第八話 桜小路綺音のリベンジ! 中編

「げっ、兄さんと一緒かよ……」


 そろそろ出かけようと玄関へ降りると、嫌そうな顔を向ける中学校の制服を身に着けた我が妹に出くわした。

 そこまで兄の事を見下さなくっても……僕傷つくよ?

 さて、ここで時間を遅らせて行くか、それとも一緒に行くか……てか僕も出ないと間に合わない時間だから一緒に行く選択肢しかないんだよな。


「えっと……一緒に出る?」


「……勝手すれば」


 どうやら許可を貰い外に出る。

 しかし、心海と一緒に登校なんていつぶりだろうか…………一緒に登校なんて今までにあったっけ? 記憶を掘り起こすも、心海から意図的に時間をずらされて一緒に登校した記憶が皆無だった。もしかして僕は心海に避けられている? 今更知る衝撃的な事実に僕は軽くショックを受ける。

 兄妹仲は良好とは言えないが、少なくとも一般的な兄妹の距離感だったと自負していた。しかし、ここに来て僕の中で心海に嫌われているんじゃないか説が浮上する。

 直接訊くのもどうかと思うし、少しだけ会話をして様子を見ることにしよう。


「いやー心海と一緒に登校なんで久しぶりだよね?」


「一緒に登校なんてないし」


「そ、そうだね……いつも心海は朝早く出るからね……。でも今日は少し遅くない?」


「別に……。はぁ~……」


 これ見よがしに溜息を吐く心海は、僕との会話にうざったそうにしていた。やはり僕は心海に嫌われているのだろうか?

 だけど、心海に嫌われる理由に心当たりなんかないし……僕の知らない間に心海に嫌われることでもしたのだろうか。

 結局僕のコミュ障で、これ以上会話が続かなく、お互い無言で学校へ向かう。しかし、妹相手にコミュ障って情けないにも程がある。

 僕は心の中で嘆息する。


「兄さんって、恋人いるの?」


「……え?」


 会話がないと思っていた僕は、以外にも心海から話をくれた。しかもその内容が恋人の有無についてだから、僕の反応は一瞬遅れた。


「えっと……い、いないよ?」


「ふーん。昨日、駅前のファミレスで女の人と一緒にいたから」


 昨日と言えば、モモっちと一緒にファミレスに出た後からだろうか?


「それはと、友達だよ」


 一瞬だけ友達と口にするのに躊躇したけど、モモっちから友達になる的な言質は取ってあるし、友達と名乗っていいよね?


「兄さんが友達……?」


 なぜか心海が僕の方を向いて、驚愕していた。うん、その反応は何となく察する事はできたよ。家族の中で、僕がぼっちということは妹だけが知る事実だからね。でもなぜ心海は僕が友達のいないぼっちということをし知っているのだろうか? それは不思議だった。

 お互い学校の事を話したこともないから、知るはずはないのだけど……。


「友達が女子……キモオタ童貞のぼっち兄さんに女友達なんてあり得ない。脅迫してるの?」


「その反応に傷つくんだけど……別に脅迫してないよ。本当にモモっちと、と、友達になったんだよ」


 本当に友達なのだろうか? 何だか怪しくなってきた。


「…………も、モモっち?」


 お化けにも出くわしたような顔で僕を見て、心海は後ずさった。そんなに大袈裟な反応をされると、僕が妹にどんな評価されているのか分かってしまい、傷ついてしまう。まあ、もし心海の立場だったら僕だって同じ反応はしていただろうけど。


「ちょっとした縁で仲良くして貰っているというか……僕も不思議なんだけどね」


「……兄さんに親しい女友達、その方は一体どういう人なの?」


「え? えっと……積極的で僕のような人でも普通に人として扱って貰える優しい人?」


「え、兄さんって学校でイジメられてんの?」


「イジメ? 別にそんな事無いけど?」


 どうしてイジメの話になったのか不思議だったけど、学校では常に影の薄いぼっちの僕だから気付く人なんていないだろうしね。あれ? これってある意味イジメに近いのかな? 

