第8話 負けられない戦い(前編)
準決勝戦にて勝利を収めた大悟だったが、
――……トイレ行きたくなった。
自分のロボットを回収しているときに尿意を催してきた。それにより大悟は、自身がショッピングモールに入店してから一度もトイレに行っていないことに気がつく。入店してから佳との出会いやパーツ購入組み立て、そしてギリギリ間に合った大会など、様々な出来事が立て続けに起こっており、自分の身体のことなどさほど気にはならなかった。しかしここにきてようやく身体が悲鳴を上げはじめてきた。
大悟の準決勝戦が終わったことにより、今度は莉亜の準決勝戦が執り行われる。相手は佳だ。そのバトルを間近で観戦したいという気持ちもあるが、しかし観戦してしまえばすぐさま決勝戦が行われ、尿意を我慢しながら莉亜と戦う羽目になってしまう。これまで莉亜に一度も勝てたことがないのに、そんな集中力が欠けた状態ではより勝てる可能性が減ってしまうだろう。
ジオラマステージに近づきバトルの準備をする莉亜と佳を遠くから眺めつつ、大悟は逡巡した。そして結局観戦を諦め、トイレに行くことにした。どうせ莉亜が勝つだろうし、なにより漏らしてしまったら元も子もない。大悟は一応イベントスタッフである女性に断りを入れ、親子連れや愛好家による観客の間を抜けて近場のトイレへ向かった。
トイレで用を足すさなか、大悟は決勝戦での莉亜との戦い方を考える。
――基本は今まで通りでいいはず。でもあのジオラマだと遮蔽物が多すぎてディレイガンの包囲はしにくいんじゃないかな? だったら遠距離ガンで建物の隙間から直接狙った方が効果あるかも。そうしたらどんなガンを使ってくるんだ? そうか、直前で装備を変えられることもあり得るから、もっといろんなパターンを考えなきゃ……。
用を足し、手を洗ってホビーショップの店内に戻る最中も視野を広げて考えたが、大悟の頭では明確な対策を見出すことができず、結局「やってみないとわからない」という結論に至るのであった。
そうしてホビーショップの特設イベントスペースに戻ってみると、観客がざわめいているのに気がつく。しかしそれは白熱の準決勝戦で観客のボルテージが上がったというざわめきではなく、どちらかといえば困惑や動揺といった不穏な雰囲気の騒ぎだった。
「あれって……ありなの?」
「あんな勝ち方ねーだろ」
「そもそも大会としてあれを容認していいのか?」
大悟はその観客のざわめきに集中してみると、いくつかの言葉を聞き取れた。そのどれもがやはり穏便なものではなかった。
「あ、いた! 君、もう準決勝終わったから決勝戦始めるよ。ステージにきて」
そのとき、駆け寄ってきた若い女性が大悟に話しかけ、ステージに行くよう促してきた。大悟がトイレに行く際に声をかけた女性スタッフだ。大悟は促されるままにステージに上がり、ジオラマフィールドの前に立つ。
「やあ。君とも戦えて光栄だよ」
するとジオラマフィールドの対面から声をかけられたが、それは莉亜のものではなかった。
佳だった。
そこではじめて、大悟は決勝戦の相手が莉亜ではないことに気がついた。
モニターに表示されたトーナメント表にも、大悟が決勝戦まで線が伸びているのに対して、莉亜の線は準決勝で止まっていた。そして代わりに決勝まで線を伸ばしていたのは佳だった。
「お前が……莉亜を倒したのか?」
「そうだよ。でなきゃボクが今ここにいるわけないじゃないか。大悟くんの相手はボクだ」
前髪で片目が隠れた美少年。その眼差しは冷静で大人びているが、しかし強い戦意を確かに感じさせるものだった。
ふと、大悟は莉亜の姿をステージの上から探した。すると莉亜の姿はすぐ見つかり、莉亜はステージ脇にてイベントスタッフたちに囲まれていた。その様子を遠くから観察してみると、どうやら興奮した莉亜が感情的になって抗議しているように見受けられ、周囲の大人たちがそれを懸命になだめているかのようだった。
――莉亜があんなに怒鳴るなんて珍しい。
大悟はその光景を見てそう思ったが、そもそも大悟は莉亜が感情的になっているところを見たことはなかった。
佳との準決勝で何かがあった。大悟は直感でそう思った。
「お前、莉亜になにした!?」
大悟は目の前の佳を睨めつけながら詰問する。あんな莉亜の様子を見てしまったら、大悟も冷静ではいられなくなった。
「なにって、バトルしてボクが勝っただけだよ」
「そんなのはわかってる。聞いてるのはどうやってあの莉亜に勝ったかだ!」
