第6話 ショップへ!


 翌朝、莉亜の家の車が大悟の家まで迎えに来て、大悟はそのまま莉亜とともに後部座席に乗った。田舎町を抜けて幹線道路に出て、そのまま道なりに進み目的地であるショッピングモールを目指す。


 技術の発展により超小型で高性能なAIが安価で量産されるようになったおかげで、チューンナップロボットという小型ロボットの玩具が登場した。だが当然、AIはホビー業界に限らず幅広い分野に普及した。


 現在大悟と莉亜が乗車している自動車も標準装備でAIが搭載されている。自動車のAIが広域の交通管理を行うAIに接続されることにより他の自動車との運転調整がされ、違反行為は減少し渋滞も緩和された。当然交通事故の件数も激減した。AIの普及は自動車産業にとって自動運転技術の発展を促進させるきっかけを生み出した。


 そしてAIの普及は、大悟たちの目的地であるショッピングモールにも影響を与えている。駐車場に入れば来店目的に合わせて駐車位置の候補をいくつも提示し、スムーズな買い物をアシストする。そしてショッピングモール内に入れば、自立駆動する警備ロボットや清掃ロボットが行きかい、すれ違う家族の傍らにはAI搭載のベビーカーが自動で並走し、乗せている赤ん坊の状態を随時管理している。そのほかどのような効果があるかは謎だが、店内の床にもAIが埋め込まれているらしい。


 一番近いショッピングモールでも大悟としてはめったに行くことはないため、到着したときはとても都会的な印象を受けたが、しかし莉亜は「いかにも田舎のモールね」とそっけない感想を述べたので、大悟としては地味にショックを受けた。


 そんなこんなでAIにまみれた世界を、AIを駆使して移動し、大悟たちは無事目的地であるホビーショップに到着したのであった。


「意外と並んでるな」


「ギリギリになるのを避けて来てみたけど、みんな考えていることは同じだね」


 店舗主催のイベントに参加するにあたり、本人確認の受け付けをするため店内のカウンターまで来た二人だが、そこには既に列が形成されていた。そこまで大人数ではなく三人程度の列だが、自分たちの番が来るまでしばらくかかりそうだった。


「ねえ、君も大会に出るの?」


 列に並んだ莉亜は唐突に前にいる男の子に話しかけた。大悟が「お、おい」と莉亜を止めようとしたが、莉亜の誰にでも声をかけられるコミュニケーション能力の高さの前では無意味のようだった。


「うん。君たちもかい?」


 莉亜に声をかけられた男の子は振り向きながら返事をした。前髪で片目が隠れてしまうほど髪の長い子だった。しかし不思議と根暗な印象はなく、むしろ聡明さがあるクールな印象を受けた。顔立ちも中性的であり、美少年と呼んでも差し障りはなさそうだった。背丈から、おそらく大悟や莉亜と同い年だと思われる。


「ええそうよ。ワタシは莉亜で、こっちのバカが大悟。今日の大会トーナメントみたいだから、お互いどこかでぶつかるかもね」


 莉亜は目の前の美少年に名乗り、ついでに大悟も紹介したわけだが、大悟はその雑な紹介に「おい誰がバカだ!」と異を唱えるも無視され、莉亜はそのまま話を続けた。


「そうだね。ボクはけいだ。今日はよろしくね」


「よろしく佳。佳もネットでこのイベントを知ったの?」


「いや、実はボクの叔父さんがこの店の店長なんだ。まあ全国展開しているからただのサラリーマンだけどね。叔父さんもチューロボ好きで叔父さんとチューロボの話をしているときに聞いたんだ。それで興味をもって参加することにしたんだ」


 莉亜は出会ったばかりの少年と流暢に会話をする。その都会的な女の子の莉亜と美形少年の佳が並んで会話する姿はとても絵になる光景で、大悟は漠然と気に入らなかった。大悟も莉亜と出会ってすぐ仲がよくなったが、しかしそれを目の前で知らない誰かにも行っていることを認識した途端、面白くないと思うようになった。大悟自身なぜこのような気持ちになるのか皆目見当がつかなかったが、不愉快な気分になったのは確かだった。


 そうこうしている間にも列は進み、佳の受け付けの番となり莉亜との会話は打ち切られた。


「怒ってる?」


 そして莉亜は後ろに並んでいる大悟の方を振り向いたが、大悟の顔を見て突然そう尋ねてきた。


「別に。というより、何に?」


「いや。でもなんか顔がムスッとしてる」


「さあ? もともとこんな顔じゃん」


「そう……だっけ?」


 そこで莉亜が小首をかしげたそのとき、ちょうど前にいた佳が受け付けを終え、カウンターから離れていった。それにより大悟との会話も打ち切られ、莉亜は受け付けをすることに。


