18 火の玉の正体

「夢守少女ユメミ、再び登場!」


 わたしは、大地くんの夢の中――病院の屋上にもどった。


 しかも、運がいいことに、夢幻鬼むげんきヒガンの真後ろに。


「な、なに⁉ さっき消えたと思ったのに、わずか数秒で……!」


 わたしに背後をとられたヒガンは、冷静さを失い、驚愕きょうがくの表情でふりむく。


 わたしはうつし世(現実世界)でうららちゃんと15分くらいお話していたのに、夢の世界ではほんの数妙しか時間がたっていなかったようだ。やっぱり、現実と夢の中では時間の流れがぜんぜんちがうらしい。


「すきあり! いでよ、ピコピコハンマー・ビッグサイズ‼」


 わたしは、両腕を目いっぱい広げたぐらい大きいピコピコハンマーを出現させ、大きくふりかぶってヒガンにたたきつけた。


 ピコピコーーーン♪


 ピコピコハンマーの楽しげな音ととともに、ヒガンは「う、うわーーーっ‼」とさけびながら吹っ飛ぶ。


 そして、吹っ飛んだヒガンは、ヒカルさんと大地くんを閉じこめているおりに激突した。


「げ、げふぅ~……」


 バタリ、とたおれるヒガン。すると、檻がサーッと消えていった。たぶん、ヒガンの夢想力むそうりょくで生み出された檻だから、ヒガンが弱ったせいで消滅しょうめつしたのだろう。


「あに……あ……に……兄上ぇぇぇ! どこぉぉぉーーーっ⁉」


 あっ、いけない!


 檻がなくなったから、火の玉がヒカルさんにおそいかかろうとしている!


 このままだと、ヒカルさんと大地くんが危ない!


「ヒカルさん、大地くん。いま助けるね!」


 わたしはアクアマリンの輝きをはなつちょうの羽を背中に生やし、もう一度パジャマから巫女装束みこしょうぞくにチェンジすると、ビューーーン! と飛んだ。


「ふたりとも、わたしの手をにぎって!」


「わ、わかった!」


「ありがとう、美人でかっこいい姉ちゃん!」(わたしの大地くんへの好感度こうかんどがぐぐぐーーーんと上がった!)


 ヒカルさんと大地くんの手をガシッとつかんだわたしは、再び舞い上がり、火の玉から逃れてバクくんの横に着地した。


「ユメミ、すごいばく! ひとりでヒガンとスイレンをやっつけたばく!」


 バクくんがピョンピョンと飛びはね、わたしに抱きつく。


 うおお⁉ バクくんのほうからわたしにスキンシップを……‼


 にゃらろれほへほへろーーーん‼(言葉にならない喜びのおたけび)


「ユメミ……。すごいニヤニヤしてよだれをたらしているが、だいじょうぶか……?」


 ヒカルさんが、困惑こんわくぎみの表情で、わたしを心配している。


 し、しまった! イケメンに恥ずかしいところを見られてしまった! 一生の不覚!


「な、なんでもないです。持病じびょうのしゃっくりが出そうになっただけで……」


 わたしはあわてながらごまかそうとした。


 でも、そんなとき、


「まだ終わってないわよ、夢守少女!」


 怒りに満ちた怒鳴り声。


 ずっとダウンしていたスイレンが回復して、わたしたちをにらんでいた。


「す、スイレン! あなた、いつの間に復活してたのよ⁉」


「ついさっきさ! 燃えきろぉぉぉ‼」


 銀のくさりでぐるぐるにしばられた火の玉が、わたしたちめがけて飛んでくる!


 げっ、やばい! スイレンは火の玉をあやつれるんだ!


 わたしはとっさに両手を前に突き出し、「いでよ、にせヒカルさん!」とさけんだ。


 ぼん!


