第7話

 『ブラッディア』。

 彼らは、黒王高校周辺で活動する不良集団であり、喧嘩や犯罪は日常茶飯事。

 それだけでなく、後ろにはとあるヤクザがついているとの噂もあって、警察ですらなかなか手を出せずにいた。

 そんな『ブラッディア』のリーダーである武は、アジトの机を苛立たし気に蹴飛ばした。


「アイツ、絶対に許さねぇ……!」

「た、武さん……もうやめましょうよ……」

「ああ!?」


 顔を真っ赤にして怒る武を前に、部下である他の不良は縮こまっている。

 武がここまで荒れ果てる理由は、先日の一件が絡んでいた。

 その一件というのは、以前、一条を襲おうとした三人組を悠雅が蹴散らし、その復讐として武を含めた『ブラッディア』のメンバーで襲ったものの、ふざけた方法で返り討ちにあったことだ。

 武は気を失っていたので知らないが、他の者たちは悠雅のメチャクチャな身体能力に恐怖しており、もはや襲う気すら起きていない。

 だが、そのことがさらに武を苛立たせていた。


「テメェらもテメエらだ! 何をビビってやがる!? あんなガリ勉野郎……不意打ちさえ喰らわなけりゃいくらでもぶっ殺してやれるんだよ!」

「で、ですが……」

「文句があんなら、テメェらからぶっ殺してやろうか!? ああ!?」

「ひっ!」


 武の気迫に気圧され、部下の不良たちは押し黙る。

 そんな中、唐突に陽気な声がかけられた。


「いやぁ、荒れてるねぇ~」

「あ? っ! く、熊谷くまがいさん! お疲れ様です!」


 一瞬、その陽気な声に鋭い視線を向けた武だったが、声の主を確認するとすぐに姿勢を正し、挨拶をした。

 陽気な声の正体は、派手な紫のスーツに身を包んだ、胡散臭い笑みを浮かべている20代後半くらいの男性だった。

 指には、金色の指輪がいくつも嵌められ、大きく開いたシャツの胸元からは、刺青が見える。

 熊谷と呼ばれた男が『ブラッディア』に入って来ると、メンバーすべてが姿勢を正した。


「お疲れ~。って、どした? な~んか怪我してね?」

「こ、これは……」


 熊谷がそういうと、武は思わず口ごもる。


「まあいいや。んで、金は用意できただろうね?」


 熊谷の口調や笑みに変化はないものの、放たれる威圧感が一変したことで、武は背中に冷や汗を感じながらも分厚い茶封筒を取り出して渡した。


「こ、こちらです」

「お、ありがとさん。いやぁ、きちんとしてる子はいいねぇ。俺も武くんたちは気に入ってるからさ~……前に金が払えなくなった連中と同じ末路は辿ってほしくないよねぇ?」

「……」


 武は、目の前の熊谷の言葉に恐怖で答えられなかった。

 熊谷は、『ブラッディア』の背後についているというヤクザの一員であり、こうして定期的にお金を支払うことで、後ろ盾になってもらっていた。

 しかし、それは表面上の話であり、一度関わってしまったが最後、お金が払えなくなると、後ろ盾として機能しなくなるどころか、命の危険すらあった。


「さて、お金も貰ったし、俺の用事は終わりなんだけど……せっかくだ。何で怪我してるのか教えてほしいなぁ~」


 言外に言えと圧力をかけられていることに気付いた武は、観念して今までの出来事を話した。


「ふぅん……ガリ勉くんがねぇ……武くん、喧嘩弱いんだねぇ~」

「……」

「あれれ? 不満そうだね。……まあいいや。俺としても、ウチの組が関わってるメンバーがやられっぱなしってのは癪だしねぇ……よし! 武くん、そのガリ勉くんの交友関係を調べてきてくれるかな?」

