第五章:04



・・・



「――なんだか、ひさびさに見た気分」

ホオリが空を仰ぎながら、ゆったりとくつろぐ。

その横に片膝をたてて、ノー・フェイスも座り込んでいた。



今、ホオリとノー・フェイスはCETがダミー施設として所有する

ビルの屋上に出ていた。念のためフェイスダウンに見つからないよう、

目深のフードを被って。



今回、雷の精霊がホオリに宿っていたこと、フェイスダウンが彼女を狙う目的が

それであったこと、そして精霊がノー・フェイスへと移ったことから

フェイスダウンにとって彼女の優先順位は著しく低くなったものと推測。

限定的ながら、外出が許可されるようになったのだ。

――むろん、籠の中の鳥であることにかわりはないのだが。



「ここのところずっと、地下にいたし。こないだ外に出た時も、車の中は

 カーテンで閉め切り、その後はずっと病院にいて、戦闘中はそんな余裕ないし。

 ――空、見上げたのは久しぶり」

「――そうだな。そうだったな」



ノー・フェイスも似たようなものといえば似たようなものだ。

フェイスたちが活動していた頃は夜間での戦闘だったから、表に出るときは

ずっと夜空ばかり。いや、そもそも――


「――そういえば、オレは空など見上げたことがなかったな」

「そうなの? もったいない」


ぽつねんとホオリが呟く。不思議そうな顔だ。


「もったいない……」

そんなホオリの顔を見つめた後、ゆっくりと空を仰ぐ。



青い、空。



その色はただ一色ではなく、緩くなだらかに変化していくグラデーション。

その色の坂に吸い込まれるように視線があがっていき――空の底には、白い光。


とても複雑な顔色をしている。これが――青空か。



「そうだな。……もったいなかったな」

「そうだね。もったいなかったね」


ほんの少しだけ口角をゆるめ、ホオリが微笑む。


「でも、仕方ないよ。ノー・フェイス、まだ生まれたばかりなんでしょ?

 これからいっぱい見ればいい」

「これから……」


今度はノー・フェイスが不思議そうにホオリの顔を見る。

彼女は当然のように続ける。


「まだまだ、ノー・フェイスが見たことがないもの、いっぱいある。

 だからいつか――私が見せに連れてってあげる。ね?」


その言葉を聞いて、もう一度空を仰ぐ。あたりを見回す。



空など、いくらでも見てきたはずだ。インプットされていた映像。

戦闘中。写真。いくらでも見てきた。

だがこんな色彩があることなど知らなかったし、知ろうともしなかった。


(ああ)


ようやく、ノー・フェイスは気づく。



生まれながらにして感情を持っていたノー・フェイス。

人々から感情を奪ったフェイスたち。


そのどちらも、自分で経験してきて得た感情ではない。

付け焼刃で手に入れたもので、実感が伴っていない。



感情は人をつなぐ力だ。

美しいものを見たから、誰かに見せたい。

悲しいから、誰かに伝えたい。

それが――人を動かす力になる。



その意味でノー・フェイスは感情を持っていなかった。

たった一人で抱え込んで、誰ともわかちあっていなかった。

だが今は、誰とでも伝えあうことができる。

奪うのではなく人を守ることを、選択したからだ。


ノー・フェイスの心が晴れ渡っていく。青空のように。



「そうだな。……もったいなかったな」


ぐっ、と力をいれて立ち上がりホオリのそばでひざまづく。

そっと頬にふれて彼女に力強く決意する。


「いつか――いつか、必ずオマエが外に出られる日を作る。

 だから……オレに色んなものを見せてくれ。

 オマエが楽しいもの、面白いものと思うものを……教えてくれ」

「――うん!」


一瞬ほうけた顔をしてから珍しく力強く頷くホオリ。

そんな彼女にノー・フェイスは改めて胸に誓う。




(ホオリ――オレはオマエを守る。そして、オマエが

 この空の下を歩けるようにする)



その時も――青空であるように。



・・・


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NoFace -戦闘員1182号- @marupon_dou

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