第四章:04



・・・



炎の精霊。この地球上に太古から存在した、人智の及ばぬ超常存在。

その姿は炎の鳥とでも形容する見た目をしているが、特定の形態を持たない。



彼ら(性別は無いが、便宜上呼称する)には"適合者"と呼ばれるものが、

生物の中に生まれる。現在判明している範囲では、適合者は一代に一体しか

現れることはないという。



適合した者は、炎の精霊により"アルカー"と呼ばれる超常存在へと変化する。

その細胞は通常の生物――どころか、物理法則を無視したふるまいをする。

現在の適合者は調査中であり、未だ判明していない。



炎の精霊には意志がある。現在は総帥フルフェイスが作成した封印容器に

閉じ込めてあるが、本来は生物の胎内に宿り適合者を探す――

というサイクルを持っている。


調査の結果、その本来のサイクルを介した方がの力は

本来のものへ近づいていくことがわかっている。






そのため、宿、その発達度合いを観察していくことにする。







――雷久保番能研究員による報告:フェイスダウン技術研究開発局所蔵



・・・



「ぐあッ……!」

わき腹に改人の蹴りがクリーンヒットして苦悶にうめく。

だがそれで終わりではない。背後からもう一人の改人が両手を組んで

ハンマーのように叩き伏せてくる。


「がはッ!」


だが、怯んではいられない。フェイスも含め奴らは隙あらばホオリを

連れて行こうと手を出してくる。今も脇を駆け抜けようとしたフェイスを

ひっつかみ、兜虫改人に投げつける。


が、その隙に天道虫改人がするどい鉤爪で横なぎにひきさいてくる。

上体を後ろに倒して回避しながら、足刀蹴りで弾きとばす。


「ノー・フェイス……ッ!」


後ろから悲鳴があがる。今の一撃を回避し損ねて、胸のプロテクターが

引き裂かれる。傷口からは人工体液が噴出した。


全身、どこもかしこも傷だらけだ。だがノー・フェイスは

一歩も退くつもりがない。彼女が背に居る限り、退くわけにはいかない。


アルカーも、必死にこちらを目指そうとしている。

が、ジェネラルとフェイスの群はそれを阻んで通さない。

こちらで、なんとかするしかないのだ。



(……しまッ……!)

先ほどフェイスを投げつけた兜虫改人の姿が見えないことに気づく。

その瞬間強烈な衝撃を感じ横っ飛びに吹き飛ばされる。


間髪いれずに立ち上がるが、かろうじてガードした腕がだらんと垂れる。

――フレームが外れたようだ。


無理やり、はめなおす。

激痛が一瞬意識を飛ばしかけるが、意志の力でねじ伏せる。

ホオリがさらに何か言ったようだが、聴覚センサーも混乱している。



「――そんな、ものか」



まともに機能する箇所は一つもない、満身創痍と言っていい状態だが、

ノー・フェイスは心底そう感じていた。



「――壊れかけの木偶人形が、何を言ってやがる?」

「その木偶人形を壊すのに、あとどれくらいかかる?

 ――その間に、アルカーヒーローがやってくるぞ」


アルカーはフェイスたちに阻まれているが、着実にその数を減らしている。

自分に改人を仕留めることができないなら、アルカーが来るまで耐えればいい。

ノー・フェイスはそう腹を括り仁王立つ。



もはや、迷いはない。アルカーの言うとおりだ。

改人より強いか弱いか、そんなことはどうでもいい。

オレの役目は――彼女を守ることだ。



「ホオリを守りきれば、オレの勝ちだ。

 ――貴様らが、オレに勝てると思うなよ」



・・・



「ノー・フェイスッ……!」


ホオリは胸が締め付けられる思いで、彼の戦いを見守っていた。


プロテクターは引き裂かれ、全身から

白い体液が流れだしている。満身創痍そのものだ。


あまりに痛々しい、目を背けたくなる姿だ。だが背けるわけにはいかない。

ホオリを守ってあんな姿になっているのだから。


(もう、もう……!)


もう、守ってくれなくていい。そんなに傷ついてまで、庇わなくていい。

そう叫びたい気持ちを、必死に抑える。

それを言ったら、彼の誇りも心も砕いてしまう気がしたからだ。



――――ワタシは貴女。アナタは私



あの夜からずっと、ノー・フェイスはホオリを守ってくれた。

そこにある危機からだけじゃない。恐怖に、絶望に怯える彼女の

側にたたずみ、癒してくれていた。

彼はあの日からずっと――ホオリにとっての守護者ヒーローだった。



――アナタの悲しみは私のもの。ワタシの不安は貴女のもの



その彼にいま、何もしてあげられない。それがたまらなく悔しい。



――貴女の悔しさはワタシの悔しさ。だから――



――今、



(え――)



心の中で、誰かがささやく。いや、ずっと――生まれたときからずっと、

自分の内にいて、ささやき続けていたのだ。



瞬間、閃いたのは稲妻だ。暗闇に浮かぶ、姿



そしてホオリは、全てを理解した。

何故、自分がフェイスダウンに狙われるのか。

何故、フェイスに全ての感情を奪われなかったのか。

フェイスダウンのアジトに向かうノー・フェイスを、何故見つけられたのか――



そして、自分の役割を、理解した。



・・・



「――クソッ! この木偶人形が!」

「はなせや! はなせコラァッ!!」


限界がきた。

普通のフェイスならとっくに機能停止しているであろう重傷だ。

まだ動いていられるのが奇跡だと言っていい。


もう脚がまともに動かないことを察し、ノー・フェイスは最後の手段に出る。

改人二体を両の腕で締めあげ、一歩も動かさない。


当然、改人もなすがままではない。無防備なノー・フェイスに何度も殴りつけ

その拘束をとこうとする。だが、離さない。


「ノー・フェイスッッッ!!!」


遠くでアルカーが呼ぶ声がする。心配するな。

おまえが来るまで、こいつらは逃がさない。


ノー・フェイスはぎりぎりとはさむ腕に力を込め、改人たちが呻く。


「――チィィッ! しかたねぇ、コクシネ・ル!

