17 天月家の悲劇
パチンと目を覚ましたわたしの最初の言葉は「おしっこ、したい……」だった。
「おしっこがしたくてもどってきたのじゃな、ゆめみん。眠る前にジュースを飲んだせいかの?」
眠っているわたしの横で夢の中のわたしたちの無事を祈ってくれていたうららちゃんが、そう言った。
ちなみに、いっしょに夢の世界にダイブしたバクくんとハクトちゃんの
「……うん。ヒガンの銀の
「ふむ。もしかすると、お告げをくださったタケミナカタさまは、ゆめみんが
「…………おしっこしたくなることを
喜ぶうららちゃんに対して、わたしはひきつった笑いしか出なかった。
……とりあえず、トイレに行こう。
トイレで用をすませたわたしは、自分の部屋にもどり、夢の中でなにが起きたのかをうららちゃんに話した。
急いでバクくんたちを助けに向かいたかったけれど、あのなぞの火の玉が何者なのか、なぜヒカルさんに
ヒガンの人質となったヒカルさんと大地くんは、ふれたら魂が消滅するほど
千年も生き、神様たちからいろんなことを教えてもらっているうららちゃんなら、なにか知っているかもとちょっと期待したのだ。
「
「本名は
「天月……光じゃと?」
うららちゃんの
「どうしたの? ヒカルさんのこと、なにか知っているの?」
「天月光という名の年若い武士とは、一度会ったことがある。平安時代の末期、
「げ、源平合戦⁉ ヒカルさんは、
わたしは、勉強机の上に置いてあった教科書をペラペラとめくり、源平合戦が行なわれていた年代を
……ヒカルさんは、830年以上も昔に生きていた人だったのか。
なんとなく、歴史ドラマで
「わたしが生まれるよりも、ずーっと、ずーっと気の遠くなるぐらい昔の人だったんだね。
でも、なんで、平安時代の武士だったヒカルさんが、夢の世界の鬼になったんだろう?
「ワシは、天月光の一族に戦で生き残る
「え? そうなの⁉」
うむ、とうららちゃんはうなずく。
千年以上生きているうららちゃんは、源平合戦のころもあちこちを旅して、人々に神様のお告げをさずけていたのだ。
うららちゃんは、1184年の一ノ谷の戦いでヒカルさんの一族になにが起きたのか、わたしに語り聞かせてくれた――。
* * *
あのころは、日本のあちこちで源氏にしたがう武士たちと平家にしたがう武士たちが
天月の一族は平家方の武士で、現在の
天月光どのは、その天月一族の
清隆どのは、いままで日本国を
自分の領地のすぐそばで、近々、源氏と平家が
天月家は、源氏方から仲間にならないかと
しかし、清隆どのは
「いま、領内に夢告げの巫女と呼ばれる女がいるらしい。彼女を
と、思いつき、ワシを天月家の屋敷に招いたのじゃ。
ワシが
しかし、ワシはおっさんのごつごつした膝は嫌じゃと思い、清隆の娘――たぶん、
茜どのは、ヒカルどのの一歳年下の妹で、兄のことをとても
ちなみに、茜どのの膝枕は、ワシが千年のあいだに体験した膝枕の中で、堂々の
1位は、もちろん、ゆめみん。2位は
ええと、こほん。というわけで、ワシは茜どのの膝枕で眠り、夢の中で、天月家が
その神様は、源氏方には源義経という天才的な武将がいるから、平家には勝ち目がない。平家は1、2年のうちに滅びるだろうとワシに教えてくださった。
目覚めたワシはそのことを清隆どのと息子のヒカルどのに話したのじゃが……。
清隆どのは、「でも、やっぱり平家には昔からの恩があるから……」と言って悩みだしたのじゃ。
ヒカルどのは、「早く決断しないと、手遅れになります。源氏につきましょう」と父親を説得したが、清隆どのはなかなか決断できない。茜どのは、心配そうに父と兄の会話を聞いておったが……。
清隆どのは、もしかしたら、ワシが戦争に巻きこまれないように天月家の領地を去った後も、源氏方につく決断ができず、平家方にとどまってしまったのかも知れぬのう。
有名な一ノ谷の戦いが起きたのは、それから三か月後のことじゃった。平家は、源義経の奇襲攻撃でさんざんに打ち負かされ、たくさんの武将たちが死んでしもうた。
その戦死した武将たちの中に、清隆どのやヒカルどのがいたかは、ワシにもわからん。
* * *
「ヒカルさんが生きていた時代って、少しでも
うららちゃんの話を聞き終えたわたしは、ヒカルさんの
「ヒカルさんや妹の茜さんは、一ノ谷の戦いで死んじゃったのかな? 本人は死んだと言っているから、たぶんまちがいないと思うけど……」
「それが、よくわからんのじゃ。戦いの後、落ち
「夢のお告げでわからないの? 神様だったら、知っているはずじゃない」
「あれから70数年ほど、
この夢告げの巫女、膝枕へのこだわりがひどすぎる……。
いろいろとツッコミたいけれど、いまはそれどころじゃないから
「……こほん。あのね、うららちゃん。天月家の悲劇を聞いて、わたし、ちょっと思いついたことがあるんだけど」
「ふむ?」
「あのなぞの火の玉って……もしかして、茜さんの魂じゃないのかな? ずっとヒカルさんのことを追いかけていて、『兄上はどこ?』って言っていたし」
「死んだ茜どのの魂が、兄のヒカルどのを探し求めて、夢の世界をさ迷っているということか?」
「そこらへんがちょっとわからないの。ヒカルさんが言うには、夢の世界に入りこんだ死者の魂には『この人、死んでます』というはり紙が背中にはってあるんだって。あの火の玉にはそんなはり紙ついていなかったし……」
「それはワシも初耳じゃな。そんな
「え? はってないけど? ヒカルさんは夢の世界の住人だもん」
わたしが小首をかしげると、うららちゃんは「それはおかしな話ではないか?」と言った。
「いくら夢幻鬼でも、元は死んだ人間なのだったら、背中に『この人、死んでます』というはり紙があるはずじゃぞ。
「え……。じ、じゃあ、ヒカルさんはまだ生きているの? そ、そんなまさか! だって、一ノ谷の戦いから830年以上たっているんだよ⁉」
ワケワカメすぎて、頭がこんがらがってきたよ‼
「落ち着くのじゃ、ゆみめん。
「でも、どうやって?」
わたしがそう聞くと、うららちゃんは小さな手鏡をふところから取り出した。
「この手鏡をゆめみんにプレゼントしよう。これは、『うつつさらしの手鏡』といって、この鏡に
「夢の中でもらったモノなのに、なんで現実世界にあるの?」
「夢の中で神や仏から授かったアイテムは、夢の世界にも現実世界にも持ち運び可能なのじゃ」
「す、すごい便利すぎる! ありがとう、うららちゃん。これで、火の玉の正体をあばいて、ヒガンから火の玉を解放してみせるよ!」
わたしはうららちゃんの手をにぎって感謝すると、再びベッドに入り、夢の世界へと旅立つのだった。
待っていてね! ヒカルさん、バクくん、大地くん!
……あっ、それから、ハクトちゃんも!
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