第2話
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腐敗化症候群。
この国の政府と医者からそう名付けられたこの病気が、この国に登場したのはもう二年も前になる。他の病気と同じように、腐敗化症候群の全容は未だ解明されていないが、腐敗化症候群に関して分かっている事は二つある。
一つは著しい知能低下を引き起こす事。
もう一つは人間の皮膚や臓器を腐敗させてしまうという事。
具体的に言うと皮膚は爛れ、眼球は白濁し、鼻は形を崩し、筋肉や脂肪はボロボロにふやけ……いや、もっと分かりやすく通俗的な例えがある。ゾンビになる。生きた人間がある日突然ゾンビになる、それが腐敗化症候群だ。
故に、世間一般ではこの病気をゾンビ化症候群と呼んでいるが、権威と博識ある政府と医者がそんな名称を掲げる訳にはいかなかった、という事情があったとしても仕方のない話だろう。少なくとも政府とマスコミはこの病気の事を腐敗化症候群と呼んでいる。だがもちろん、国民のほとんどには馴染みやすくて分かりやすいゾンビ化症候群が浸透している。僕は正直どっちでもいい。腐敗化症候群でもゾンビ化症候群でも、意味が通じれば呼び方はどうでもいいと思っている。
けれどまあ、堅苦しくてインテリな物言いよりも、砕けて通俗的な物言いを好む人がこの国にはほとんどだ。大多数の民衆意識に従って、僕もゾンビ化症候群の呼び名を使う事にしよう。
さて、それでは腐敗化症候群、イコール、ゾンビ化症候群の説明を継続させて頂くが、ゾンビ化症候群はゾンビ映画やゾンビドラマによく出てくるゾンビと全く同じ……ではない。
その唯一にして最大の違いは、ゾンビ化症候群患者は「人を襲わない」という事だ。ゾンビ映画に出てくるゾンビはかなりの確率で人を襲う。中には人を襲わないゾンビもいるかもしれないが、大抵の人にゾンビのイメージを聞いたなら「腐っている」「人を襲う」「人を食べる」、この三点は最低限口に上る事だろう。
だが、ゾンビ化症候群患者は人を襲わない。人を食べたりもしない。「著しい知能低下を引き起こす」「皮膚や臓器が腐敗する」、映画のゾンビと共通するのはせいぜいこの二点だけだ。もっとも、あくまでテレビでそう言われているだけで、ネットの一部では「ゾンビ化症候群は人を襲う」「ゾンビ化症候群は人を喰う」「マスコミと政府はこの事実を隠蔽している」などという書き込みも存在するが……
でも僕は、ゾンビ化症候群患者は人を襲わない、というのはある程度信じていいと思う。何故なら本当にそうであれば、この国は今よりもっとパニックになっている筈だから。
『人の口に戸は立てられない』、ということわざがある。数が全てじゃないし、誰が正直者で誰が嘘つきか、それを見分けるのはとても難しい事だと思うけど、もし本当にゾンビ化症候群患者が人を襲うというのなら、マスコミや政府がどうしようがその情報を止める事はほぼ不可能に近いはずだ。
……いや、こんなの水掛け論だ。もっと率直に、僕の身近にいるゾンビ化症候群患者は僕を襲わない、だからゾンビ化症候群患者は人を襲わない、と言い切った方がいいだろう。
もっとももしかしたら、兄さんがいつか暴れ出して僕を襲い、僕を食べる、そんな日がいつか来るのかもしれないけれど、それは大した問題じゃない。対策だって一応用意してるし、その程度の可能性は兄さんを手放す理由には成り得ない。
兄がゾンビになったので 雪虫 @yukimusi0127
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