20 夢のような奇跡 (最終回)

 チュンチュン、チュンチュン。スズメたちの鳴き声が聞こえる。もう朝らしい。


 窓からさしこむ太陽の光がまぶしくて、わたしは「う~ん……」と言いながら目をこすり、ゆっくりとまぶたを開く。


 すると……目の前には、ばくくんの端正たんせいな顔があった。


「起きたか、ユメミ。もうちょっとだけ、おまえの可愛い寝顔を見ていたかったんだがな」


 わたしが目覚めるよりもほんのちょっとだけ早くうつし世(現実世界)からもどっていたらしい獏くんが、わたしの前髪をいじりながらニヤリと笑う。


 はた目からは、わたしは獏くんにベッドに押したおされているように見えるだろう。


 壁ドンならぬベッドドンの状態じょうたいだった。


「あ……あわわ。あわわわ……」


 ふだんから実在じつざいしない彼氏とのラブラブシチュエーションを妄想もうそうしているわたしだけど、実際に少女マンガみたいなシチュエーションを経験すると、頭の中が真っ白になって、赤面しながら口をパクパクさせることしかできなかった。


 な、なんで、こんなことになってるの⁉


「チッ……。朝っぱらからいちゃつきやがって。アホくさ。あたしは帰るわよ」


 さっきからわたしと獏くんを観察かんさつしていたらしいハクトちゃんが、ガムをくちゃくちゃみながらそう言った。そして、部屋の窓からぴょーんと飛び降りて、本当に帰ってしまった。


 ち、ちょっと~! 助けてよぉ~!


「ふむ……。人間と夢幻鬼むげんきの恋愛か。実に興味深いのう……」


 うららちゃんはじ~っとわたしたちを見つめながら、スマホでパシャパシャと写真をる。


「う、うららちゃん⁉ こんなずかしいところ、撮らないでぇーーー‼」


 というか、うららちゃん、スマホ持っとるんかい! てっきり、千年前に生まれた人だから、文明の利器りきにはうといのかと思ってたよ!


「心配するな。ツイッターにはのせたりしないから」


「夢告げの巫女みこさん、ツイッターのアカウントを持ってるの⁉ ……い、いや、そんなことより、助けてってばぁ~!」


「なんだよ、ユメミ。オレにこういうことをされるのが嫌なのか? おまえの少女マンガをこっそり読んで、ユメミが喜びそうなシチュエーションを再現してやっているのに」


「た、たしかに、こういうシチュエーションにはあこがれていたけれど、ずっとぼっちだったわたしにはいきなりこれは過激かげきすぎるぅ~~~‼」


遠慮えんりょするな。これからは、オレが毎日、こうやっておまえを起こしてやるから」


 あ、あわわ……。ちっちゃいバクくんは弟みたいで可愛かったのに、イケメンに成長した獏くんはグイグイとせまってくるからわたしの心臓がもたない!


「ほんがらほへほへにゃーーーん‼(いろいろと限界にたっしたたましいのさけび)」


「げごべっ⁉」


 パニックになったわたしは、無意識に獏くんに頭突きをしていた。


 病弱で体のあらゆるところが貧弱なわたしだけど、頭だけは固い。石頭の強烈きょうれつなアタックをまともに食らった獏くんは、ベッドからころげ落ちる。


「ば、獏くん、ごめん! だいじょう…………あれ?」


 ベッドの下を見ると、そこにいたのはイケメン少年の獏くんではなく――5~6歳くらいの可愛い幼児ようじ・バクくんだった。


「ち、ちくちょう! ちくちょう! もうエネルギーぎればく! やっぱり、そんなかんたんにはもとにもどれないみたいばくぅ~! せっかく、ユメミにちょっかいをかけてくるライバルがいなくなったのにぃ~!」


 バクくんは、床に両手をつき、泣きべそをかいてくやしがっている。


「どうやら、夢幻鬼むげんき・獏の完全復活は当分先のようじゃな。夢守少女には夢の世界の平和のため、これからもまだまだがんばってもらわないといかんな。しっかりな、ゆめみん」


「う、うん……」


 わたしはうなずきながら、バクくんの頭をよしよしとなでる。


 かっこいい獏くんも好きだけれど、いまのわたしにはまだちょっと刺激しげきが強すぎるかも。


 協力してくれる仲間たちがいるし、夢の世界はわたしががんばって守るから、しばらくは、バクくんには可愛い弟でいてほしいかなぁ~……なんて。


 ごめんね、バクくん!