 わたしが生み出したヒカルさん(まぼろし)は、真っ白な歯をキラーン☆と輝かせてさわやかに笑い、


「あははは! ボクはこっちさ! つかまえてごら~ん☆」


 と、言いながら走り出す。


 火の玉は、「兄上ぇぇぇ……」とうめき声を上げてヒカルさん(幻)を追いかけ、わたしたちがいる場所とは別方向に飛んでいった。


「あ、アホ! そいつは幻よ!」


 スイレンはぐいっと引っ張り、無理やり火の玉を停止ていしさせる。。


「おい、ヒガン! いつまでダウンしてるのよ! 手伝いなさいな!」


 スイレンは、自分がずっとダウンしていたことはたなに上げ、そう怒鳴った。


 そして、たおれているヒガンの鼻の穴に指をつっこみ、


「あたいの夢想力をちょっとわけてやるよ! えいっ!」


「ふ……ふんごごぉぉ!」


 鼻から夢想力を注入ちゅうにゅうした。


 い、嫌なエネルギーのゆずりかただ……。


 バクくんが「やっぱり、あいつ、めっちゃアホばく!」とあきれている。


「フ……フフフ……。さっきはよくもやってくれましたね、夢守ゆめもり少女。たっぷりとお返しをさせていただきましょう。あなたの苦手なモノはお見通しですよ」


 復活したヒガンは鼻をおさえながら、よろよろと立ち上がり、「いでよ、注射器ちゅうしゃき!」とさけんだ。


 う、うげっ⁉ 注射器って、もしかして……。


「ま、前に見た悪夢……巨大注射器だぁぁぁぁぁ‼」


 いやぁぁぁ! 注射器いやだぁ~!


 目の前に出現した10本の巨大注射器におびえ、パニックになったわたしはドスンとしりもちをついてしまった。


「いまだ! 火の玉よ、行けぇぇぇ‼」


 スイレンが銀の鎖で火の玉を操り、燃え盛る火の玉がわたしたちに飛びこんできた!


 し、しまった! 防御ぼうぎょ、間に合わない!


「オレにまかせろ! ……いかづちばしり!」


 戦闘できるだけの体力が回復していたヒカルさんが刀を振り下ろし、小さな稲妻いなづまを飛ばした。


「あっ! ヒカルさん! あの火の玉は、もしかしたらヒカルさんの妹……」


「あの悪夢使いの夢幻鬼たちは、火の玉にオレの死んだ妹の声マネをさせてオレの戦意せんいうばおうとしている! ヤツらだけは絶対ぜったいに許せない!」


 ヒカルさんはそういうふうに解釈かいしゃくしているのか。でも、もしも、あの火の玉が妹のあかねさんだったら……。


 ドガガーーーン‼


 火の玉は雷の攻撃をまともにくらった! ……けれど、あんまりダメージはない様子だ。


「あはははは! アホめ! この火の玉にはそんな攻撃はきか……ぎゃびびびびぃぃ‼」


 雷は鎖をつたい、スイレンをビリビリとしびれさせた。


 コントロールしているスイレンがダメージを受けてずっこけたため、火の玉は近くを走っていたヒカルさん(幻)を再び追いかけはじめた。


「同じ手に二度も引っかかるおまえのほうが、アホだ!」


「な……なんだとぉ~! アホって言うほうがアホなんだぞ! アホー! アホー!」


「落ち着いてください、スイレン。今度はわたしが攻撃します。……行け、巨大注射器‼」


 ぎ、ぎえぇぇぇぇ‼ 巨大注射器がこっちに来るぅぅぅぅ‼


 もう、注射は嫌だぁ~~~‼


「ユメミ、しっかりするんだ! ……雷走り!」


 ヒカルさんが「雷走り」をはなって注射器を4本ち落としてくれたけれど、残りの6本はうまく攻撃をかわし、わたしのもとに殺到さっとうしてきた。


 ひ、ひいぃぃぃぃ‼ お、おたすけぇぇぇ‼


「ユメミ、パニックになっているばあいじゃないばく! いまのユメミなら、あんなのかんたんにふせげるばく!」


「そ、そうか! ……いでよ、バナナ!」


「バナナだして、どうするきばく⁉」


「…………アイ・ドント・ノー」


 わたしはバナナを片手にぼうぜんとしてしまった。


 眼前には、極太ごくぶとの注射器の針たちが――。


 あっ……もうダメだ。完全にオワッタ……。


「ユメミはバクがまもるばくぅぅぅ‼」


「ば、バクくん⁉」


 バクくんが、わたしの前に立ち、巨大注射器たちと対峙たいじする。


 ダメだよ、バクくん! に、逃げてーーーっ‼


「……ちっちゃくなったからって、なめるなばく。これぐらいのあくむ、たべきってやるばく!」


 バクくんは、ぐわぁ~と口を大きくあけると、ピョンとジャンプした。そして、思いきりスゥーーー! と息を吸いこみはじめた。


 あ……あれは、はじめてバクくん(オレさま系イケメン)と出会ったときに見た……。


「あれは……夢幻鬼・ばくの得意技、『悪夢らい』だ! あの小さな体でできるのか⁉」


 ヒカルさんがおどろき、さけぶ。


「スゥーーーーーーー‼」


 吸いこむ。吸いこむ。どんどん息を吸いこむ。巨大注射器たちは、バクくんに吸い寄せられるように、飛んで来る。そして、バクくんに近づくにつれて、注射器はどんどん小さくなっていき、ふつうの注射器のサイズになっていく。


 前に見たときは、豆粒まめつぶサイズにまで小さくできていたけれど、あれがいまのバクくんの限界げんかいみたいだ。豆粒サイズでも注射器を飲みこむのは恐いのに、ふつうサイズの注射器なんて食べられないんじゃ……。針がのどにさって、絶対に痛いよ!


