何から何まですばらしいのだが、まずこれほどの内容をこの短さに凝縮している技巧に驚嘆せずにはいられない。純度を高めた稀代の蒸留酒のよう。血の色を思わせるルビーは、主人公ラウロの運命を定めるキー・アイテムとして登場し、人の世の悲しさと残酷さを物語る。
ラウロは悪党なのだが、邪悪には染まりきれないところがある。もとより悪党になりたくてなったわけではなく、過酷な生い立ちと環境が彼を今の彼たらしめているのだ。そのような彼がどのような結末を迎えるというのか、いつしか祈るような思いで物語を追っている自分に気がついた。
何ともリアルな語り口で、白い、まぶしいシチリア島の日差しのなかに自分も佇んでいるようで、その乾いた熱さえ感じられる筆致。ラストは秀逸というほかない。
この、ラスト・シーン。まさに珠玉。胸を震わせる感動が、長く私を痺れさせた。
星が3つしか付けられないのが残念である。この百倍か千倍は付けさせていただきたかった。
中世のシチリア島を舞台にしたミステリです。
太陽の光が降り注ぐ眩しい島のイメージとは裏腹に、ここでうごめくのは犯罪に手を染めた人間のどす黒い欲と業。
底辺で暮らしてきた若者の必死で泥臭い生きざま。
明るく強い光が刺すほどに濃くなるような心の暗闇、その陰陽のコントラストがこのシチリアという舞台に映えます。
淡々と低めのトーンで語られる描写にも中世の匂いが濃く漂い、重みのあるリアリティを感じます。ミステリ展開のみならず、この時代のイタリアの風俗や社会を写し取った臨場感ある部分も読みどころです。
主人公が盗んだルビーは、果たして彼にどんな人生をもたらすのか。
渋い後味を残すラストシーンまでその行方を追ってみて下さい。
たとえばホープ・ダイヤモンドの如く、あるべき場所から動かされるたびに、不幸を招き、死を呼ぶ。そう、それこそに、人は魅了される。悪人であればあるほどに。
悪党や小悪党や凡人。
赤い宝石に向かって、囲んで手を伸ばすように、幾人もの行動や言動が重なる。あっちこっちに所有されながら、その周囲に災難を散りばめさせる。関係無関係を問わず。
そして、波乱を呼ぶ。
文學表現の鮮やかさ、言い回しや言葉の選択に見える作者の教養深さが魅力的。
物語を描く。
文章を書く。
どちらにも秀でておられます。
美しいワインは色だけでなく、香りも、味も、極上なのですよね。