第二章:06



・・・



「――そら、どうした? 脇があまくなっているぞ」

ドガッ!

「足元の精査はしているか? 摩擦係数の計算を怠っていないか?」

ゴスッ!

「肉体への支配度が足りん! 細胞の制御ができておらんぞ!」

バギィッ!



(ちッ……!)

ノー・フェイスはジェネラル・フェイスの猛攻を耐え凌ぎながら

その隙を窺っていた。



さすが、大幹部。その実力は箔押しではない。こちらの消耗を考慮にいれても、

アルカーに匹敵するといっても過言ではないだろう。


「速度が足りん! 踏み込みが足りん! 見切りが遅いわ!」

「……好き勝手言ってくれる」


致命打をもらわないよう努めるのが精一杯だが、憎まれ口をかえす。


「講釈を垂れるなら、自分でアルカーを倒しに行ったらどうだ」

「その方が手っ取り早いのだがな! 集めたエモーショナル・データを

 無為に失うことは、総帥への裏切りになるのだ。ままならん……よッ!」


荒い語気と共に回し蹴りが飛んでくる。掲げた左腕でガードするが、

そのガードごと吹き飛ばされる。


砂と石にまみれながら、肩口から前受身をして衝撃を逃がす。

だがそれを黙って見ているような甘い相手ではない。あげた面前に

靴先が映る。すんでのところで反り返り、回避する。



ノー・フェイスとてやられてばかりではない。避けた足先を即座に

掴み取り、ひねりあげて投げ飛ばす。

空に浮かぶ一瞬を狙い、全力の蹴りをその背中に突き刺す。



――が。

「クックック。あまい、あまい」



(ちぃッ……)

蹴り飛ばした感触は妙な手ごたえのなさだ。細胞そのものが蠢き、

衝撃を分散させてしまったのだ。


フェイスの攻撃はどれも音速を超える。そのまま放てば強力な衝撃波が

あたりかまわず破壊してしまう。それを防ぐために、フェイスたちは

自分の細胞そのものを制御し皮膚表面の空気を抑制する能力を持つ。

おそらくは、その延長上にある機能なのだろう。ノー・フェイスにはまだ難しい。



フェイス戦闘員たちは遠巻きに見守っている。だが別に一対一の戦いを尊重するような

あまい連中ではない。ただ単に、入り込めないでいるだけだ。

隙を見せればいつでも襲い掛かってくる。



(背中が、さびしいな……)

意識を全方位に向け警戒しながら、ふとひとりごちる。

アルカーも、こんな気持ちで戦っていたのだろうか。……いや、あの男なら

この苦境もものともしないかもしれない。



地面を削る勢いで蹴り飛ばし、突進する。ジェネラル・フェイスは悠然と立ちはだかる。

――その態度が「むッ!?」という声と共にわずかに崩れる。


さきほど拾い上げた小石をアイ・レンズに向けて指弾として放ったのだ。

これはアルカーがよくやる戦法だ。少し、真似てみる。


「浅はかなッ!」


さすがにジェネラル。アルカーの手管であることを察し、怯むことなく

前方に向けて拳を突き出す――が、空を切る。


ノー・フェイスも流石に人まねが通用する相手とは思っていない。だから

ジェネラルに隙を作ったうえで、あえてフェイスの群れにつっこんでいく。



「ヌ!?」

隙を窺っていたつもりが逆に隙をつかれ、わずかに動揺するフェイスたち。

脇にいた二体を瞬く間に蹴りたおすと、手近な一体をひっつかむ。

「クッ!? コノ、離セ……!」

言われたとおり、離してやる。


投げ飛ばしたフェイスは一直線にジェネラルへ飛んでいく。

軽く手でうけとめられるが――

そのフェイスの陰から飛び出て、下蹴りを膝に叩き込む。



「ぬおおぉッ!?」

流石にたまらず崩れ落ちるジェネラル。抱えたフェイスごと、腰を入れた拳撃で打ち抜く。

これなら、衝撃の分散はできまい。


「ぐあああぁぁッ!!」

初めて、ジェネラルが悲鳴らしい悲鳴をあげる。その姿に感情を会得している

フェイスたちに動揺の波が広がる。が――



ガシッ!