 夢幻鬼ヒガン、スイレンとの戦いから9日がたった、翌々週の月曜日。


 わたしは中間テストで全教科けっこういい点数が取れ、大地くんの手術も無事に終わっていた。


「結衣ちゃん。大地くんの手術、無事に成功してよかったですね!」


「ありがとう。一週間後には退院できるみたい。これも全部、ユメミとうららのおかげよ。わたし、やっぱりあの占い師にだまされていたのね。まさか、あの白ヘビの夢が吉夢きちむだったなんて……」


 うららちゃんは、霊験れいけんあらたかな神社の神主さんに頼んで、呪いがかかったお守りをおはらいしてもらったと結衣ちゃんに説明した。

 そして、その神主さんが「白ヘビの夢は縁起えんぎがいいんですよ」と教えてくれて、吉夢を取り返す方法も聞いてきたと言った。


 吉夢を取り返す方法とは、もう一度、「夢買い」の儀式ぎしきをやること。


 今回の場合、わたしが夢幻鬼ヒガンとのあいだに「夢買い」(夢とスパゲティカルボナーラを交換こうかん)したから、結衣ちゃんはわたしと「夢買い」をやればいい。


 そこらへんのくわしく話せない事情はうららちゃんがなんとかうまくごまかして……。


「最近仲良くなった友達に、自分が大切にしているモノを渡したら、失った吉夢を買いもどすことができるのじゃ。なぜ、最近仲良くなった友達かって? ワシもプロの霊能者れいのうしゃではないからわからん。とにかく、霊験あらたかな神社の神主が言っておるのだからまちがいない」


 前言撤回ぜんげんてっかい


 わりと強引な言いわけでごまかし、結衣ちゃんはわたしに自分の宝物をプレゼントすることに合意ごういしてくれた。


 こうして、めでたく、「夢買い」は成立し、結衣ちゃんの吉夢は彼女の元にもどってきたのだった。そのおかげで、大地くんの手術も大成功!


 ……ただ、結衣ちゃんがわたしにくれた宝物というのが、すごくアレだったんだよね。


「これ、街で出会った霊能者のおばあさんから安い金額きんがくで買った『幸福を呼ぶわら人形』なの。いつも枕の横に置いて寝ていたんだけど……ユメミにあげるね!」


 結衣ちゃん! このわら人形、どう見ても呪いのアイテムだから! そもそも、わら人形っていう時点で怪しいし!


「……うわぁ~。これはかなりヤバイ呪いの人形じゃのう。きっと、詐欺師さぎしにだまされて買ったのじゃろうな。ワシがどこかの神社に持って行って、おはらいしておいてやるぞ」


 というわけで、呪われたわら人形はうららちゃんにまかせることになったのです。


 本人も前に言っていたけれど、結衣ちゃんってけっこう迷信深いのね……。


「あの『幸福を呼ぶわら人形』といっしょに寝ていると、魂が吸い取られているのかしらと思うほどぐっすり眠れて気に入っていたのだけれど、大地のためだもの。大事にしていた宝物を手ばなしても、後悔こうかいはしていないわ。ユメミは、あの人形、気に入ってくれてる?」


「え、ええと~……」


 わたしとうららちゃんはどう答えたらいいのやらと思い、目をそらした。


「ねえねえ。今日、うちのクラスに転校生がやって来るみたいよ? わたし、さっき、職員室に入って行く転校生の男の子を見ちゃった」


 遅刻ぎりぎりで教室に入って来た愛花ちゃんが、わたしたちに話しかけ、微妙びみょうな空気になりかけていたのを助けてくれた。


 近ごろ、愛花ちゃんは彼氏の秀平しゅうへいくんと頻繁ひんぱんに電話やメールのやり取りをしているらしく、朝のあいさつのメールのやり取りに夢中になって遅刻しそうになることがよくあるのだ。リア充は爆発……いえ、なんでもありません。


「へえ~。かっこよかった?」


 結衣ちゃんがわら人形の話題を忘れて(よかった!)、愛花ちゃんにそう聞くと、愛花ちゃんは「う~ん……」とうなりながら首をかしげた。


「わたし、秀平くん以外の男子の顔はナスビに見えちゃうからよくわからないけれど、他の女子たちが『きゃーっ! すっごいイケメン!』ってさわいでいたから、まあまあじゃない? 秀平くんには負けるだろうけど」


