仮想箱の説明書

kinomi

01_仮想箱の説明書の朗読


 やあ諸君、私は空想作家ルービット・サーチャの真似をする――いや、彼もしくは彼女を追いかける陽気な男だ。今回は『仮想箱』が一体全体いかなるものか、時代に即して説かせていただこう! ……と勢いづいてはみたものの、「時代に即して」と言ったところが少々厄介で、仮想箱は君たちのいる時間軸よりもずっと後の産物になる。つまりは未来の技術で作られた未来の何かに他ならない。なのだが、君たちのよく知る技術にも仮想箱に繋がる糸がいくつも伸びている。

 仮想箱とは、簡単に言ってしまえば箱の中に入って誰かの手によって創られた世界を体験できる装置だ。この“体験”という言葉の程度を落としてしまえば、それこそ『絵本』だって仮想箱と同じように創られた世界を体験できる装置だと言える。四角い板に映った別世界を見ていることもまた体験だ。映像に立体感が出て、視界に追従するようになって、聴覚以外の嗅覚、触覚といった五感までを誤魔化せるようになって――そう、ヒトが仮想箱に至るにはそれほど長い時間は要らなかった。長い目で見ればね。私から見ればヒトは想像力で補えることで……おっと私の意見は聞いていないようだ、すまないすまない。

 初期型の仮想箱は変な椅子に座って変なゴーグルを付ける演出に拘っていたようだけれど、ともかくお手軽にコンパクトな再現世界に入れる。意識を失う感じで気付けば別世界、ちょこっと体験して箱の外に出れば元の世界で人体無害。基本的にはそんな感じだ。ちょっとは伝わったかな。


 さて、そんな仮想箱だが、ヒトの好奇心というのは厄介なもので、ほらジェットコースターとか知っているだろう、テレビゲームというのもそう、もっともっと面白いものをどんどん求める。で実際に作れてしまう。そのあたりはヒトのすごいところだね。困ったことにデータの世界は作り手がそれはもう自由自在に操れる。そりゃあとびきり面白い世界を持った箱が次々に作られていった。ヒトは飽きるのも早くてね、時代技術が進むともっと強い刺激を求めてそれを満たすものを作る。だが私の見ていた時代のワンシーンでは、ヒトが飽きるのが先だった。“いたちごっこ”にはならなかったんだ。昔々の人々と比べてその時代の人間たちは……初めて「人間」と言ってしまったな、彼らは感性が鈍化したような状態になった。価値観も当時のそれとは異なっていた。厄介だねえ。


 ちょっと個人的な愚痴が混ざったが、時代のワンシーンを選んだ仮想箱の説明はこんなところかな。

 ひとつサンプルが欲しいね。実際に見ていただこう。登場するのは仮想箱の存在する時代の子どもと、その“欠落した何か”を埋めるように期待されて作られたアンドロイドだ。一緒に仮想箱に入ってアンドロイドは子どもに何かを教えようとしている。はてさて、上手く伝わるかな。


 いかん。こう皮肉めいた私では、かの空想作家に近付けない! 私はこの辺で失礼しよう、すまないね諸君!

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