第七話 桜小路綺音のリベンジ! 前編(綺音視点)

「久瀬さん、露木君の事は諦めて下さい!」


「いきなり呼び出して一体俺は何を責められてんだ?」


「やっぱり久瀬さんは誘い受けだったんですね!? ダメです! 露木君にその道へ絶対に行かせませんよ!」


「おい、何を勘違いしてんだ。俺にそんな趣味はねぇーからな? クラスでもそんな話をされて困ってるって言うのに……」


 久瀬さんが頭をがしがしと掻いて疲れた溜息を吐きました。どうやら私の杞憂でした。良かったです。

 安心したところで私は本題を口にしました。


「露木君に近付くにはどうするのがいいのかしら?」


「…………」


 久瀬さんはげんなりして再び溜息を漏らしました。何だかイケメンリア充が溜息を漏らしている場面を見ると、無性に腹が立ちます。だって『あ~俺モテてつれーわー』『俺全然寝てねーわー』とか言って溜息を吐くイケメンリア充を想像してみてください。…………ムカつきます。

 イケメンリア充が何をいっちょ前に辛いアピールしてるのでしょう。


「イケメンリア充とか爆発した方がいいわね」


「露木みたいな事言うな……。というか桜小路もリア充の部類に十分に入ると思うぞ? なんたって学校のアイドルなんだからな」


「学校のアイドル=リア充という考えが安直ですね。そもそも私はリア充ではありませんよ。親しい友人は少ないですし、どちらかと言えば、露木君側のスクールカースト底辺ですので。ただ容姿のせいで頂点に立たされているだけに過ぎない、張りぼてですから」


「それは意外だな」


 オタクが淘汰されるのは、いつだってそうです。

 今は世間でオタク趣味が受け入れられている節はありますが、それでも嫌悪を抱く人は少なくないはずです。本来のオタクとは一般人に趣味を隠し、同志と密かに語らうのが本来の姿なのです。オタク全開で会話するなんて、オタクにあるまじき姿なのです。


「とにかく、手紙も直接話をするのも失敗に終わった今、きわめて深刻な事態だと言える状況、私は何としても露木君と会話する必要があるのです!」


「……気になったんだが、どうして露木とそんなに話したがるんだ?」


「それは……」


 理由を話すことを躊躇します。相手はイケメンリア充でオタクに理解が得られない人かもしれないからです。

 あ、でも確か露木君と久瀬さんってゲームの話で意気投合したのでは? そう考えると久瀬さんはオタク趣味に寛容な方かもしれません。

 それでもイケメンリア充がオタクを馬鹿にする可能性はあります。


「その……露木君とは同じ趣味を持っていますので、そのことでお話ができれば良いなって思っていまして」


「あー……まさか桜小路もオタクだったなんて。そう考えると話が合う友人はいないよな」


「露木君がオタク趣味だって見下すなんて、あなたたちの方が最低な人種じゃありませんか? どうしてオタクだって事で馬鹿にされなきゃいけませんか。好きなものを楽しむことが一体何が悪いのですか?」


「いや……俺はそこまで言ってないし、そもそも馬鹿にしてないからな? 確かに趣味を馬鹿にする連中は愚かとだと思うが、俺を同列に扱わないでくれ」


 私の剣幕に少し呆れた久瀬さんはどうやらオタクに理解ある人みたいです。どうやら私の早とちりでした。私も勝手に解釈し、感情を露わにして責めるような口調で言うのは私の悪い癖です。反省です。


「直ぐにカッとなってすみません。取りあえず、えっと……私がオタク趣味を持っていることは確かにそうです。それで同じ趣味の人と語れる人もいません。そこで私は露木君がオタク趣味ということを知り、できれば友達になりたいと思っていたのです」


「まさか学校のアイドルがオタクだったとは衝撃的な事実ではあるな。しかし、露木だけがオタク趣味を持ってる訳じゃ無いと思うけどな。俺が知る限り、露木以外でもアニメや漫画の話をしてる何人かの男子達を見かけたことはあるしな。あいつらは露木と違って周りを気にせず喋ってるぞ?」


