第二章:05




・・・



戦闘が、始まった。



高速道から西に5kmほど逸れた山道。フェイスダウンのアジトまで

あと10kmにも満たない距離だ。

これまでにない大群のフェイスが、ノー・フェイスに襲い掛かった。



夏の日は落ちるのが早い。まだ夕餉の時間でもないが、灯りもない山中は

すでに真っ暗だ。

その闇の中を黒ずくめの人外たちが疾く駆け抜ける。



ノー・フェイスもここが正念場と決め込み、立ち向かっていた。

フェイスたちは百をゆうに越している。これまで倒してきた数を

あわせると既に三百近い数のフェイスを破壊してきてはいる。

が、フェイス戦闘員そのものは無尽蔵に生産される。たいした損害ではあるまい。



正面から二体のフェイスが掴みかかる。ノー・フェイスは逸らずに見据え、

聴音センサーに意識を集中させる。――後ろからも三体、近づいてきている。


ぎりぎりまで動かずひきつけ、後ろのフェイスが仕掛ける直前に飛び出す。

地面ぎりぎりを這うような低空タックルだ。後ろから掴みかかろうとしたフェイスが

掴むべき頭を見失い、空を切ってつんのめる。

前方のフェイスも間合いを崩されわずかな隙ができる。その隙を見逃さず、

間を一気に駆け去る。


(――くッ)


ざっ、とコンパスのように足を広げて制動し、振り向く。これで全員が前方に集まった。



バネのように足を曲げると、一気に解放して飛び蹴りを放つ。フェイス同士で死角が

生まれるよう調節した角度からだ。数体まとめて吹き飛ばす。

残ったフェイスにはかまわない。機を伺っていた外野のフェイスに向かって

突っ込んでいく。



(……やはり、難しいな)



心のなかでひとりごちる。フェイスの間を駆け抜けたとき反撃を喰らい、

肩のフレームがずれたのだ。……アルカーなら、こんな攻撃ももらわず仕留めただろう。


敵に体当たりし、その衝撃でフレームをはめなおす。フェイスは

戦闘用のアンドロイドであるが、なぜか痛覚などの不利益をこうむる感覚も

人間とほぼ同等に設定されているらしい。


(きっと、設計した奴は嗜虐趣味でもあるに違いない)


自身を作った設計者を呪う。痛みに根をあげる余裕など、もちろんない。




彼にとって幸運なのは、フェイスたちはあまり飛び道具を好まないということだ。

ただの正拳や蹴りが砲弾なみの威力をもつフェイスたちには、必要性そのものがない。

現在は隠密行動を旨としていることも理由となる。

集団で押しつぶす戦法を好む以上、同士討ちの危険性が多いのも大きいだろう。



が、武器を使わない、などというこだわりがあるわけではない。



バシュッ、とガスの破裂する音がして頭上を見上げる。

網目状に編まれた合金の鎖が、降り注いでくる。

自分だけではなく何体かのフェイスさえ巻き込んで、動きが封じてられた。


(――ちぃぃッ!)


少しでも動きが鈍れば、フェイスたちには充分な隙だ。

数十センチの鋼板を砕き割る彼らの蹴りや突きが、雨あられとなって降り注ぐ。


「ぐっ! あ、あぁがッ……!」


アルカーほどの防御力があるわけでもないノー・フェイスの装甲は

たちまちに破壊されていく。


仮面がヒビ割れ、肩がはじけとび、人工筋肉が断裂する。殴打の暴風雨の中に

意識が飲み込まれかけ――



(痛みなど――ない!)

言い聞かせて、無理やり引き戻す。


「――うおぉぉぉぉぉぁあああッッ!!」

がしっ、とネットになった鎖を掴み、全力で振り回す。

数トンはあるその網で、上にいるフェイスも下にいるフェイスも

巻き込み轢き潰していく。



少女の苦しげな顔が思い浮かぶ。

そうだ。まだ、倒れてなるものか。


(――臆して、なるものか!)


――無貌の仮面に、揺ぎ無き意志をたたえてそびえ立つ。

恐れるものなど、ない。



・・・



「なッ、なんという……!」

コマンド・フェイスは驚愕していた。慄いていた。



ノー・フェイスはフェイス戦闘員である。

強い自我をもってはいるが、基本的な能力は他のフェイス戦闘員と変わらない。

いくら確立した自我で能力が向上していても、戦闘力に大きな差がでるはずがない。



だというのに、これまで何度も仕掛けた戦闘では何倍ものフェイスを返り討ち、

今百三十体のフェイスに襲われても悪鬼のごとく暴れまわっている。


いったい、自分たちとノー・フェイスにどれほどの違いがあるというのか。


「――すさまじい光景だな」

「ジェッ……ジェネラル・フェイス様!?」

びくり、と背筋をふるわせ振り向く。滅多に戦闘には出てこない大幹部が、

目の前に立っていた。



「我らの躯体は意志によってその真価を発揮する。

 あやつの覚悟の固さが、この惨劇を生み出しているというわけか」

「も、申し訳ありません。我らが不甲斐ないゆえ、ここまでとめることができず……」



滅多に出会うことのない相手に萎縮する。

フェイス部隊を率いるコマンド・フェイスは多く存在するが、

莫大なエモーショナル・データを奪い取った大幹部級フェイス、

ジェネラル・フェイスはこの一体しか存在しない。

彼からすればまさに天上の人だ。


「まあ、仕方あるまい。たまにはアルカー以外の敵とも戦わねば、

 経験も積めまい」

「は……」


ぼろきれのように同胞が千切れ飛んでいくのをみながら言うにしては

ずいぶんと情のない言葉だが、コマンド・フェイスも特に何も思うところはない。


フェイス戦闘員はすべからく使い捨ての駒でもある。それはコマンド・フェイスも

幹部であるジェネラル・フェイス自身も変わらない。 

彼らにとって必要とあらば目的のために捨て駒になることは、当然なのだ。


「……とはいえ、これ以上は看過できまいな」

ごきり、とジェネラル・フェイスが首を鳴らす。



「この私が、奴に引導を渡してやる」



・・・


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