 ちょっと大技出すぞ、いてぇが我慢しろよ!」

「ヒヒッ、やっちまえエルク・ル!」


がぱっ、と音を立てて兜虫改人の角に穴が開く。まるで砲口だ。

そこにエネルギーが充填していくのが見える。至近距離から

砲撃をぶちかます腹づもりらしい。


(上等だ――!)


この距離でそんなものを撃てば、改人たちもただでは済むまい。

あとは、アルカーに任せるとしよう。



ノー・フェイスは心静かに、その一撃を――





「ダメェェェェェェェェェェェッッッッッッ!!!!!!」





何よりも鮮烈で、悲痛な叫びが響き渡る。その声は――雷光とともに訪れた。





「――ウグォォォォッ!?!?」

「ウッギャァァァァァ!!!!」


刹那、稲妻がノー・フェイスに直撃する。改人はその衝撃に吹き飛ばされるが、

ノー・フェイスは無傷だった。



いや、それどころではない。

あれだけダメージを受けていたはずの身体が、嘘のように軽い。

見ればあちこちにあった傷がみるみるうちに癒えていく



「い、一体、何が…… 」  



自身を包む青碧色の閃光の中でうろたえる。

その眼前に――ホオリがいた。



「ホオリ……」

「ノー・フェイス……」



す……と閉じていた目が開く。祈るように胸の前で組んでいた手を、

何かを解き放つように広げる。



「ありがとう。ずっと私を守ってくれて、ありがとう」

「ホオリ……」


それはホオリであって、ホオリではない。そんな不思議な空気をかもしている。

今の状況も忘れて、視線が奪われる。



「私は――アナタに、何もできない。

 助けられてばかりで、助けることができない。

 だからせめて――」



ホオリの胸から、光があふれ出す。青碧の雷光が、あたりを白く照らし出す。



「だからせめて、アナタに――戦う、力を――!」





そして――が、姿を現した。





美しい鳥だった。

雷そのものであり、それでいて生命の躍動を感じる神秘的な神使。

この世のものとは思えない、その姿はアルカーが纏う炎によく似ている。



「精霊――? ……――ッ!?」



そうとしか、形容しようがない。その鳥は優しく暖かい、それでいて激しい光に

包まれ、飛翔している。



――アナタに、"アルカー"の力を――



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雷の精霊が――ノー・フェイスの胸へと吸い込まれていく!

そして――



・・・



「ギギギェェッ! んあにが起こった!?」

エルク・ルは強烈な光に目をやられ苦しみながらうろたえていた。

突然少女が光り輝いたかとおもったら、弾き飛ばされていた。

強く、そしておぞましい光だ。触れるものを拒み焼き滅ぼす雷光。


ようやく、光がおさまっていく。

ふらふらとよろけながら、その中心点を見やると――



「……な、なにぃ……ッ?」



そこにいたのは、だった。



赤い炎のアルカーではない。



正確にいえば、ノー・フェイスのボディにアルカーの鎧が覆いかぶさっている。

まるで稲光のようなその鎧は、何人たりとも寄せ付けない神秘さがこもっている。



「な……なんだ、とッ……!?」

「ア、アルカーが……二人……ッ!?」



・・・



がたりっ、と玉座が蹴られて倒れる。

立ち上がった総帥フルフェイスは倒れた玉座を一顧だにもせず、

自身の脳内に映るその光景に目を奪われていた。


「バカな」


彼は、驚愕していた。戦慄していた。

もう長いこと味わったことのない感情を。


「ありえん――ありえん!

 精霊が、適合者以外と――いや、以外と、

 自らの意志で、融合するなどと――!!」


なにかが、狂い始めた。

総帥はそれを実感しながら、ただ茫然とたちすくんでいた――



・・・



ノー・フェイスは、腕の中で眠る少女を見下ろしていた。

力を使い果たし眠りにつく少女を、あの夜と同じように優しく抱き上げる。


「ホオリ……」


胸の内から、何かの声が聞こえる。

雷の精霊、"サンダーバード"の声だ。精霊たる彼女の心が伝わってくる。


「ああ、そうだな。彼女の心には、強い勇気が宿っている」


その勇気が、自分にも宿ったような気さえしてくる。



あらためて、自分の体を見下ろす。

全身に雷の鎧が装着されている。アルカーの炎の鎧と同じようなものだ。


"アルカー・アテリス"


サンダーバードの声が聞こえる。それがこの姿の名前だろうか。



力がみなぎる。アルカー・エンガの息吹も感じる。彼に宿る炎の精霊と

自身に宿る雷の精霊が共鳴しあい、その力をひきあげている。



いける。

これならば、いける。



ホオリを――そして人々を、守り通すことができる!



ゆっくりと、ホオリを木陰におろす。

いまだうろたえている改人たちを睥睨し、宣言する。



「お前たちが好きにできるのも、ここまでだ。

 ――アルカーの力、とくと味わえ」



・・・


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