 愛花ちゃん、本当に彼氏以外の男子の顔はナスビにしか見えないんだ……。


 うららちゃんが「学校中の男子の顔がぜんぶナスビに見えるとか、ホラー映画よりも恐いのう……」とつぶやいていた。


「みなさーん、朝のホームルームを始めるから、席について~!」


 望月もちづき先生のとびっきり明るい声がいつものように教室にひびき、わたしたちはそれぞれの席にすわる。


「今日は、みなさんの新しい友達を紹介します。遠い兵庫県から引っ越してきた子なので、みんな仲良くしてあげてね。……香月こうづきくん、入って来て~!」


 転校生って、どんな子なんだろ。


 最近、ようやく愛花ちゃんや結衣ちゃん、うららちゃんと友達が増えてきて、他のクラスメイトたちとも緊張しながらもおしゃべりできるようになってきたけれど、仲良くなれるかな?


 イケメン獏くんみたいなグイグイくる子だったら、どうしよう。


 まあ、そういう元気な子は、ごくごく平凡な病弱美少女のわたしには興味を示さないと思うけど。獏くんが例外なだけで……。


 ……それとも、大人びていて優しいヒカルさんみたいな人だったら?


「なに考えているんだろ、わたし。ヒカルさんとはもう二度と会えないのに……」


 わたしは自分のバカな考えを頭の中で打ち消すと、いままさに教室に入ろうとしている転校生の顔を見るために顔を上げた。


「香月光です。みなさん、よろしくお願いします」


「…………ひ……ヒカル……さん?」


 まさか……。そんな、まさか。


 これは夢? それともまぼろし


 でも、黒板に「香月光」と流麗りゅうれいな字で名前を書いている転校生の横顔は、まぎれもなくあの輝くばかりに美しいヒカルさんそのものだった。


 い、いやいや、これはただの他人の空似そらにだよ。だって、平安時代末期の日本に帰ったヒカルさんが現代にやって来られるはずがないもん。


 そうだ。香月光くんは、ヒカルさんのそっくりさんの別人なんだ。


 わたしはそう自分に言い聞かせようとしたのだけれど……。


「席は、浮橋うきはしさんの横があいているから、そこにすわってね」


 望月先生にそう指示された香月くんがわたしのとなりの席へと歩いて来る。そして、


「ユメミ。やっと会えたね」


 と、座る直前に、わたしだけに聞こえる小さな声でそうささやいたのだ。


「え……? え? え? ええ⁉ ひ……ヒカルさん⁉ 本当にヒカルさんなのーーー⁉」


 ビックリしたわたしはガタンと立ち上がり、思わず絶叫ぜっきょうしていた。


 望月先生とクラスのみんながあっけにとられて固まってしまっていることも気づかず、


「ええええええぇぇぇぇぇーーーーーーー⁉」


 隣の隣の教室まで聞こえるような大声を出し、わたしの頭の中は真っ白になった。


 あとで望月先生にこってり怒られたのは、言うまでもありません。とほほ……。






「……リンゲツテンコウが、なんでここにいるばく? おまえ、へいあんじだいにもどったはずだろばく……」


 放課後ほうかご、わたしとバクくん、ハクトちゃん、うららちゃん、そして、香月光……ううん、ヒカルさんは、わたしの家の近くの公園で立ち話をしていた。


 バクくんはよっぽどヒカルさんのことを邪魔じゃまだと思っているのか、めちゃくちゃ機嫌きげんが悪かった。


「オレ、生まれ変わったんだ」


 ヒカルさんの説明によると、夢から目覚めたヒカルさんは重傷で苦しみながらも山中を必死に走り、妹のあかねさんを探した。


 そして、源氏方の兵士たちにつかまりそうになっていた茜さんを何とか救い出し、戦場から落ちのびようとしたそうだ。


 でも、最終的に源氏方の大将たいしょう源義経みなもとのよしつね部隊ぶたいにふたりは捕まってしまった。ヒカルさんは死を覚悟したけれど、義経という大将は情け深い人だったらしく、まだ若いヒカルさんと茜さんを見逃してくれたのだ。


 義経に解放してもらって落ちのびることができたふたりは、源平合戦げんぺいがっせん終結しゅうけつするまでのあいだひっそりと山奥の小さな村で身分を隠して暮らし、戦乱の世を生きぬいた。


