第10話 お盆の終わり


 ホビーショップでの大会イベントの翌日。大悟の家の前に一台の自動車が停まっていた。莉亜の家の車である。


「大悟、楽しいお盆だったよ」


 後部座席から降りてきた莉亜は、家から出てきた大悟にそう告げた。莉亜は今日、東京に帰る。その途中、莉亜は大悟の家に寄ったのだ。


「僕もだよ。最後はいろいろあったけど、でもスゲェ楽しかった。莉亜と出会えて本当によかった」


 大悟も莉亜に告げる。大悟の短い人生において最も濃厚で、そして最も充実した夏になった。


 大悟が言った通り、最後の思い出となった昨日はいろいろなことが起きた。


 佳との出会いで莉亜と佳との関係に複雑な感情を抱き、店内でパーツ選びする際は瞬間的に異性として莉亜を意識してしまった。そしてその後の佳による騒動だ。


 大悟は決勝戦にて佳を下し優勝した。一方佳の大会結果は無効処分となった。


 というのも決勝戦で決着がついた直後、あまりの騒ぎにホビーショップの店長こと佳の叔父さんが様子を見に来て、そこで佳の禁止パーツ使用にまつわる騒動の概要を知ってしまったのだった。


 事情を知った佳の叔父さんはそのまま佳を店のバックヤードに連行。売り場とは壁で隔たれているが、それでも売り場まで叔父さんの怒声が聞こえてくるほどの大目玉を食らうこととなった。佳の行いは、一介のチューンナップロボット愛好家である叔父さんの逆鱗に触れるものだったようだ。


 その後佳は叔父さんに連れられ、イベントでバトルした対戦相手全員に謝罪した。佳は叔父さんに叱責されたことで号泣し、謝罪の言葉もなにを言っているのかまるでわからないほど崩壊していたが、それでも佳自身自分が何をしでかしたのかを理解し、それによって他者に迷惑をかけたことを認め反省していることは十分に伝わった。


 佳の叔父さんも、佳の後頭部を掴んで強引に頭を下げさせたのち、自分も深々と頭を下げて謝罪した。それは大悟や莉亜のような子供にする謝罪にしてはいささか大げさのように思えるが、しかしそれは大人と子供という関係よりは同じチューンナップロボットを愛する仲間としての誠実さをもった謝罪であり、大悟も莉亜も謝罪を受け入れる以外の選択肢を許されなかった。もちろん大悟も莉亜も、それ以上二人を咎める気持ちはそもそもなかったのだが。


 結局佳は大会結果の無効に加え、一年間あらゆるイベントへの参加を禁止、そして叔父さんが店長を務めるホビーショップへの出入り禁止まで言い渡された。それはあまりにも厳しすぎる処分に思われたが、しかし佳の叔父さんは親戚の人間としてあえて厳しい処分を佳にかした。


 ちなみに、すぐさまお店のホームページに騒動の謝罪が掲載され、再発防止として今後のイベントの要綱には「公式ルールに準ずる」という文言が加えられた。その効果もあってか、ネット上で小さなお祭り騒ぎとなったものの炎上するまでには至らなかった。


 佳の謝罪が済んだところでイベントは再開され、莉亜の順位決定戦が執り行われた。莉亜はやはり、遮蔽物が多すぎることを理由にディレイガンを装備しなかった。装備したのは遠距離高威力ガンの「スナイパーガン」で、対戦車ライフルのような見た目のガンで空中から狙撃し、一発ずつ確実に超合金風ロボットの装甲を貫いていた。結果ウォーターガンを装備した超合金風ロボットの攻撃を一度も受けることなく圧勝し、準優勝の結果に落ち着いた。


「はじめて莉亜に勝ったよ」


 大悟は昨日の大会イベントのことを思い出しながら話すが、


「はあ? 大悟アンタ何言っているの?」


 しかし莉亜は露骨に訝しい目つきをして大悟を睨みつけた。


「大悟はワタシに一度も勝ってないでしょ」


「いやでも、僕が優勝で莉亜が準優勝じゃん。ってことは莉亜より僕の方が優れているってことじゃんか」


 確かに大悟は莉亜に直接勝ったことはないが、しかし大会イベントの成績としては大悟の方が上であった。間接的に勝ったといえなくもない。


「そ、そんなのは詭弁よ!!」


 莉亜は大悟の言い様に不快感を覚え、声を荒げて言い返した。しかし、


「キベン? キベンってなんだ?」


 大悟の頭では莉亜の言葉を理解することができず、莉亜の怒りは大悟に伝わらなかった。


 莉亜は大げさにため息をつき、


「大悟、アンタ本当にバカね。あとで辞書を使って調べなさいよ」


 莉亜は盛大に呆れ、そのまま踵を返して車へと向かった。


「なあ、待てよ莉亜」


「もう時間ないから行くわ。連絡先交換しているんだから、続きはそっちで」


 大悟は思わず引き留めようとしてしまったが、莉亜は振り向くことなく車に乗り込んでしまった。


 莉亜が乗り込んですぐ、後部座席の窓が下がり、何かが飛んできた。大悟の胸元を目掛けて飛んできたそれは、莉亜がこの夏かぶっていた麦わら帽子だった。莉亜はフリスビーの要領で麦わら帽子を飛ばしたのだ。


「それ、あげる」


「え? いやいらないよ」


「いいから。こっちは日差しが強いと思って持ってきたけど、もう帰るからそれ使わない。ワタシだと思って大事にとっといて」


 車の窓から顔をのぞかせた莉亜は、夏空のような屈託のない笑みを浮かべていた。


「じゃあ、もう行くね。家に着いたら連絡するよ。そのときに詭弁の意味の答え合わせするから覚悟しておきなさい」


 莉亜はそういい残して窓を閉めてしまった。大悟は受け取った麦わら帽子と莉亜を交互に見つめながらリアクションを模索したが、そうこうしているうちに車の窓は完全に閉じてしまった。


 莉亜が車内から大きく手を振っているのを眺めながら、大悟は発進する自動車を見送る。生垣により車体が遮られた後は大悟も車道に出て、離れていく車を見つめ続けた。車のリアウインドウの向こうには、後ろ向きに手を振り続ける莉亜の姿があった。


 そうしていると自動車は道を曲がり、今度は完全に見えなくなってしまった。それにより莉亜が行ってしまったという事実を無情にも突き付けられたような感覚となる。しかし実感はあるものの現実の出来事として脳の処理が追いついていなかった。ただ手に持っている莉亜の麦わら帽子だけが、その出来事の確かな証拠として主張しているかのようだった。


 大悟は空を見上げる。すると夏色に彩られた蒼穹が視界に入る。太陽がまぶしい。大音量の虫の声が聞こえ、田舎の草木のにおいが鼻をつく。


 そしてそこに加わるかのように、虚無感が大悟の身体の内側から湧き出てきた。


 その寂寞の意味を大悟は知らない。


 ひと夏一緒に過ごした女の子に抱いた初めての感情の名前すら知らない。


 ただ大悟は、これからの人生でそれらのことを学んでいくしかなかったのだった。



〈了〉




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サマー・チューンナップ 杉浦 遊季 @yuki_sugiura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