19 一炊の夢
「行けー! あたしの可愛い子分たち!」
ハクトちゃんが命令すると、ウサギたちは立ち上がり、二足歩行(⁉)になった。そして、ビュッ! ビュッ! と前足でパンチする
「な、なんだぁ~? このなまいきなウサギたちは! あんまりなめたマネをしていると痛い目に……げふぅぅぅ‼」
「す、スイレン、だいじょうぶですか! ごほぉぉぉ‼」
ウサギたちに
「どうだ、あたしの実力は! あたしたち神は、神に仕える動物たちを
ハクトちゃんは、スマホを片手に持ちながら「あははは!」と笑った。
「それ、おまえの実力じゃねぇだろ」
獏くんがあきれてツッコミを入れるけれど、ハクトちゃんは「これがあたしの実力だぁ! あははは!」と高笑いしている。
……ていうか、神様に仕えるウサギたちもツイッターをやる時代なんだ……。
「ユメミ! いまこそ、結衣の夢を取り返すチャンスよ!」
「う、うん!」
わたしは
「
「む、無理です。いまは持っていません。あなたに
「ウサギたち、
ハクトちゃんがそう命令すると、ウサギたちはヒガンの体にわらわらとむらがり、ボディチェックを始めた。
「や、やめ……わはははは! こ、こそばゆい~~~」
「
3羽のウサギが自分たちと同じぐらいの大きさの
水晶玉をのぞくと、中には白いヘビが閉じこめられていた。
「この子が、きっと、結衣ちゃんが夢の中で見た白ヘビね。いま、助け出してあげる!」
わたしは薙刀を消してハンマー(ピコピコハンマーじゃないよ。ちゃんとしたハンマーだよ)を出し、「えい!」と水晶玉をたたいた。
パリーン!
水晶玉は意外とあっさり割れて、白ヘビが外へ飛び出す。
「ふ……フフフ。すでに『夢買い』は成立しているのです。その白ヘビを助け出しても、姉川大地の手術が失敗するという運命はくつがえせませんよ」
「だったら、わたしが結衣ちゃんの夢をあなたから買い取って、結衣ちゃんとまた『夢買い』の
わたしはにたぁ~と笑いながら、スッと手をかかげてそう言った。
ちなみに、ヒガンとスイレンは、病院の屋上のはしっこに追いつめられている。
「えっ……? い、いったいなにをする気ですか」
「あっ、やばい! ヒガン、逃げ――」
スイレンがわたしの考えに気づいたのか、そうさけびかけた。
でも、もう遅い!
「
どばぁぁぁぁぁ‼
わたしの手のひらから、クリームソースたっぷりなスパゲティカルボナーラが大量にふきだす!
「やっぱり、これかーーーい‼ もうスパゲティカルボナーラは嫌ぁぁぁ‼」
「うぎゃぁぁぁぁぁ‼ 夢守少女、おぼえていなさーーーい‼」
スイレンとヒガンは、スパゲティカルボナーラの
「あんなのを夢守の秘術のひとつに加えるんじゃないわよ……」
あきれたハクトちゃんがそうツッコミを入れたけど、これでミッション完了だね!