 あ、それにモモっちの事で補足があったけど、さすがに痴女子高生ということを心海に言えない。一応、モモっちの名誉のために。

 なおも心海は訝しんで、いくつか僕に質問してきた。

 久しぶりに兄妹で長く会話できた事に僕は少しだけ嬉しかった。情けない兄であるが、もう少し妹の前だけでもしっかりしないと。そう誓った僕だけど、今更感は否めない。

 それから僕は心海と別れ、しばらく歩くと星道高校の制服を着た生徒達がちらほらと通学している姿を視界に映す。

 心海と途中まで登校するなんて、いつもと違った日常があったけど、それ以外は至って普通で何もイベントが発生しない僕の日常である。


「いつもの日常か……」


 しかし、最近では勘違いからのラブレターやイケメンリア充の久瀬君とゲーム話して意気投合し、なぜか学校のアイドルの桜小路さんに話しかけられ、そしてモモっちと友達になるなんて連日してイベントが続いていた。

 もはやいつもの日常と呼べない状況である。


「イベント続きの僕ってもしかして死亡フラグでも立ってるのかな?」


 今までなかったイベント続きに、もしかしてぼっちを脱して僕が青春を謳歌できる日も近いのでは? と胸躍る思いを抱くはずが、僕にはどうしてもイベントを発生させる行動をしてないから猜疑心が働いてしまう。もしかするとこれは死亡フラグが立っているのではと疑っても仕方ないはずだ。

 不安からネガティブ思考に陥り始めようとしたところで、スマホが振動したのを感じて、曲がり角へ差し掛かる前に立ち止まって確認した。


「あれ? 何も通知来てない?」


 スマホの画面にはメッセージや着信は何も届いていない。

 そういえば調べたことがある。ポケットに入っていたスマホが振動したように感じて取り出すけど、何も通知が無かったという現象がある事。確か幻想振動症候群って名前だったかな。英語でファントム・ヴァイブレーション・シンドロームとか。何か技名で格好いいよね!

 とはいえ僕にメッセージや着信が来ることなんて家族以外にいないのに、なぜ振動したように感じたんだろう。

 そんな事を考えていた僕の目の前にパンを咥えた女の子の影が通り過ぎたような気がした。何だか王道なラブコメみたいな……いや、現実にパンを咥えて女の子とぶつかるなんてあり得ないよね。……うん、これも気のせい。

 気にせず僕は歩き出すと横から誰かが飛び出して「うわっ!?」と声が漏れ、僕の胸に衝突しお互い尻餅を着いた。


「いたたっ」


 ぶつかってきた人はどうやら女子(?)のようだった。

 整った顔立ちに、パンを咥えた黒髪のショートでズボンを履いた美少女…………ん? ズボン? 

 ベタなラブコメ展開に驚く以上に女子が男子用のズボンを履いていることに驚いていた。確か制服の指定は女子がスカートで、男子がズボン。よっぽどな理由が無い限り、女子はスカートを履くようにしているはずだ。とすると何か理由があってズボンが履いているのだろう。

 そんな運命的な出会いをした僕はしばらく美少女へ視線を向けたまま呆けていた後、はっとして怪我がないか声を掛けた。


「あの……だ、だだだ大丈夫、ですか?」


 吃るのは仕方ない。

 その美少女はハムスターのように頬を膨らませ、パンを口の中に入れて、咀嚼しゴクリと喉を鳴らして嚥下した後に心配げに話しかけてきた。そんな様子に僕は萌えてしまう。

 運命的な出会いによって僕はまさかとうとう春が到来してきたのか!?


「あ、うん。大丈夫。そっちこそ怪我とかしてないかな? ボクからぶつかっちゃったから怪我したら大変だよね」


「えっと……お、俺は大丈夫……です」


「それは良かった」


 にこっと微笑む美少女。ヤバい、胸がドキドキしてきた。もしかしてこれって……恋?

 あ、でもモブキャラの僕がこんな美少女と出会った所でフラグは立たないし、きっと僕の事なんて直ぐに忘れてしまうんだろうな……。


「僕のような男はせいぜい主人公の引き立て役がお似合いだよ……」


「男? え!? あの! も、もしかしてボクの事男だって言いました!」


「え? えっと……俺はそんな―――――ん?」


 ちょっと待って欲しい。美少女(?)は妙に瞳をキラキラと輝かせて男と認識してもらい嬉しいというような感情が滲み出ていた。普通、女子に向かって『お前は男だ』と言われて怒るはずだろう。

 実際、僕は美少女(?)のことを男だと言ってないし、勘違いしている。だがなぜか嬉しそうだった。

 僕は改めて美少女(?)の顔を観察した。

 端正な顔立ちで、睫毛は長く、パッチリした目。どう見ても女子にしか見えない。しかし、ズボンを履いている理由がもし性別が♂だったとしたら?