「え? ど、どうしてですか?」


 突然のお願いに、武は驚きながら訊くと、熊谷は笑顔を浮かべたまま、言い切った。


「そんなの、そいつら誘拐するために決まってるじゃん」


 ――――悪意の手が、悠雅の周囲に伸びているのだった。


***


「今日も一日、しっかり勉強できたな」

「はぁ……この俺が、まさか真面目に授業を受けることになるとはねぇ……久々にまともに頭使ったから、頭痛ぇわ……」

「同感……」


 放課後になり、俺はたった二人しかいないクラスメイトの倉田と一条の三人で少し会話をしていた。


「この学校が不真面目すぎるんだ。それよりも、学校の授業で頭痛くなるとかお前らオカシイだろ」

「お前は頭使ってねぇだろ!? さっきの数学の授業、答えが分からなさ過ぎてフリーズしてたじゃねぇか!」

「そんなときもある」

「そんなときしか見てねぇよ!」


 倉田のヤツ、いちいち細けぇな。


「あ、悠雅。お前、この後暇か?」

「いや、家に帰って予習する」

「その成果出てねぇじゃねぇか! 暇なんだろ?」

「……まあ、帰るだけではあるな。急にどうした?」


 倉田の質問の意図が分からずに首を捻っていると、倉田は笑顔で言う。


「いや、せっかく仲良くなってきたんだしよぉ、三人でさらに親睦を深めるためにも、カラオケに行かね?」

「カラオケ? そう言えば行ったことないな……」

「お前、本当にいつの時代の人間だよ!? その歳までカラオケ行ったことないとかウソだろ!?」

「……本当に化石みたいなヤツよね……」


 倉田だけでなく、一条からも呆れられてしまった。

 いや、家にカラオケの機械はあって、鬼道たちが時々バカ騒ぎするたびに演歌などを歌っているのを聴いているから、歌えないわけじゃないが……。

 それでも、カラオケに行ったことがないのはおかしいらしい。

 どこか納得できないでいると、申し訳なさそうな表情で一条が言った。


「でもごめん……ウチ、今日バイトだから難しいわ」

「ん? ああ、鬼道のところか」

「そうそう。いや、本当にアンタには感謝してる。鬼道さんは最初顔が怖かったけど、とても優しいし……」

「まあそう言ってくれるなら、紹介したかいがあったな」


 俺が微笑んでそういうと、倉田はあからさまに残念そうにした。


「ちぇー。んじゃあ、また別の日に行こうぜ? 俺はいいとして、どうせ悠雅も暇だろうし、一条ちゃんの都合のいい日にさ」

「おい、俺がいつ暇って言った?」

「だって暇だろ?」

「決めつけるな。家に帰って予習を――――」

「勉強以外に用事ねぇだろ」

「……」

「本当にねぇのかよ!」


 いや、勉強こそが学生の本分であるわけで、それが大事なのは確かだが、逆に言えば、それ以外に俺の用事はない。

 親父や鬼道たちは街の見回りをしてて、最近は変なヤツらが紛れ込んだらしく、そいつらのアジトを探しているらしいが、それも俺が出るほどじゃねぇらしい。

 つまり、勉強をとられちまえば、俺は暇人になるのだ。


「まあいいや。一条ちゃん、連絡するためにも『LAINS』教えてよ。悠雅もさ」


 倉田はそういうと、スマホを取り出し、一条となんかよく分からないことを始めた。


「……なあ、悠雅。早く『LAINS』交換したいから、スマホ出してくれね?」

「俺スマホなんか持ってないぞ」

「本当に現代人か!? お前!」


 んなこと言われても……今まではそこまで必要に駆られることもなかったからな。


「……一条ちゃんとは連絡先交換できたからよかったけどよ、これじゃあ予定詰めるの学校以外ねぇじゃねぇか……」

「直接話す方がいいだろ」

「そういう問題じゃねぇ」


 どうやら俺の考えは違うらしい。なぜだ。


「まあいいや……一条ちゃんと俺がある程度話して決めておくわ」

「そうね。……あ、そろそろ行かないと」

「ん。それじゃあ行くか」


 バイトの時間が迫って来た一条と一緒に、途中まで帰り道を共にした後、一条と俺たちは分かれて、帰路に就いた。


「悠雅。今度お前の家に遊びに行っていいか?」

「ダメだ」

「何で!? じゃ、じゃあ、勉強しに――――」

「歓迎しよう」

「お前めんどくせぇな!?」


 そんなやり取りをしながら歩いていると、突然チャラチャラした音楽が流れた。


「何の音だ?」

「あ、俺のスマホだわ。……って、一条ちゃん? どうしたんだ?」


 首を傾げながら倉田が電話に出ると――――。


「は?」


 倉田は、とても深刻な表情でそう呟いた。

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