第3話 アンコントロール
「大変だテストエリアで戦闘が始まっている。」最初に異常に気がついたのはシンジであった。
アルは外に出てみると外では混乱が広がっていた。警護のために駐留していた軍隊は組織的な動きが出来ずに右往左往していた。
なにが起きているのか全く判らなかったがとにかく緊急事態であることには間違いが無かった。今日は賓客が大勢集まっておりこんな物を見せる訳には行かない。アルは直ちに実験センターの中の賓客をレセプション会場に移した。
レセプション会場から戻るとすぐにアルは実験の中止とセディアによるコロニー管理の復旧を命じた。
しかしセディアはこの時全く命令を受け付けなくなっていた。実はセディアはこの時完全に4号機の支配下に置かれていた。4号機がセディアを乗っ取っていたのである。
「マリア、4号機との連絡はつかないのか?」アランがマリアに問いただす。
「だめっ、通信が全然繋がらなくなったわ。」
「いってえ何が起きたんだ。外じゃえれえ騒ぎになってるぜ。」ヨシムラが血相を変えて戻ってきた。
作業ロボットが軍やプレスを掴み上げるとトラックに放り込みダストシュートに放り込んだ。そのままゴミ集積場まで滑り落ちた人々はなんとかそこから這い上がったものの、その部屋から出ることは出来なかった。
「大尉、各分隊から作業機械から攻撃を受けているとの報告です。」
コロニーのあちこちから被害が出て救援の要請が軍の警備警備本部に入ってきた。
「どういうことだ状況が全くわからん。」
司令官の大尉は当惑していた。此処の警備を任されてから随分になるがこんな異常事態は初めてだった。
「とにかく作業ロボットが軍を攻撃しているらしい。直ぐに作業ロボットの指令センターにロボットの動きを止めるように連絡しろ。」
ロボットは大型のコンピューターで集中管理されている。コンピューターさえ止めればロボットは止まるはずだった。
「だめです。通信が遮断されています。」
「なんだってんだ。携帯は通じるか?指令センターにも分隊はいるだろう。携帯電話で連絡しろ。」
幸い無線機は通じ指令センターの電源が落とされた。一瞬作業ロボットは動きを停止した。しかし直ぐに再起動し、動き始めた。
「なんだ?電源を切ったのに再起動しているぞ。」
「予備電源が有るようだ。ええいくそっ、仕方ない通信ケーブルを爆破しよう。」
大尉はメインの通信ケーブルの爆破を指示した。
「大尉!」
「今度は何だ!?」
「通信が遮断されました。携帯電話も繋がりません。」
大尉は天をあおいだ。今日は厄災の日だ。
「シンジ、賓客を空港に逃がすぞ。」突然アルはシンジに向かって言った。
「なんだって?ここを放り出すのか?」シンジは驚いた表情でアルを見た。
「何を置いてもスポンサーが第一だ。スポンサーに被害が出たらプロジェクトはおしまいになる。」
アルの状況を把握する能力はここでも遺憾なく発揮された。状況が不利と見極めるや直ちに撤退を決め込んだのだ。
アルはレセプション会場に移った賓客を前にして言った。
「現在テストは順調に進行しています。コロニー外部でのテストもこれから始まります。皆様にはシャトルを用意してありますのでこれから空港に移って頂きます。」
「なんだい?プログラムには無かったろう。」賓客の一人が言った。
「試験が順調すぎて皆さん退屈なさっているようなので新しい企画として立ち上げて見ました。」
見事な誘導である。アルはこのままシャトルに移ってコロニーから逃げ出す算段であった。
ロボットに対抗していた軍は劣勢に立たされていた。
相手は大型重機を前面に押し出して軍の持つ銃器に対抗してきた。本来コロニーもまた宇宙船であり、内部での火器使用は非常に注意を要するものである。軍に限らずコロニー内で使用出来る火器は小口径高速弾のソフトポイント弾である。こんなものでは重機はおろか普通の作業ロボットにでも致命傷を与えるのは難しいのだ。
