第四章:02



・・・


「――新宿へ?」

「そう。ここCETではできない検査設備がある病院があるんだって」

ホオリが身支度を整えているので不思議に思い尋ねるとそんな答えが返ってきた。

この施設外にでるのは久々のことのはずだが、それで彼女の感情が揺れ動くことはない。


そっと頭をなでてやると少し嬉しそうな気配が漂う。

「検査は、二日程度で終わるって。すぐ戻ってくる」



・・・



衝撃的な電波ジャックから数日が経った。わずか数日だが、日本のみならず世界中が

混乱の渦に巻き込まれていた。


日本政府と警察庁はあくまでフェイスダウンの存在をテロリスト集団として

処理しようとしていた。が、人の口に戸は建てられないものだ。

瞬く間に、「尋常ならぬ存在」の噂が巷に広がっていく。


いわく、先日の爆破テロ事件では怪物が暴れていた。

いわく、今 世間に広がっている植物状態の患者は彼らの被害者だ。

いわく、米ロはその存在を認知していたが、隠蔽していた――


「――おそらくは、フェイスダウンの間者自身が流しているものと判断している」

「目的は――」

「あれだけ盛大に自身を誇示しているんだ、示威行動だろう」

天津はあいかわらずそっけないしゃべり方で語る。

御厨も釣られて陰鬱な気分になりながら、報告を続ける。


「ノー・フェイスも今回の行動に繋がる情報は何もないと」

「まあ、だろうな。奴の離反が今回の行動につながった可能性は高い」


ノー・フェイス自身もそう推測していた。考えられることは、もはや組織の

情報が完全には隠蔽できないと判断して正体を明かしたということだ。


「現在本庁には民間・マスコミ問わず奴らに対する問い合わせがパンクしている。

 ほとんどの職員はフェイスダウンの存在すら知らんのに、な」

「……それは、気の毒に」

心底同情して思わず眉根にしわが寄る。知りもしないことで槍玉にあげられる

彼らの苦労を思うと、哀れでしかたない。


「一応本庁内の組織犯罪対策部の下に超常犯罪集団対策課を設置する。

 が、あくまで対外的なものだ。課内のものには伝えておく」

「……」

「……君には複雑な思いもあるだろうが、我慢してもらえると助かる」

「いえ……」


父のことを思い出し、目を伏せる。必要なのは過去のことではなく現在だ。


「事態は大きく変動しましたが、我々CETの役割は以前と変わらないものと

 とらえています」

「そのとおりだ。むしろ事が明るみになったぶん連携もしやすくなった。

 ……連中が現れた際の避難誘導は彼らに任せていい」

「助かります」


悪いことばかりではない……と、言いたいところだがこれはとりもなおさず

これからの戦闘は人口密集地で行われる可能性が高くなったということだ。

やはり、事態は明るくない。


「現在、CETの偵察班に改人の分析と追跡調査を平行して行わせています。

 隠密行動を徹底しなくなった今、少しでもフェイスダウンの足取りを

 つかめる可能性はあがっているはずです」

「……だといいが……」


さらに報告を続けようとしたところで、携帯電話に着信がはいる。

……この電話に連絡が入るときは、緊急事態だけだ。


一礼し電話をとる。桜田だ。逼迫した声が、やはり非常事態だということを知らせる。



「……改人が……!?」



・・・



アルカーと共にバイクで併走し、ノー・フェイスは現場に急行していた。

改人が市街地に出没したという情報が入ったのだ――それも、だ。


(一体、それも直接戦闘向きではない奴ですらジェネラルに匹敵する強さだった。

 それが、二体か――)


ついでに言えばフェイスたちもいる。相当な戦力差といっていい。


「……」


不安がないといえば、嘘になる。果たして自分の力が通用するかどうか――


「心配するな」


そんな内面を見透かしたかのように、アルカーが声をかけてくる。


「問題なのは相手の強さじゃない。自分の意志の強さだ。

 そうだろう? 相棒」


――。

ああ、そうだ。そうだな――

この世でもっとも、頼りになる男。



・・・



めずらしく、本当にめずらしくノー・フェイスが弱気になっているのがわかった。

――なぜなら、アルカー自身も焦燥感を抱いていたからだ。


改人。フェイス戦闘員とは、レベルの違う強さを持った、

フェイスダウンの新たな戦力。

特に大改人の強さはアルカーに一抹の不安を残していった。


だが、横に並ぶ口数の少ない相棒を見るとそんな不安も晴れていく。

――この男が居る。一人では勝てないかもしれない。

だが、この男がいるなら――恐れることはない。


この、人ならぬ身でありながら誰よりも人を守ろうとした、勇者ヒーローがいるのだから。



通信機に連絡が入る。

「こちらアルカー。今現場に急行している……何?」


同時に、ノー・フェイスの声に動揺が走る。

「ホオリが……!?」



・・・



病院の一室に隠れ、ホオリは息を潜めていた。

失ったはずの感情の中で唯一鮮烈に残っている"恐怖"が、全身を襲う。


(フェイス……!)


