09_箱を開ける?


 あれ? 映像終わり? 二人はどうなったのさ……ホントに終わり? ……そう。

 じゃあ説明の人は? え、あたしがまとめるの? それは流石に予想できなかった。……まぁいいか。じゃあちょっと喋らせてもらうね。

 まず、ミカエルちゃんとセンセイさんの話を単純な“良いお話“にできないことだけは伝えておこうかな。


 人工知能は多くの場合に“並列化”と呼ばれる処理を定期的に行う。強制される、って言っておこうか。そうだなあ、私たちが軍隊だとして。自軍の兵隊Aと兵隊Bがバラバラに戦って帰ってきたら、Aの経験をBに教えて、Bの経験をAに教える。するとAはBが避けた敵のパンチを最初から避けられるようになって、BはAが見た敵の姿や位置を自分では見ていないのに覚えられてしまう。そんな感じ。センセイの場合は近い役割を与えられた同型アンドロイドか、“標準”とされる思考データと並列化されるんだろうね。

 どうしてそんなことをするのかと言うと、仮想箱がセンセイに与える負荷が大きすぎるから。センセイは私たちじゃなくてあなたたちの感性・価値観・倫理観に近しいものになるように造られているから、ミカエルに“教える”ことができる。でもそれは仮想箱から過剰な入力を受けてしまうことを意味する。いや、増幅してしまう、かな。だからひとつの仮想箱から出た時には、仮想箱に仕込まれた機構によって、あるいは彼女の持ち主が用意したクレイドルによって、センセイは仮想箱の中の体験を表面だけ残して忘れてしまう。これが悪趣味に絶妙なんだよね、センセイは聞かれればホウセキのことも壁剥がしのこともちゃんと答えられるのに、繊細な箇所は空白かノイズに変わっている。あなたたちが徹底的に質問すればそれが分かるかもしれない。でもセンセイの周りの人たちじゃ絶対に気付けない。


 それと仮想箱の中だね。当たり前と言えば当たり前だけど、バラバラになったホウセキは別の誰かが焼却炉の仮想箱に入りなおせば元通り再生している。映画と同じだね。ロボットは再生して、また映像を再生できる。なんちゃって。


 どう? ちょっとは“良いお話”じゃなくなったかな? あたしも悪役になりたいわけじゃないんだけど、誰かがこの役をやっておかないとと思ったから。今回はそれでいいや。

 仮想箱はかくも絶妙なバランスで箱型の成立をしている。私はそう思うよ。あなたたち基軸のお客様が仮想箱に来られたらプレーンな受け取り方になるけれど、それは本来有り得ない越境者でしかないからね。



 飾り気のないノートを閉じて飾り気のないペンを置く。ワイングラスのような形の細長くて丸いテーブルを離れる際に、彼女は捨て台詞を残し――残さず、照れ隠しか演出か、ノートに文字を書いて伝言とした。



『箱を開けるなら気を付けて。またどこかで会えたらいいね』

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仮想箱の説明書 kinomi @kinomi

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