「ぐああッ!」

――フェイスに食い込んだ拳が動きを阻害し、一瞬回避が遅れる。その間にジェネラルは

ノー・フェイスの首を掴み握り締める。


「ぐくくッ……! お、おろか者め……奇をてらうのはいいが、後先を考えぬのは

 遠慮近憂というのだ!」

ぎりぎりぎりッ! と鉄筋コンクリートを砕き割る握力で首を締め上げてくる。

頭脳と体をつなぐ神経回路が圧迫され、激痛と圧迫感でうめき声がもれる。



「おしい。実におしい! それだけの力、それだけの意志!

 エモーショナル・データにすれば相当な量が得られるだろう。だが、

 フェイスから感情を引き出す技術は確立しておらん。

 無為に消失させるしかないとは!」

(くそ……)


では、アジトにたどりついてもあの少女たちを回復させることは無理なのか。

意識が薄れ行く中でそのことが悔やまれる。



「フェイス戦闘員1182号……いや、ノー・フェイス!

 その名を認めてやろう。おまえがつけた、おまえのコードネームだ!

 遠慮なく名乗るがいい」


みしっ、と首の筋肉が悲鳴をあげる。頚椎が折られれば再生機能は停止する。


「その名前、貴様の墓碑名として持って行くがいい。組織を裏切った代償、

 死を持ってあがなえ!」



死を持ってあがなう。

それもいいかもしれない。



オレは、あの少女の両親を見殺しにした。

アルカーを襲い、あの少女が感情を奪われる時間を稼いでしまった。



死によってそのつぐないがなされるというのなら、それでもいいのかもしれない――













――この凄惨な戦場ににつかわぬ、高く可愛らしい声が響く。







!』







カッ! とノー・フェイスの意識が覚醒し、クリアーになっていく。

全身に力がみなぎり、首を絞めるジェネラルの腕をはっしと掴む。


「ぬ……!? わ、わるあがきを……? ぐ、ぐああああぁぁぁあッッッ!!」


自分でも信じられぬほどの膂力を発揮して、その腕を引き剥がす。

苦痛に呻くジェネラルを蹴り飛ばし、脱出する。そこへ――




「"ヴォルカニック・ストナー"ッッッ!!」




ぼぅんッ! と二本の炎の道筋がジェネラルを挟み込んで延びる。


「――なにッ!?」


一瞬のとまどいの後、瞬時に事態を把握し腕を交差させガードするジェネラル。

そこに――


「うおおぉぉぉぉぉぁぁぁあああああああッッッ!!!」

――炎に包まれたアルカーの飛び蹴りが滑り落ちてくる!


爆炎、爆音があたりを昼間のように輝き照らす。赤い煙幕が晴れたあと、

ノー・フェイスの眼前には――アルカー・エンガの姿があった。



「アルカー……」

「雷久保博士の娘と通信がつながっている。彼女の頼みだ」


ぼうぜんとして呟くノー・フェイスに、アルカーが教える。

彼のヘルメットから、機械を通した少女の声が伝わってくる。



『死なないで』



その言葉に、自分の耳を疑う。死なないで?



