくレシピ通りの感じのする料理であった。
失敗もしないがレストラン程の美味しさも無い。可も無く不可もなくの所だろう。それでも確かにマリアが作るより美味しい事は確かだった。
シンシアは何もかもマニュアル通りに行った。人間生活をした事が無いのであるから仕方が無い。
適当というファジーなものに関してシンシアの選択肢はいまだに狭い範囲でしかなかった。たとえばシンシアは歩くときは必ず左側を歩いた。交差点で曲がる時も大きく回り込んで右に曲がった。なぜならそれがシンシアの知っている交通マナーだからだ。
知識は既に膨大な物が蓄積されていた。しかし知識はそれぞれが独立して存在しており相互に関連付けて発展性を持たせる事も無かった。
早い話が百科事典を丸暗記したのと同じ事であった。知識はあってもそれだけの物でしかないのだ。
シンシアは家の中では良く働いた。何しろ機械の体である。疲れを知らずに動いている。
家事をするときはエプロンをして作業をする。カチューシャこそ付けていないがまさしくメイドそのものである。
どうもメイド姿のシンシアのを見るアランの目つきが気になったがマリアは特に何も言わなかった。
病院に行っている間のシンシアの精神状態のモニターを同時に出来る事はマリアにとっては好都合な事であった。
病院の中でおきるさまざまな事態にシンシアは落ち着いて対応している。
やはり試験コロニーではシンシアのキャパシティーを超える対応を求めた為だったのだろう。
このままの状態で徐々に仕事を増やしていけば状況はずっと改善するかもしれない。そうマリアは思った。
シンシアがマリア達の家に来てしばらく時間が経つとシンシアも徐々になじんで来て最近ではすっかり家族の一員になっている。
家族になったシンシアは必要以上の言葉を喋る事もなく必要以上に存在を示すこともなかった。
つまり影の薄い存在と言っても良いだろう。そんな感じで3人の生活は続いていた。
シンシア動作は極めて安定しており、病院での勤務も順調にこなしているようであった。
マリア達はシンシアに支払われた給料は全てシンシア自身に管理させた。
エネルギーや培養液は研究所の方から支給されていたので必要な物は細かい雑貨と服くらいで有った。
しかしなぜかシンシアはダッドの用意したメイド服が気に入ったのかその服を好んで着ていた。
最初は奇異に感じないでもなかったが 馴染んでくるとなかなか可愛い、と言うか違和感がなくなってきた。
やがて3人はこの状態がずっと続いて行くものだと思い始めていた。
マリアはシンシアの脳内構造のモニターを行いアランはその構造解析を行なっていた。だんだんと無機頭脳内部の動作状況が判ってきた。
アランはそれを元に無機頭脳に関する論文を書き始めた。どうやらアランには無機頭脳の本質的な部分に気が付き始めているようであった。
日に日にシンシアは人間的な仕草を示すようになって来る。
同時に人間的な失敗、特に勘違いが多くなってきた。思考が以前と異なりファジーな部分が多くなってきた証拠である。
以前であれば厳格な定義の元行われてきた行動に直感的な部分が増えてきたような気がする。
そうは言ってもプログラムを持たない閉鎖型思考システムは複製が難しく均質な性能を保証出来ない。
無機頭脳最大の欠点をどうすれば克服出来るのかは全く見当もつかなかった。
「シンシアはあれでいいんじゃないのか?」ある日アランはマリアに言った。
「どういう意味?」
「シンシアをコンピューターだと思うからいけないんだ。シンシアが人間だと考えれば別に問題は無い。」
「だけど人間と同じだったら人間がすればいいのだから無機頭脳の存在価値が無いわ。」
「そうでもないだろう。何しろあの子は直接コンピューターにアクセスできるし。思考速度も人間の300倍位は有るんだよ。」
その直接アクセスってのが問題なんだけどなー。そうマリアは思った。
「そうねえ。でもそれってベンチテストの結果でしょう。実際にシンシアは300倍の速度の時間を生きているのかしら?私にはとてもそうは思えないんだけど。」
マリアの見る所シンシアの精神年齢は見かけ相応の15,6歳くらいに感じられた。もっとも小さな子供でっもあまり喋らない子供は大人っぽく見えるものではあるが。
「ま、それはそうだけどね。人間だって能力いっぱい全力で生きている人間はいないからね。」