「大地くん。手術はきっと成功するから、がんばるんだよ?」
悪夢使いの夢幻鬼たちとの
「うん、わかった。夢の中でこんなにも恐い目にあったんだから、もう手術ぐらい恐くないよ」
大地くんは元気よくうなずき、ニコッと笑う。可愛らしいその笑みは、姉の結衣ちゃんにそっくりだ。
「盗まれた夢は無事に取り返すことができたけど……。残された問題は、
わたしから大まかな事情をついさっき聞いたハクトちゃんが、腕組みしながらそう言った。
「……どうして
ヒカルさんが、「兄上、どこ……? どこなの……?」とずっとつぶやき続ける茜さんを痛ましげに見つめながら言うと、
「あと、前々から不思議に思っていたが、おまえの背中に『この人、死んでます』のはり紙がないのもおかしい。死んだ人間は、例外なくあの世の住人になるんだ。死者であるおまえが夢の世界で夢幻鬼として活動しているうえに、背中に死者の
さすがは夢の世界の平和を長いあいだ守ってきた獏くんだ。うららちゃんとほぼ同じ考えみたい。
「ば、バカな。オレと茜は平安時代末期の人間だぞ。オレたちはまだ生きていて、はるか830年後の未来人たちが見ている夢の世界をさ迷っているとでもいうのか? そんなこと、ありえるはずが……」
「臨月天光。おまえも知っているだろ。夢の世界は、ありえねーと思ったことが、ふつうにありえちまう世界なんだよ。冷静になって、人間から夢幻鬼になってしまったときのことを思い出せ」
「…………夢
ヒカルさんは顔を
「ヒカルさん……」
わたしが、苦悩するヒカルさんを心配して見つめていると、1羽のウサギがわたしの足を小さな前足でちょんちょんとつついた。
え? どうしたの?
そのウサギは、わたしが手に持っていた「うつつさらしの手鏡」を前足で指差す。
あっ……そうか! この鏡なら、ヒカルさんの真実を
「ヒカルさん。わたしにまかせてください!」
わたしはそう言うと、手鏡をヒカルさんに向けてかかげ、
「『うつつさらしの手鏡』よ、ヒカルさんの真実をあばけ‼」
と、さけんだ。すると、鏡から発せられた光がヒカルをつつみ……。
「うわっ! 巨大なスクリーンみたいなのがあらわれた!」
ヒカルさんをつつんでいた光は、やがてヒカルさんから
そして、そのスクリーンから浮かび上がった映像を見たわたしたちは、「え⁉」と口々におどろきの声を上げた。
「ここ、一ノ谷の戦場の近くの山中なのかな? ヒカルさんが、木に横たわって苦しそうにしている……」
「息はしているし、
わたしと獏くんが映像を見上げながらそう言うと、ウサギの神様なだけに耳がいいハクトちゃんが「どこからか、女の子の声が聞こえるわよ」と
「『兄上、どこ? 兄上はどこなの? 助けて!』って言っているみたい。きっと、茜が助けを呼んでいるのよ」
「こ……これは、いったいどういうことだ? ま、まさか、オレの肉体はまだ滅びず、
ヒカルさんが
「そのとおりですよ、臨月天光――いいえ、
という声がした。
わたしたちがおどろいてふりかえると、1羽のウサギが二足歩行でとことことヒカルさんに歩みよって来た。さっき、わたしに「うつつさらしの手鏡」を使えと教えてくれたウサギだ。
「……あっ、もしかして、オオクニヌシさま⁉」
ハクトちゃんがそうさけぶと、ウサギは「ピンポーン♪」と言い、
ぼふん!
と、白い
「ええー⁉ わたしに夢の世界を丸投げしたオオクニヌシさまが、いまさら何の用ですか⁉」
「ひ、人聞きの悪いことを言わないでくださいよぉ~。ユメミさんのことが心配で、ウサギに化けて様子を見に来ていたのですから」
「そうよ、そうよ! オオクニヌシさまの悪口は許さないわよ!」
相変わらず、オオクニヌシさまの味方をするハクトちゃん。
「ユメミに夢の世界を丸投げしたのは、まぎれもない事実だろ」
「なんですって~? おい、獏! 元にもどったからって、えらそうな
また獏くんとハクトちゃんのケンカが始まった……。ふたりとも、いまはそれどころじゃないってば!
