後編

第5話 最後の思い出に


 燦々と輝く太陽のもとでは夏雲が漂い、地上はセミの大合唱が響き渡る午前中。大悟と莉亜はリビングの窓を全開にして窓縁に座り込み、冷たい棒アイスを咥えて夏の雰囲気を体感していた。大悟たちの背後には二体の小型ロボットが佇んでおり、一時的な休戦状態であった。


「ねえ大悟。明日暇でしょ」


 莉亜は徐に尋ねたが、その尋ね方が暇であること前提であったことに大悟は少し不愉快になった。確かに暇だが、大悟としてはもっとまともな聞き方をしてほしかったと思わずにはいられない。


「なんかあるの?」


 大悟はぶっきらぼうに聞き返し、視線を空から隣の莉亜に向ける。大悟との間に木製のお盆を挟んで座っている莉亜はすでに棒アイスを食べ終え、残った棒を左手でもてあそびながら右手で冷えた麦茶を飲んでいた。そのコップについた水滴がしたたり落ち、昨日とは違うデザインのワンピースに透明な染みを小さく作る。


「昨日の夜ね、ネットで調べてたら、ショッピングモールにあるホビーショップでチューロボの大会イベント情報があったの。小規模なイベントで、十人くらい参加できるんじゃないかな。開催は明日で、まだエントリー締め切られてなかった。たぶんまだ間に合うと思う。ほらワタシ明後日には東京帰るから、最後の思い出としてちょうどいいかなって思ったの」


「ああ。もう帰るのか」


 莉亜と出会って三日が経過した。莉亜はお盆で大悟の地元を訪れていたので、そう遠くないうちに帰ることは大悟も理解していた。


 そのお盆中、莉亜は毎日大悟に家に通い、大悟の友人を交えてチューバトに興じていた。ちなみに大悟は、これまで莉亜を追い詰めたことはあるものの白星をあげたことは一度もなかった。


 莉亜が帰る前に一度くらいは勝ちたい。大悟は莉亜とのバトルと通してそう強く思うようになった。そしてその最後のチャンスが大会であることに、大悟は内心興奮した。


「いいけど、どこでやるの? それ」


 大悟はそう尋ねると、莉亜は左手の棒をお盆に乗っている小皿に捨て、右手の麦茶も置いた。そして手元に置いてあった携帯端末を操作し始める。その直後、大悟の携帯端末にメッセージが着信し、それを確認してみると一行のURLが貼られていた。それにアクセスしてみると、全国展開しているホビーショップのホームページが表示され、イベント情報がいくつも掲載されていた。


 その一番上、近日開催予定のイベントは確かにここから一番近い店舗であり、その内容はその店舗が主催するチューンナップロボットの大会イベントであった。夏休み企画であるのか、参加資格は小学生であることのみだった。


「これ一番近い店だけど、でもここからだと結構遠いぞ」


 確かに一番近いが、大悟の家の周りは田園が広がる田舎町であり、ショッピングモールのような人が集まる場所まではかなりの距離があった。


「それは大丈夫。当日はパパが車出してくれるって」


 車を出してくれるのならばとくに問題はない。大悟は他に気になることもなかったので、そのまま大会に参加することを伝えた。すると莉亜はまたしてもメッセージツールでURLを送信し、イベント参加のエントリーフォームを大悟の端末に表示させた。そして大悟と莉亜はほぼ同時にネットでイベントにエントリーしたのであった。


「そういえば大会で思い出したんだけど、今度、……確か秋ごろに、『マグナムガン』が禁止パーツ指定されるみたいだよ」


「はあ!? それホントかよ!?」


 莉亜の情報に大悟は驚きを隠せなかった。


 禁止パーツとは、チューンナップロボットの公式戦において装備を禁止されたパーツのことである。


 パーツを販売してみたものの、とくにチューンナップロボットの黎明期には、メーカー側がパーツの使用例をシミュレーションしきれず、想定外の使い方をされた結果ゲームバランスを著しく乱してしまったケースがいくつもある。そういったパーツは後々禁止パーツ指定され使用制限が設けられた。こういった事例はトレーディングカードゲームにもみられる現象で、チューンナップロボットに限らず対戦型ホビー商品の宿命ともいえるものだった。