「なぜだ……」

『まだ、あなたのなまえ、聞いてない』


だから、死なないで。彼女はそう懇願する。信じられないものを聞いた気がする。



「……オレは、フェイスだ。オマエを襲い、お前の父母から感情を奪った、

 悪の組織の戦闘員だ――」

『あなたはフェイスじゃないノー・フェイス


少女はいっさいのまよいなく、答える。


『あなたは、私を助けてくれた。だから、死なないで』



「彼女が助かったのは、おまえのおかげだ」

がくぜんとしているノー・フェイスに、アルカーが語りかける。一片の嘘もなく。

「俺もお前を死なせない」

「アルカー……」




「ばかなぁぁああああぁぁぁああぁぁぁッッッ!」

絶叫が、彼らの対話を中断する。




あちこちに傷を負い、黒焦げになってはいるが流石に大幹部。未だ健在のジェネラルだ。

錯乱した彼が、片手で頭を抱えて困惑している。


「ばかなッ! ばかなッ! なぜお前がッ! アルカーがフェイスを庇う!

 貴様にとって、そいつとて敵ではないのか!」

「俺の敵は、罪のない人々から奪う者だ」


微塵も怯むことなく、アルカーが返す。



人々を護る者ノー・フェイスは――俺の仲間だ」



はっきりと、明言する。

そのことにノー・フェイスの胸は打ち震えていた。




自分に、死ぬなと願った少女。

自分を、仲間だと言ったアルカー。

フェイスであるはずの自分に、ためらうことなく庇った彼らに、

ノー・フェイスは言い知れぬ思いが体の奥底から沸きあがってくるのを感じた。



「いけるな?」

言葉すくなにアルカーが問いかけてくる。



ノー・フェイスはボロボロだった。

もはや右腕は動かすのが精一杯。視界はぼやけ、足腰も疲弊している。




だが、いける。まだ動ける。

ふらりと、それでいて力強く立ち上がる。




力が、わきあがってくる。握る拳に活力がみなぎり、

踏みしめる足は揺らぐことがない。

彼らの言葉が、自分に力を与える。




ああ、そうか。

これが、"信頼"というものなのか。



・・・



――最悪の事態だ。



アルカーたちが、ノー・フェイスを確保する。その可能性自体はあった。

だがそれはあくまで捕虜として、情報源としてそうするという話だ。

先ほどまで敵だったフェイスが裏切ると、何故信じられる?

ましてやそのフェイスが人々を守るなどと! 信用するはずがない!



だが、今アルカーははっきりとノー・フェイスを仲間と言った。

あれだけ痛めつけたのに、裏切り者も立ち上がりねめつけてくる。



なぜだ! なぜ、そいつを庇う! なぜ――信用するというのだ!?



ジェネラルは自身の理解力を超える事態に、我を失っていた。


だがフェイスである彼は、理性が感情を越える。

どれほど動揺していても、感情が判断を過たせることはない。



ノー・フェイスをアルカーと合流させてはならない。

奴らに、重要な情報源と――戦力を与えてはならない!



ジェネラルは構える。彼が経験してきた中で、最大の戦いに向けて。

「アルカーッ! ノー・フェイスッッッ! ここで始末するッッッ!!!」



・・・



アルカーがジェネラルと組み合う。

互いに互いの腕力で相手をねじ伏せようと、拮抗させる。

そのアルカーの背を狙いフェイスたちが殺到するが――それを

ノー・フェイスが迎撃する。


ジェネラルが突然力を抜き、しゃがみこむ。それに引きずられたアルカーを蹴り上げ、

宙に浮かびあげる。追撃しようとするが――やはり、ノー・フェイスが阻む。



入れ替わるようにノー・フェイスがジェネラルと正対する。彼を追うフェイスは

アルカーが仕留める。めまぐるしく、かつ流れるようにノー・フェイスとアルカーは

互いの位置を入れ替え、相手の隙をおぎない合う。



アルカーとノー・フェイス、二人でジェネラルと相対する。

ノー・フェイスがジェネラルに鉤突きを繰り出し、避けてのけぞったジェネラルは

その背をアルカーに向けてしまう。そこを逃さず掌底を打ち込む。


「がはッ……!」


回し蹴りで応対するジェネラルの脚をからめとり、投げ飛ばす。そこをノー・フェイスが

空中で飛び蹴りを浴びせ吹き飛ばす。


その間にもまわりのフェイスたちが死角から襲い掛かっている。だがノー・フェイスが

見えない位置はアルカーが、アルカーが見えない位置はノー・フェイスが

カバーし防いでいる。



(頼もしい)

