第三章:03



・・・



「――ッツア! セイッ!」

「――くっ、ふんッ! はぁッ!」


訓練室に、ノー・フェイスとアルカーの怒号が響き渡る。

最近の日課となった、組み手訓練だ。


アルカーが右拳をまっすぐ突いてきて、それを屈んでかわす。

それをあらかじめ予測していたのだろう、右腕をそのまま鋭い肘うちへと変え

打ち下ろしてくる。


が、こちらも読んでいる。


屈んだ脚をバネにして、飛び上がる。勢いで肘うちをはねのけ、そのまま

膝蹴りをアルカーの顔面に叩き込む。――いや、左手で受け止められる。



ぐるん、と左手で宙に投げ飛ばされる。さらには空中で追撃の打撃を受け、

壁にむかって吹き飛ばされる。


流石に無理な体勢から放たれた拳は威力が低い。飛ばされながらも体勢を建て直し、

して飛び跳ねる。変則的な三角飛びだ。


壁から天井に向かって跳ね上がり、天井を足蹴にして上空から急襲する。

アルカーはすばやく対応し右腕を挟み込む。が、それを承知で力任せに

地面へ押し倒す。相手の肩を膝で押しつぶし、拘束を解く。


ガズッ! と強烈な振動が頭を襲う。後頭部を思い切り蹴られたのだ。

たまらずアルカーから飛び離れ、急いで向き直るが――

――その眼前にアルカーの靴底が広がる。



チェック・メイトだ。



「……これもダメか」

「いや、たいしたものだ。何度もひやりとしたよ」

すっと差し出された手を掴むのももう慣れたものだ。ふらつく体を引き上げてもらい

立ち上がる。


もう何百回となく、アルカーと模擬戦を繰りかえしている。

だがアルカーに勝てた回数は片手で数えるほどしかない。


(強いな)


心の底から感嘆する。あの夜戦ったときよりも、さらに強くなった気がする。

あるいは、自分では到底追いつけないかもしれない。


(だが、目指さねばならん)


そうも思う。アルカーは、そしてCETのメンバーは、ノー・フェイスを仲間として

迎え入れてくれたのだ。ならば彼はアルカーの助けにならねば。

彼と共に並び立つ強さを、手に入れなければならない。


「……五分後、もう一度頼む」

「まだまだいけるさ」


仮面に隠れたその下に、火之夜の笑顔が見える気がした。



・・・



(強いな)


火之夜もまた、ノー・フェイスに驚嘆していた。あの夜戦ったときよりも、

さらに強くなった気がする。


戦績こそアルカーが上だが、それは基礎スペックの差にすぎない。

たった一人が相手だというのに、何度も危うい場面があった。


この強者に、これからは戦場で己の背を託すことができるのだ。

……そのことが、火之夜にさらなる力を与えている。


こうして互角に組み手ができるということも、自身の研鑽に繋がっている。

今まで鬱屈した思いが嘘のように、すがすがしい気持ちだった。



幾度目かの組み手のあと、さすがに疲れて装身を解く。

汗で濡れた上着を脱ぎ、座り込んで息を整える。


と、そこへ扉が開いて御厨女史が飛び込んでくる。


「火之夜、ノー・フェイス! たった今そこで連絡を受け……

 ……ああああぁぁあぁぁぁぁぁぁもうッ!

