第五章:03



・・・



「――と、まあ皆さん色々複雑な思いやらあるわけですけど、

 この桜田ちゃんはもっともっと単純なわけですよ」



ふんふん、と鼻歌を歌いながら撮り溜めたムービーを整理する。

任務とは関係ない。完全なる趣味で、CETメンバーの日常を記録している。

――無許可無申請でだが。


「申請しても通るわけ無いですしねぇ?」


もちろん赤裸々すぎる内容までは撮らないし、機密に抵触しそうなところまで

踏み込まない。なにより――見つからないように。


自分でも性格悪いとは思うが、どうにもやめられないとまらない。



ノー・フェイスの映像をまとめたムービーを確認する。



彼はこのCETに来てから必ずと言っていいほど誰かと共に居る。

一番多いのはホオリで――二番目が、火之夜だ。


逆に火之夜のムービーにも、よくノー・フェイスが映る。



「ノーちゃん、か」



親しげな呼び方に反して、実のところそれほど思い入れがない。

どうにも、職業柄というべきか。人の後をつけまわしたり、

内通者を探ることばかりしてきたツケか、愛想ばかりよくする術を覚えて

内心まで深く踏み込むのを拒む癖がついてしまった。

ノー・フェイスに限らず、誰に対してもそうだ。



火之夜は別だ。



そんな彼が誰よりもノー・フェイスを信頼している。もともと相棒だった

自分よりも、あるいは。


「そう考えると――ちょっと忸怩たる思いもあるよねぇ」


口に出すほど嫉妬しているわけでもない。彼の負担を減らしてくれた

ノー・フェイスには感謝してもいる。

でも、ちょっと――うらやましい。



だがそれは表にださない。これまでそうしてきたように。

彼には火之夜の役立ってもらえればそれでいい。



自分が愛する火之夜の苦しみが少しでも和らぐなら――

元フェイスだろうがなんだろうが、役立ってくれればそれでいい。



「……ま、私が一番嫉妬しているのは別の人なんですけどねぇ。

 さて、誰のことでしょうね?」



・・・



「くちんッ!」


――。


「――風邪か? 汝に祝福あれbless you

「ちゃかさなくていい、いちいち――くちんッ!」

彼の前で連続してくしゃみがでてしまい、すこし気恥ずかしい。


(誰か噂でもしてるんだろ)


と、火之夜が自分の着ていたジャケットを上から羽織らせてくる。

別に寒かったわけではないのだが、好意はありがたく頂いておく。

――別に、彼の着ているジャケットを着ていたかったわけではなく。


夜の街は、やはり肌寒いものだ。


「――おまえはあの日から風邪一つひかなくなったな」

「炎の精霊さまさまだな」


精霊は自己再生能力を高める。病や毒などにも強い耐性がつくのだ。

偏頭痛もちの御厨としては、少しうらやましい。



(もっとも、その代償にこいつが背負った重荷を考えると、

 そうも言ってられないが――)



たった一人で、フェイスダウンと戦い続ける。

それがどれほど彼を苦しめてきたか。誰にも弱音を吐けず、

ただ耐えて耐えて戦い続ける。彼に降り注いだ呪いのようなものだ。


(あらためて呪い返しますよ、雷久保さん……)


みんなが博士と呼ぶ彼をそう呼ばないのは、そんな複雑な思いあってのことだ。

少し子供じみているとは思うが。



(私たちは、あの日から成長の止まった子供のようなものだからな……)



「雷の精霊も、これからは戦いに参加する。

 フェイスダウンが壊滅する日もそう遠くは無いさ」

「――ああ、そうだな」


気休めに吐いた言葉に、火之夜がすこし微笑んで同意する。

この男は、フェイスダウンに青春を奪われた。そのことが悔しくてたまらない。


「――いつか、オマエも戦わなくて済む日がくる。そのときは――」

「くるかな」


火之夜がいつになく暗く瞳を沈ませて、さえぎる。

――御厨と居る時だけ、彼は時々闇をのぞかせる。


「フェイスダウンは――潰せるのかな。まだ、本拠地すらつかめていないのに」


そこで口をつぐむ。それ以上は尽力している仲間への侮辱だと理解しているのだ。

だが、その気持ちは痛いほどわかる。



十二年もの間、フェイスダウンと戦うために人生を捧げてきた。

それに終わりがくるなど――信じきれないところがあるのだろう。



「――くるさ」

「――そうか。そうだな。

 そのために、貴女たちも戦ってるんだよな」



ふ、と柔らかく笑んでこちらを振り向く。その輝きに目がくらんで

ぷい、と視線をそらす。



まったく。



「それに――ノー・フェイスを見ていると、確かにそんな気にはさせられる」


火之夜に視線をもどすと、ここには居ない誰かを見て目を細めている。

に対する信頼は、誰に対するものより厚い。私たちの誰よりも。



少し嫉妬すると共に、それも仕方ないとも思う。

まだ短い期間ではあるが、あの仮面の人となりはわかってきた。

口数が少ないながら、その心底にある思いは皆に伝わってきている。



(彼は、仲間だ)



単にともに戦う友としてだけではない。

人々を守る彼の姿に憧れ、その支えとなりたい。そう心に誓った、仲間なのだ。

彼が抱える思いは、御厨たちのそれとまったく一緒だ。



ただ、実際に戦場で肩を並べて支えあえるということだけが、違いだ。



「……やっぱり、ちょっと嫉妬しちゃうな」


そんな子供じみたことを口にだしてしまう。

まあ、いいではないか。十二年間待ったのだ。



今日ぐらい、あの日に戻って子供のように火之夜と共に歩いていても、いいではないか。



・・・


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