「オオクニヌシさま。『そのとおりですよ』というのは、ヒカルさんは平安時代末期の日本でまだ生きていて、魂が夢の世界でずっとさ迷っている、という意味ですか?」
「はい。彼は、
「夢の世界では、ヒトの願望が形になる……。オレは夢の世界に閉じこもり、夢幻鬼になってしまったということですか?」
「そのとおりです。夢の世界にずっといるには、夢幻鬼になるしかないですからね。そして、妹の茜さんは、いまも山中で源氏方の兵士たちから逃げ続け、兄のあなたを探しています。兄を求める茜さんの孤独な心は
わたし、
すごく憎いヒトや恋しくてたまらないヒトのことを思い続けていたら、生きている人間の魂が体から離れて、そのヒトにとりついちゃうことがあるんだって。しかも、ふつうに生活している本人はそのことに気づかないの。
茜ちゃんの魂は、はぐれてしまったヒカルさんと再会したくて、夢の世界に迷いこみ、火の玉になっちゃったんだ。
「あなたは、自分の
オオクニヌシさまは、少し
一炊の夢……。学校の授業で
つまり、ヒカルさんは、
「おいおい、オオクニヌシのおっさん。まじめに説教しているけれどさぁ、そんな大事なことをなんでもっと早くに臨月天光に教えてやらなかったんだよ」
「獏くん、おっさんはさすがにやめてください……。わたし、これでもいちおう神様なんですよ? ……実は、ずっと教えなければと気にかけてはいたのです。でも、わたしはあの世や他の
「そういえば、何度かネズミと
……ネズミさんたち、ちょっとかわいそう。まあ、でも、わたしもいきなりネズミがあらわれたらビックリして逃げちゃうかも。
「それで、今回、ユメミさんを助けるために夢の世界に来てみたら、運よくヒカルさんと出会えたのです」
「そうだったのですか……。しかし、現実のオレはすでに重傷を負い、もう戦えそうにありません。いま目覚めたところで、オレには妹を助けることなど……」
ヒカルさんは、傷つきたおれている自分の姿をスクリーンの映像で見て、弱音を
映像からは、敵の兵士たちの「
「あきらめたらダメですよ、ヒカルさん! ここであきらめたら、絶対に
わたしはヒカルさんの手をにぎり、必死にそう
「ヒカルさん、言っていたじゃないですか! 『決断すべきときに決断ができなくて後悔するような人生をみんなに歩んでほしくない』って! 自分が後悔したから、みんなには後悔してほしくなくて、
「ユメミ……」
ヒカルさんは涙ぐんだ熱いまなざしをわたしに向け、わたしの手をギュッとにぎりかえした。
「君の言うとおりだ。目覚めなかったら、オレは必ず後悔する。もどらなきゃ……」
「はい。ヒカルさんと会えなくなるのはさびしいけれど……。わたし、ヒカルさんのこと、絶対に忘れません」
気がついたら、わたしはぽろぽろと涙を流していた。830年以上も昔にもどっちゃうヒカルさんとはもう会えないんだなと思うと、やっぱり悲しかったのだ。
でも、
「ユメミさん。ヒカルさんが自分の時代にもどるのを手伝ってあげてください。ふつうはこれが夢だと指摘されたらすぐに目覚めるのですが、彼はあまりにも長く夢の世界にとどまりすぎたので、強い
オオクニヌシさまはそう言うと、夢からぬけだせない
よ、よ~し! がんばるぞ!
わたしは涙を手でぬぐい、ほっぺたをパチンパチンとたたいて気合いを入れる。そして、両手をかかげ、茜さんをお姫様抱っこしているヒカルさんに向かって呪文を
「
わたしがそうさけんだ直後、ヒカルさんの目の前に、ふつうのニワトリよりも3倍くらいの大きさの赤く美しいニワトリがあらわれ、
コケーーーっ‼
翼をバサッと広げながら、空気をビリビリと
すると、ヒカルさんと茜さんの体が見る見るうちに
ヒカルさんが長いあいだ見ていた夢は、夜明けのニワトリの声で終わりを告げようとしているのだ。
「ヒカルさん、さよなら……!」
「ユメミ、ありがとう。いつか必ず、再会しよう!」
ヒカルさんは優しげな笑みとともにそう言い残し……夢の世界から去っていった。
「……あれ? ボクの夢も終わるみたい」
『夢醒ましの暁鶏』の影響か、大地くんの体も透明になっていく。
「
獏くんがポツリとそう言った直後、大地くんの夢は消滅し、わたしは現実世界の自分のベッドで目覚めるのだった……。
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