第3話

 一条と少し距離を置きながら同じ方向に進んでいると、不意に声をかけてきた。


「ね、ねえ。アンタ、見かけによらず強いんだね」

「ん? そんな弱そうな格好してるか?」

「いや、してるし。どう見てもガリ勉だし」

「おいおい、照れるじゃねぇか」

「いや、褒めてないし」


 んん? おかしいな……ガリ勉って褒め言葉じゃねぇのか?


「まあ俺自身は特別弱くはないな」

「え……えぇ? アンタ、あの三人組倒しといてそれ言う?」

「なんだ? あの三人は有名なのか?」


 一条の言葉に俺は首を傾げる。

 すると、一条は俺の言葉にうなずいた。マジか。

 あんな連中の何が有名なんだ? あれか? 犯罪歴か? ……そんならもっとシメときゃよかったか?


「マジで知らないの!? アイツら、中学のときに『ブラッディア』からスカウト受けるくらい喧嘩強いんだよ? ウチら1年の中でも結構強い部類に入るはずだし……」

「いや、知らねぇ。てか、そのぶ、ぶらっでぃあ? ってのも初耳だ」

「本当にアンタ何なの!? 仮にも黒王高校の生徒でしょ? それなら近隣の中学や高校でヤバイやつとか不良のチームとか調べるでしょ!? 普通!」

「なんだ、その普通。初めて知ったぞ」


 おいおい、世の中の常識に俺はついて行けねぇよ。いや、そんなくだらねぇ常識、こっちから願い下げだがよ。


「まあなんだ。とにかくあの三人は有名人ってわけだな」

「そ、そんな簡単にまとめちゃうのね……」

「いいじゃねぇか。とにかく、俺は特別弱くはねぇが、アイツらが異常に弱かっただけだ」

「だからその有名人を弱い扱いってマジ何なの!?」


 なんていうか、不良社会ってのもわけ分からねぇな。

 あの程度で有名になれるとか笑っちまうぜ。

 それに比べて、勉強の世界ってのはスゲェ厳しいよな。テストの点数ってのは目に見えて分かる実力だし、世の中にはとんでもなく頭のいい連中がたくさんいるんだからよ。


「はぁ……もういいわ。ウチ、アンタと話してるとどっと疲れる……」

「そうか? 俺は知らないことが聞けて面白いけどな」

「……正直、アンタみたいなガリ勉メガネで強いヤツなんて聞いたこともないんだけど? 一体どこ中よ」

「俺か? 俺は色彩中学校だ」

「色彩中学校? ウソでしょ? あそこ、特別強いヤツどころか、不良すらほとんどいない平和ボケした学校じゃないのよ!」

「平和ボケとは失礼な。あそこはヤベェ連中で溢れかえってたんだぞ!」

「それ本当!?」


 一条が俺の言葉に目を見開いて驚いた。

 まったく。本当に失礼なヤツだな。


「あの学校で、俺は一度も同年代に勝てたことがない」

「そ、そんな……平和ボケしてる学校だと思ったのに……」

「平和ボケなんざしてるワケがねぇ! なんせ、俺はずっとテストの順位が最下位だったんだからな!」

「………………え?」


 俺の発言を受け、なぜか一条は唖然とする。


「俺がどれだけ勉強をしようが、あの学校の連中は常に俺を置き去りにしていきやがるんだ……知ってるか? 最下位の俺と、その一つ上の順位のヤツとの点数差は200点だぞ?」

「あ、うん。アンタがどうしようもないバカだってのは分かったわ」


 一条の奴は、思いっきり肩を落として、ため息をついた。

 何だ、俺はおかしなことは言ってないのに。


「なあ、俺からも質問いいか?」

「ええ、いいわよ」

「何で授業受けねぇんだ?」

「え?」


 俺はずっと疑問に思ってたことを聞いた。

 だってそうだろ? せっかく高校に来てるのに、授業も受けないとか意味分からないだろ。


「なんか家庭の事情があるのか? それなら深くは聞かないが……」

「……まあね。周りの不良共とはちょっと理由が違うかな」

「ふーん。じゃあ不良共は何で授業受けねぇんだ?」

「それ、答えを言ってるじゃない。不良だからよ」

「は? バカじゃねぇの?」

「アンタにバカって言われるのは中々ね……」


 俺の言葉に、一条は苦笑いした。


「アンタの方が特殊なのよ。不良が真面目に授業受けるわけないじゃない」

「それが分からねぇ。だったら何で高校に入学してるんだ?」

「え? そりゃあ、高校卒業って学歴が欲しいからじゃない?」

「授業受けてないヤツガまともに卒業できるとは思わねぇけどな。まあ俺が思うに、ただ悪ぶりたいってだけだろ?」

「何よ、やっぱり答え分かってるんじゃない」

「いや、そうだったらクソ痛ぇヤツらだなって」

「アンタすごく辛辣ね!? あんまりそういうこと言ってると、標的にされるわよ?」

「まったく問題ないな」


 本当に不良なんてものに恐怖は感じない。

 怖がる方が難しいな。どうすりゃいいんだ?