 本人確認といっても簡単なものだ。ただ単純にネットでのエントリー情報と照合するだけなので、そこまで時間はかからない。莉亜は受け付けを済ませた後カウンターから離れて大悟の受け付けを待ち、大悟は受け付けを済ませると待ってくれた莉亜と合流する。ちなみに佳はどこかに行ったらしく、もうその場にはいなかった。そのことに大悟はよくわからない安堵感を抱いた。


「大会が始まるまでまだ時間あるから、パーツ見ていかない?」


 莉亜は時刻を確認したのち、チューンナップロボットの売り場を指さして提案してきた。


「お小遣いある?」


「うん。なぜかある」


 昨日母親に、明日莉亜とショッピングモールに行くと話したらなぜかお小遣いをくれたので、今日に限り大悟の懐はあたたかかった。


「じゃあこの際大悟の装備を整えようよ」


「そうだな。せっかくの機会だし、奮発しよう!」


 なんの意図があって母親がお小遣いをくれたのかはわからなかったが、お小遣いをくれたということはお金を使ってこいということだと勝手に解釈し、大悟は躊躇いなく装備を整えることにした。


 総合ホビーショップであるこの店は、様々なジャンルの商品を取り扱っている。大悟と莉亜はそれらの陳列の間を抜け、チューンナップロボットのコーナーに辿り着く。大人だがチューンナップロボットの愛好家でもある佳の叔父が店長をしているせいなのか、この店舗の品揃えは充実しているように見受けられた。


 チューンナップロボットのベースとなる人型のロボットが入った箱が何段も積み重ねられ、細かいパーツ類のパッケージは壁面に吊るされて展示されている。


「そういえば大悟はさ、ガンやグレネードにはこだわりあるけど、レッグやスラスターにはこだわりないよね?」


「まあな。ガンやグレネードって攻撃するためのパーツだから、威力が高いとか命中しやすいとかでわかりやすい良し悪しがあるけど、レッグとかスラスターみたいな移動系のパーツは、正直何を選んだらいいのかサッパリなんだ」


 大悟がこれまでレッグやスラスターの装備にこだわらなかったのは、金銭的な理由もあったが、本質的な理由としてはそれだった。自身のスタイルに合うパーツの組み合わせの見当がつかないのだ。


「だったらワタシが選んであげる。大悟みたいな接近戦タイプだと……このレッグとかどうかな?」


 そうして莉亜はこれまでのバトルでの傾向から、大悟のスタイルに合うレッグを選び出した。そのパーツはちょうど大悟の目の前にあり、莉亜はそれを取ろうとする。すると莉亜の身体は大悟と接触するのではないかというくらいに近づき、女の子特有のいい香りが鼻腔を抜けていく。それにより大悟は瞬間的に動揺した。女の子が不意にここまで急接近したことはあまりなかったので、大悟としてはどう反応していいものなのかわからなかったのだ。ただほのかに自身の身体が熱くなったような気がした。


「どうしたの? 顔赤いよ」


「な、なんでもない!」


 大悟の様子がおかしいことに莉亜は商品を手に取ってから気がついたが、大悟はただぶっきらぼうに返事することしかできなかった。


 大悟は一歩引いて莉亜と適切な距離を保つ。そして莉亜の手に持っているレッグパーツのパッケージを見つめた。


「『スタビライザーレッグ』?」


 大悟はパッケージに書かれた名前を読んだ。


「そう、スタビライザーレッグ。大悟は近接戦を好むけど、近接戦するには当たり前だけど相手に接近する必要がある。そこで効率よく相手に接近するにはどうすれば、と考えたの。最初は単純に移動速度がよくなる『ハイスピードレッグ』にしようかと思ったけど、大悟は頻繁に装備を変えられるほどお小遣いに余裕ないよね。そうなると、平地はいいけどデコボコなフィールドだとハイスピードレッグの効果が生かせなくなる。ならフィールドによって左右されるパーツよりも、どこで戦っても同じように移動できるレッグの方がいいと思ったの。それがスタビライザーレッグ。スタビライザーレッグは姿勢制御を向上させて安定感のある走りができるの。どんなに足場が悪い場所でも平地を走っているかのように移動できるのが特徴かな。それで姿勢制御の向上のおかげで結果的に移動速度も向上するの。さすがにハイスピードレッグにはかなわないけど、でも効率よく接近できて地形に左右されないと考えれば、大悟にはスタビライザーレッグの方がいいんじゃないかなって思ったんだけど、どうかな?」


