16 夢守少女、大ピンチ!

「夢の世界にとーちゃく! ……あれ? こ、ここって、もしかして……病院の屋上⁉」


 なんだか見覚えあるなぁ~と思ったら、わたしが入院していた病院の屋上じゃない!


 ここ、だれの夢よぉ~。よりによって、病院の屋上にいる夢なんて見ないでよぉ~。いろいろとつらい思い出があるっていうのにぃ~!


 ……なんて、わたしがプンスカ怒っていると――。


「ユメミ! あれが、あくむつかいのむげんき、ヒガンばく! スイレンまでいるばく!」


「あっちには、臨月天光りんげつてんこうと子供がおりに閉じこめられているわ! きっと、ヒガンとスイレンの仕業しわざよ!」


 バクくんとハクトちゃんがそれぞれ別の方向を指差し、わたしは「え⁉」とおどろいた。


 夢幻鬼むげんきヒガンがここにいるのは、当たり前だ。だって、わたしたちはヒガンから結衣ちゃんの吉夢を取り返すために、夢の世界へ飛びこんだのだから。


 でも、なんで、ヒカルさんがヒガンとスイレンに捕まっているの⁉


「フフフ……。夢守ゆめもり少女よ。わなとも知らずに、のこのことあらわれましたね。あなたの友人から夢を買ったのも、呪いのお守りを渡したのも、すべてはあなたをおびきよせるため……」


「ヒカルさーーーん! だいじょうぶですかーーー⁉」


 ヒガンがなにか言っていたけれど、わたしは目の前を素通りして、ヒカルさんの元にけよった。


「……こういう場合、とりあえず初対面の敵と言葉をかわすのが常識じょうしきなのでは?」


「あいつ、アホだから、常識とかそういうのガン無視するわよ? ホント、アホな子って嫌よね~」


 ヒガンとスイレンがまたなにか言っているけれど、わたしはそんなの無視して、


「ヒカルさん、いったい、どうしたんですか? なんであなたがつかまっているんですか?」


 と、ヒカルさんにたずねた。


「……すまない、不覚ふかくを取ってしまった。あいつらは、オレとこの子……君の友達の弟を人質ひとじちにして、君をやっつけるつもりのようだ。オレのことはどうでもいいが、大地だけはなんとかここから救い出してやりたいのだが……」


「え? 大地くん? もしかして、この子は結衣ちゃんの弟なんですか?」


 わたしがおどろくと、大地くんは「ねえ、ねえ、美人な姉ちゃん。結衣姉ぇのこと知ってるの?」と聞いてきた(わたしの大地くんへの好感度こうかんどがぐぐぐんと上がった!)。


「わたしは結衣ちゃんと姉妹も同然の親友だよ! だから、大地くんもわたしのことを姉だと思っていいわ!(かなりの誇張こちょう表現と妄想もうそうがふくまれています)」


「へー、そうなんだ。だったら、結衣姉ぇに言っておいてよ。ボク、ぜーったいに手術なんか受けないって。恐いからやだもん」


「え? 手術を受けたくない? …………ぱかものーーー‼」


 ピカッ‼ ごろろろろぉ~‼


 わたしの頭に鬼のつのがふたつ、にょっきと生え、病院の屋上に雷が落ちる。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁぁぁ‼ しびれるぅ~~~‼」


「だ、だいじょうぶですか、スイレン⁉」


 なんだかうしろで悲鳴が聞こえたような気がするけれど、怒りMAXなわたしはそれどころではない。


「大地くん。ちょっとそこに正座しなさい」


「え……? な、なんで?」


「なんでだと? おのれ、まだ反省しておらぬか! つべこべ言わずに、正座をせい!」


「は、はい……」


 大地くんは、さっきの雷におどろいたのか、それとも、わたしが頭に角を生やして本気で怒っているせいか(たぶん両方かな?)、かなりおびえている様子。横にいるヒカルさんも、微妙びみょうに顔をひきつらせている。


 バクくんが「むげんきたちとたたかわなくてもいいのかばく……」とツッコミを入れたけど、いまは大地くんにお説教をしないと気がすまない。


「手術を受けなくて、一番困るのは大地くんでしょ? 小さいころからずっと病気だったわたしは、学校で友達をつくることもできなかった……。とってもさびしかった……。大地くんは、学校で友達と楽しく遊びたくないの⁉」


「あ……遊びたいです……」


「わたしのときは大きな手術ですっごく不安だったけど、覚悟を決めて手術を受けたわ! 心配してくれている家族のためにもがんばろうと思ったし、なによりも自分のためにがんばらなきゃって。わたし、病院の外から出てやりたいことがたくさんあったんだもん。ヘタレで意気地いくじなしなわたしでも勇気を出せたんだから、大地くんもがんばろうよ!」


