第3話 リベンジマッチ(前編)
「汚い」
朝一で訪ねてきた莉亜は、招かれた大悟の部屋に入るなりそう言ってきた。莉亜が汚いという通り、大悟の部屋はチューンナップロボットの本体やパーツが入っていたパッケージから、カスタマイズする際に用いる道具や工具箱などが散乱していた。それに加え普段学校で使っている教科書や筆記用具の類がそのまま床に放置されている。お世辞にも整理整頓が行き届いている部屋とは言いにくかった。
「普段片付けとかしないの?」
「普段はもっと片付いているよ!」
「そうなの? もしかして片付ける時間なかった? ゴメンね、朝早く来て。田舎はやることなくて暇だったのよ」
なぜか同情されたが、大悟は「別に……」とぶっきらぼうに返すしかなかった。
それに、この部屋の散らかりはわざとである。
チューンナップロボットのバトルはARで行う関係上、バトルフィールドは実際に現実にある場所で行われる。昨日は家の駐車場で行い、地面がコンクリートで障害物となるものが一切なかったため、バトルフィールドとしては至ってシンプル、プレーンな状況だった。
しかし今回は大悟の自室で、部屋にあるものをあらかじめ配置することで障害物を用意した。その意図は、遮蔽物を作り莉亜のロボットが行う全方位による遠距離攻撃をやり過ごすため。障害物があることでこちらの移動も制限されるが、昨日考えた作戦ではダメージを受け過ぎないことが大事であり、回避行動以外の移動のことは二の次にした。
そしてそれは手練れの莉亜も察したこと。汚いと指摘はしつつも、この部屋の状況に嫌悪感を表すことはなかった。
「じゃあ、さっそく始めましょう」
莉亜はそれ以上部屋のことを言うことなく持ち込んだアタッシュケースを開け、ARメガネを取り出して装着。携帯端末を操作してARメガネを同期させた。
「フィールド半径は四十でいいな。この部屋だとそれがギリギリだし」
大悟もARメガネを端末に同期させ、バトルフィールドの設定を行う。対戦相手である莉亜の了承を得ていないが、そもそも大悟の部屋はそこまで広くはなく、バトル用として確保できる床は半径四十センチメートル程度が限界だった。
それにこのフィールドの狭さも大悟の作戦の一部である。バトルフィールドの広さを任意で設定できるチューバトにおいては、広いフィールドであれば当然相手との距離が離れるし、狭ければお互い接近せずにはいられない。近接戦闘を得意とする大悟としては狭いフィールドの方が好ましいため、今回は大悟の自室という狭い空間を選んだのであった。
ARメガネに表示されている半径四十センチメートルの円の中央にそれぞれロボットを置き、大悟と莉亜は円の外側で向かい合った。そしてARメガネに映し出されたバトル開始のカウントダウンに意識を集中させ、その表示がゼロになった瞬間、
「離れろ!」
「飛びなさい!」
二人は叫んだ。音声認識によって命令を受け付けるチューンナップロボットは、それをコマンドとして認識し、行動に移す。わずかに大悟の方が早く、先に行動に移したのは大悟のロボットだった。大悟のロボットはカーペットの床を踏み込んで後退し莉亜のロボットから離れた。
そして対する莉亜のロボットはコマンドを認識後、左手のアクロバットグレネードを自分の足元に向けて発射。ARでは派手な爆風がエフェクトによって表現されたが、実際は左手のパーツから圧縮した気体が噴出し、その勢いで無理やり機体を上昇させた。
大悟が自身のロボットを後退させたのは、この爆風に巻き込まれないためだった。大悟は爆風をやり過ごしたあと、近くにあった工具箱の陰に隠れた。工具箱はチューンナップロボットの背丈ほどの大きさがあるため、工具箱の陰に隠れてさえいれば前方上空からの遠距離攻撃を防ぐことができる。
一方莉亜のロボットはアクロバットグレネードによる上昇の限界高度まで達した。小学生である莉亜の腰の高さまで上昇したロボットは、空中で右手に装備したディレイガンを一発放つ。安全上の都合により実際に弾丸は発射されないが、ARではマズルフラッシュのエフェクトののち弾丸が発射され、発射された弾丸は空中で静止したのち、三秒のタイムラグを経て目標物に向かって飛んで行った。
「回り込みなさい」
最初の一発は試射のつもりだったのだろうか。ARならではの銃撃の感触を確かめ、発射した弾丸が工具箱に遮られたことを見届けたのち、背中のスラスターから気体を噴出して空中で二次元的な移動を開始。遮蔽物を回り込もうとする。
「させるか!」
当然大悟も隠れる位置を変える。工具箱に沿うように歩き、上空で旋回する莉亜のロボットから逃れた。
しかし莉亜はスラスターの噴射の切れ目にディレイガンを発射。スラスターとディレイガンを交互に使うことにより、移動しながら遅延弾を空中にばらまいていく。そして最初に発射したディレイガンの弾丸が、タイムラグを経て大悟のロボットへ向かっていく。
「ちくしょう! 勝手に照準を直してるのか!?」
