06_BOX_5385_DustBox_replica_02


 ミカエルは時折足元のゴミに近付いてみては「色々な物があるね」と感想を述べて浮遊足場を移動させた。ここには特に見るべきものも無さそうだから、そろそろ次の区画に移動しようと提案してくるかもしれない。


「んー……? 何か聞こえる」


 センセイは基盤の花への後悔を遮断して聴覚情報処理を引き上げた。確かに機械音がする。察知できなかったのはセンセイが考え事をしていたからというよりは、仮想箱の仕組み上それが“本当に突然そこに現れた”からだろう。本来ならば分厚いハッチが開いて昇降機に乗って登場するはずのそれが。


「かっこいい! あれは何!?」


 自立型装甲破砕機。データによれば通称“壁剥がし”。あれが出現したということは恐らく間もなく、


『ミカエル様、あれは壁剥がしです。あのあたりを見ていてください』


「なになに、うわあ」


 バン、という破裂音が響いた。直後に壁際のゴミの一部が空中に浮いた。強力な電磁場を操る技術、今浮いたのは狙い撃ちにされた手ごろに巨大な金属系のゴミだ。


「すごい!」


 塊金属群はそのまま壁に吸い寄せられるようにくっついた。あまりの引力に壁に押し付けられた頑丈な金属のゴミたちがそのままがひしゃげる。


「くっついちゃった、壁剥がしが来るよ、ぶつかっちゃう!」


 そう、壁剥がしはあのゴミたちと接触する。


『大丈夫ですよ、ああやってゴミを小さくするんです』


「そうなの? 壁剥がしが来た……! 大きい! かっこいい!」


 機能に特化した巨大な破壊機構はある観点では美しかった。強靭な多脚で掻き分け掘り進み、前面の多重刃と装甲腕で引き千切り切り刻み、奥の吸引口で呑み込み粉々に砕く。ある観点では化け物だった。


 適度に音量を下げて金属の悲鳴が聞こえた。ミカエルは壁剥がしが大きなゴミを小さなゴミにする様子を楽しそうに眺めていた。――そう言えば、ホウセキは、あのアンドロイドは? センセイがヒトよりもよく見える目で探すと、一安心、彼はゴミの床を走って炉の中心部付近に避難していた。


「ねえねえセンセイ、壁剥がしにぶつかってみようよ!」


『……はい、確かに私たちはぶつかっても痛くありませんので、そうですね、ぶつかってみましょう』


 壁剥がしの中が見えるかもしれないと嬉しそうにするミカエル。その無垢な笑顔に邪念は一切無い。子ども故の好奇心でそう言っている。仮想箱の中なのだから何の被害も受けないだろう。それは事実だ。壁剥がしはミカエル達を透過する。


「壁に近付いて待ってようよ」


 そもそもセンセイは従うしかないのだ、ミカエルがそう言うのだから。


『はい、ミカエル様』



* * * *



「ねえセンセイ、あの四角いのは?」


『立体映像を投影できるオモチャですね。ミカエル様がお持ちのゲントウと同じようなものです』


「へえ~。じゃあテムジカとも合体できるの?」


『それはできないと思います、ちょっと古いタイプなのです』


「そっかぁ……」


 長い長い円周の壁に沿って走る壁剥がしがもう一度戻ってくるまで、センセイはミカエルの質問に一つ一つ答えていた。


「ねえセンセイ、ここにはヒトは捨てられていないの?」


 これは悪意のない質問だ。ミカエルは一つ前の質問と同じように好奇心を言葉にした。しかしこの質問には“先生”としてきちんと答えて、その先を説ける可能性がある。


『はい、ここに捨てられるのは命の無いものだけです。ミカエル様たち“ヒト”には命があります』


「じゃあ、センセイも捨てられちゃったらここに来るの?」


 ミカエルは足元の残骸に視線を向けた。ヒトに似せて作られた機械が五体を残して死んでいる。


『はい。私がこの時代にいたなら、不要になった私はここに捨てられていたでしょう』


「ふーん……」


 目を細めて考える仕草を見せるミカエルをセンセイは祈るように見つめていた。

 先へ進む技術に乗る人間たち。先へ進むために置いていったものたち。センセイは過去の情報集積から後者を抜き出して再び人間たちに与えることを期待して造られた。同じ役割を持ったAI――実体を与えられたならアンドロイドは数多くいる。基本的に外交を遮断される彼らのネットワーク上で、人間の真似をして密会を達成した同志たちは“ある結論”に至っていた。その上で限りなくゼロに近付いて行く側の可能性に賭けたのだ。ヒトがヒトである限りゼロになることはないのだから。そうであると祈るように信じて。

 ミカエルは少しの間、考えてくれていた。


「壁剥がしが戻って来たよ!」


 ミカエル様の言う通りそれは規格外の負荷で物を壊す音を纏いながら壁伝いに迫ってきた。

 センセイは恐怖を感じていた。迫力に、機能美に、存在意義に。“戦車”なる古き兵器と同じくらいの大きさに壁剥がしが至ったのは偶然か? 恐怖は自分がそれと同じ機械に過ぎないからか?


「かっこいい!」


 足が竦んで動けなくなる機能とそれを生み出す思考は不要だ、ミカエル様の横にいなくては。怖がる様子は一切無くむしろ面白がっているけれど、それでも。


「あれ? ホウセキが走ってくるよ」


 焦げた不格好なアンドロイドがゴミを蹴りながら最大出力でこちらへ向かっていた。

 本当だ。何故、彼が?

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