「お、おう!」


 莉亜の何かのスイッチが入ってしまったのか、まくしたてるように長々とパーツの説明をしてきた。大悟としては正直莉亜の言っていることの半分も理解できていなかったが、「移動が安定する」「状況によって装備を変えなくて済む」「経済的でお得」ということをなんとなくで理解したので、そのまま莉亜の薦めを受け入れることにした。


「じゃあお次はスラスターだね。どれがいいかな……」


 莉亜は手に持っていたスタビライザーレッグのパッケージを大悟に手渡したのち、陳列を眺めながら歩きだす。大悟はパッケージを抱えたまま不安気に莉亜のあとをついていくことしかできなかった。


「あ! これなんかどうかな。『ショートスラスター』。これはね――」


 足を止めた莉亜は徐に陳列から一つのパッケージを手に取った。そしてそれを大悟に見せながら解説をはじめようとする。それに対して大悟は、またとんでもない情報量を一度に聞かされるのではないかと警戒したが、


「――空中移動が短くなるスラスター」


 レッグのときとは違い簡潔な説明に終わり、大悟は肩透かしを食らってしまった。


「え? それだけ?」


「ん? それだけだよ」


「なんかないの? なんかこう、このスラスターを選んだ理由とか」


 なぜ空中移動の距離が短くなるスラスターが選ばれたのか、大悟にはまったくもってわからなかった。


「だって、大悟ならもうわかっているでしょ」


 しかし当の莉亜は「なぜ今更そんなことを聞くの」と言いたげな表情をして大悟を見つめ返した。だが言わなきゃ理解できないだろうということを察した莉亜は、一度ため息をついてから説明を始める。


「大悟、ワタシとのバトルで、スラスターの空中移動で接近したでしょ。そのとき、空中移動が長いワタシよりも、短い大悟の方が優勢だったでしょ。一度空中移動しちゃうと後から制御ができなくなる。相手から離れるだけなら長い方がいいけど、逆に接近するなら短いスラスターで何回も噴射しつつその都度制御修正した方がいい。長いスラスター装備して接近しても、途中で止まらなくてそのまま素通りして攻撃のチャンスを逃したらバカでしょ。そういうことよ。もしかしてあのとき無自覚でやっていたの?」


 莉亜が言っているバトルとは、出会った翌日のリベンジマッチのことだった。確かにあのとき、長い空中移動で逃げる莉亜に対して大悟は小刻みにスラスターを噴かせて接近し、攻撃するのにベストな位置を確保してから撃ち込んだ。途中制御ができないスラスターによる空中移動は、長く移動できることがイコールでいいことでは決してないのである。


 そのときの戦い方を参考に、より効果的な戦術となるよう考えた結果、莉亜は大悟にショートスラスターを薦めたのだった。より小刻みに移動することで、攻撃のチャンスを得るのが目的だ。


「あー。うん。あのときは必死だったから無自覚にやっていたのかもな」


「呆れた。じゃあ今度からはショートスラスターを使って意識してやってみて」


 不甲斐ない大悟に莉亜は若干ムスッとしながら、ショートスラスターのパッケージを大悟に渡した。大悟は恐縮しながら「わかった。ありがとう」と礼を言って受け取る。


 買うものも決まり、大悟は買い忘れがないか確認するため陳列を一瞥する。


「ん?」


 とそのとき、大悟は奇妙なものを見つけた。


「なあ莉亜。確か昨日覚えた禁止パーツのリストに、スタンガンってあったよな。それ普通に売られているけど、禁止パーツなのになんで?」


 大悟の目線の先には、昨日覚えたばかりの禁止パーツ「スタンガン」が商品として陳列されていた。銃身がコンセントプラグのような二又の電極に分かれた特徴的なガンだ。


「なんでって……。禁止パーツのほとんどはスペックダウンして再販されているでしょ。愛好家の間だと、禁止パーツの方を『初期型』って呼んで、修正されたのを『後期型』って呼ばれてるの。今お店で売られているのは全部後期型で禁止指定されてない。というより初期型はもうプレミア価値がついてるから、こんなところでお目にかかれることなんてないよ」


「そ、そうなんだ」


 大悟は現在の禁止パーツのリストを丸暗記しただけで、それらが今とのような扱いになっているのかは勉強不足だった。


「まあ、見た目はただの色違いのパーツにしか見えないけどね。スタンガンの場合は、連続攻撃が凶悪だったから、短時間での連続攻撃は五回までに制限されたの。今でも接近戦タイプのカスタマイズじゃあ主力パーツとして人気があるよ」


 そして莉亜も後期型スタンガンのパッケージを眺めながら、そんなことを呟いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る