第十二話 そして物語は進む 後編
帰りのHRが終わった放課後、決まったグループでどこに行くか相談する中で、僕はひっそりと帰る準備を終える。ぼっちである僕は当然、放課後に遊ぶ友達はいない。どこに遊ぶ相談とかちょっと羨ましいなと思うけど、友達がいない僕にそんな権利なんて当然あるわけがない。そういえば、モモっちと雨宮君は友達だっけ? 未だに実感が沸かない。
何だか教室に残っていると気が滅入るからさっさと教室へ出よう。
そう思って席を立ち上がると、久瀬君が近づいて来た。
「これから何か用事あるか?」
「えっと……無いけど何の用かな?」
「まあ会って貰いたい人がいるというか……」
会って貰いたい人? 僕に? 一体僕なんかに何の用があるのか見当がつかない。
「分かった」
それから僕は久瀬君の後を付いていき教室へ出る。その時、なぜか鳴海さんに睨まれた。久瀬君と一緒にいたからだろうか。後で何か言われそうで胃が痛くなった。
しばらくすると屋上へ繋がる階段へ着いた。
果たして久瀬君が会って貰いたい人とは一体誰のことか。しばし考えるけど、予想できない。それとも久瀬君が紹介する人って……久瀬君の彼女? いやでも僕に久瀬君の彼女を紹介してどうするんだろう。でも他に考えられない。
「どうして僕に久瀬君の彼女を紹介するんだろう」
「ちょっと待て、何を勘違いしてる?」
僕の呟きに反応した久瀬君が呆れた顔を向けてくる。あれ? 違うのかな?
「言っとくけど俺に彼女はいないからな? そもそもなぜ俺が露木に彼女を紹介する必要があるんだよ」
「そ、そうだよね……」
「取りあえず、そいつはお前に話があるそうなんだ。だからちゃんと聞いてやってくれ。そうしないと俺はいつまでも相談を受ける羽目になるからな」
「僕に話? う~ん……僕に話って一体誰だろう」
考えられる事といえば、久瀬君が僕を騙すために屋上へ連れてきたということ。屋上なら喝上げしても誰も見てないし、先生を呼べることもできない。でも久瀬君がそんな事をするのだろうか?
ううん、リア充は僕のようなぼっちを”友達”という甘言で誘って狩り取る悪魔なんだ。きっと久瀬君も優しい言葉で僕を騙して、これから酷い目に合うに違いない。
今なら逃げるチャンスはある。でも逃げたら次の日に何されるか分からない。
「もうネガティブ思考の露木なら何を考えているのか何となく分かるぞ……。取りあえず違うからな?」
「僕の考えている事が分かるなんてエスパー!?」
「そんなに顔を青くしてれば分かるよ。それより着いたぞ」
屋上へ続く扉の前へ立ち止まって、久瀬君が振り返って僕を見る。
「この先に僕に会いたい人が?」
「ああ。言っとくけど逃げるなよ?」
その念押しは一体どういうことだろうか。やっぱり久瀬君は僕を騙して――
「違うからな。まあ俺の言い方が悪かったな。取りあえず、話は最後まで聞いてやってくれ」
それだけ伝えると、久瀬君はドアノブを回して扉を開けた。錆び付いた蝶番がギギギと軋んで開かれると、風が襲い、髪の毛が乱れる。
屋上へ踏み入れて歩き出す。
「えっと……どこにいるの?」
しかし、久瀬君の言う会って貰いたい人はいなかった。
すると久瀬君は僕から離れて屋上を出ようとした。
「え? 久瀬君?」
その時、僕の脳裏に過ぎった言葉は”裏切り”という言葉。僕を屋上に閉じ込めるのが目的だったのか。
「くー―」
久瀬君!? と声を上げようとした時、久瀬君と入れ替わるように一人の女子が屋上へ入ってきた。
天然のブロンドの長髪に碧眼の瞳、その姿を知らない人はいない学校のアイドル。
桜小路綺音さん。
バタンと扉が閉じられ、風が桜小路さんの髪を靡かせて、それを手で押さえると桜小路さんは僕を真っ直ぐに見てくる。僕は数秒と目線が合わせられず、俯いてしまう。
久瀬君の会って貰いたい人って桜小路さんの事?