「だってもしそうなら彼女は300年生きていることに成るのよ。記憶容量から考えても世界最大の大天才になっているわ。」
「まあ、そうだね。純粋に学問だけならともかく人間関係や社会関係は人間の時間でこなさなくてはならないだろう?人間生きていくのに必要な知識といえば読み書き算数だけあれば不自由はない。そこから先は教養と呼ばれる部分だ。あるいは専門の学問か専門の人間学の問題ということだろうね。」
「彼女はいったいどんな気持ちでいるのかしら。」
「人間とあまり変わらないかも知れないよ。」
「最近あの子が人間的になって来たと思わない?」
なぜだかシンシアはマリア達と生活することを楽しむと言うか、喜んでいるように見えなくもない。
「以前よりはね。ただコンピューターに感情は生まれないというのが定説だからあの子も人間の真似をしているだけである可能性は否定出来ない。」
マリアはずっとシンシアとダイレクトに接続してきている。
シンシアに魂が有るのか否かということに関しては未だに判らない。グロリアですら話し相手を気遣うような発言が出来るのである。
グロリアに魂が無いことは既に立証されている事実である。しかし見ている人間にとっては自分の発言に対して的確に対応するコンピューターに魂とか心とかが存在する様に感じるのは当然であり、それ故に魂が存在すると考える事は出来なかった。
ましてや自己内部でプログラムを編集できる能力を持つのである。コンピューターといって良いかどうかすらわからない物に人間的な心を求める方がおかしいと言えない訳でもない。
毎日病院に通い、帰って来てからは甲斐甲斐しく家の仕事をこなすシンシアに対し二人はやや申し訳なさを感じていた。
しかし当のシンシアにとってみればなんら負担になっていない事は明らかである。
疲れる事も無く眠る必要も休む必要も無いアンドロイドの体には人間としての余暇は必要としないのだ。
むしろマリアがシンシアの中に入っているときにシンシアが病院で体験している事のフィールドバックが入ってくる。
そこにはいろいろな感情的なフィールドバックが多く入り混じっており、喜び、悲しみ、後悔、あせり、等の感情の残照のかけらのような物を感じている。
シンシアが考える機械であり、まったく感情を持ち得ないとするアランの主張にはかなり疑問を感じていた。
程なく二人はシンシアの事を家族のように感じるようになってきた。やはり人間の外観が及ぼす影響は大きい物である。
マリアはシンシアに財布を渡しそれで買い物をするように指示した。既に給料の出ていたシンシアは自分で支払うと主張したがそれはマリアが禁止した。
面白い事に禁止すればそれだけで二度とその主張はしなかった。ここいら辺が人間とは違うところである。自分の主張と異なっても指示されれば必ず従うのである。
この時期は過去5年間の喧騒に満ちた日々とは異なり毎日変化の少ない日々を過ごしていた。
この平和な日々はその後に起きる悲劇の前のつかの間の安息の時であった。思い出してもこの頃は3人にとって一番良い時であった。
シンシアは非常に安定しておりマリアたちの言う事を良く聞いた。むしろマリアたちの為に尽くせる事を喜んでいるようにすら見えた。
しかし無機頭脳の研究が再開するのははるかに先のこととなるだろう。
マリアたちは年を取り自分たちの研究が過去の物となった頃、それまで資料を整理しシンシアが安定的に動作が出来るように研究を進めておかなくてはならない。
アランはある日マリアに言った。
「シンシア、無機頭脳の内部プログラム構造のコピーに関しての事なんだけね。」
「なに?内部構造プログラムのコピー?製造段階の事?」
以前問題になった無機頭脳の内部情報のコピーの事を言っているらしい。マリアはそう思った。
「いや正しくは精神構造のことだよ。」
「精神構造?無機頭脳の内部プログラム?どういう意味?」
「プログラムという言い方は正しく無いけれどシンシアの自立思考の元となる思考過程の話だよ。」
「だってあなたはコピーは出来ないって言わなかった?無機頭脳はデーターの入出力は可能だけれど動作はプログラムじゃ無いからOSを書き換えるようには行かないって。」
「無論そうだよ。だけどね君が今やっている事はシンシアのプログラムの書き換えなんだよ。」
そういわれてマリアははっとした。そういう考え方もあるのか。
