第7話 激戦の大会


 買い物を終えた大悟はいったん退店し、ホビーショップの目の前、ショッピングモールのエスカレーター脇に設置されたベンチを陣取り、持参した工具を使って早速レッグとスラスターを組み立てはじめた。


 ベンチを机代わりにし、お店の袋を下に敷く。するとすぐさま清掃ロボットが大悟に近づき、機体から小さなゴミ箱を出してきた。ホビーショップの前では購入した商品をすぐ組み立ててしまう利用客がいることを学習しての行動だろう。大悟はパーツを組み立てる際に出たゴミを清掃ロボットが出してきたゴミ箱に捨てていく。そしてあらかたのゴミが片付いたことを自己判断した清掃ロボットは、ゴミ箱を引っ込めてどこかに行ってしまった。


 瞬く間にレッグとスラスターを組み立て、大悟のロボット、息子のように愛でているリアル系ロボットアニメに登場するようなロボットに装備させていく。そしてベンチの上だけで試運転を行い、新しいパーツの感触を確認する。


「なかなかいい感じじゃない」


「あ、う、うん」


 その様子を邪魔せず見守っていた莉亜が呟いたことにより、組み立てに没頭していた大悟はようやく莉亜の存在を思い出した。


「でもなんか、思ってた以上にスラスターの距離が短いな」


「ショートスラスターはそれが特徴だからね。実戦で慣れていくしかないよ。……って、もうこんな時間! 大悟行くよ。イベント始まっちゃう」


 莉亜は話している途中でショッピングモール内の時計が視界に入ったのか、急に慌て始めた。そして大悟の手をいきなり掴むと、そのまま大悟を引っ張ってホビーショップ店内に戻っていく。


 大悟はその不意な出来事になすがまま莉亜についていく。その手先に感じる女の子の柔らかい手を意識すると、妙に心臓の鼓動が速くなるのを感じた。ただ女の子の手を握っているだけなのに、ここまで変に意識してしまうことは今までにないことだったので、大悟は何となく奇妙な感覚となった。


 店内に駆け込むと、ちょうど大会イベント前の説明が始まるところで、大悟と莉亜は間に合ったことに安堵する。


 説明によると今日のエントリー人数は八人。トーナメント方式で行われるため、人数的にはちょうどよかった。そしてランダムによって組まれたトーナメント表が発表されたが、大悟と莉亜の位置は正反対の位置であり、二人がこの大会でバトルするにはお互い決勝戦まで駒を進める必要があった。あと特別なルールとしては、時間の都合上一試合二分間の時間制限が設けられており、二分経過したところでHPがより多く残っていた方が勝利となるようだ。


「じゃ大悟、またあとでね」


「ああ。二回ぐらい余裕で勝ってきてやるよ!」


 そうして大悟と莉亜は別れ、第一回戦の準備に入った。


 ホビーショップ店内の特設イベントステージには、一辺が一メートルほどのテーブルが用意されており、その上には世界的有名なブロックで組まれたジオラマが乗せられていた。どうやらこのジオラマが今回のバトルフィールドとなるようだ。


 その都会の街並みをカラフルなブロックで再現されたジオラマは、おそらくブロックマニアの店員によって組まれたのだろう。よく見ると街並みを囲うように青いプラスチック製のレールがしかれており、電車のおもちゃがステージの上を走行していた。イベントのためだけに組まれたジオラマだが、お金を払って購入したくなるほどクオリティの高いものに仕上がっていた。


 そのジオラマステージにはカメラが向けられており、ステージ中央の大型モニターでバトルの様子を映し出すようだ。途中でARのシステムを通しているようであり、観客は端末によるAR機能を起動させなくても本格チューンナップロボットバトルを堪能できる配慮がされていた。


 大悟の第一回戦はすぐ始めるようで、大悟はスタッフに案内され、自身のロボット息子をジオラマの中央付近に立たせる。大悟の対戦相手は小学校低学年の女の子であり、その子も手を伸ばして大悟のロボットと向かい合うようにロボットを置いた。そしてお互いARメガネを自分の携帯端末に同期させる。


 こうして大悟と女の子とのバトルが始まったが、開始数秒で決着がついてしまった。というのも、バトル開始直後に大悟は急接近し、ショットガンとバックグレネードのコンボを連続でお見舞いしたのだった。そのある意味大人気ない戦法を前に女の子は為す術がなく、そのまま大悟のワンサイドゲームとなってしまったのだ。結果ロボットのHPがゼロになった瞬間に女の子は泣き出してしまったが、大悟はなだめつつ「大会だから仕方がない」と自身に言い聞かせ続けていた。


 そして大悟と入れ替わりで行われた莉亜の第一回戦も、大悟のバトル同様数秒で決着がついてしまった。こちらはバトル開始直後に撃ち込まれたアクロバットグレネードの爆風に相手も巻き込み、そのまま相手のロボットを場外まで吹き飛ばしてしまったのだ。呆然とする対戦相手を尻目に、莉亜は自身の少女アンドロイド型のロボットを回収してそのままステージから離れていった。