アルカーは感動に打ち震えていた。


ずっと、背中がこころもとなかった。取り囲むフェイスたちに不可避の一撃を

加えられることを恐れ、常に気を張り詰めて戦い続けていた。

それは辛く、恐ろしい戦いだった。




今はどうだ。目の前の敵に集中できる。背中の敵は、ノー・フェイスが防いでくれる。

自分も、ノー・フェイスの背中を守ることができる。




誰かに背を託し、戦うことができる。それは――こんなにも、うれしいことだったのか。




(もう、恐怖はない)


がしり、とジェネラルの腕をつかむ。反対の腕はノー・フェイスが抱え込む。


(苦痛もない!)




暴れるジェネラルを押さえ、助走をつけて地面に投げつける。

間髪いれずとびすさり、何も言わずともこちらの動きを察しかがみこんだ

ノー・フェイスの背を踏み台に、空高くとびあがる。



(ノー・フェイス! おまえがいれば、恐れるものはなにもない!!)



炎が全身をつつみこみ、渦を巻く。倒れふしたジェネラルに

再び炎のレールが延びていく。



"力ある言葉ロゴス"が、発動する。



「"ヴォルカニック・ストナー"ッッッ!!!」



・・・



「おおおおッッッ……!!」

破滅が、迫ってくる。


ノー・フェイス。アルカー。その両者が合わさったとき、その力は何倍にもなった。

一人一人なら、もっと戦えたはずだ。だが、二人が同時に立ち向かってきたとき

ジェネラルの力はまるで通用しなかった。



アルカーの必殺技が迫ってくる。一撃目はなんとか防ぎきった。だが、

今の自分では耐えられまい。



(そ、総帥ッ……! もうしわけありません……ッッ!!)



死の恐怖はあった。だがそれ以上に、自身が貯めこんだエモーショナル・データが

失われることが、総帥の計画が崩れることがなにより悔しかった。



赤い炎が視界を覆い――



爆炎に吹き飛ばされ、ジェネラルはひどく体を岩にうちつけた。

「ぐはッ! な、なにが――」

まだ、生きている。必死に顔をあげると――



「ジェ、ジェネラル……」

「――コマンド159号……ッ!」


――黒い影、いや真っ黒に焼け焦げたコマンドと、何体ものフェイスの姿が

自分がいた場所にあった。

自分たちを捨て駒の盾として、間に割って入ったのだ。


「て、撤退、を――」

その言葉を最後にぼろりと灰になる。


「――ッッッ!!!」

決断は、はやかった。

これ以上の戦闘続行は、不可能だった。どれほど悔しくても、どれほど屈辱的でも

判断を過ることは許されない。




「撤退せよ! 全フェイス、撤退せよ!!」




指示をだし、その場から全力で離れる。


負けたのだ、フェイスたちは。最悪の形で。

(おのれ……おのれアルカー! おのれノー・フェイス……ッッ!!)

――そう。ジェネラルは今日はじめて、"屈辱"という感情を知ることとなった。



・・・



――さきほどまでの喧騒が嘘のように、夜の山中は静まり返っていた。

いまや闇夜を照らす光すらなく、まるで最初からそうであったかのように

静寂に包まれている。



その静寂の中で、精も魂もつきはてて、それでも力をみなぎらせて

ノー・フェイスはたたずんでいた。

誰よりも強く、誰よりも頼もしい男を見つめながら。



アルカーもたたずんでいた。これまでにないほどの充足感に包まれて。

誰よりも強く、誰よりも頼もしい男を見つめながら。




そうして今宵の戦いは終わりを告げた。

アルカーとノー・フェイス、互いに最高の――仲間を手に入れて。



・・・



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