「つか、お前は痛いって思わねぇのか? やることがいちいち中途半端なんだよ。法を犯して悪ぶりたいくせに、高校生って肩書があるだけで間抜けに見えるぜ? 悪さをするくせして高校っていう組織に社会的に守られてる状況がアホくせぇ。悪さするなら体一つ、無職でやりやがれってんだ」

「アンタは不良を擁護したいのか、貶したいのか分からなわね……」

「俺も分からねぇ」

「本当にバカじゃない!」


 でも実際、何がしてぇんだろうな? アイツら。

 どう見ても現実から目を背けてるようにしか見えねぇけどな。

 そんな話をしながら歩いていると、不意に一条が足を止めた。


「あ、ウチここだから……」

「ん? ……は?」


 一条の家というのは……。


「おい、今にも崩れ落ちそうだが、大丈夫なのか?」

「あ、あはははは……ま、まあ大丈夫かな? 梅雨の時期とか、台風の時期はすごく危ないけど……」


 ビックリするほどボロかった。

 屋根は穴が開いてるし、窓ガラスは割れている。

 これ、人が住んでるって普通思わねぇだろ。


「なんとなく分かってきたぞ。一条、お前が学校に来ねぇのは金がねぇからだろ?」

「スパッと言うわね……もうちょっと躊躇ったりしないの?」

「俺だってちゃんと考えて言葉にしてるさ。で? バイトでもしてんのか?」

「……うん。この通り、ウチは貧乏だからさ。それに、妹たちのご飯も作らなきゃいけないし……」

「……両親は?」

「あー……父さんは逃げて、母さんが私たちの生活を支えようと仕事をしてるんだけど、母さんは体が弱くてさ……」

「そうか」


 家庭の事情になると、俺が口出しできることじゃねぇ。


「本当は、ウチも高校に行かずに働くつもりだったんだけどさ……母さんがウチを高校に絶対に入れるんだって言ってさ……まあ、さっきもちょっと言ってたけど、高卒の学歴くらいはないと、まともにお金って稼げないからさ。でも、結局家計が苦しいのは変わらないから、ウチもバイトしてるのよ」


 そういう一条の表情は、決して暗くはなかった。

 それは、今の生活から抜け出すのを諦めてないってことだ。

 まあ学校に来れてないのはあれだが、一条なりのまともな理由があるんだな。


「お前、根性あるじゃねぇか」

「え、何? 急に……」

「何でもねぇよ……で? よかったのか? そんな家庭の話をしてよ」

「まあ……アンタ、結構サッパリしてるから、逆に話しやすかったのよ。こっちこそ、ゴメンね。今日いきなり会ったような人間に、こんな話されても困るだろうけど……」

「んなことねぇよ。それに、こうして一度でも話せばもう友達だ。違うか?」

「それは流石に違うんじゃない?」

「違うのか!?」


 ウソだろ? 俺、中学時代は友達多いって思ってたが、俺が一方的にそう思ってただけなのか?

 ……まあいいか。俺が友だちって思ってればよ。

 予想以上に俺のショックの受け方が大きかったらしく、一条は慌てて訂正してくる。


「あ、あ! でも、ウチはもう友達だと思ってるから!」

「……本当か?」

「本当本当! マジもマジだから!」

「そうか。まあ、どちらにせよ、俺としては迷惑でも何でもねぇよ。女の悩みを聞く度量くらいはある」

「……アンタ、見た目はガリ勉だけど、中身男前過ぎない?」

「そんなことねぇだろ? 他の男も同じだって」

「それは流石に男のハードルが高すぎるでしょ!」


 一条が俺の言葉にツッコんだ。俺としては本気でそう思ってるんだがな。


「まあいい。俺はそろそろ行くぜ?」

「え? あ、うん。……その、今日はありがとうね」

「気にすんな。まあ、あんな目に遭いたくなかったら、もうちっと身だしなみには気を遣うんだな。じゃなけりゃ、またあんな猿どもが襲ってくるぞ」

「それはマジ無理。でも、これだけはやめられないかな? ウチも女子だし」

「女ってのはよく分かんねぇな……じゃ、またな」


 俺は苦笑いを一つ浮かべると、そのまま家に帰る。


「あ、若! お帰りなさいませ!」

『若! お勤めお疲れ様です!』

「おう」


 家に帰ると、相変わらずウチの組のもんが頭を下げて出迎えた。


「鬼道はいるか?」

「呼びましたか?」


 俺が鬼道を呼んだ瞬間、どこに隠れてたのか知らねぇが、スッと現れた。


「なぁ。お前んとこ、前に人手が足りねぇって言ってたよな?」

「え? あ、そうですね。それと、できれば女性の方がいいなとは言ってましたが……」

「じゃあ、一人紹介してぇヤツがいるから、今度会ってやってくれ」

「あ、かしこまりました」


 それだけ伝えると、俺は自室へと戻るのだった。

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