「いつか買おうと思っていたのに……」


 大悟は露骨に落胆する。今回禁止パーツ指定されるマグナムガンは近距離高威力の右手ガンで、大悟のスタイルに合致したものだった。大悟としては落ち込まずにはいられなかった。


「別に禁止パーツになったからって、まったく使えなくなるわけじゃないけどね。……ただ、使ったら嫌われるけど」


 禁止パーツは、あくまでチューンナップロボットを販売する会社が主催する公式の大会やイベントに適応されるルールであり、ローカルなイベントやそれこそ個人の対戦であれば従う必要のないルールなのだ。ただチューンナップロボットの愛好家マニアの間では、公式戦に関係なくすべてのバトルで公式ルールを適応させるのが暗黙の了解となっていた。それを破れば、最悪バトルログがネットに晒され炎上するほどのものだった。


「まあでも。マグナムガンも発売から相当騒がれてはいたよね」


 莉亜の言う通り、マグナムガンは販売後愛好家の間で物議を醸していた。マグナムガンも黎明期に販売されたパーツで、これまで販売された右手ガンの中で歴代最高の威力を誇るパーツだったが、そのあまりにも常軌を逸した威力設定に「強すぎるのでは?」と首をかしげる愛好家が多くいた。しかしマグナムガンを装備したからといって必ず勝てるわけでもなかったので、長らくマグナムガンの処遇は議論の種となっていた。だがこの度正式に禁止パーツ指定されたことにより、これまでの賛否両論が一応の解決を迎えることとなった。


「また初めのころに出たパーツが禁止パーツになったけど、これもう禁止パーツのほどんどが最初のパーツってことじゃね?」


「いや流石にそれはない」


「そうか? ほとんど最初に出たやつじゃん」


 莉亜の反応に不満を覚えた大悟は、ネットから禁止パーツのリストを開いた。ナパームグレネード、グラビティレッグ、スタンガン、スカイスラスターなどなど、リストを一瞥したかぎり黎明期に販売されたパーツばかりが目につく。それらは今度禁止となるマグナムガン同様、いやマグナムガン以上に設定を誤った問題児だった。


「今は全部で十三の禁止パーツがあって、今度のマグナムガンの禁止で十四個になる。そのうち八個が初期に販売されたパーツになるね」


「ほぼ半分じゃん」


「でも半分は違う。ほとんどではないね」


 莉亜の切り返しに大悟は何も答えられなかった。


「ってか、なんでそんなに詳しいの? 今だってネットでリストを確認したわけじゃないのに」


 これまで大悟は禁止パーツリストを眺めながら話をしていたが、対する莉亜は家の外の夏景色を眺めながら話していた。リストなど確認しなくともすべて頭の中に入っているとでもいうかのように。


 その大悟の指摘に、莉亜は露骨に呆れた表情をしながら大悟を見つめた。


「あのね……。ワタシは何度も公式イベントに参加しているし、全国でバトルしたことあるの。そんな人が公式ルールを把握していないわけないでしょ。何が禁止になってて何が禁止じゃないかなんてことは全部わかるの。言っておくけど、ワタシすべての禁止パーツ言えるからね」


「はー。やっぱ強い奴は違うなー」


 大悟は素直に感心してしまった。


「他人事のように言っているけど、大悟も明日のイベントに参加する以上公式ルールを全部覚えなきゃならないのよ。わかってる?」


「わかってるもなにも、今までチューバトに夢中だったんだぜ。公式ルールくらい僕にだってわかるよ」


「じゃあ禁止パーツのすべて、リスト見ないで言えるの?」


「それは……言えない」


「でしょうね」


「なんだよ! こんなの覚えられるわけないだろ!」


「それは大悟の頭が残念なだけじゃない」


 大悟は莉亜の言い様に憤慨するも、続く莉亜の的確な言葉に大悟はぐうの音も出なかった。確かに大悟は、頭はよくない。それは普段の学業から自覚していたことだった。


 しかし大悟もこのまま言われ放題なのも癪だったので、立ち上がって莉亜を指さし、


「だ、だったら全部覚えてやるよ!」


 売り言葉に買い言葉で莉亜を見返そうと啖呵を切ってしまった。


「わかったわ。じゃああとでちゃんと覚えたかテストするからね!」


「おう! 望むところだ」


 そしてそれに莉亜も同調してしまったため、大悟は今日の残りをチューンナップロボットの座学に費やす羽目になったのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る