「美人でつのが生えたおっかない姉ちゃん……。そうだね。ボクも、元気な体にもどって友達とまたサッカーがしたいよ。……勇気を出して、手術を受けてみる」


「うむ! よろしい!」


 わたしは頭のつのを消して、ニッコリとほほ笑んだ。大地くんも可愛らしい顔で笑ってくれた。


「…………夢守少女。そろそろわたしたちを無視するのはやめてくれませんかね?」


 うしろで不機嫌ふきげんそうな声がして、わたしが「はへ?」と言いながらふりむくと、笑顔(ただし、目は笑っていない)の夢幻鬼ヒガンが口のをひくひくさせていた。


 ヒガンは、黒げになってダウンしているスイレンの体を抱くようにしてささえている。


「え⁉ スイレン、だれにやられたの⁉」


「あ・な・た、ですよ‼ ……スイレンから話は聞いていたが、本当に、危険きわまりない天然てんねんキャラのようですね」


 なにそれ。ほめられてるの?


「ユメミ。よくやったわ。スイレンはしばらく復活できないから、いまのうちに3人がかりでヒガンをやっつけましょう!」


「ばくぅ~!」


 ハクトちゃんとバクくんがわたしの左右で臨戦態勢りんせんたいせいに入る。


 あっ、そうか。頭は残念だけど恐ろしく強いスイレンがダウンしちゃっているから、3人で力押ししたらヒガンひとりぐらい簡単かんたんにやっつけられるかも。


「よ~し! 夢守少女ユメミ、がんばっちゃうよ~!」


 わたしはパジャマ姿から巫女装束みこしょうぞく衣装いしょうチェンジして、背中にちょうの羽を生やした。


 え? なんで巫女のかっこうをするのかって?


 べ、別に、うららちゃんに影響えいきょうされたわけじゃないんだからね!


「夢幻鬼ヒガン! 結衣ちゃんの吉夢を返しなさい!」


「フッ……。そんなでかい口をたたくのは、わたしをたおしてからにしてください」


 ヒガンはたったひとりだというのに、余裕よゆうの笑みをくずさない。


 ものすごくずる賢いやつだという話だけど、なにか作戦でもあるのかしら?


「ユメミ! 火の玉が上から来る! 気をつけろ!」


「え⁉」


 おりの中でヒカルさんがそうさけび、わたしは上を向いた。


 火の玉なんて、なにも見えな……。


 ずごごごごぉぉぉぉ‼


「う、うわっ! なにもない空間からでかい火の玉が‼」


「このあいだ、ユメミのユメにあたわれたヤツばく!」


「きっと、ヒガンが、火の玉を見えないようにしていたのよ! ユメミ、バク、突っ立っていないで逃げなさい!」


 火の玉がものすごいいきおいで落ちてくる。わたしとバクくんは、ゲシ! ゲシ! とお尻をハクトちゃんにられて、はなれた場所にゴロゴロと転がり、なんとかよけることができた。


 でも、わたしたちを助けてくれたハクトちゃんは、まだ同じ場所にいて……。


「は、ハクトちゃん! あぶなーーーい‼」


「ウサギのジャンプ力、なめるなやぁぁぁーーー‼」


 ハクトちゃんは、ダン! と地面を蹴り、高速のスピードで横に飛んだ。そして、ぎりぎりで、落下してくる火の玉から逃げたのである。


「す、すごい! さすがはウサギの神様! ……あっ、でも、それ以上向こうに飛んでいっちゃうと……」


「わはははは! どうだぁ~!」


「屋上から落ち……」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 屋上を飛び越えて、落ちちゃった……。


 わたしは、屋上のフェンスまで走り、「ハクトちゃーん! 背中に羽を生やして飛んでー!」と呼びかけた。


「ユメミ。あのウサギはまだみならいのカミサマばく。そんなにつよいチカラをもっていないから、たぶんとべないばく」


「ええ~⁉ ハクトちゃん、だいじょうぶかしら……」


「ユメのなかだから、おくじょうからおちてもへいきばく。そのうち、じりきではいあがって、ここにもどってくるだろうから、あんまりしんぱいするなばく。それよりも、あのやっかいなひのたまをなんとかするばく」


 バクくんは、はげしく燃えさかっている火の玉を指差し、わたしに警戒けいかいをうながした。


 火の玉は、やっぱりヒカルさんを目のかたきにしているのか、檻のまわりをグルグルと回り続けている。


「あに……うえ……。兄上はどこぉぉぉ……」


 火の玉は、前はうめくように小さな声だったのに、だれかを探し求める声は大きく、悲痛ひつうひびきになっている。……兄上って、だれのことを言っているの?