自分が漫然とやって来た事は実はそういうことだとアランは見ていたらしい。確かにそういわれればそうかもしれない。
「もしそれが手段として確立出来ればこの次はシンシアがそれを出来るかもしれない。その事に気が付いてからは僕はその方向でデーターを再検討しているんだ。」
「それは興味深い検討課題ね。」
「それでね他のダイレクト通信を装備している人たちは君と同じような事は出来ないって言ってたじゃないか。」
「私がシンシアの内部構造が判るって言っても感覚的な物に過ぎないのよ。」
「その事について言えば僕らも最初の頃は君の言っていることを事を信じられなかったよ。何しろ他に20人もの人間がダイレクト通信でアクセスしても君と同じように感じられる人はいなかったのだからね。」
「私が感じていることが正しいと判るのにずいぶん時間がかかったわ。」
「ただ君が良いと感じるようにシンシアを導いてゆくとシンシアの状況は改善されるんだ。実際シンシアの思考速度は作られたばかりの頃に比べて5倍以上の速度になっているんだ。」
「そんなに?」
「僕はね、君がシンシアに行っている脳内通信のことを交感と名づけたんだ。無機頭脳は交感を繰り返して成長して行くと僕は考えたんだよ。」
「まるで人間みたいな言い方をするのね。」
「人間という物の本質的な概念そのものが曖昧模糊としたような物だからね、話は哲学的な部分に踏み込む事になる。あるいは心理学的と言ってもいい。」
アランは自分が説明しようとする事を正しく伝えなくてはならないことに苦心しているようであった。
「以前君は試験コロニーでシンシアに接続したときシンシアが少女の姿に見えたと言ったよね。」
「あの時はかなり深くまでダイブしたから多分シンシアの深層意識まで到達したのかも知れ無いわ。」
「それ以後はそんなに深くまではいっていないのかい?」
「判らないわ。ただあのときのシンシアと今のシンシアはぜんぜん違うようにも感じられるの。」
「つまり?」
どうやらアランは私に確認したいことがあるようだった。
「多分、今はあの時よりももっと深くまでもぐりこんでいるような感じなのよ。でもあの時に現れた少女のような感覚は現れない。こちらに戻ってきてからはずっと安定しているもの。」
アランは確信を得たように話を続けた。
「それは君自身があの時より落ち着いているからだよ。あの時シンシアは君の思考に反応したんだよ。いや正確にいうと君のアクセスのフィードバックを君自身が感じているんだ。少女の姿は君が望んだから現れたんだ。」
「どういう意味かしら?」
「シンシアが君のパーソナリティに影響を受けて君の感性に近づいているのではないかと僕は思っているんだ。」
マリアはアランの言おうとしていた事がその時はっきり判った。
「まさかそんな事が本当に起きているとすればあの子はまさしく人間になるんじゃない。」
「あのアンドロイドボディをシンシアに与えたのはまさしくエポックだったよ。あの体を持ったシンシアはものすごく人間臭くなってきたんだ。」
「まさか、そんな………あの子が心を持つとでも言うの?」
「可能性は皆無じゃない。というよりかなり大きいと思っているんだ。ただ今考えていることはそんなことじゃ無いんだ。君がシンシアの思考に影響を与えているのは確かだし、もし同じ事をシンシアが出来るとすればシンシアが上手く育てば次の世代を教育させられる。」
アランは私がシンシアを成長させられればシンシアが次の無機頭脳を教育できるのではないかと考えたらしい。
「つまりシンシアに出来たばかりの無機頭脳の初期設定をさせられると言っているのね。」
自分の言わんとする概念がマリアに伝わったと思ったアランは満面の笑みを浮かべてマリアに言った。
「まあコンピューター的な言い方をすればね。その辺を今度論文に書いて発表しようと思っているんだ。この方式が確立すれば無機頭脳が安全に使えるようになる。」
アランの視点は今まで考えた事も無い事であった。
無機頭脳のセッティングを無機頭脳を使って行うのである。上手く行けば無機頭脳の未来が開ける。マリアはそう思った。
「ただこれを実証するためには新しい無機頭脳を作らなくちゃならない。今の状態でそんな許可が出る訳もない。」
「どちらにしてもそれはしばらく先の話でしょう。今はあなたの思う方向で研究を進めましょう。」
