第二章:02
・・・
東京都内、某所。フェイスダウン対策のため偽装された事務所で、
ほのかは上司である天津稚彦と面会していた。
「――報告は受けている。雷久保夫妻のことは、残念だったな……」
痩せこけていながら猛禽のようにぎらついた目をしたその男は
まるで残念そうに聞こえない声音でほのかを悔やみの言葉を口にする。
ちら、と資料に目を向けた目線を上目がちにほのかに向け、念押しする。
「……彼とは主に私が窓口になっていた。ほんとうに残念だよ」
(そうですか)
どこかしらけた心持ちで黙って立ち尽くす。後ろ手を組み微動だにしない姿勢で
上司の言葉を待つ。
天津稚彦は、刑事局長を務める警視監だ。いわゆるキャリア組の高級官僚であり
最高幹部クラスの超エリートと言える。
いちおう、ほのかも警視、警察官僚に分類される。年齢に対する階級としては
かなり高い方だが、キャリア組なため出世速度は頭一つ早いか、程度。
ただし、当初から彼女が目指していた場所は同期たちとは全く別であり、
上もそれを承知していたため通常の出世コースとはまるで異なる。
天津は本来ならこのような場所に足を運ぶような人物ではないし、ほのかから
直々に報告を受け取るような人物でもないが、それだけフェイスダウン関連の事案が
重要事項であることの証明でもある。
この男が誰かの犠牲を嘆くのだろうか?
……などと思うのは失礼な偏見だということは、流石にわかっている。
見た目ほど情のない男ではないと知っているし、高級官僚として打算的な人物では
あるものの、意外と細かい気配りができることも見てきている。
ただ、この男と雷久保氏にはどうもいい印象を抱いていない。
なにしろ、火之夜の人生をフェイスダウンとの戦いに捧げさせた張本人なのだから。
特に、不可抗力な面もある雷久保氏よりこの男の方が嫌悪感が強い。
とはいえほのかもここまで上り詰めたエリートだ。そんな内心を表に出さず
殊勝に沈んだ表情を作ってみせる。
「とはいえ、悔やんでばかりもいられん。特に、事態が大きく動いた今はな」
「フェイス戦闘員がフェイスダウンを離反するなど、今までありませんでした」
「ノー・フェイス。興味深い」
ぺらぺらと資料を早めくりして読む天津。既に頭の中には内容が
叩き込まれているのだろう、資料を読んで見せているのは単なるポーズだ。
「現状ではまだ信用するわけにもいかんが、裏切りが真であるなら
重要な情報源となりうる」
「……アルカーの正体を探るための茶番、ということも考えられます」
それは作戦本部でも検討されている可能性であるし、当然天津も承知している。
ただ釘を刺すつもりで言葉にあげる。
「火之夜くんか。彼には苦労をかける。貴重な人材でもあるし、
彼を失うわけにもいかん。事は慎重にすすめねばな」
(よくもいう)
歯軋りの音が外にもれないよう注意を払う必要があった。
十二年前、フェイスに襲われ殺されかけ――雷久保氏が連れていた"炎の精霊"により
アルカー・エンガとなった火之夜。当然彼の存在は国が放っておくはずもなく。
両親が植物状態になったこともあり、天津が組織したCETに引き取られた。
本人が志望していたとはいえ、まだ義務教育すら終えていない少年を危険な戦いに
従事させるため、その人生を拘束させたのだ。
ほのかにすれば、良い印象を持てと言う方が無理というものだ。
「現在、ノー・フェイスの足取りをつかみ予測された進行ルートに
アルカーを向かわせています。
先行した偵察員と合流後、ノー・フェイスの捜索にあたらせる予定です」
「超人と化したとはいえ、彼も人間だ。無理をさせすぎては
良好なパフォーマンスはだせまい。
なんとか、彼の負担を減らしたいものだが」
(おまえに言われなくとも!)
怒気がもれないようにするのに苦労する。
今、フェイスに対抗できる唯一の戦力である火之夜には過度な負担がかかっている。
強靭な精神力を持つとはいえ、彼の心労ははかりしれない。
仄香もなんとかその重責を減らそうと四苦八苦してはいるが、ことフェイスとの
直接戦闘だけはどうあがいても彼に任せるしかない。
解析したフェイス戦闘員の残骸からパワードスーツなどの対抗手段を模索してはいるが、
あまりに技術格差が大きすぎて元通り組み立てなおすことすらなかなか上手くいかないありさまだ。
未知の技術が得られるため、気にすることなく予算を使えるのは助かるのだが……。
「むろん、君の努力あってこそ現状まわっているということも理解している。
よくやってくれてるよ。礼を言う」
「ありがとうございます」
心中ではしらじらしい顔をしながら、恭しく礼を述べる。
「……君の父上の件があってから、この問題の矢面に立つ気概がある者も
なかなかいなくてな。私がCETのトップを兼任していたが、
いささか無理があってな。君があがってきてくれて助かった」
仄香は自身から家族を奪ったフェイスダウン、そして火之夜を奪った国と天津に対する
敵愾心から、警察官僚の道を目指した。極秘組織であるCETに入り、
そのトップを目指してフェイスへの復讐を果たし火之夜を解放するためだ。
彼女のことを知っていた天津は国家公務員Ⅰ種試験をパスした彼女を抜擢し、
CETトップの自身の後釜とするべく教育を施してきた。
念願かないCETの作戦本部長候補として入隊し、火之夜と十二年ぶりに再開した
その日の夜は恥ずかしながら泣き腫らしてしまった。
(……あのマセガキが、ずいぶんといい男に育ってまあ……)
その裏でどれほどの苦境を超えてきたのか考えると、やり切れない思いもあるが。
「いずれにせよ、今回の事件は膠着した現況を改善する大きな機会でもある。
リスクはあれど、危険を冒してでも先手を打つ必要がある」
「承知しております」
「報告書は持ち帰りこちらでも精査しておく。定時連絡の前でも事態に変化があったら
所定の方法で接触してくれ。協力はおしまない」
話は終わりだと伝えるために資料を整え、デスクの脇にまとめる。
一刻も早く火之夜のサポートに向かいたい心をおさえ、一礼し退出しようとする。
「――そうそう、まだ不確定な情報だが」
いまさらそんな話を、と思いつつも振り返る。
「中東で展開中の間諜から動きがあったと報告があった。
日本に影響があるかはわからんが、留意しておいてくれ」
「……了解しました」
今度こそ、退出する。
事態が動くときは連鎖的に物事がつづくものだ。特に悪い方向に。
・・・
新進気鋭の部下が退出した部屋で、胸元のロケットを開く。
ほんの少し眺めたあと、ぱちりと閉じてつぶやいた。
「……"
目処がたったのか、見切りをつけたのか。さて、どちらですかな」
・・・
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