 ヒカルさんと大地くんは、暑くて苦しいのか、ハァハァと息づかいがあらい。


「くくく……。夢守少女よ。このままだと、檻の中のふたりの魂は、その火の玉の熱さによってドロドロにけ、消滅してしまうでしょう」


 ヒガンが、邪悪じゃあくな笑みを浮かべながら、わたしをおどす。


 魂が溶けるなんてまたまたご冗談じょうだんを……と言いたいところだけど、離れた場所にいるわたしとバクくんのところにまで異様いような熱さが伝わってきているから、檻の中はきっと灼熱地獄しゃくねつじごくだろう。ヒガンの言っていることがただのおどしとは思えない。


「ふたりを解放してほしかったら、わたしの攻撃をいっさいかわさないでください。そこで、じっとしているのです。もしも、ほんのちょっとでも動いたら、臨月天光と人間の少年がどうなるか……わかっているでしょうね?」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 わたしはどうしていいのかわからず、くちびるをギュッとんだ。


「ユメミ、すまない……。人質にとられているのがオレだけなら、気にせずに戦えと言えるのだが……」


「あつい……。あついよぉ……。結衣姉ぇ、助けて……」


 ヒカルさんと大地くんの息もたえだえで苦しそうな声。


 ふたりを見捨てるなんてこと、絶対にできない! ……でも、このままだと、わたしとバクくんは大ピンチだ。いったい、どうしたら……。


「フフフ。いい子ですねぇ、夢守少女。そのままじっとしていてください。……行け、火の玉!」


 ヒガンは、火の玉を拘束こうそくしている銀のくさりをぐいっと引っ張り、わたしたちに攻撃させようとした。


 しかし……火の玉はヒガンの命令にしたがわず、ヒカルさんと大地くんのそばから離れようとしない。


 え? なに? どうしたの?


「……おそらく、スイレンよりも夢想力むそうりょくがおとるヒガンでは、強大な妖力を持つ火の玉を自由に動かせないのだろう。スイレンは、自由自在じゆうじざいに火の玉をあやつっていたからな」


 ヒカルさんが、苦しげな声でそう言い、教えてくれた。


 あっ、そうか。ヒガンは頭脳タイプの夢幻鬼だから、パワーではスイレンよりも格下かくしたなんだ。


 火の玉は、理由は不明だけれど、ヒカルさんの近くにいることを望んでいるみたい。さっき、わたしたちを攻撃したのは、わたしたちがヒカルさんのそばにいて「邪魔者」と認識されたからなのかも。


「チッ……。スイレンはまだ目覚めないし、火の玉をぶつけて夢守少女のたましいを消滅させることは残念ながら無理そうですね。ならば、別の手段を使うことにしましょうか」


 ひ、ひいぃぃぃぃ‼ なんて恐ろしいことを考えていたのよぉ、この夢幻鬼‼


 わたしがヒガンの発言におびえていると、ヒガンは手のひらから銀の鎖を新しく生み出して、


 シュッ!


 と、鎖をわたしめがけて投げてきた。


「き、きゃぁぁぁ‼」


 銀の鎖はわたしの右足にからみつき、わたしはドターン! とたおれてしまった。


「火の玉を夢守少女にぶつけることができないのなら、夢守少女を火の玉にぶつけてやればいいだけの話です。……それっ!」


 ヒガンはにたぁ~と笑いながら、銀の鎖を力いっぱい引っ張る。


「うひゃぁぁぁぁ‼」


 わたしの体はズルズルと引きずられ、ごうごうと燃え盛る火の玉へと近づいていく。


 こ、このままだと、わたしは火の玉で丸焦げに……ううん、魂が燃やされくして消滅しちゃう!


「ゆ、ユメミ! しっかりふんばるばく!」


 バクくんがわたしの右手をガシッとにぎり、うーん、うーん、と引っ張ってくれるけれど……幼児ようじの力では無理だ。ていうか、バクくんまでいっしょに引きずられちゃってるし!