アランはそれからシンシアとマリアの交信のモニターを行いながらマリアとシンシア両方の変化をモニターし続けた。
アランは自分の仮定の正しさに自信を持ってきたようであった。やがて論文が完成するとアカデミーに送った。
採用されるかどうかは判らないが採用されれば年に一度の発表会で発表出来るのだ。
多くの著名な科学者と並んで論文が発表できればより多くの科学者の目に止まる。そうなれば異なる分野の研究者と交流を持ち無機頭脳の開発に新た無い側面が生まれる可能性もあるのだ。
アランはそれまでのデーターをまとめ論文に書き上げるとアカデミーに郵送した。
「僕としては良く出来た方だと思うよ。」
アランはそう言ってはいたがそれなりの手ごたえを感じていたに違いない。
シンシアは一緒に暮らしてみると実にいい娘であった。
人の言う事には素直に従った。彼女は驚くほどの知識にアクセスできた。それでいて決していてそれを誇ることも無かった。
しかしシンシアはどうやら人との接触は苦手の様であったようである。
さすがに裸で家の中をうろつく事は無かったが、それでも人間生活における暗黙の了解というシステムは彼女には理解しがたい物だった様である。したがって気配りとか気遣いと言う事柄の理解が出来なかった様である。
自分の起こす行動に対する人間の反応を予測できる程には人間をまだ理解できないでいる。
結局未知の行動を起こすより既知の行動のみを行う。または人間との積極的な接触を行わないという選択を行うことになる。
たまに客が有っても言葉を交わす事も無く早々に部屋に引きこもってしまっていた。
「どうもあの娘を見ていると発達障害の子供を育てているような感触にとらわれる事があるよ。」
アランが頭を掻きながらまるで父親のような発言をする。
「だけどあの娘はまだ1年しか人間と接触していないしあの体で人と接するのはまだたった3ヶ月なのよ。」
マリアはそう思った。人間でも性格的に人付き合いの下手な人間はおり、ましてや人で無い知性体には人との付き合いを理解するにはまだ時間が足りないのだろう。
「大丈夫よあの娘はきっといい娘になると思うわ。」
「君はまるであのシンシアが自分の娘かなんかのように話す事があるね。」
実はそれはアラン自身も同じである。人は自分のことは良く見えないみたいである。
「焼いてるの?」
「いやできれば僕の娘も欲しいと思ってね。」
「バカね。」
ふとマリアは思った。もし子供が出来たらシンシアはその子の姉の立場になる。あの娘は兄弟をどう思うのだろうか?
姉としての立場を取るのだろうか?それとも私たちの子供に対して嫉妬心を感じるのだろうか?
いや、多分今と変わらず子供の面倒まで見てしまうだろう。
バカバカしい考え方だとは思ったが自立思考で動き回るアンドロイドを見ているとどうにも人間との同質的な感覚を覚えてしまうのである。
勤め先でシンシアは子供を育てているのである。その経験があれば子供を育てる位何の問題も無いだろう。
しかし、とマリアは思う。
子供にとって最も大切な肉親の愛情を子供与えることは出来ないだろう。国によって育てられている大多数の卵子移民の子供たちと同じように。
現実問題として結婚と言う概念は殆どコロニーには無い。
生まれた子供はどのような状況であれ全て国が育てる義務を負っている。親がいれば親元で、いなければ専用の施設で育てられ、その費用は全て国が負担している。
卵子移民の子供は出産人口の調整のために誕生させられるが、めったに養子に出される事は無い。殆どの子供は施設でアンドロイドの保母に育てられる。
子供は親を知らず親の無い子供として育つ。
生まれてくる子供にしてみればやはりアンドロイドは人間ではない。その事にいやでも気が付く時が来る。
マリアの知っている卵子移民の子がそう言っているのを聞いた事がある。マリア自身親を早くに無くしてしまった。その喪失感は良く理解できた。
それ故卵子移民の子供たちは彼らだけの集団を作り自然出産にこだわり夫婦で子供を育てる事に固執する傾向が強いと言われている。
マリアもまた自然出産を望んでいるのは母としての自覚を持ちたいと思っているからに他ならなかった。
しかし毎日は平和でありアランもまたシンシアを自分の娘の様に感じているようであった。
本物の子供が出来たときにアランはどの様な態度でシンシアに接するのであろうか?