「大悟、順調そうね」


「そっちこそ」


 早めに第一回戦を終えた大悟と莉亜は合流し、次のバトルまで待機することに。ジオラマではちょうど佳のバトルが執り行われようとしていた。


「まさかアクロバットグレネードで場外まで吹き飛ばすなんて思わなかったよ」


「まあね。本来の使い方ともいえるね。相手がワタシと同じ空中戦仕様の装備で、チューロボの方も同じく軽量化されていたからできた戦法よ。相手が耐久性重視の重量級だったらこうはいかなかったかも」


「あとフィールドが微妙に狭いのもあるかも。僕だって狭かったからこそ最初の位置がお互いに近かったような気がするし」


「そうね。大悟の部屋ほどじゃないけど、でも接近バカには有利なフィールドかも」


「誰が接近バカだ!」


「接近戦しかしないバカのことだから、大悟に当てはまってるじゃない。悔しかったら接近バカじゃないことを証明してみなさいよ。本当のことだからぐうの音も出ないでしょ」


「ぐう……」


 莉亜のからかいに、大悟は言い返すことができなかった。


 そんなやり取りに夢中になっていると、いつの間にか第一回戦最後のバトルが終了していた。次の対戦相手の分析ができる貴重な機会だったが、二人は雑談でその機会を潰してしまった。


 そして間を置かずトーナメント第二回戦が行われる。八人のトーナメントで一回戦が終了したので残りは四人。大悟の準決勝戦が始まった。


「っしゃー! かかってこい!!」


 準決勝の相手は、髪を刈り上げた腕白そうな男の子だった。声も無駄に大きく、大悟はその気合に一瞬怯んでしまったが、意識して気持ちを切り替え、バトルに集中する。


 相手のロボットは、往年のロボットアニメを彷彿とさせる、所謂スーパーロボット系のずんぐりむっくりとしたもので、まさに超合金がチューンナップロボット化したかのようだった。


 ――重そうだな。重量級か?


 大悟はそのがっしりとしたロボットを見てそのような印象を受けた。相手が開始早々「かかってこい!!」と叫んだこともあり、防御力重視のロボットで接近してきた相手を返り討ちにするタイプの戦法をとるのではないかと推測した。ちなみに、このように冷静になって相手を分析するスキルは、莉亜とのバトルを通じて学んでいった。もし莉亜と出会っていなければ、おそらく大悟は何も考えずに突っ込んでいただろう。


 ――これは近づいてもいいのか?


 お互いのロボットがバトル開始位置から一歩も動かず様子を見ている。一試合二分の時間制限があるので悠長なことはしていられないが、それでもお互い動かず時間だけが過ぎていた。


 ――でも、行くしかないな。


 しかし大悟のロボットは近接戦闘仕様のカスタマイズが施されているので、こちらから仕掛けなければ状況が変化することはない。


「……行け!」


 大悟は意を決して命令を出す。その命令を理解した大悟のロボットは、足に力を入れて踏み込み、一気に距離をつめる。


「来たな! 撃ち込め!!」


 すると対戦相手は、待ってましたと言わんばかりに大声で指示した。それに連動して相手の超合金風のロボットが動き出し、右手に装備されたガンを大悟のロボットに向けた。


 ――来る!


 大悟は咄嗟に警戒する。しかし次の瞬間、大悟のロボットは正面から受けた攻撃により後方へ吹き飛ばされた。大悟は警戒できたものの、対応まではできなかった。


 ARのエフェクトによって表現された超合金風ロボットの攻撃は、高圧水流だった。


 ――「ウォーターガン」か……。


 大悟は攻撃されてはじめて相手が装備しているガンを識別できた。中距離低威力のガン、ウォーターガン。それは名前の通り銃身から水を発射するガンで、高圧水流によって相手を吹き飛ばす効果がある。威力は低いものの、接近してくる相手には効果抜群なガンであった。ちなみにこの放水はARのエフェクトであり、実際に水が出ることはない。


 大悟のロボットはウォーターガンによって吹き飛ばされ、ジオラマの道路に倒れこむ。そしてそこに超合金風ロボットからの追い打ちが来る。


 超合金風ロボットがウォーターガンを発射したのち、今度は左手のグレネードを発射させた。その弾は弧を描くように打ち上げられ、頂点で弾が炸裂。すると弾頭に仕込まれた無数の小さな矢が弾の破片とともに地上に降り注ぐ。その金属片の豪雨に抗う術はなく、大悟のロボットはまともにそれを食らってしまい、HPの表示が削られた。


