第2話

 ――――黒王高校。

 ここら辺の悪ガキ共が集まる『六色』と呼ばれる不良高校の一つであり、その中でもまた特殊な高校だ。

 他の似たような高校では、必ずその学校を取り仕切る番長ってヤツが存在するのだが、この学校にはそれがいない。

 その代わり、派閥ってヤツがあって、そこでこの高校のトップを巡って、争ってるらしい。暇な奴らだ。

 もうお分かりだと思うが、俺はその黒王高校に入学している。

 一週間過ごして慣れてきたからもう何とも思わないが、入学式に出席してた生徒が俺だけだったのには本当に驚いたな。むしろ、先生方もビックリしてたし。

 でも、学校にはちゃんと来てるんだから、本気で訳が分からねぇ。何しに来てんだ? アイツら。お金がもったいねぇだろ。

 校庭では喧嘩が日常茶飯事に行われ、しょっちゅう他校の生徒がカチコミに来ては先生が出払うので、授業があまり進まない。

 当たり前だが、授業を受けてるのも俺一人だ。てか、一週間経ってクラスメイトを一人も見てないんだが……。

 その分、先生とマンツーマンで授業が受けられるからラッキーだけどな。


「えー、藤堂君。じゃあ35ページを読んでみなさい」

「はい! えっと……い、犬も?」

「藤堂君。それは『もっとも』と読むんだよ」

「おー! なるほど! 一つ賢くなりました!」

「……私は君が何でこんな学校にいるのか不思議でならないよ」

「バカだからです!」

「悲しくなってきた」


 今は現代文の授業中で、担当の藤木先生は俺の言葉に目頭を押さえた。

 藤木先生は、初めて会ったときは無精髭が生えてて、30代という働き盛りだろうに目が死んでいたのだ。

 だが、俺がこうして真面目に授業を受け始めると、最初はどこか疑ってる様子だった先生もすぐに打ち解けて、俺に分かりやすいように授業を展開してくれた。

 現代文、面白いんだけどな。

 『走れメロス』とか、アイツらの心情はまったく理解できないけど、物語だからこその楽しさってのがあると思うんだ。

 まあ、壊滅的に漢字が読めねぇから、一つの作品を読みきるのも大変なんだけどな。

 そんなこんなで今日一日の授業がすべて終わり、たった一人のHRも終わると、とうとう下校する時間になった。

 普通なら部活とかあるのかもしれないが、こんだけ荒れ果てた学校で、部活なんて正常に活動できないだろう。

 授業には俺以外来てないが、学校には生徒がいるんだけどなぁ。

 彼らは授業や部活に参加せず、空き教室を使ってたむろしてる。

 俺は鞄を担ぎ、いつも通り厄介ごとに巻き込まれないように気配を消しながら下駄箱に向かった。


「ん?」


 すると、少し離れた位置から、何やら言い争う声が聞こえてきた。

 この学校では喧嘩なんて当たり前なので、本来なら無視して行くところだが、言い争ってる声の中に、女の声も混じっていたのだ。

 女が絡んでるのなら、見過ごせねぇな。

 靴を履き、声のする方に近づく。

 声のする方向は、人気の少ない校舎裏だった。

 俺は気配を消したまま、そっと様子を覗き込む。

 そこには三人組の傷んだ金髪の似たような格好をした連中と、茶髪の派手な髪型に、ピアスをいくつか空けてる派手めの女が言い争っていた。


「だから、付きまとうなって言ってるでしょ!」

「おいおい、いいじゃねぇか。この学校に来て、しかもそんな短いスカートなんだしよ。誘ってんだろ?」

「はぁ? アンタ、頭おかしいんじゃないの?」


 女の意見には同意だが、女の格好は確かに派手だ。

 胸元は大きく開いてるし、スカート丈は短い。

 顔だちは派手というか、華やかな女だな。つまりいい女ってわけだ。

 詳しくは知らねぇが、一般的に言うギャルってヤツなんだろう。


「つーか、お前こそ立場分かってるワケ?」

「な、何よ……そうやって群れてないと何もできないクソ童貞のイ〇ポ野郎に何ができるっていうのよ!」


 あの女、口悪いなぁ。

 思わず女の言葉に感心していると、男たちはその言葉に怒ったようで、女をその場に押し倒した。


「よし、今すぐ犯してやるよ」

「ちょっ! 放して! 放せ!」

「おい、お前ら。手と足抑えときな」

「あいよ」