そういえば、桜小路さんから話があると屋上へ来た事があった。ただその時は僕の勘違いで逃げてしまって、それっきりとなったけど。一体桜小路さんが僕のようなミジンコに何の用があるのだろうか? もしかして逃げたことを根に持って、何かしらの仕返しを?
「露木君……私、露木君に話が合って久瀬さんに頼んで連れてきて貰ったの」
「ぼ――お、俺に?」
「本当はもっと早くから露木君と会って話がしたかったの。でも運が悪いことに露木君と話が全然できなくって……でも今日こそはちゃんと伝える。だから私の話を聞いてくれますか?」
「あ、え、えっと……お、おおお俺に話って、ほ、ほほ本当……ですか? あ、あの誰かと間違ってるとか」
「露木陽也君。同姓同名はいませんよ。正真正銘、話があるのはあなたです」
どうして学校のアイドルが僕に話があるのだろうか? 一体僕は何かしたのか? いや、確かに桜小路さんから逃げてしまったという理由はあるだろう。だけど、桜小路さんの話を聞く限り、僕が逃げた事ではないようだ。
グラウンドから運動部の掛け声が聞こえ、教室の中から吹奏楽部の楽器が風と共に流れ、何だか今の僕がいる空間が青春の一幕のような感じで落ち着かなかった。
桜小路さんは少し頬を赤らめ、何か勇気を出そうとしている様子である。まるで好きな人に告白するような雰囲気。もしかして話があるって言うのは僕に告白するため?
いや、そんなはずがない。僕のようなぼっちでミジンコが学校のアイドルから告白なんて、それはラブコメもののラノベの読み過ぎだ。現実は非情で都合の良いようにできていない。
「露木君って……オタクなんですよね?」
僕はぎくっと体が硬直した。確かに僕はオタク趣味を持っているし、学校ではオタク趣味を別に隠していない。そもそもみんなが僕の存在を知っているのかさえ怪しい。
だけど、僕がオタクと吹聴する友達がいないから、知っている人はおそらく久瀬君くらいだ。なら久瀬君が桜小路さんに僕がオタクだって事を言ったのだろうか? それなら納得はいくけど……。
「あ、あああああの、た、確かに僕はじゃなくって、俺はオタクですけど」
動揺して本来の一人称が口に出してしまう。
「私もなの」
「で、でででででも、オタクと言ってもちょっとだけで――――え?」
さっき桜小路さんはなんて言った?
確か桜小路さんは「私もなの」と言っていたような気がした。何が私もなのだろうか? 何を同意した?
もしかしてオタクということをカミングアウトされたって事? いやいやいや、相手は学校のアイドルでオタク趣味を持っているなんてありえない。確かに女子でもオタク趣味を持つ人はいる。
「私も好きなの。アニメとかラノベが」
「…………」
桜小路さんがアニメやラノベが好き? それは所謂オタク趣味を持っているって事だよね?
「…………」
お互い沈黙すると、カキンッと野球部のボールをバットで打つ音やテニス部がラケットでボールを打つ音、陸上部の掛け声、吹奏楽部の落ち着きのある演奏がコラボレーションした青春のBGMが流れていく。
何だかドラマにあるような青春群像劇のようなワンシーンに酷似している。ドラマ事態あまり観たことがないので想像だけど。
いくらか冷静になった僕は改めて桜小路さんが言葉を思い返してみた。
確か久瀬君に会って貰いたい人がいると屋上に連れられて、その相手が桜小路さんだった。その話というのは、未だに明確にされてないけど、しかし、桜小路さんから自分がオタク趣味を持っていることを僕に明かした。
となると桜小路さんの言いたいことは……。いやいやいや待って欲しい。それはおかしい。僕以外にもオタク趣味を持った人はいるし、何ならオタクグループが形成している所に話しかければ良いのでは? 僕なんかよりきっと会話が弾むはずだ。
それなのに一体なぜ、ぼっちでコミュ障の僕に話しかけたのだ?