 なんでおまえは毎回服を脱いでるんだ!?」

「い、いいじゃないか別に。そんなに気にしないでくれよ……

 そんなにイヤか……?」


真っ赤になって叫ぶ御厨に、少し傷つく。


「イ、イヤとかじゃなくてだな! 少しは恥じらいというものを……」

「――ほのかさん、乙女じゃないんですから。というかほのかさんも

 子供じゃないんだからそんな過剰反応しててどうするんですか……」


じとり、と桜田が仄香を見つめる。免疫なさすぎでしょ、と呟いたようだが

意味はよくわからない。


「くうぅぅ……と、とにかく緊急事態だ」

「――フェイスダウンが現れたのか? いや――」


一瞬言いかけた言葉を飲み込む火之夜。今はまだ日が高い。

フェイスダウンは夜陰に乗じて行動する。彼らでは――



――。


「……なんだと?」

「フェイスダウンが、事を起こした。白昼堂々、その姿を隠すことなく

 街中で暴れている」


がたり、とノー・フェイスが座っていたイスを蹴って立ち上がる。

その場にいる全員が、青ざめていた。




何かが、変わろうとしている。



・・・



――フェイスダウン幹部改人、"ヤー・トー"は蛇の特徴を受け継いだ改造人間である。

元をたどれば死刑囚だったらしいが、今の彼は何も覚えていない。


彼の中にあるのは、強力な破壊衝動だけだ。とにかく、壊してまわりたい。

なぜそう思うのだろう? 死刑囚だった時からそうだったのだろうか?

今の彼には何もわからない。



その衝動に従い、彼は昼間の人口密集地で自分の性能をいかんなく発揮し、

コンクリートジャングルを破壊してまわっていた。



「ヤ、ヤー・トー……様! ナニヲシテオラレル!」

生体ミサイルの嵐の中、フェイス戦闘員の一人が必死の思いで近づいてくる。

開放感を味わっていたヤー・トーはうろんげに自分のをねめつける。


「何って? 人間狩りさ。そういう命令だろ?」

「バカナコトヲ! ガ我ラフェイスダウンノ

 行動規則! コ、コンナコトヲシデカシテハ、総帥ヘ面目ガ……」

「うるさいんだよ」


蛇の尾に似た右腕でそのフェイスの頭を締め上げる。ぱきょっ、という音を立てて

頭が割れ、あっけなく崩れ落ちる。



「はぁーー……ッッッ……!」

確かに、冷静に考えてみればこのフェイスの言うことはもっともだ。

三大幹部からフェイスを連れて人間狩りをするよう命じられてはいた。

が、同時に人間社会に気取られることなくことを進めよ、とも言われていた。



こんなに派手な動きをして、混乱を引き起こして。これではもはやフェイスダウンの

正体が世のあかるみにでるのは免れない。


まずいことをしている。


頭の中では、理解している。下手をすれば、粛清対象だ。非常にまずい。

理性では、確かにわかってはいるのだが。



なぜか、抑えられない。

理性で生じた禁忌が、感情と衝動を抑えられないのだ。



壊したい。とにかく、ぶっ壊したい。

後のことは、後で考えよう。



自分でもそれでは後先がないとわかっているのに、どうしようもない。



「――ケケ」


ああ、どうでもいいか。

考えるのが、めんどくさい。


「ケケケケケケ! ケーーッケッケッケッケケケケ!!!」


とりあえず、ぶっ壊そう。



・・・



「何なんだ、これは……」

火之夜が、茫然とつぶやくのが聞こえる。

ノー・フェイス自身もまったく同じ心境だった。


今、二人は小高い丘にバイクを並べ、町を見下ろしている。

遠く離れた場所だが、それでも地獄絵図が展開されているのが見て取れる。



爆発。爆発。破片。爆発。吹き飛ぶ人――

これが、表向きは平和なはずの、日本の姿だろうか?

まるで紛争地帯だ。



警察が取り囲んでいるが、手には負えまい。おそらくすでに防衛出動が

要請されているはずだが、自衛隊でどうにかなるのだろうか。



爆発の中心にいるのは――蛇のような姿をした人影だ。

アルカーたちはもちろん、ノー・フェイスも見たことはない。

蛇人を遠巻きに伺っているフェイスたちの姿がなければ、フェイスダウンの者だとは

思わなかっただろう。


「ノー・フェイス……あれは、一体何が目的なんだ……?」

「……………………皆目見当がつかん」


まぬけなやりとりだが、そう言うしかない。奴らは何をしているのだ?

こんな派手な行動をとって、自分たちの存在を示威して……何になるのだ?


「……とにかく、行こう」

珍しく、覇気がない様子でアルカーがうながす。

目的がなんであれ、止めないわけにはいかない。



ノー・フェイスとアルカーは釈然としないままアクセルをひねり、

轟音をたててバイクを発進させた――。



・・・


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