サマー・チューンナップ

杉浦 遊季

サマー・チューンナップ

前編

第1話 真夏の出会い


「よっしゃー!!」


 真夏の太陽光を浴びた少年が、快活に喜びを表した。田園の緑と快晴の青に挟まれた田舎町、その片隅にある一軒家は、周囲の古びた家屋とは違い真新しい雰囲気があった。その家のきれいな駐車場は現在、三人の男子小学生の遊び場と化していた。


「また大悟だいごの勝ちかよ」


 遊びに負けた少年が、この家の子供である大悟に悔しさをぶつけた。しかし当の大悟は意に介さず満面の笑みを浮かべ続けていた。


 駐車場で輪になっている三人の男子小学生の中心には、全長十五センチメートルの人型のおもちゃが佇んでいる。


 現在巷で大流行している玩具、「チューンナップロボット」。略して〝チューロボ〟。


 技術の発展により超小型で高性能な人工知能AIが安価で量産されるようになり、あらゆる分野の製品にAIが組み込まれるようになった。そしてそれはホビー業界も同様だった。


 従来のプラモデルに超小型AIを搭載し、またパーツの強度と関節部の柔軟性を向上させた結果、全長十五センチメートルの手のひらサイズロボットが誕生した。この完全駆動のロボットには音声認識機能が備わっており、使用者のアバウトな命令でもAIが独自処理を施し行動に移すことが可能であった。


 この手のひらサイズロボットは「チューンナップロボット」という商品名で全国のホビーショップで販売されている。その名の通り、このロボットは完成品に別途販売されているカスタムパーツを装着することが可能だ。


 日曜日の朝に放送されているチューンナップロボットのアニメは大ヒットし、またその影響により実物のチューンナップロボットも飛ぶように売れ、今では各地でイベントや大会が開かれるほどに成長している。


 そんなブームの影響をもろに受けた三人の男子小学生が自宅の駐車場で楽しんでいたのが、チューンナップロボットによるバトル、〝チューバト〟だった。


「大悟のチューロボ新しい奴だろ。ずりーよ」


「へへへ、いいだろコレ。夏休みに入ってから新しく買ってもらったんだ」


 大悟はここのところチューバトで負けなしだった。以前も十分強かったのだが、この夏さらに強くなった要因は、友人が指摘する通り新型のチューンナップロボットを購入したからだった。


 このチューンナップロボットは完成品が流通しているわけではなく、プラモデルのように自力で組み立てる製作キットが商品として販売されている。大悟は新型チューンナップロボットを夏休みの自由工作として組み立てたいと父親にねだり、紆余曲折の末に購入に至ったのだ。


 大悟は早速組み立てはじめ、親の助けを借りることなく完成させた。その苦労して完成させた経験は大悟に筆舌に尽くしがたい達成感を与え、その日以来大悟は自分が完成させたチューンナップロボットを我が子のように愛でるようになったのだ。そんな愛情があるからこそ、大悟はチューバトの戦略研究に没頭し、結果実力が上がったのだった。


 駐車場に立ち尽くす勝者のロボット。リアル系ロボットアニメに登場する主人公機のような格好よさのあるそのロボットを、大悟はまるで息子を抱きかかえるかのように笑みを浮かべながら持ち上げた。


 そうして立ち上がり目線を上げると、大悟の家の前で一人の女の子がこちらを覗き込んでいることに気がついた。白いワンピースに麦わら帽子と、絵にかいたような真夏の少女だった。