「それは私も知っています。だけど、中にはオタクってだけで嫌悪感を表す一般人はいるじゃありませんか? それに私は自分で言うのもアレですが、非情に目立ってしまいます。私がオタクだと露見すると、どうなることか……分かりません」


「まあ軽蔑されるか、同じ趣味の連中が寄ってくるかだな。その同じ趣味の連中は殆どが男子だろうからな」


 男子恐怖症とまではいいませんが、いくらか男子と接しても社交辞令で会話できるまで回復しています。それでも必要以上に接触され、それがもし複数人となるとトラウマがフラッシュバックして震えてしまうことがあります。

 そういえば、久瀬さんとこうして会話を続けていますが、少しも怖いという感情がありません。それは単に相手は下心が皆無で、接してきているからでしょうか?

 理由は分かりませんが、それはそれで気楽で言い関係が築けそうです。


「世間ではオタクは受け入れつつあります。しかし、それは一部の社会現象となったアニメに限定されます。萌えを重視したディープなアニメもあるわけでして、その域に達しますと、やはり受け入れられない人もいるのです。だから公の場でオタク話は謹んで、ひっそりと会話を楽しむのが従来のオタクという風景なんです。これは私の見解になりますけど」


「…………オタクでも考え方が異なる人も中にはいるんだな」


 久瀬さんは感心したように呟きました。

 オタクってだけで、キモい、犯罪者予備軍など十把一絡げするのは独断と偏見過ぎて、本質を無視して個々の感情だけで判断するのは、私は悲しく思います。


「少々話が脱線しましたので本題に入りますと、最初に申し上げたとおり、露木君に近付くにはどうしたら良いのでしょうか?」


「普通に話しかければ……ってそれはもう実行して失敗してんだっけ。いや、あれは露木の勘違いだぞ?」


「? それは一体どういうことでしょう?」


 露木君がどうして私から逃げたのか、久瀬さんは話してくれました。

 まさか、私がどこかの秘密結社に所属する暗殺者で、露木君を狙っていた……そんなあり得ない妄想をするなんて、やはり露木君ですね。でも狙っているって意味なら間違いではありませんね。


「誤解も解けたと思うし、もう一度話しかければ今度は話を聞いてくれるんじゃないか?」


「そうね……」


 しかし、久瀬さんの言葉に私は少し悩みました。

 確かにもう一度、直接話があると伝えることもできるでしょうが……。私が危惧するのは露木君の妄想力。

 今度は別の理由で拒絶される可能性があり得そうな事です。ここ別の攻め方をする必要があるかもしれません。


「今度は露木君好みのラブコメシチュで運命的出会いをする、というが良いかと思います」


「なぜ普通に会って話そうとしないんだ?」


「露木君の事ですから、今度は別の理由で私とちゃんと会話ができない可能性があるからです!」


「分かるような、分からんような……。仮にそのラブコメシチュ? それはどうするんだ?」


「ラブコメの王道パターンといえば、アレしかありません!」


「ラブコメの王道とか俺知らないし……。それって何だ?」


「そんな事も知らないなんて久瀬さんはオタク失格ですね! にわかと言われても文句言われないレベルですよ?」


「俺がいつオタクだって言った?」


 久瀬さんが半眼で私を見てきます。はて、いつ久瀬さんはオタクだって事になったのでしょうか? それより、ラブコメの王道パターンといえば――


「パンを咥えたヒロインが曲がり角で主人公とぶつかって、運命的な出会いを果たし、フラグを立たせる事ですよ!」


「フラグ? 何だそれ?」


「フラグが立つとは、旗が立つという意味であり、その後の展開に新たな物語が発生させる伏線ですよ」


「あー、死亡フラグって言葉を聞いたことがあるな」


「『この戦いが終わったら結婚するんだ』というのが有名な死亡フラグの代表例です。それはともかく、露木君の通学路で待ち伏せして、私は見事フラグを立たせようと思います!」


 拳を作り、気合いを入れた私は明日が待ち遠しく、瞳は闘志に燃えています! 今度こそ失敗はしません!


「何か間違った方向性に進んでいるのは俺の気のせいか?」


 久瀬さんが何か言って呟いていますが、今の私は明日のことで頭がいっぱいいっぱいでした

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