サイボーグ用の大口径銃器もあるが数が限られている上に使用には本部の許可が必要であった。
もっともこれだけ戦線が乱れてくると誰もそのようなことに斟酌するものはいない。かまわず強力な銃器を使用し、手榴弾ですらあらゆる場所で使用された。その為コロニーのインフラに大きなダメージを与えることになる。そうなればコロニーを守るために軍に対する攻撃は激しいものとなる。
事態は悪化の連鎖によりますます危険の度合いを深めて行く。
携帯電話は全く通じなくなった。幸い軍隊はコロニー内の通信網に頼らない無線機も常備しておりそれでの通信は可能であった。
軍隊はどれが作業ロボット用の通信ケーブルかわからないのでそれらしい物を片っ端から破壊し始めると、コロニーの環境維持に重要な通信回線が幾つか破壊された。
遂に作業ロボットは大型機械を全面に押し出し軍隊を殺戮し始めた。
軍隊は次第に追い詰られ幾つかの部屋にこもった。作業ロボットは部屋ごと壊し始め立てこもった軍隊もろとも押しつぶした。
状況を素早く理解したアルは直ちに賓客たちを空港に逃した。この状況で空港が機能するかどうかは判らない。しかし空港は実験の対象にはしていないし、どこのコロニーでも緊急時に備え空港だけはコロニーから独立した電源を持たせてある。運が良ければ脱出出来るだろう。
何しろスポンサー様だ。このまま穏便に済ますためにはさっさと脱出してもらうに限る。
戦闘に巻き込まれ右往左往するプレスであったがようやく事態を理解した者達が空港に向かうシャフトに殺到した。
シャフトのエレベーターが上り始めたが途中で止まるといきなり急降下を始めた。
エレベータはコロニー最下層まで落下して行き乗っていたプレスは全員が死亡した。
スポークのひとつに追い詰められた小隊はスポークを上り空港を目指すことにした。
「ちくしょうなんだってこんな事になっちまったんだ。」
ミラー軍曹はぼやいた。今までずっとこのコロニーを警備してきたがこんなことは初めてだった。
「全員今のうちに武装の点検と残弾を数えておけ。」
何度も実戦の訓練はしたが対象はいつもテロ組織でありこんなに作業ロボットが大挙して押し寄せる想定は無かった。だいたい味方より大勢の敵に対処するプログラムは想定されていないのだ。
10人程の人数であったが高速エレベーターは何の妨害も受けずにシャフトに到着した。
シャフトは無重力空間の空港と微重力空間の外郭の2重構造になっている。
「軍曹もしかしたら今回の事は新型のコンピューターが原因でしょうか?」シャーリーが聞く。
「わからんよ。ただその可能性は高い。こんな真似が出来るのはコロニー制御を司っているコンピューターだけだろう。」
「確かそのコンピューターはセンターシャフトに設置されたんですよね。」
「ああそうだ。だからこうしてシャフトに来たんだ。追い詰められて逃げ込んだんじゃねえぞ。」なんとなく我田引水のような言い訳をする。
シャフトはまず外郭の微重力階に到着しその後内郭の無重力エリア移動することになる。
空港は外部に対して静止状態となるようにコロニー本体とは逆方向に回転している。その為にエレベーターが最初に到着するのはコロニー側のシャフトであり、空港はその内側で回転しているのだ。
無機頭脳はその内殻の無重力エリアに設置されている。空港にはすべてのシャフトのエレベーターから行けるがコンピュータルームへは保安上の問題から一本のシャフトからだけが行けるようになっている。
今回小隊が入ったシャフトがたまたまそのシャフトであった事は彼らにとって不幸であった。
軍曹達はそれと知らずにエレベーターに乗ったのである。このシャフトはコンピュータールーム専用で逆に空港に行くことは出来なかったのだ。