「バクくーーーん‼」


「ひさしぶりのごちそう、おいしくいただいてやるばく! スゥーーーーーーーごっくーーーん‼」


 の、飲みこんだ!


 1本目の注射器を飲みこんだバクくんは、立て続けに、ごっくん、ごっくん、ごっくんと他の注射器たちも飲みこみ、6本全部を完食してしまった!


 ひょ、ひょえぇぇぇ~~~! 注射器を食べるなんて、はたから見ていても痛そう!


 でも、バクくんは苦しそうな顔をするどころか……。


「ふ……ふふふ……。これで、パワーアップできるかもな……」


 わ……笑ってる? しかも、なんだか雰囲気ふんいきが変わって……。


 ピカーーーッ‼


 な、なんなの⁉ いきなりバクくんが黄金色に輝きだしたよ⁉


 しかも、体が見る見るうちに成長していっている……!


「夢幻鬼・獏さま、復活だぁ! わははは!」


 黄金の輝きがおさまると、そこにいたのはわたしと同じくらいの身長の赤髪の少年だった。も、もしかして……。


「ば……バクくん? バクくんなの?」


 わたしが恐る恐る声をかけると、赤髪の少年はふりかえり、


「ユメミ、安心しろ。これからは、オレさまがおまえを守ってやる」


 そう言いながら、イタズラっぽい表情でニヤリとほほ笑んだ。


 その笑顔は、わたしが想像していたオレさま系イケメンの何倍もかっこよくて、頼もしくて――。


「ち、ちょっと、ちょっと、ヒガン! あんたの攻撃で夢幻鬼・獏が復活しちゃったじゃないのさぁ~! どうすんのよ!」


「これは想定外そうていがい事態じたいですね。まさか、あのおチビさんに『悪夢喰らい』ができるだけの力が残されていたとは……。しかし、強力な負のエネルギーを持つ火の玉で攻撃したら、いくら獏でも無傷むきずではいられないでしょう。スイレン、火の玉で獏をやっつけるのです」


 わたしがバクくん――いまは夢幻鬼・獏か――にドキドキしているあいだに、スイレンとヒガンがまたなにか悪いことをひそひそと話し合っているみたいだ。


 い、いまはドキドキしている場合じゃない! あいつらがなにかをやらかす前にこっちが先に動かなきゃ!


「獏くん! お願いがあるの!」


「おう! なんでも言え! おまえはオレの姉貴あねきなんだからな」


「火の玉を拘束こうそくしている銀の鎖をなんとかしてほしいの! たぶん、火の玉は邪悪じゃあく存在そんざいじゃない! ただあいつらに悪用されているだけなのよ!」


「鎖を引きちぎってやればいいんだな。フン……その程度ていど朝飯前あさめしまえだ!」


 獏くんはそう言い放つと、ダン! と地をり、火の玉を飛び越えて、銀の鎖を手に取った。


「スイレン! 獏は鎖を引きちぎるつもりです!」


「そうはさせるか! 火炎球かえんきゅう!」


 スイレンは、バレーボールぐらいの大きさの火炎球を手のひらから出し、獏くんに投げつける。


 ば、獏くん! 危ない!


「おっ、これはなかなかのごちそうじゃねえか」


 獏くんは、なんと、強力な威力いりょくを持つ火炎球を片手で受け止めると、まんじゅうをほおばるようにむしゃむしゃと食べ始めた。


 ほ……炎のかたまりを食べてるぅ……。さすがは、悪夢喰らいの夢幻鬼……。


「こんな鎖を引きちぎるぐらい、夢想力で武器を出すまでもない。素手すでで十分だ」


 獏くんはフンと笑うと、手刀しゅとうをシュッとふりおろし、鎖をあっさり切断せつだんしてしまった。


「げ、げげっ! あたいの銀の鎖が、あんなにもあっさりと! ゾウを3頭ひっぱってもちぎれないぐらいがんじょうなのに!」


 やった! これで、火の玉をヒガンたちから助け出すことができた!