――改人とフェイスたちがホオリのいる病院を襲ったのは、一時間ほど前だ。

いつの間にか自分に付き添っていた看護士たちともはぐれてしまった。

今は、たった一人だ。


(……こわい)


こわい。このところ、忘れていられた感情だ。CETに居たときは、皆がいた。

アルカーがいて――ノー・フェイスが、側にいた。

今は、誰も居ない。


視界が揺れている。そこでようやく自分が震えているのだと気づく。


(どうして――)


楽しい。嬉しい。悲しい。辛い。

そういった感情は、とても希薄になった。ノー・フェイスたちの側に居るときだけ、

少し蘇る。


それなのに、こんな感情だけが残っている。

どうして、良い感情だけが残らなかったのだろう。


遠くでばたばたと何かが走る音が聞こえ、びくりと震える。

見つからないようベッドの下に隠れ、ぎゅっと身体を抱きしめる。


(ノー・フェイス……)


いつも側にいた、仮面の戦士。彼がいないことがひどく心細かった。



・・・



「――探せ探せぇ! 木偶人形ども!」

「たらたらしてんじゃねぇぞ!」


兜虫の特徴をもった改人と天道虫の特徴をもった改人が、フェイスたちに檄を飛ばす。

彼らの目的は、フェイスたちに人間からエモーショナル・データを奪わせること。

そして――組織から持ち出された研究成果を取り戻すことだ。


彼らはシターテ・ルの部下だ。改人はどれも感情に左右される存在だが、比較的

自制が利くものを選んで今回の任務に選出された。特に兜虫の改人は、

任務を達成し褒められることにこそ喜びを見出している。


「オイ、コクシネ・ル。ほんとうにこの病院に目的のものがあるんだな?」

「そうだよ、エルク・ル。シターテ・ル様からは、ここに追い込んだって聞いてるぜ」


逸る気持ちを抑え、天道虫改人であるコクシネ・ルに確認する。

フェイスたちは人間を襲う役目もあるので捜索に使える人数は限られている。


「しかたねぇ、俺らが直接探すか」

「ヒヒッ、オレに任せとけよ。手柄はオメェにくれてやるからさぁ……」


コクシネ・ルは隠れているものを探し出すのが得意だ。物陰や穴倉に隠れた人々を

ひきずりだして、いたぶるのが好きなのだ。手柄などに興味がない彼とは

実にうまが合う。


「どれどれ……と。確かに、与えられたデータに符合する反応があるな。

 さて……」


触覚を広げ、サーチを開始するコクシネ・ル。すぐに下卑た歓喜の声があがる。


「なんだ、チケェじゃねぇか! ここから20mも離れていない範囲にいるぜ、兄弟」

「さすがだな! じゃ、さっさと仕事を終えるとするか……!?」


賞賛しながらコクシネ・ルに向き直り――視界に映ったバイクに気づき、

慌てて相方を蹴り飛ばして回避させる。


一瞬の後、ブォン! と甲高い音をたててバイクが通り過ぎる。

鋭いターンで制止したその赤いバイクには――赤い戦士がまたがっている。



「貴様ら……!」

「――へへッ……! おい相棒、どうやらでっけぇ手柄がきやがったぜ……!」

「わかってるさ兄弟、オメェの後ろも見てみなよ……!」


首だけめぐらせ、背後をみやる。そちらには黒いバイクにまたがった、黒い戦士。



「時間がおしい」



自分たちが使役するフェイスと、まったく同じ姿をした仮面。

彼は微塵もゆるがない態度で改人と正対する。まったく、生意気な木偶人形だ……。


木偶人形――"ノー・フェイス"は一度両腕をかちあわせ、ゆっくりと開くように

構える。その姿はさながら仁王像のごとくだ。



「――正面から、圧し通させてもらう。

 待たせている人が、いるのでな」

「その待ち人に、言っておいてやんな。

 ――もう二度と会いに行けないってよぉ……!」



・・・


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