「バクくん! 手をはなして! このままだと、バクくんまで……」


「めのまえでユメミがやられそうになっているのに、ほうっておけないばく! ユメミは、バクがまもるばく!」


 顔を真っ赤にしてふんばろうとするバクくん。


 バクくんがわたしのことを守ろうとしてくれている。本当の姉弟になれたみたいで、すごくうれしい。でも…………。


「ふたりともやられちゃったら、結衣ちゃんの夢を取りもどせない! だから、バクくん、この手を放して! わたしが消滅しちゃっても、バクくんが生き残ったら、まだ取り返すチャンスが……」


「よわきなことをいうなばく! ユメミはこんなところでしんじゃダメばく! ユメミにはやりたいことがやまほどあるんじゃないのかばく!」


 バクくんが必死にそうさけび、わたしはハッとなる。


「やりたいこと……。そうだわ。わたし、元気になったらやりたいことがたくさんあった……」


 たくさんの友達をつくって、楽しい学校生活が送りたかった。

 愛花ちゃん、結衣ちゃん、うららちゃんという素敵すてきなお友達ができたばかりなのに、ここで死んでしまったら三人には二度と会えない。


 優しくてかっこいい男の子と恋をして、遊園地の観覧車かんらんしゃに乗ったり、海辺うみべでデートしたり、甘くて楽しい思い出をいっぱいつくりたかった。

 初恋すらまだのまま、死にたくない。


 そして、いままで病室の窓からしかのぞくことができなかった、広い世界を大好きな友達や、素敵な彼氏、いつもそばにいてくれる家族……みんなといっしょに楽しみたい!


 バクくんやハクトちゃん、ヒカルさん……不思議な仲間たちと夢の世界をもっと冒険してみたい!


「あきらめない……。わたし、あきらめない‼」


 そう強く願ったわたしの夢想力――素敵な未来を夢見て、愛する人たちを想う心――が爆発ばくはつし、わたしの体は金色のオーラにつつまれた。


「くっ……まぶしい! これが夢守少女の力か! ……しかし、本気になるのがほんの少し遅かったようですね! このまま引きずられて、火の玉に魂を焼かれてください‼」


 ヒガンは渾身こんしんの力でわたしの体を引きずり、わたしはとうとう燃え盛る火の玉と接触せっしょくしてしまった。当然、バクくんもわたしといっしょに炎の中へ。


 ヒカルさんが「ユメミぃーーー‼ バクぅーーー‼」とさけび、大地くんは恐怖のあまりわんわんと泣く。


 そして、わたしは――。


「わたしとバクくんの体よ、炎になれ‼」


 ご、ごごごごぉぉぉーーーっ‼


 わたしをつつむ金色のオーラは、黄金に輝く炎と化し、わたしとバクくんを火の玉から守った!


 火の玉は、激しく燃える黄金色のわたしとバクくんにおどろいたのか、わたしたちから逃げるように飛び退く!


「炎が熱かったら、わたし自身が炎になればいいのよ!」


「な……なんという発想力の持ち主なんだ!」


 ずっと余裕ぶっていたヒガンが激しく動揺どうようする。


 わははぁ~、どうた! 妄想ヘタレ女子の発想力は伊達だてじゃないぜ!(ドヤ顔)


 これだけのパワーを発揮はっきできたのは、たぶん、眠る前に桃のジュースをうららちゃんに飲ませてもらったおかげかも。桃には邪をはらう力があるらしいからね。


「夢幻鬼ヒガン! 卑怯ひきょうな手ばかり使わないで、正々堂々せいせいどうどうと戦いなさい!」


「……ふ、ふん。鎖で足を拘束されている状態じょうたいで、なにをえらそうな。この鎖の拘束からぬけだせないかぎり、わたしのほうが有利です。さあ、戦いの続きを……」


「あっ、ごめん。ちょっとだけタンマ」


「……は?」


「わたし、ちょっとおしっこがしたくなってきた……」


 こんなときになにいってるばく、とバクくんがあきれ、ヒガンも顔を引きつらせている。


「夢守少女……。あなたには、緊張感きんちょうかんというものがないのですか?」


「だって、急にトイレに行きたくなったんだもん。寝る前に桃のジュースを飲んだせいかも」


 そう言っているあいだにも、尿意にょうい切実せつじつなものへとなっていく。そして、だんだんとわたしの体がうっすらと透明とうめいになっていき……。


 あれ? もしかして、わたしの魂、夢から離脱りだつしようとしてる?


「あっ! 待ちなさい、夢守少女!」


「待てと言われても、わたしの尿意は止まらないよぉ~‼」


「夢守少女ぉぉぉぉぉ‼ おしっこがしたくなって戦線離脱せんせんりだつするヒロインとかふざけるなぁぁぁぁぁ‼」






 フッとユメミは夢の世界から消え……。

 ユメミの足を拘束していた銀の鎖は、むなしく地面にガシャンと落ちるのだった……。

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