マリアは考えるのをやめた。無意味で有る事は判っていた。
シンシアは愛情を求めはしない。人間では無いのだ。
人を愛する事も無いだろう。ただ自分に与えられた、あるいは自分自身で決めた仕事を淡々とこなす存在であった。
「人のように心を持つ存在であったら……。」
その考えはあの事故の時以来ずっとマリアの心の奥底でくすぶっている思いであった。
あの時4号機から感じられたのは暗い負の感情ばかりだった。
「アラン私自信ない。」有る日突然マリアはアランにそう言った。
「なんだいマリア突然に、何かあったのか?」アランは怪訝そうに聞いた。
「もしシンシアが私の心に反応して私の心をトレースしていたとしたら私の嫌な所まで似てくるんじゃないかって思うのよ。」
「嫌なところって、君はすごくいい娘だし嫌なところなんてないよ。」
アランはマリアの言っている意味が判らない様であった。
「そういうことじゃなくて、もしシンシアが自分そっくりな性格に出来上がったらぞっとするわ。」
「何だそんなことか。」
「人事だと思って!」
「親子で顔の他に性格もそっくりな子供っているよね。だけどそれで子供を嫌いになるだろうかね?」
「結構いるわよ。」
「大丈夫だよ。第一無機頭脳には感情は生まれないってのが僕らの間の見解だったじゃないか。」
「本当にそう思う?」
「無機頭脳には肉体がないからね。感情の大半は生物学的欲求から来ているものだ。だから無機頭脳には感情が生まれても軽微なものだというのが僕らの結論だったろう。」
「そんなもの無機頭脳が出来る前の机上の空論じゃないの。」怒ったようにマリアは言った。
あの時4号機に心の中で少女に触れ合った時の感触はどう説明しても理解では出来ないだろう。あの時確かにあの子は怯えていた。
「なんでそんなにムキになるんだい?」
「アラン7つの大罪って知ってる?」
「ああ、キリスト教の教えで本当は8とか9とか言われているけど。」
「普通言われているのが傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲 なのよ。人間の負の感情を表しているわ。」
「うん。」
「この内怠惰、強欲、暴食、色欲はどちらかと言えば肉体的な物ね。肉体がなければこういった感情は起きないでしょう。」
「そうだね。」
「だけど傲慢、嫉妬、憤怒はどちらかと言えば人との関わりの中で人々の心の中に起きるものじゃない?」
「まあ……必ずしもそうとは限らないと思うけど。」
「私、傲慢だし嫉妬するし良く怒るから……。」
それを聞いてアランは吹き出してしまった。
「君の言っていることが理解できたよ。」
アランはマリアの横に座ると肩を抱き寄せた。
「確かにその通りかもしれない。君に感化された無機頭脳は傲慢で嫉妬深く怒りっぽくなるかもしれない。だけど、その負の感情の裏側にあるものはなんだか知っているかい?」
「負の感情の裏側?」
「もし、もしもだよ。シンシアにそんな感情が芽生えたとしたら、必ずその裏には愛情や献身といった感情も生まれるんだよ。」
「あ……。」
マリアは感情のマイナス面しか考えなかった。しかしアランは違った。影の裏側には必ず日の当たる面があると言いたかったのだ。
「シンシアに人を愛する感情が生まれたら素晴らしいことだとは思わないのかい?」
「そんな事考えたこともなかった。」
普段は茫洋とした態度のアランがこんなふうに人間を見ているとは思いもよらなかった。
「君はとても愛情深い人だから逆にわからないのかもしれない。大丈夫シンシアはきっといい娘に育つさ。なにしろ僕らの子供なんだからね。」
そういってアランはマリアを抱きしめた。マリアはこの人とならシンシアを上手に育てられる。そう思った。
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