08_BOX_5385_DustBox_replica_03


 壁際まで来たホウセキは、驚異的な俊敏さでゴミに腕を差し込んでは塊を無作為に取り出し放り投げている。もうすぐ壁剥がしが来る、彼は何をしている?


「センセイ、ホウセキが面白い!」


 そうですねミカエル様と私は声を出力できているだろうか。


 バン、という嫌な破裂音が響いた。強力な電磁場操作。大量の金属塊が一度に宙に浮き、轟音を立てて壁に衝突し潰れていく。――大量に? 電磁場に選ばれた大型金属ゴミが先ほどより明らかに量が多い。


「来た! 壁剥がし!」


 ミカエルとセンセイを乗せた足場は二人が壁剥がしを透過して内部から見るためにできるだけ壁際に接近している。壁に手を当てれば音量を調整されて尚も振動と騒音が身体に響くだろう。二度目の破裂音でさらに多くの金属塊が壁剥がしの視界に圧着された。


「……!」


 それでは、あなたが壊れてしまう。


 ホウセキが金属塊に混ざって自ら壁に張り付いていた。強烈な電磁力で壁に押さえつけられ四つん這いになって、腕を引きちぎりながら上体を起こそうとしている。ボディの異常放熱は設計限界を超えた暴走か。


「センセイ、ホウセキが……」


そうか、そういうことか。


 声の無い絶叫悲鳴。

 片腕のもげたアンドロイドは残った一本の腕を広げて壁剥がしに立ちはだかり、粉々に砕け散った。超硬度の太い多脚と切断回転層刃が自分たちを透過しながら視界を駆けて行く。咀嚼された残骸が血飛沫のように飛び散った。



「……センセイ?」


 焼却炉内を見渡してサーチをかける。ホウセキと似た個体が何体か作業をしているのが分かった。メモリ内の映像を照合し、焦げ跡やパーツの位置から今粉砕されたのがミカエル様に花を渡そうとした個体であることを確かめた。

 なんて冷静な判断だ。暴走などしていない、行動に一切の無駄は無かった。彼はゴミを使って最大限の抵抗を用意して、自らも犠牲にして、壁剥がしを止めようとした。せめて軌道をずらそうとした。何故か? そこにミカエル様がいたからだ。


「ねえ? センセイ……?」


 ホウセキの自己犠牲の意味を、きっとミカエル様は分からない。

 対して、ホウセキにはミカエル様の意味が分かっていた。

 ……違う、ミカエル様が箱の外から来たことを分かっていなかった。いや、分かっていてそうした? 仮想箱の構造とは基本的に――


「センセイってば!」


『……すみません、ミカエル様』


「もう……」


『――ミカエル様、ひとつお願いがございます』


「なあに?」


『ホウセキがミカエル様に渡そうとした“花”を、探しに行ってもいいでしょうか』


「どうして……?」


 私は初めてミカエル様の問いに答えなかった。

 自らが破棄されることを視野に入れるだけの時間が流れた。



「……分かった。センセイ、花を探しに行こう」


『ありがとうございます、ミカエル様……!』


 仮想箱の世界で再現された高温の花には触ることができない。ヒトの手の耐熱温度を超えればそれは危険物となってしまうから。ホウセキはそれを知らなかったし、ミカエル様は知っていた。それでもミカエル様は花を探そうとしてくれる。ゴミではなくなったホウセキの花を。たった今、ミカエル様はそうなってくれた。


「……センセイ、もしかして泣いているの?」


 私にその機能が与えられていたら、ミカエル様の言う通り私は二種類の色を混ぜた涙を浮かべていただろう。

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