「えっと…………お、男?」


「うん!」


 男だった。

 僕の恋は数分で終わりを告げる。


「そ、そっか……男、だよね」


 ぎこちない笑みを浮かべて、内心では悲しみに打ちひしがれる。

 まさか美少女と思ったいた相手が実は男という事実に、ショックを受ける僕。リアルで男の娘が存在しているとは思わなかった。はぁ~……男か……。でも可愛いな。

 ジロジロと凝視してしまった僕。

 男の娘はそんな僕の視線に恥ずかしそうに目を伏せた。


「あ、あの……ボクの顔に何か?」


「え、あ、べ、別に何も、ないです。…………男とはいえ、さすがに失礼だったよね」


 その男の娘から顔を背けた。

 しかし男だと知っても、可愛い男の娘なら……あり、では? だって可愛いし。

 僕の中に新しい何かが目覚めそうな……予感を――いやいやいや!? 僕は一体何を考えているんだ!?

 可愛くても相手は男なんだ。即ちアレが付いている。


「えへへ、ボクの事男の子だって言ってくれて嬉しいよ! みんなボクの事を女の子扱いするから、すっごく困ってるんだよ! どう見たって男の子なのにね?」


「う、うん、そうだね」


 ぷりぷりと怒る姿も可愛い男の娘。誰が見たって女子だと勘違いするだろう。だけど、それを指摘すると悲しむ顔をされるだろうから言わないけど。


「あのボクは2年の雨宮潤あまみやじゅんと言います!」


「えと……俺は2年の露木陽也……です」


 どうやら同級生だったようだ。


「わー同じ2年ですね! って敬語はおかしいよね。えっと……陽也君って呼んでもいいかな?」


「う、うん。構わないよ」


 何だか女子に下の名前を呼ばれているようで気恥ずかしさがあるが、相手は男子だ。

 しかし、雨宮君になら僕は初めてを奪われても良いような……って僕は一体何を言っているのだろう!? 

 一旦、深呼吸して落ち着こう僕。

 そういえば、最近のラブコメもののラノベってなぜか男の娘が登場する事多いような気がするけど、僕の気のせいだろうか?


「えへへ、ボクにもちゃんとした男の子の友達ができて嬉しいよ」


 友達……。こんなあっさりと友達になって良いのだろうか? でも雨宮君から友達認定を貰えたから友達と名乗って良いのだろう。

 何だか僕は嬉しくって涙が流れる。雨宮君は慌てて僕に「え!? い、いきなりどうしたの? やっぱりどこか痛むの?」と僕を心配そうな顔をする。

 なんて優しい彼女――じゃなく彼なのだろう。僕は大丈夫と言って笑顔を向ける。


「あの、雨宮君ってクラスはどこなの?」


「ボクはB組。陽也君は?」


「E組だよ」


「クラス、ちょっと遠いね? でもボク陽也君とこうして出会えて良かったよ!」


 嬉しそうに微笑む雨宮君の姿は、10人中10人が惚れてしまう程の強烈的な笑みを浮かべた。相手が男子だと分かってても、僕も危うく恋に落ちそうになる。これが男子の心を刈り取る小悪魔な男の娘……気を抜くと一瞬で掘やられる!


「そういえば、何か急いでたように見えたけど?」


 そう言うと、雨宮君は口元に両手を当てて「あっ!」と声を漏らした。う~ん、一つ一つの仕草が女子っぽいぞ?


「ごめんね? ボク日直だったから急いでたんだ! えっと、また今度話しようね?」


 伝えることを伝え、僕に手を振って雨宮君は走り去って行った。


「いつもの僕の日常は一体どうなったんだろう」


 まさかまた僕に友達ができるイベントが発生するなんて、やはり連日してイベントが発生するのはおかしい。やっぱり死亡フラグが立っているのかな。

 それとも僕が主人公に昇格して新たな物語が始まるとか?


「ははは、僕が主人公なんてあり得ないよ。ミジンコが主人公を務めるなんて無理だからね」


 このよく分からないイベントもあと数日したら、元通りになるはず。いや、少しだけ変化した日常に変化するだけ?

 しかし、友達って一体何をすればいいのだろうか。

 僕は友達について悩みながら学校へ向かった。

 そういえば、さっきから後方で聞き覚えのある声がしたように思えたけど……気のせいだよね?


※※※※※※※※※※※※※※※


【綺音視点】


 あの曲がり角で待ち伏せしましょう。

 私は露木君がよく通る曲がり角で立ち止まって、緊張から深呼吸して心の準備をしていました。いよいよ作戦実行し、そして私はようやく露木君とオタク話ができるはずです!