莉亜は小学生の部がある公式大会で全国まで駒を進めた猛者だ。それ以外だって、公式大会で大人の愛好家相手に引けを取らない戦いをしているのを、ネットで公開されているバトルログで見たことがある。大悟も一度も勝てたことがない。そんな、チューンナップロボットの天才児と言っても過言ではない莉亜が、そう簡単に負けるわけがなかった。
佳は準決勝の場にて、何かしたのは確実だ。そしてその何かに対して莉亜は激昂し、スタッフに抗議しているのだ。
「どうやって勝ったかなんて、これからバトルする相手に教えられるわけないじゃないか。まあ一つ言えることは、ルール違反はしていないよ。あくまで、この大会のルールではね」
「ああそうかよ。反則していないならそれでいい。正々堂々と戦えるからな」
そもそも反則行為をしていたのなら、その場でバトルは中止になるはずだ。しかし中止はさせず佳の勝利となったのなら、莉亜はちゃんと戦って負けたのだろう。納得はしないが、その部分はちゃんと理解した。
「さあ、時間が押しているようだし、さっさと決勝戦を始めよう」
佳はそう言って自身のロボットをジオラマフィールドの中央部分に置いた。そのロボットはまるで忍者がサイボーグ化したかのような見た目であり、地上移動を得意としていることが窺えた。
大悟も自身のリアル系ロボットアニメの主人公機風のロボットを置き、佳のロボットと向かい合う。そしてARメガネをつけ自分の携帯端末と同期、レンズにARによるエフェクトと情報が表示された。
両者準備が整ったところで、大悟と佳による決勝戦が始まった。
「速攻だ!」
大悟は開始直後、お互いの距離が近いことをいいことに接近し、ショットガンを撃ち込もうとする。しかし佳はロボットを後退させ、大悟のショットガンの範囲から逃れる。そのまま大悟のロボットに背を向けて走り出し、ブロックでできたビルの陰に隠れてやり過ごした。大悟もそのあとを追おうとするが、やはり佳のロボットの移動速度が速く、大悟のロボットの足では追いつけなかった。
「君のそのレッグ、スタビライザーレッグだね。ボクのはハイスピードレッグだよ。ロボットのもともとのスペックですでに足は速いけど、そこにハイスピードレッグを装備することでさらに速度を上げた。トップスピードではボクに分がある」
「親切だな。わざわざ装備の説明してくれるなんて、お前アニメに出てくる悪役みたいだぞ」
「説明じゃない。警告しているんだ。地上戦でボクに追いつこうなんて無駄なことだから、早々に諦めた方がいいと言っているんだ」
そう言っている間に大悟のロボットは交差点を曲がり、佳のロボットが隠れていた通りに出る。それに対して佳は、またしても背を向けて走り出し、次の交差点でまた曲がる。そうして二体のロボットは、碁盤の目のように組み立てられたブロックの建物の間を縫うようにして鬼ごっこを始めた。
「ただボクも懸念がある。確かにハイスピードレッグは速いけど、でもそれは平坦な場所に限る。このジオラマのフィールドにおいて、ブロックの凹凸に躓いて転倒しかねないから、最高速で走り抜けることが怖いんだ。そういった意味では、このフィールドではスタビライザーレッグを装備させた大悟くんにも分があるかもね」
「なんだよ。鬼ごっこを諦めさせたかったんじゃねえのかよ」
「どうせ勝つのはボクだ。少しぐらいハンデを与えたっていいじゃないか。大悟くんはボクが転倒するのを待っていればチャンスを得られる」
そう語る佳の眼光は鋭く、好戦的な表情をしていた。聡明さがありクールな印象だっただけに、大悟としては意外な一面を目にしたような気分になった。
ただそれもわからなくはない一面だった。佳の戦い方はとても戦略的であり、豊富な知識を活用したものだった。その様は、まさに佳のイメージに合致するものでもあった。
――このままじゃあ埒が明かないな……。
大悟は佳のロボットを追いかけていたが、一向に追いつかないため一度止まり、出方を模索することにした。その場所は半径五十センチメートルのフィールドラインの近くであり、そこには中心部分の市街地を囲むように青いプラスチック製のレールが敷設されていた。大悟のロボットはちょうどレールと道路が交差する踏切の上に佇む。
「諦めたか。じゃあ今度はボクから仕掛けるよ」
大悟の様子を察した佳は、逃げ込んだ市街地から最短距離で大悟のロボットに接近していく。地上速度の速さを重視した佳のロボットは、瞬く間に大悟のロボットとの距離を詰める。
――あの速度じゃ逃げきれない……。迎え撃つしかない!
