04_BOX_5385_DustBox_replica_01


「わぁ……」


 ミカエルは先ほどの生命溢れる光景よりもこちらに感動したようだ。否、気に入った程度だろうか。鋼鉄内の灼熱世界、あらゆる廃棄物が集まるこの世界に。


『ここは、少し昔の時代の“大焼却炉”を見学できる世界でございます』


「だいしょーかく……?」


 二人は巨大な円形の、見上げればドーム状の空間に降り立った。浮遊する二畳ほどの足場は鉄骨網を模しており足元が透けて見える。高熱を帯びたあらゆる物質は赤く染まっていた。使い勝手が良く環境に悪いプラスチック系の大小さまざまな形を筆頭に、過剰生産で飽和した有機物、造られてから壊されるまでのサイクルが短くなった建物と機械の残骸。残骸には当然ロボット――それが人型であればアンドロイドの類も含まれている。手足の欠損した胴体や左半分が抉れた頭部が意思のない無機物のまま彼らを見ている一人に何かを訴えたが、彼女はそれを心の内に封じた。


『ミカエル様がマルチビーンズを食べた後、装飾包装紙……包み紙はどうされます?』


「捨てるよ!」


『そうですね、捨てます。昔の人たちも要らないものをたくさん捨てていました。それがここに集まってきて、燃やされていたのです』


「へぇー」


『ここは過酷な環境ですが私たちとこの足場はシールドに覆われており、安全です。この中を見て回れますよ』


「行こう行こう!」


 焼却炉の中には強烈な熱気が立ち込めていた。あらゆる不要なものを強引に燃やし尽くすため、超高温とそれに耐えられる施設を作った。集めて砕き燃やして溶かす。その仮定で通過する空間の一つがここなのだろう。当然生身の人間の立ち入る場所ではなく、仮に立ち入れたとしてもすぐに灰になる。

 仮想箱の中は基本的に安全設計だ。ヒトに危害が及ぶ全ては無力化されるし、好きなタイミングで箱の外に出られるようになっていることが多い。例えば戦国時代を再現した箱の中で“戦の真っ最中”に来たなら、飛んできた矢は体を通過する。あるいは消滅する。もしくは当たっても痛みを感じない。最悪中断して箱の外に出る。そこで戦っている武士や馬がお客さんを認識するかどうかは仮想箱の設定次第だ。センセイとミカエルと浮遊足場を覆うシャボン玉のような膜は、彼らのような来客を安心させるための演出なのだろう。

 まな板くらいの大きさの半透明な仮想操作パネルが現れて、センセイの肘の高さで静止した。センセイは思考操作でミカエルの胸元までそれを移動させる。この場での主導権はセンセイのものではない。


「これで動かせるんだね! どっちに行こうか?」


『お好きな方へ行きましょう。あちらの方が次の空間ですが、真ん中の支柱の裏側まで回ることもできそうです』


「そうしよう!」


 ミカエルが前後左右の矢印が描かれた操作パネルに触れると実体の無いパネルは手応えを返し、足場は何の不安も感じさせないスピードで空間内を移動し始めた。



* * * *



 『ゴミ』という便利な言葉がある。足元を通り過ぎて行く夥しい数の多様物は、元持ち主にとって不要となったという意味で共通してゴミだ。ゴミたちは分厚く積み重ねられ熱を加えられていた。焼却炉の底は見えず、壁は強化鋼鉄の面で360度から内部を威圧している。ゴミたちにはまだかなり元の形が残っていることから、ここが大焼却炉全体の比較的開始に近い施設だと分かる。大焼却炉は施設全体の総称なのだ。


「ねえセンセイ、向こうに何かいるよ」


 ミカエルが指差す方向に目を向ける。高次光学ズームと脅威性スキャンとが、確かに動く姿を検知した。「見に行こう」とミカエル。危険度は無さそうなのでそのまま足場を近付けていく。

 そこにいたのは不格好なアンドロイドだった。彼は何やら作業をしていた。人型をしているが、アンバランスな工業用の手足、分厚い装甲、出力を高めるための背中の荷物。それにボディが全体的に焦げていて動作がぎこちない。メンテナンスがされていないか、あるいは。


「あ、こっちを見た」


 アンドロイドは焼却炉への客を認識するらしい。気の利いた演出だ。


「ねぇ、センセイ、あの子何か持ってきたよ?」


 ガサゴソとゴミを仕分けているように見えていたが、アンドロイドはミカエルの言う通り何かを手にしてこちらへ歩いてきた。


「……なにこれ?」


『これは――』


 金属の細い棒の先端に旧式の電子基盤が挿してある。切断と掘削用のアームを外したアンドロイドは5本の指がある手のパーツでわざわざそれを持ち直して、細い棒の部分を摘まんで、こちらに差し出している。センセイにではない、ミカエルに向けて。細い棒が電子基盤の重さに負けて僅かに撓んだ。


『ミカエル様、これは……花です。花は“一輪”と数えます、一輪の花です』


「えぇ……センセイ間違ってるよ、花ってキレイなんでしょ? これのどこが花なの?」


 これは花を意味する。ほかでもない彼にとって。そしてセンセイは彼の行動と差し出したそれの意味を理解できた。だが、ミカエルにそれを上手く伝えられるだろうか。センセイの演算は悲しい結論を既に出していた。今ミカエルに説明しても理解より飽きる方が早い。それでも説明を続ければ自分の立場が危うくなる。


『すみません、私の言い間違いです。あれはゴミです』


「だよね、汚いし。ゴミを渡すなんて変なロボット。こういうカッコ悪いのは何て言うんだろう」


『ホウセキ、と呼びます』


「ホウセキ? じゃあそう呼ぼう。ホウセキ、ごめんねそれ汚いから要らないよ」


 ミカエルが電子操縦桿を操りホウセキから少し離れる。ホウセキはゴミを渡そうとした姿勢のままそこに静止していた。

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