 ここ数日、露木君とのオタク話したい欲が膨れ上がって、エア露木君と会話する事もありました。勿論、それで満たされる私ではありません。


 え? 気味が悪い? 誰かと妄想の中で話をするのは当たり前な事ですし、私以外でもきっと同じ事をしている人が必ずいるはずです! 何も恥じることはありません。

 心の準備を終えて、私は手に持っていた食パンを咥えます。何だか周りからの視線が突き刺さってますが、これはいつもの事ですので気にしません。もう私は目の前の事しか見えていません。

 さて、いつ露木君が来るのでしょうか? 

 どのタイミングでぶつかった方がいいのでしょうか? 

 ちょっと距離を空けすぎかな?


(今度こそ成功を果たし、露木君をゲットしましょう!)


 そして、私の視線の先に露木君の姿が現しました。私は走り出しました。

 これぞラブコメの王道イベントである運命的な出会い。

 あと一メートル。

 徐々に近づいて来て、そして私は露木君に――――ぶつからず通り過ぎた。


(え?)


 そう、露木君はスマホをポケットから取り出して立ち止まって、前を私が通っただけで失敗したのです。そして、見知らぬ男子生徒に私はぶつかったのです。

 その男子生徒は疑問符を浮かべて、相手が私だと知ると、顔を赤くして戸惑っていました。

 いえ、私が注目するのは露木君です。


「あ、あああの! さ、桜小路さん? だ、だだ大丈夫ですか?」


 男子生徒が何か言ってきましたが、私の耳には聞こえませんでした。振り返って露木君へ視線を向けると、スマホをポケットに入れて歩き出した露木君と見知らぬ女子生徒(?)がぶつかる姿を見ました。

 しかも私と同様にパンを咥えて露木君とぶつかるベタなラブコメが、目の前で目撃しました。それは私がする予定のラブコメ!

 どうしてあの女子生徒が露木君と?

 も、もしかして


(わ、私の他にも露木君を狙っている人がいたの!?)


 まさか同じ考えの人がいるとは思いませんでした。

 しかし、少し疑問なのが、なぜその女子生徒はスカートじゃなくズボンを履いているのでしょうか? もしかしてドジッ娘属性の持ち主? 

 二人は何やらお互い謝罪を交わし、すると女子生徒(?)の熱い視線が露木君へ向けられます。

 え? それってどういう意味なんでしょうか?


「あ、あの桜小路さん? き、聞いていますか?」


 二人を凝視していた私に見知らぬ男子生徒から声を掛けられました。一体私に何の用があるのでしょうか? いえ、ただ話しかけたいから話しかけたのでしょう。


「え? えっと……私に何の用でしょうか?」


 私はいつもの社交辞令スマイルを貼り付けて応じた。


「い、いや、け、怪我とか大丈夫……かなって」


 怪我? 一体この男子生徒は何を言ってるのでしょうか? どうして怪我の心配をされるのか意味が分かりませんが、取りあえず答えることにしました。


「……心配していただきありがとうございます。私は大丈夫ですので、それでは失礼します」


 何やらまだ何か言いたそうにしていた男子生徒でしたが、用事は済ませたので、私は露木君達へ視線を向けます。

 何やら二人仲良く会話する姿が映りました。

 それからその女子生徒(?)は露木君に手を振って小走りに学校へ向かいました。

 その光景を見た私の心の中に棘がチクチクと刺さったような奇妙な気持ち悪さを感じました。それは久瀬さんが露木君と話したと聞かされた時、あだ名で呼び合って仲良く会話する露木君と見知らぬ女子、そして今回もそう。

 どうして直ぐに露木君と打ち解けて仲良く会話できるのでしょうか。

 これで私は三度目の失敗をしました。


「はぁ~」


 私の中で焦燥感が募り、もう一度溜息を吐きました。

 空は太陽が燦々と降り注ぎますが、私の頭上はどんよりと曇り空が広がっています。

 確か今日の占いでは11位と言われていました。女子は占い好きと言いますが、私は特に占いを気にしたことはありません。上位でしたらラッキー! 最下位付近であればアンラッキー……程度のものです。しかし、この時ばかりは、占いを信じたくなりました。

 私の視界に落とした食パンを目にしました。誰にも気付かれず、食パンは誰かに踏まれて汚れています。それは私と同じような境遇を感じました。

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