放たれたディレイガンの弾丸は空中で静止状態のときに照準を修正、工具箱に沿って移動する大悟のロボットを狙い続けていた。そして大悟のロボットが莉亜のロボットから逃れるため工具箱の角を曲がったそのとき、静止状態の弾丸が再び空間を引き裂いて迫ってきた。それは弾丸側からすれば、標的が遮蔽物の陰から不用心に身を出した状況であった。
「工具箱から離れろ!」
大悟のロボットは莉亜のロボットによって誘導されていた。それを一瞬のうちに把握した大悟は、自身のロボットに回避行動をとるよう命じた。大悟のロボットはその命令に従い、床を蹴って横っ飛びし、迫りくる弾丸を寸前のところで回避した。
しかし次の瞬間には、莉亜が工具箱の上空で旋回していたときにばらまかれた遅延弾のタイムラグが終わり、次々と弾丸が動き出した。
「走れ!」
正確な数を数えている時間などなかった。とにかく工具箱から距離をとることで攻撃を避けようとする。大悟のロボットはまさに銃弾が飛び交う戦場を駆け抜けるかのように走り続けた。そして複数の遅延弾も逃げるロボット目掛けて迫ってくる。弾丸はARのエフェクトにより弾道が演出され、空間にいくつもの線が表示された。それはまるで上から巨大な針で突かれているかのような光景だった。
「追いかけなさい」
莉亜は逃げる大悟のロボットを追うよう命じる。命令を受けたロボットはスラスターを噴かせ、上空から追跡する。地上を走る大悟のロボットよりもスラスターによる空中移動の方が速かったのか、莉亜のロボットは上空で大悟のロボットを追い抜き、スラスターが止まったタイミングでディレイガンを発射。遅延弾を空中に散布していく。その後は逃げる大悟のロボットの上空をジグザグに空中移動することで、様々な位置に遅延弾を配置していった。
このままでたらめに逃げ続ければ、次第に四方八方を遅延弾に囲まれてしまう。もしその状況になってしまえば逃げ道のない
だが大悟には考えがあった。前回のバトルでは考えなしに行動していたため、あえなく遅延弾の総攻撃の餌食となってしまった。しかし今回は感情的にならず冷静に回避に専念した。そのおかげでまだ一撃も受けてはいない。そして冷静でいられたため、莉亜のロボットの状況にも目を向けることができていた。
――やっぱり、高度がどんどん下がっている。
アクロバットグレネードによって小学生の腰の高さまで打ち上げられた莉亜のロボットは現在、最初よりも半分くらいの高度まで落ちていた。
しかしその結果は自明だった。背中のスラスターは空中で前後左右の二次元的な移動しかできず、上昇して高度を上げる機構は備わっていない。そしてスラスターを使わなければ重力に引かれて落下するだけだ。空気抵抗を生み出して落下速度を遅くするフェアリーレッグを装着しているからといって、そもそも全長十五センチメートルの物体が空中にいること自体無理していることで、当然どう足掻いたとしても落下は免れないのだった。
そのため莉亜のロボットは、ディレイガンを落下しながら発射していた。ディレイガンを多く発射すればするほど、それだけ高度が下がってしまうのだ。そして高度が下がってしまうということは、いずれ地上に着陸しなければならないということだった。
そう、莉亜のロボットの最大の弱点は着陸時だった。大悟が見た大会のバトルログも、莉亜のロボットが着陸したタイミングで急接近され、近接戦闘に持ち込まれて敗北したのだ。
大悟はそのログの戦法を参考にして今日の作戦を立てた。莉亜が空中にいる間は逃げに専念し、降りてきたところで接近。あとは大悟の得意とする接近戦をするだけだ。唯一の懸念事項は、莉亜も当然自身の弱点を把握しており、着陸時に警戒され対応されることにあったが、そのあたりのことは大悟の方が一枚上手だった。
莉亜のロボットはさらに高度を下げていく。大悟はその変化を意識しつつ、発射され空中で静止している遅延弾の弾道を予測し、三次元的な逃げ道を見出していた。その判断が功を奏したのか、数発の弾丸を受けてしまったが致命傷は免れていた。
そして、そのときがくる。
莉亜のロボットは、大悟の必殺武器であるショットガンが届く程度の高度まで落ちてきた。
「突っ込め!!」
それをチャンスととらえた大悟は叫んで命令し、ロボットもそれに従って地上を疾走、時折ジャンプやスラスターによる空中移動を交えながら距離を詰めた。しかし、
「逃げなさい!」
莉亜も危険を察知し、もがくようにスラスターを噴射して地面すれすれの空中移動を行い、大悟のロボットから距離をとる。だがスラスターによる空中移動は途中での制御がきかない。しかも莉亜のスラスターは移動距離が長いロングスラスターで、大悟のスラスターの方が距離は短い。そのため大悟はスラスターの噴出が途切れたタイミングで軌道修正し、何回も連続でスラスターを噴かすことで小刻みに接近していく。移動中の制御ができている分、大悟の方に分があった。そして、
「撃て!!」
大悟は細かく噴出するスラスターで絶好の位置をとり、右手に装備したショットガンを莉亜のロボットに向けて撃ち込んだ。
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