第四章:03



・・・



殴打の連撃が兜虫改人の顔面に幾度もヒットする。動きは遅い。

先日立ち会った大改人と比べれば、止まるような遅さだ。

だが、その分装甲が厚い。打撃を繰り出すたびに後ずさってはいるものの、

余裕綽々の態度だ。


(チッ……!)


ノー・フェイスは心中で舌打ちする。まるでダメージが通っている様子がない。


敵の鈍重ながら、破壊力のある打撃を身をすくめてかわしつつ、回し蹴りで

アルカーの方へ押しやる。時を同じくしてアルカーも天道虫改人を投げ飛ばし、

ノー・フェイスに押し付ける。


選手交代。


今度の改人も同じように硬い。大振りな外突きを屈んでかわしその脇腹に

正拳を叩き込むも、こゆるぎもしない。

アルカーの方も似たり寄ったりだ。流石に二体いると"力ある言葉ロゴス"の

発動タイミングも計りづらいらしい。



やはり、強い。一対一で戦えば果たして勝てるかどうか。

だがノー・フェイスの心には事前のような不安や焦燥はない。

それよりも強い怒りが心を満たしている。



(また、あの少女を狙うというのか――!)



厳密に言えばこの改人たちがホオリを狙っているかどうかはわからない。

が、彼女が居る場所を襲ったというだけで充分だ。



(襲わせてなるものか! これ以上――あの娘に、恐怖を与えるな!)



その強い思いが、ノー・フェイスの四肢から迷いを拭い去る。あの少女を、

そしてこの病院で襲われた人の無念さを思いやるたび、全身に力がみなぎっていく。



だが、現実は非情だ。改人の強さはこちらを圧倒している。

こちらの攻撃はなんの痛痒も与えず、逆にかわしきれない一撃を防ぐたびに

着実にダメージが蓄積している。


(……だからどうした。だから、どうした!)


そんなことで怯んでいられないと、思い出した。あの夜、誓ったではないか。

あの少女を、怯えさせてはならない。その誓いを守ることこそ、大事なのだと!



「クアカカカカ! なるほどなるほど、これがアルカーと裏切り者の実力か!

 ――たいしたことねぇやな!」


ゴズンッ!


「――アルカー!」


一瞬の隙をつかれ、アルカーの胸に兜虫改人の拳が突き刺さる。

苦悶の声をあげ、壁を壊して吹き飛んでいく。


追撃しようとする改人を牽制し、アルカーの消えた穴へ飛び込んでいく。


「……すまん、助かる」

「さがるぞ!」


幸いたいしたダメージはない。吹き飛んだだけだ。

一旦態勢を立て直すために病棟の奥へ引き下がる。


それを追って悠然と歩いてくる、改人二体。


「チッ……!」


アルカーが舌打ちする。あの大改人と戦ったときほどの絶望感はない。

だが悲しいかな、決定打に欠ける。特にノー・フェイスには

改人に通用する技がないというのが、つらい。


なら――


「アルカー……まずは一体、倒す」

「それはいいが、どうやって――」

「"力ある言葉ロゴス"を使え。俺が時間を稼ぐ」


"力ある言葉ロゴス"は精霊の力を十全に引き出すための鍵だという。

発動さえすればその威力は何倍にも引き上げられる。

だがその発動にわずかな――しかし改人やフェイス相手には大きな隙ができる。


「ノー・フェイス……」

「オマエの力が必要なら、オレがその隙を作る。

 だから――おまえは迷わず戦え」


ぐっ、と己の腕輪をひねり力を入れなおす。

アルカーはそんなオレをしばらく見つめた後、軽くうなずいた。



廊下に飛び出る。アルカーは窓から外にでて、まわりこむ。

改人二体がオレを見つけ、ニヤリと笑った気がする。



・・・



二体一。それも一体一体がジェネラルに匹敵する強敵だ。

防戦に徹したノー・フェイスはよく持ちこたえているが、次々に

有効打をもらってうめく。


もらった時間を無駄にする気はない。

隙を見計らい――"力ある言葉ロゴス"を発動させる。

「"アタール"……!」


が、突然横殴りになにかに殴られて中断させられる。

壁を突き破り、病室に吹き飛ばされる。


「アルカーッッッ!」


ノー・フェイスの叫ぶ声が聞こえる。

完全に意識外からの攻撃に思いのほかダメージがでかい。


「……悪いが、二体だけだと思うなよ」

「……ジェネラル、だと……ッ!?」


のそり、と入ってきたのはフェイス戦闘員――いや、

大幹部級フェイス、ジェネラル・フェイスだ。


「アルカー……ぐおッ!」


こちらに気をとられた一瞬、ノー・フェイスが改人たちの連携をもらい

視界から消える。ジェネラルに気づかなかったのはこちらの失態だ。

とりもなおさず、ノー・フェイスの側は二体一になってしまった。


すぐにでも加勢に行きたいが、ジェネラルがそれを許さない。

――分断されてしまった。


「ノー・フェイスッッッ!!!」



・・・



兜虫の改人が右腕を大振りに腕をまわし殴ってくるのをかがんでかわすが、

そこに天道虫改人の下蹴りが突き刺さる。転がって距離をとり立ち上がると

兜虫改人が強烈なタックルを食らわしてくる。


勢いで病室の壁を何枚もぶち抜いて飛んでいく。先日傷がふさがったばかりの

身体がまたあちこち怪我だらけだ。


(それはいいが……)


アルカーとひき離されてしまった。さきほど見えたのはジェネラルだ。

まさか、奴がフェイス戦闘員に紛れて改人の下にいたとは……。


「ノ、ノー・フェイス……」


か細い声にばっ、と振り向く。

そこには、おびえて身体を丸めたホオリが居た。


「ホオリ……!」


見つけられたのは幸運だが、タイミングが今というのは不運だ。

今すぐ、この場を離れなければならない。


「アルカーッッッ! R-2だッッッ!」

事前に決めておいた符丁で事態を伝える。

すぐさまホオリを抱え、廊下を走る。



「オイッ! 見つけたぞ! だ」


兜虫の改人が声をあげる。おびえてビクリと身体をすくめるホオリを抱きしめる。

――研究成果?


いっしゅん疑問がよぎるが、かまっている暇はない。

壁を砕いて外に出る。


同時に、別の方向からも同じようにアルカーがでてくる。ジェネラルと戦闘中だ。


「へっ、いいぞジェネラルさんよぉ!

 そのまま足止めしておいてくださいよぉ!」

「……」


のそり、と這い出てきた改人二体が横柄にジェネラルに命ずる。

あのジェネラルが、顎で使われていようとは――


アルカーの周囲にはフェイスも集まる。フェイスとジェネラル、その双方に囲まれ

こちらの援護は期待できない。



改人二体が、ゆっくりと近づいてくる。

――この二体をどうにかしなければ、ホオリを逃がせない。


「――さがっていてくれ」

「ノー・フェイス……」

「必ず、守る」


両腕を交差させ、改人たちを圧し留めるように威圧する。

絶対にここを通しはしないという意志を、身体で表現する。



「手柄だ。手柄だ。手柄だ! 大手柄の元があちこちに転がってやがる!」

「ヒヒッ! ひっぱりだしてやった、ひっぱりだしてやった!

 後は、なぶりごろすだけだ!」



哄笑する改人たちを見据え、じり、と足を開く。

一体二。だが、退けない戦いだ。

必ず守ると、約束したのだから。



・・・


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