「現在地を調べよう。そこに端末が有るだろう。」そう言って端末にPCをつないで位置を確認した。しかしその行為が自分たちの位置を無機頭脳に知らせる結果となることに思い及ばなかった。
「周囲を見張れ。どこから敵が現れるかわからんぞ。」そう言い終わらないうちに突然作業ロボットが現れた。
シャーリーは悲鳴を上げてありったけの弾をロボットに撃ち込む。ロボットは動きを停止しその場に崩れ落ちた。
「へっ、ざまあみろやったぜ。」
「ちくしょう。これで俺たちの位置がバレちまったぜ。早く空港に行くルートを探さなくちゃならん。俺達の場所は判ったか?」
「今やっています。」
「お前とお前は右だ。お前は左を固めろ。無駄弾を撃つな。エレベーターを確保しておけ。」
空港だけは今回のテスト範囲外だということはブリーフィングで聞いて知っている。たぶんそこに行けば安全な筈である。
「どうした、まだ見つからないのか?」ミラー軍曹は苛立って聞いた。
「いやっ、軍曹。どうもこのフロアは空港に繋がってはいないようです。」
「なに?どういうことだ。」
「どうもここはコンピューターフロアらしい。このフロアは空港には繋がっていないんです。」
「シット、なんてこったい。」
バリバリッと銃声が響く。作業ロボットが数体小隊に向かってきたので応戦したのだ。
「ちくしょう。こうなればそのコンピューターを破壊するしか無い。場所は判るか?」
「おかしいです。地図が無茶苦茶になっています。」
「気づかれたか。」
そう思った瞬間何かが飛んできてドスンと言う音を立てた。エレベータを確保しようと前に出た隊員をロボットはそのアームで払いのけたのだ。
微重力空間では人は殆ど重力の影響は受けない。ところが微重力下での使用を前提に設計されたロボットは床にしっかり自らを固定している。半分宙に浮いている人間は対抗できずに払い飛ばされることになる。払い飛ばされた人間は反対側の壁にたたきつけられて動かなくなった。
小隊はロボットから逃げようと反対方向に走り始めた。しかし通路の前にシャッターが下りる。ロボットに追われ、小隊はかなり大きな部屋に追い詰められた。
「よしっここならロボットは一台づつしか入れない。出入り口を確保して一台づつ破壊しろ。」
各自に散開して入り口から入ってくるロボットを待ち構えた。ところがロボットは侵入してこない。それどころか入ってきた通路が閉まり始めたではないか。
「しまった俺達はここに追い込まれたんだ。」軍曹はそれを見て自分たちが閉じ込められた事に気が付いた。
「他の出口を探せ。必ず有るはずだ。」隊員達は必死に出口を探して動き回った。ところがすべての扉は閉じられていた。
「軍曹、この扉はもしかしたらエアロックじゃないんですか?」隊長の背筋に冷たいものが走った。
「手榴弾を持っている者は集まれ扉を爆破する。」そう大声で叫んだ途端にいきなり風が吹き始める。壁の一部が割れて開き始めた。
「やられた。」軍曹はそう思った。開きつつ有る扉の向こうに真空の宇宙が見え始める。
その隙間に向かってものすごい風が吹き始める。此処は機器の搬出入を行うエアロックだったのだ。
開口の近くにいた何人かが吸い込まれる。あの外には何も無い冷たい真空が有るだけだ。
軍曹は必死に手近な物につかまっていた。このまま真空中に放り出されたら遺体すら回収してはもらえないだろう。せめて、せめて自分の遺体だけでも回収してほしい。兵士たちが最後の意識で思ったのはそのことだけだった。
耳がものすごく痛くなってきた。息を止めても肺から息が噴出してくる。やがて風が弱まってくる。
肺の中の気圧が下がってくると今度は血液の中に溶けていた酸素が肺から真空に向かって放出される。肺の中から全ての息が放出された途端に脳の酸素が無くなり人は失神する。
外に流れ出さなかった人も大きく口を開けたまま意識を無くし漂った。
数分を経ずして脳は回復不能のダメージを負い二度と目覚める事は無かった。