 その後、茜さんは、同じように村に落ちのびていた武士と結婚して子孫を残した。


 ヒカルさんは結婚せず、戦死した敵味方の人々の冥福めいふくを神仏に祈り続ける日々を送り、


「オレが死んだら、830年後の未来に生まれ変わらせてください。そして、夢で出会ったあの少女と再会させてください」


 ただひとつだけ、自分の願いを祈ったそうだ。


 そして、寿命じゅみょうきて亡くなる直前、オオクニヌシさまが夢枕ゆめまくらにあらわれ、


「いいよーん」


 と、軽いノリで転生てんせいの約束をしてくれたらしい。そして、ヒカルさんは天月あまつき光としての人生を終えた。


「オオクニヌシさまは約束を守ってくださり、オレは前世ぜんせの記憶を持ったまま現代に転生することができた。わが家の家系図かけいずをいろいろと調べてみたら、どうやら、香月家は茜が産んだ子供の子孫らしい。……でも、ユメミがどこに住んでいるかわからず、いままでずっと君を探していたんだ。そして、家族が兵庫県からこの街に引っ越すことが決まった数日後、オオクニヌシさまがまた夢枕にあらわれて『あなたが引っ越す街に、ユメミさんはいますよ』と教えてくれたんだよ。……ユメミ、ずっと君に会いたいと願っていた」


 ヒカルさんは夢で見たときと変わらない優しげな笑みでそう言い、わたしの手をにぎろうとした。


「ひ、ヒカルさん……」


「ま、まてまてまてーばく! ユメミはバクのねえちゃんばく! だれにもわたさないばく! そして、バクがもとのすがたにもどったら、およめさんにするばく! きやすくさわるなばく!」


 バクくんがわたしとヒカルさんのあいだにって入り、がるるる~! と威嚇いかくする。


「夢幻鬼・獏よ。それは、おまえが勝手に言っているだけだろ。オレとおまえのどちらを選ぶかはユメミが決めることだ」


「にゃ、にゃんだと~!」


 バチバチバチ~! と火花をらしてにらみあう、バクくんとヒカルさん。


 ……せっかくの感動の再会だったのに、なんだかおかしな方向に向かっているような……。


「お、おお……。これはいわゆる三角関係というやつじゃな。まさに少女マンガの王道展開! いい写真が撮れそうじゃ」


 パシャパシャとスマホで撮影さつえいするうららちゃん。


 も、もう! 変なところを撮るのはやめてってば!


 ……ていうか、あのスマホのカメラにはバクくんがうつるの? 霊体れいたいや神様も映る特殊とくしゅなカメラだったりとか?


「あーあ。本当にアホくさ! あたしはオオクニヌシさまにぜんぜん女の子として意識してもらえないのに、なんでこんなヘタレ妄想女子がもてるのよ。嫌になっちゃう。あたしはもう帰るから。夢の世界で事件がまた起きたときは、呼びに来るからね!」


 白けてしまったハクトちゃんは、さっさと帰ってしまった。


「ユメミはバクのものばく!」


「何度も言わせるな。それは、ユメミが決めることだ」


「よし! だったら、ここでユメミにきめてもらうばく! ユメミは、バクとこいつのどっちをえらぶばく⁉」


 ほぼ同時にわたしをギロッと見るバクくんとヒカルさん!


「ど……どっちと言われましても~……」


 あ、あわわ……。なにこれ、夢なの? ぼっちだったわたしがなんで男の子ふたりにせまられてるの?(そのうちのひとりは幼児だけど)


「と……とりあえず……」


 わたしは一歩、二歩と後ずさりながら、カバンから夢殿ゆめどの(の模型もけい)を取り出し、ブランコに座った。


 そして、夢殿(の模型)をひざの上に置いて、目をつぶる。


「夢殿(の模型)! どこでもいいから、わたしを夢の中へ連れて行って!」


「あっ! ユメミのやつ、ユメのなかににげたばく!」


「な、なんだと⁉」


「すやぁ…………」


「ユメミぃ~~~! にげるなばくぅ~!」


 ご、ごめん。バクくん、ヒカルさん。


 わたしにはまだ恋とか緊張しちゃって無理かも。


 ちょっとずつだけと、がんばって成長していくから……いまはまだ、夢見る少女のままでいさせて!




 読者のみなさん、おやすみなさーい!


 え? こんなヘタレなヒロイン、初めて見たって?


 ここにいるじゃない‼(ドヤ顔)



                 了

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夢守少女ユメミ 青星明良 @naduki-akira

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