 それは「フレシェットグレネード」だった。地上に対して内蔵された矢と外装の破片で広範囲に攻撃するグレネードで、他のグレネードに比べ威力と汎用性が高いものであった。


「クッ……」


 大悟は思わず呻いた。だが攻撃を受けたことにより、大悟は相手の戦法を見抜くことができた。


 相手の超合金風ロボットは、対近接戦闘仕様の装備だった。近づいてくる相手をウォーターガンの放水で押し戻し、遠ざけてからフレシェットグレネードの金属片を浴びせる。空中移動で接近する相手には直接フレシェットグレネードを当てるか、もしくはウォーターガンで一度地上に落としてからグレネードで攻撃するのだろう。


 そして遠距離仕様の相手には、自分から近づきフレシェットグレネードの射程範囲内に誘導すると思われる。対近接戦闘仕様だが、空中仕様や遠距離仕様のロボットにも対応したカスタマイズだった。


 ――しかもウォーターガンで相手を転倒させたところにフレシェットグレネードを撃ち込んでくるから、避けようとしても行動が遅れてしまう。コイツ……、声がデカい熱血タイプの奴かと思ったけど、意外と考えているぞ。


 大悟は黙考しつつもロボットに立ち上がるよう命令を出し、その後フレシェットグレネードの範囲外まで後退する。


 一方相手のロボットは、フィールド中央の交差点の真ん中に佇み、またしても大悟のロボットが仕掛けてくるのを待ち構えていた。


 ――これじゃあ回り込みができない……。


 相手が近接戦闘の対策をしているので、大きく回り込んで死角から攻撃しようと考えた。しかしブロックによって作られたジオラマのフィールドのため、建物が邪魔で回り込むことができなかった。相手は現在交差点の真ん中にいるので、接近できるとしたら前後左右に伸びる四方向の道路のみ。そして相手は常に大悟のロボットを注視しているので、どうあがいても真正面から接近するしかなかった。


 ――だが、やりようはある!


 大悟はロボットに命令する。大悟のロボットは道路に出て、まっすぐ交差点のロボットを見つめる。そして地面にある、ブロックをはめ込むための凹凸に足の裏を押し当て、陸上選手がスターティングブロックを使う要領で走り出す構えをとる。そして、


「突っ込め!!」


 大悟が叫んだ瞬間、大悟のロボットはスプリンターよろしく手足を振り上げて加速し、一気に道路を駆け抜けていく。あとはもう大会直前に装備したスタビライザーレッグの姿勢制御能力に期待するしかなかった。


 そしてスタビライザーレッグは大悟の期待に応え、超合金風ロボットとの距離をつめる。そのとき、相手が接近してくる大悟のロボットを返り討ちにしようとウォーターガンを構えた。


「今だ! 仕掛けろ!」


 その動作を見切った大悟は叫び、それを命令として認識した大悟のロボットは攻撃動作に入った。右手のガンではなく、左手のグレネードで。


 転瞬、大悟のバックグレネードが発射され、グレネード弾は交差点で待ち構える超合金風ロボットの脇を通り過ぎ、背後で炸裂。真後ろから爆風を浴びせ、その衝撃で大悟のロボットの方に吹き飛ばされた。


 しかし防御力重視の重量のあるロボットだったため、吹き飛ばされる距離が短かった。だがその分大悟のロボットが接近し、そしてついに、大悟の必殺武器であるショットガンの有効射程に入ることができた。


 大悟が考えた対策は至極単純だった。相手が待ち構えているなら、逆に引きずり出せばいい、と。


「撃て!」


 大悟の命令に従い、大悟のロボットは至近距離からショットガンを撃ち込んだ。その衝撃で超合金風ロボットは後方に飛ばされる。しかしバックグレネードのときと同様、ロボット自体の重さによりそこまで距離は離れなかった。


 ただそれは、大悟にとって都合のいいものだった。なにせ距離が離れていないということは、ということだったからだ。


 大悟は半歩相手に近づき、もう一発ショットガンを発射させた。連続二回による攻撃に、ようやくお互いに距離が生まれた。大悟はその距離を埋めるため、またしてもバックグレネードを発射。相手を引き戻したのち、再びショットガンの連続攻撃を浴びせた。


 しかし攻撃と攻撃の合間の隙をつかれ、大悟のロボットは近距離からウォーターガンを食らい、押し出されるようにして飛ばされ道路に転がった。その苦し紛れの放水により反撃のチャンスを掴んだ熱血少年は、怒鳴るように命令を出してフレシェットグレネードを発射させる。大悟はそのグレネード弾の攻撃を受けるも、大悟がこれまで超合金風ロボットに与えたダメージの方が大きく、HPとしては大悟の方が優勢だった。


「ふんッ。もう勝ちが見えたぜ」


 劣勢で焦っている熱血少年を見て、大悟は鼻で笑った。そして転倒したロボットが起き上がると、大悟はまたしてもブロックはめ込み用の凹凸に足をかけるよう命令し、相手に向かって接近する姿勢をとる。


 もうバトルの流れは確定した。大悟はその流れにのり、相手のHPが全損するまで猛攻を仕掛けるのであった。




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