「ユメミよ。火の玉をヒガンたちから解放かいほうしても、あれが危険な存在であることには変わりないぞ。……見ろ、こっちに向かって来る!」


「ヒカルさん。あの火の玉は、たぶん、茜さんだと思うの」


「なぜ、君がオレの妹の名前を……」


「わたしが、あの火の玉を……彼女を元の姿すがたにもどしてみせるわ! いでよ、『うつつさらしの手鏡てかがみ』!」


 わたしはそう言うと、うららちゃんからもらった「うつつさらしの手鏡」をポン! と出現させた。


「『うつつさらしの手鏡』よ、あの火の玉の真実をあばけ‼」


 そうさけび、鏡をこちらに飛んで来る火の玉に向けてかかげると、


 ピカーーーッ‼


 と、鏡からまばゆい光があふれだし、その光は火の玉を優しくつつみこんだ。


「な……なにが起きているんだ⁉」


「ふぎゃーーー! まぶしくて目がつぶれる~~~!」


 ヒガンとスイレンがおどろき、ヒカルさんもあっけにとられている。


 やがて、光につつまれた火の玉は炎のいきおいを弱めていき、だんだんと人間の姿に形を変えていった。


「あ……茜⁉ ほ、本当に茜だったのか! 何百年も前に死んだはずなのに、なぜ……」


 ヒカルさんは急いでり、はなやかな着物を身にまとっている少女をお姫様抱っこする。


「わたしも茜さんがどうして火の玉になって夢の世界をさ迷っていたのかはわかりません。でも、彼女はずっとヒカルさんを探し求めていたんだと思います」


「……オレはそうとも気づかずに、妹から逃げ続けていたのか。茜、すまない。許してくれ……」


 ヒカルさんは大粒おおつぶの涙をこぼし、茜さんをギュッと抱きしめた。


 でも、茜さんの目には光がなく、「兄上……どこぉ……?」と同じセリフばかりつぶやいている。お兄さんに抱きしめてもらっていることも、わかっていないみたい。


「夢幻鬼ヒガン、スイレン。よくも、妹を鎖でしばり、オレと戦わせようとしたな。許さん……!」


「いや、わたしたちは、その火の玉の正体までは知らなかったのですが……」


問答無用もんどうむようだ!」


 ヒカルさんは、茜さんを抱きしめながら、怒りの形相ぎょうそうでヒガンとスイレンをにらんだ。そして、片手に持つ刀にバチバチと雷の力を宿やどして攻撃の準備をする。


「わたしも、絶対に許さないよ! ヒガン! 結衣ちゃんから奪った夢を返しなさい!」


 わたしはピコピコハンマー……はさすがにかっこつかないので、薙刀なぎなたを夢想力で生み出して、ヒガンをにらみつけた。


 巫女服に薙刀ってけっこう合いそうと思って出したけど、よく考えたら薙刀のふりまわしかたなんて知らないや。どうしよう。


「これで、おまえたちはジ・エンドだな。ユメミにさんざん恐い思いをさせたつみ、ここでつぐなってもらう。……覚悟しやがれ」


 獏くんは凶悪きょうあくな笑みを浮かべながら、こぶしをベキボキと鳴らす。よほど自分の力に自信があるのか、武器なんて出す気はないらしい。素手で十分と思っているみたいだ。


「ひ……ヒガン。これはちょっとやばいんじゃないの?」


「……みたいですね。ここは逃げましょう。逃げるのも作戦のひとつです」


 スイレンとヒガンは戦意を失ったのか、背中に黒いつばさを生やすと、病院の屋上から飛翔ひしょうして逃走をはかった。


 あっ! ちょっと! 結衣ちゃんの夢をまだ取り返していないのに、逃げないでよっ!


 わたしたちがあわてて蝶の羽をはばたかせて追いかけようとしたとき――。


 とんでもないことが起きたのだ。


 空にぽっかりと穴があき、その穴から……。


 なんと、たくさんのウサギたちが降ってきたのだった!


「ひ、ヒガン! 空からウサギが!」


「な、なぜにウサギ⁉ ……ぎゃぁぁぁぁぁぁ‼」


 スイレンとヒガンは、空から舞い降りた100羽近いウサギたちの下敷したじきになり、病院の屋上にドターン! と落下するのだった……。


「どうやら、あたしの活躍のチャンスはまだありそうね」


「ハクトちゃん⁉」


 声がしてふりかえると、ニヒヒと笑っているハクトちゃんが、屋上のフェンスの上で仁王におう立ちしていた。

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