この時点でコロニーは大きなダメージを受けていた。重量配分が崩れシャフトの軸がずれていた。
今の時点での空港からの宇宙船の発進はかなりのリスクを負っていると思われた。
アルは賓客をシャトルに乗せるために苦労していた。状況をまったく理解せずに指示に従わない人間が多かった。企業や官僚のトップの人間たちであり人に命令するのには慣れていたが人の指示に従うのに慣れていない人間ばかりだったからだ。
乗り込むまでの間にコーヒーを頼む連中や喫煙ルームを探す人間たちのために乗り込みは思うに任せなかった。
一般市民はこのコロニーには居住していない。試験スタッフと警備用の軍隊とマスコミが合わせて580人それに賓客180人が滞在していた。
民間シャトルは2隻係留されていたが全員が乗ることは出来ない事は解っていた。
難を逃れて空港に上がってきたスタッフがシャトルへの搭乗を求めてアルと口論を始めた。アルにしてみればスポンサーである賓客の安全が第一であった。何とかスタッフをなだめようとしたが徐々にヨーイングが烈しくなって来るのを感じ始めた。
まだ最初の機は半分ほど席が開いていた。
「よしっ、乗れるだけ乗せて発進させよう。」そう言って乗れるだけの人数をシャトルに詰め込むと発射させた。
空港管制官からヨーイングが激しいから発進に注意をするように指示が出た。パイロットは了解しシャトルをゆっくりと発進させた。
「何だあれは?」ゆっくりと空港を出た所でシャトルの前に何かが流れてきた。
「人だ!兵隊だぞ!」誰かが叫んだ。
シャトルは避ける事が出来ない。そのまま人をはねたと思ったらいきなり爆発を起こした。おそらく手榴弾を持っていたのかも知れない。
装甲のない民間シャトルである。手榴弾の爆発は機体に穴を開け急減圧を起こす。乗客は全員耳を押さえる。
室内の空気は出口を求めて穴に殺到した。最初は白い煙が少し見えるだけだったがみるみる開口は広がり始め操縦室付近が大きく裂けると一気に機体全体が裂け目が広がる。
ひとびとは空気を求めて手を延ばす。何もない空間をつかもうとしてそのまま動きを止めた。シャトルはそのまま宙を漂ってゆっくり動いている。
座席のエマージェンシーパックが作動した人は助かったかもしれないが多くの人が死んだようだ。
二番機に乗ろうと並んでいた人たちはそれを見て後ずさりした。
「行くぞ、シンジ!」アルはシンジの手を掴むと引っ張った。
「なんだって?まだアランもマリアも来ていないんだぞ。」シンジにはアルの行為は信じられない物に写った。。
「あのふたりなら上手く事態を終息させられるさ。」
「し、しかし。」
「僕らが死んだら無機頭脳計画は終わりだ。ここは生き延びて再起を図るんだ。君の夢なんだろう。」アルはそう言うと人々を押しのけ強引にシンジとシャトルに潜りこんだ。
乗船を躊躇した人はシャトルの連結チューブの周りに立ち尽くしていた。ヨーイングはますます激しさを増していた。それでもまだシャトルに乗ろうとする人々は連結チューブの中にいた。
チューブの中にいた一人が突然耳を抑えた。続いて周りの人も耳を押さえる。
「急減圧だ!」誰かが叫ぶ。
いきなりシャトルの扉が緊急閉鎖を行う。チューブが急減圧した時の非常動作である。
減圧したところからチューブが裂け始める。チューブが裂けたところから人々が吸いだされていくが空港側の扉が閉じない。人がチューブ内にいるからだ。
裂け目が広がり周りにいた人々はチューブに吸い込まれ真空中に放り出され始めた。その頃になってようやく空港側の扉も閉じた。
「いかん緊急出港だ。」
機長はバーニヤをふかしてゆっくりその場所から動き出す。エアロックには連結チューブの片割れを引きずっている。
その後ろには真空中を漂う人々が空を掴んで息絶えていた。
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