「ど、どうして俺に?」
疑問を口にした僕に桜小路さんは言った。
「ディープなオタクって露木君くらいしか知らなかったから。確かに他にもオタク趣味を持った人はいるけど……だけどあの人達って常にオープンで、周りの事を気にせず会話しているのがちょっと……私には合わなくって。もう一つ理由があるとしたら、私の容姿って学校では目立つでしょ? もし私がオタク趣味だとバレたとき、どんな目で見られるのか……少し怖かったの」
オタクは一般人に受け入れられているのはほんの一部で、実際は嫌悪感を抱く人は多い。もし桜小路さんがオタク趣味を持っていると知ると、頂点に立っていた学校のアイドルの評判は失墜する恐れもある。リア充から嫌悪され、逆にオタクから好意を抱かれ、オタサーの姫のように崇められるかもしれない。多分僕も桜小路さんを女神として傾倒してるはず。
「私が露木君にオタクだって言ったのは……好きなアニメ、好きなラノベについて語り合いたかったの。もし良かったらオタク友達になってください!」
※※※※※※※※※※※※※※※
ラブコメ展開には冴えない主人公が、美少女と出会い物語が始まるなんてことが今までの作品で数多く存在している。殆どの作品には複数のヒロインが存在し、接点のない主人公に接しているうちに徐々に距離が縮まる。同じ部活で、夏休みの旅行で、修学旅行で、イベントが発生すると友情を育み、苦難を乗り越えた先にヒロインは主人公に恋心が芽生える描写が書かれる。そんな王道なラブコメものが好きな僕としてはその展開に夢想し、ニヤニヤして読んでいた。
最近のラブコメの中にはメインヒロインから告白を受けてから物語が始まるパターンや恋人になってからのパターンもある。それはそれで主人公とメインヒロインのイチャイチャシーンが見ることができて、僕はニヤけてしまう。きっと周りから気持ち悪いとか思っているんだろうなと、思っても続きが気になってしまい、周りの事を気にせず読んでしまう。それで読み終わってから、いかに自分がニヤニヤしながら読んでいたのか気付くのだ。
さて、桜小路さんからの「オタク友達になってください」という言葉に僕は一体どう返事をしたのか。結論から言うと、もちろん僕は「僕で良ければよろしくおねがいします!」と返事をした…………いや、もっと言葉は噛み噛みで、何を言っているのか分からないくらいテンパっていたけど。
その後、僕たちがどうなったかというと――――
「最近は残念系ラブコメがアニメでヒットして人気出てきましたね! 確か『俺は青春が嫌い』が最初だったかな? 主人公の行動がもう残念すぎて、でも最後には主人公が影でフォローするシーンとか! そのシーンをヒロインが偶然目にしてより一層主人公の事を気にするとかワクテカ展開過ぎて私は好きです!」
「分かります! 今までのラブコメにはない味が出ていて、主人公の残念な行動に一瞬首を傾げますけど、最後の行動でそういうことかって驚かされますね! ちなみに僕は『俺青』の中で二色さん推しです!
「むぅ、それって7巻以降に登場してアニメ二期で人気キャラになった二色さんよね。もしかして主人公とくっつくべきとか思ってないよね? 私は断然海ヶ浜さん推しで最終的に主人公にくっつくべきキャラだと思うの。海ヶ浜さんほど一途な人はいないわよ! 一番最初に主人公と出会ってるのは海ヶ浜さんだからね!」
「それは分かりますけど、二色さんも十分魅力的なキャラだと思いますよ! 最初は確かにイケメンリア充が好きで告白もしてましたけど、それでも主人公と接しているうちに恋心が芽生え、以降主人公にアピールするシーンが多くなりました!」
僕たちは柵に寄りかかって、ラノベやアニメの話を熱く語っていたのだった。
お互い最初は探り探りで、どんなアニメを観たか、どんなラノベを読んでいるのか話していました。すると僕と桜小路さんの趣味嗜好が似ていて話が合うと分かると、段々と火が付いて熱く語っていた。そして最終的に主人公は誰とくっつくのが良いのかという議題に着目し、意見の食い違いで現在は言い争いをしていた。
別に喧嘩している訳ではなく、オタクとは必ず思想が異なると言い争って、どこが良いのか、どこが悪いのか互いに意見をぶつけ合ってコミュニケーションを図っているのだ。