「なあ、あれ誰だ?」


 大悟は訝しみながら二人の友人に問いかけた。背丈からして同年代だと思われる。


「さあ? 俺は知らねぇ」


「ボクも見たことないなー」


 しかしながら二人とも駐車場を覗き込む少女の正体を知らなかった。


 とそのとき、少女の方も気がつかれたことに気がついたようで、門の陰から飛び出して堂々と大悟たちを見つめ、


「ねえアンタたち、今チューバトしてたでしょ」


 唐突にそう尋ねてきた。


「あ? ああ。そうだけど。それよりお前誰だよ。僕らが知らないってことは、この辺の子供じゃないよな」


 大悟は素直に質問に答え、そして素直に誰何した。


「ワタシ? ワタシは、ワタシの親戚がこの町に住んでいて、今はお盆でこっちに来てるの。普段は東京に住んでるわ。名前は莉亜りあよ」


 莉亜と名乗った少女はやや上からではあったが、上品に自己紹介をした。その所作は大悟にとって都会的であり、どことなく自分とは違う世界の住人のように感じられた。


「で、お前人の家の前で何してたんだよ」


「お前じゃなくて、莉亜だよ」


「チッ、うっせーな。どうでもいいだろ」


「女の子を名前で呼べないんだ。男の子のクセに。ダサい」


 強気に出ていた大悟だが、莉亜に「ダサい」と煽られて怒りをあらわにしようとした。だがダサいと言われたままにするのも癪だったので、仕方なく、


「わ、わかったよ。莉亜、でいいんだな」


 とふて腐れつつも素直に従った。


「なに? 粋がっていたくせにえらく従順ね」


「めんどくせーから従っただけだ。それより何してたんだよ」


「何って、暇つぶしに散歩してて、この家、周りの古い家と違ってきれいな家だなーって思って覗いてみたの」


「まあな。僕は数年前にこっちに引っ越してきたんだよ。そのときに家新しく建てたんだとよ」


 大悟の答えに莉亜は「へー」と呟きながら駐車場に入り、家を見上げながら大悟の前まで歩み寄った。そしてその視線を不意に上から下、大悟が抱えているチューンナップロボットに移した。


「君もチューロボ持っているんだ。それ新型だよね」


「大悟だ」


 大悟は意趣返しとばかりに名乗って莉亜に名前で呼ばせようとしたが、「うん、大悟ね」ととくにひと悶着なく受け入れられ、大悟は拍子抜けしてしまった。


 しかし莉亜は大悟の心情を察することはなかった。そしてそのまま、


「チューロボ持っているなら、ワタシとチューバト、しない?」


 と、手を突き出して宣戦布告をしてきた。その手にはアルミの小さなアタッシュケースが握られている。


「お前、それ……」


 そのアタッシュケースにはチューンナップロボットを販売している会社のロゴマークがついており、チューンナップロボットのオプションとして販売されている専用ケースであることがうかがえた。それはまさに本格的にチューンナップロボットを楽しんでいる証であった。


「いいぜ。僕はここのところ負けなしなんだ。負けても泣くんじゃねえぞ」


 大悟は久々に手応えのあるバトルができると思い、莉亜の申し込みを受け入れた。

 その返事を聞いた莉亜は徐にアタッシュケースを開け、中にしまってある拡張現実ARメガネを装着した。


 チューンナップロボットを戦わせるチューバトには、ARメガネが必須である。というのも、ロボットに武装した銃器からそのまま実弾を発射させることは、技術的にもそうだがなにより安全面の観点から実現不可能であるからだ。


 実際にチューンナップロボット自体は動き回り飛び回るが、放たれる弾丸やミサイルはARによるエフェクトで表現されるため、現実では銃器から弾丸が発射されることはない。またバトル中には各種バトルに必要な情報が表示され、対戦者はその表示情報と現実のチューンナップロボットの動きを把握し、指示を出して戦うのである。


 莉亜はメガネを装着後、アタッシュケースからチューンナップロボットを取り出す。大悟のロボットと同じく全長十五センチメートルのロボットは、目の部分が水泳のゴーグルのような卵型をした少女風アンドロイドタイプであった。


 大悟も自身の息子、リアル系ロボットアニメの主人公機風のロボットを駐車場に置き、さっき外したばかりのARメガネを再び装着。衣服のポケットから携帯端末を取り出して操作し、チューバト用のアプリを起動させ、装着したARメガネと同期する。そして対戦者を目の前の莉亜に設定すると、バトルにおける設定事項がメガネのレンズに表示された。


「バトルフィールドは……、広いし半径六十でいいか?」


「うん。いいよ」


 莉亜は大悟が提示した設定に同意し、半径六十センチメートルの円がARメガネに表示された。それと同時に1000ポイントある体力ゲージHPも表示される。勝敗は、この円形バトルフィールドから相手を追い出すか、もしくは相手のHPをゼロにすれば勝利である。


 ARメガネには、バトル開始までのカウントダウンが刻まれている。そしてそのカウントがゼロになった瞬間、両者動き出したのであった。



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