先程の逃走劇のことを考えれば、立場が逆転してしまえばどう逃げたとしても追いつかれてしまう。そのことを悟った大悟はショットガンを構え、佳のロボットが近づいてくるのを待つ。
佳のロボットはまっすぐ道路を駆け抜け、そして大悟のロボットが待ち受ける踏切まで接近。佳のロボットが装備しているガンが突き出される。大悟はそのタイミングでショットガンを撃ち込もうとするが、しかし佳の方が速かった。
突き出されたガンが放電し、耳をつんざくエフェクト音とともに大悟のロボットに電撃が走る。
――スタンガン!?
佳がサイボーグ忍者風ロボットに装備させていた右手ガンは、近距離低威力のガン「スタンガン」だった。威力は低いものの連射性に優れ、また電撃には相手を一秒ほど硬直させる麻痺効果もある。
――でもその特性のせいで、禁止パーツとなったガンだ。
そして大悟が昨日覚えた禁止パーツのリストに、スタンガンの名前があった。今日も店頭で陳列されている後期型スタンガンを目にした。そのとき莉亜は「連続攻撃が凶悪だったから、短時間での連続攻撃は五回までに制限されたの」と解説した。
佳のスタンガンは二回、三回とスパークする。
――なら五回撃ち終わったら後退するはずだ。近くにいても何もできないからな。そのあと一秒の硬直から直る間にどれくらい距離をとられるかだな。バックグレネードが届くなら、グレネードを撃ち込んでからショットガンで攻撃できるけど……。
スタンガンの攻撃を受けるとその場で硬直してしまう。そしてその隙を利用して次のスタンガンが放たれる。それによって特殊効果が上書きされ、硬直時間が延長する。大悟はそのスタンガン特有の麻痺効果に歯噛みしつつ、しかし頭では五回の攻撃が終わった後のことを考えていた。
四回目の放電が炸裂する。次いで五回目。そして――
六回目の電撃が放たれた。
「は?」
大悟は思わず呆けた声を出してしまった。その間にも、佳のロボットが装備したスタンガンは七回、八回、九回と電撃を大悟のロボットに浴びせ続けた。それに伴い、大悟のHPはじりじりと削られていく。
大悟は数瞬思考停止した。だがすぐさま意識を働かせる。そしてたった一つの単純明快な答えに行きつく。
――佳は、初期型スタンガンをつけてる!!
佳が自身のロボットに装備させていたのは、攻撃回数に制限が設けられた後期型スタンガンではなく、制限がない初期型スタンガンだった。
そして実際にスタンガンの攻撃を受けたからこそ、その脅威が手に取るようにわかってしまう。
スタンガンの電撃は一秒間の硬直効果がある。そしてその硬直中に次のスタンガンを撃ち込めば、硬直時間は延長される。それが制限なく撃ち込まれたらどうなるか。当然、HPがゼロになるまで攻撃されるのである。
チューンナップロボットの黎明期に発売されたスタンガンは、一度ダメージを与えれば永久に攻撃し続けることができるとんでもない性能のパーツだった。
――これは……。禁止にされて当然だな。
大悟はその効果と、そして現在の惨状を見て戦慄した。観客を見やれば、皆その光景に引いてしまっていた。
「おい、そのスタンガン禁止パーツだろ?」
大悟はARメガネに表示された自分のロボットのHPを確認しながら、佳に問いただす。HPは蓄積されたダメージにより大きく減っていた。そしてその表示は現在進行形で減り続けていた。
「そうだよ。公式戦ではね。でも今日のこの大会は、この店が主催するローカルなイベントだ。禁止パーツを使ったからといって咎められるわけではない」
「でも、公式戦じゃなくても……」
「ああ。暗黙の了解ってやつだね。確かに暗黙の了解ではすべてのバトルに公式ルールを適応させることになっているね。でも、そんな綺麗事を守って負けたらバカみたいじゃないか」
佳は嗜虐的な笑みを浮かべて答えた。しかしそこには勝負師としての矜持も確かにあった。
大悟は、莉亜が負けた理由と、そしてバトル後に感情的になってスタッフに抗議したわけを悟った。この勝つために空気を乱す佳のやり方に屈し、そして怒りを覚えたのだった。
――莉亜を負かすのは僕だ。僕はそのために莉亜から学んで強くなったんだ。だから、僕と莉亜とのバトルを、そんな卑怯な手で汚すんじゃねえ!!
大悟は佳に対して明確な怒りを覚えた。
禁止パーツを装備した相手だろうとも関係ない。大悟はただ、このバトルで佳を叩きのめすことだけを考える。
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