まさか桜小路さんとこうしてオタク話ができ、しかも相手が学校のアイドルということを忘れて言い争っているとは思わなかった。
でもこういうのは結構楽しかった。
「露木君が好きになるキャラって、女子に甘い言葉を言われ、あざとい姿で誘惑してくるキャラが好きなんですね。本心では童貞とかキモいとか思われているのに、露木君ってチョロいのですか?」
「なっ!? か、勘違いしないで下さい! 確かにそういうキャラが好きなのは否定しませんが、それはあくまで二次元の話であって、三次元でも同じとは限りません! 桜小路さんだって主人公が一途なヒロインが好きな傾向がありまけど、それって三次元でも同じって事なんですか?」
「愚問ね、私の場合は同じよ! 私だって好きな人には一途に想うわ。今はそんな人はいませんが、けど好きになったらきっと、その人だけを想います!」
「え、あ…………そ、そうですか」
桜小路さんの言葉に僕は急に冷水を浴びたように熱が引いていく。まさか桜小路さんの口から好きな人に対する想いを暴露されるとは思ってもなかった。いや僕が原因なんだけど。
そっか桜小路さんって好きな人に一途なんだ……それに今は好きな人がいないって……。って僕は一体何を考えているんだ!? そんなチャンスがあるとか思っちゃったりして、僕のようなミジンコと女神である桜小路さんとは釣り合わないのに、これは女神を汚してしまった罪で裁かれても文句が言えない。
ふと僕は柵越しに見える夕日をチラリと見た。
空は一面あかね色に彩色され、教室から聞こえていたはずの吹奏楽部の演奏が止み、グラウンドでは何やら雑談を交わしながら道具を片付けていた。どうやら僕と桜小路さんは時間を忘れてオタク話に没頭していたようだ。桜小路さんも冷静になって、沈む夕日を眺めていた。
「楽しかった」
ポツリとこぼれた言葉に僕は桜小路さんに顔を向けると、優しい笑みでボクの事をジッと見ていた。その姿に目を奪われ、心臓の鼓動が速まるのを感じて、僕は目を逸らした。きっと顔も赤くなっているはず。だけど夕日のお陰で顔が赤い事は分からない。
「あ、あの……ぼ――俺も楽しかったです」
「ふふ、今更一人称変えなくってもいいわよ? でも、どうして”僕”じゃなく”俺”なのかな?」
「それは……ぼっちの僕が自分の事を”僕”と言えば馬鹿にされるかと思って、中学に上がってから”俺”と言うようになったんです。はは、一人称だけで馬鹿にされる訳がないんですが、当時の僕は臆病で、周りに合わせようと必死だったんだと思います」
「露木君は”僕”の方が似合ってると思いますよ? そっちの方が私は良いと思います」
「そう……ですか。なら今度から自分の事は”僕”と言います」
「うん、それで良いと思うわ。それと改めてもう一度露木君に伝えるけど、私と友達になりませんか?」
背筋を伸ばし、手を差し出した桜小路さん。ブロンドの髪は赤みがかって輝きを放って、夕日との相乗効果で、姿は優美に映えて僕は見惚れた。
きっとラノベならここで最高の挿絵が描かれているはずだ。
「――――ぼ、僕なんかが桜小路さんの友達になっていいんでしょうか? 桜小路さんは学校のアイドルで……僕のような存在なんか――」
「そんな事関係ありません。私が誰と友達になるなんて私の勝手で、誰かに咎められることじゃないの。私は露木君とオタク話したように、もっともっと露木君とオタク話がしたいの。友達ならいっぱい話せるし、もし露木君に悪評が流れて、悪いことが起こっても、私は露木君の味方だし、守ってあげる」
「……それ本来なら男の僕の台詞」
「あはは、ちょっと言いたかった」
てへっと舌を出して茶目っ気を見せる桜小路さん。なかなか様になってて可愛かった。
「それで……どうかな?」
桜小路さんは不安な顔で僕を見つめてくる。
そんなの僕が是非友達になって欲しいとお願いしたいくらいだ。だから僕は今度こそはっきりとした言葉で返事をした。
「えっと……こちらこそよろしくお願いします!」
これから始まる萌芽の予感を感じながら、僕は桜小路さんの手を握って握手を交わした。
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