「おい、後で替われよー」


 女は必死に抵抗するが、男たちの力に負け、あっさりと手足を拘束される。


「見た目がいいからっていい気になってんじゃねぇよ。どうせヤリまくってんだろ? 安心しろよ。これからは俺たちがお前を使ってやるからよ」


 男が下種な笑みを浮かべ、ベルトを外し、ズボンに手を伸ばした。

 その男の様子に、女は今から自分の身に起こる出来事を予想して涙目になる。


「い、嫌! 放して! 誰か……誰かぁああ!」


 必死に声を上げて助けを求めるが、男がすぐに口を手で押さえつけた。


「うるせぇ! 喚くんじゃねぇ! ……へっ。それに、ここで喚いたところで、追加でお前がヤラれるだけなのによ」


 女はその言葉を聞いて、絶望したかのような表情を浮かべた。

 ……何というか、この学校には俺以上のバカしかいないのか?

 ため息をつき、ズボンを下ろそうとする男の背後にそっと近づくと、俺はそいつの頭を蹴り飛ばした。


「ガアッ!?」


 蹴り飛ばされた男は、きりもみ回転しながら吹っ飛び、学校の鉄フェンスを突き破ってケツだけ出した状態で気絶した。ズボンを下ろそうとするからそんな間抜けな姿になるんだ。

 仲間の一人が突然やられたことに呆然としていた男たちだったが、やがて俺の存在と状況を把握し、殴りかかってきた。


「な、なんだテメェ!」

「このっ!」


 ……何というか、不良ってのは大したもんでもねぇのか?

 そのくせ、いっちょ前に犯罪なんかを簡単に犯そうとしてよ。

 やっぱ俺よりバカだろ。

 何の脅威も感じないパンチを、俺は軽く避けると同時に足を引っかけてやると、二人はお互いを殴る形となり、しかも当たりどころが悪かったらしく、そのまま二人して気絶した。

 おいおい、あんなクソみてぇな拳で気絶すんなよ。


「まあなんにせよ、女に手を上げるのは外道のすることだぜ」


 もう聞こえてないだろうがそれだけ言うと、俺のことを見て呆然としている女に向き直る。

 すると、女はビクッ! と体を跳ね上げ、俺を警戒するように睨んだ。


「な、何なのよ……」


 しかし、その声には迫力がなく、さっきまでの状況もあって、自分の体を守るように抱きしめていた。


「何を勘違いしてんのかは知らねぇが、俺をそこに転がってる外道どもと一緒にすんじゃねぇよ」

「え?」

「いいから早く帰んな。校門まで行けばそこそこ安全に帰れるだろ? そこまではついて行ってやるよ。さっきみたいなことが起きても困るからな。お前も、見ず知らずの男に家まで送ってもらうのも困るだろうが。それこそさっきみたいなことがあったわけだしよ。だから校門まではついててやる」

「あ……」


 俺の言葉の意味を理解し、女は少し考える仕草をした後、小さく頷いた。

 女は、俺から少し距離をとりながらも一緒に移動し、校門まで何事もなくたどり着くことができた。


「んじゃ、俺は行くぜ。もうここからは普通の人通りもあるし、大丈夫だろ」

「え? あ、うん……その……」

「ん?」

「あ……ありがとう……」

「ちゃんとお礼が言えるってのはいいことだぜ。じゃあまたな」


 俺はそのまま鞄を担ぎなおし、帰路に就いた。

 多少不安ではあるが、まあ高校内は別にして、外ではウチの組のもんが見回りをしてるし、大丈夫だろう。

 ……そう思いながら帰っているのだが……。


「……おい、どこまでついて来る気だ?」

「へ!? き、気付いてたの!?」

「んなの当たり前だろうが」


 何故か、あの女は俺のあとをついて来ていたのだ。


「で? 何の用だ? それとも、お前も家がこっちなのか?」

「……うん、ウチの家はこっち方向。だから、ちょっと気まずくて……」


 どうやら帰る方向は俺の家と同じらしい。


「あー、それは悪いことをしたな。だが、そうなるとどうすっかな……」

「えっと……ウチを送ってもらってもいい?」

「は? いや、俺は構わねぇが、お前はいいのかよ。さっき男に襲われたばっかじゃねぇか」

「……うん。そうなんだけど、でも周りにはたくさん男はいるし、それならウチを助けてくれたアンタの方が安心できるって言うか……」

「……まあお前がいいのなら俺は文句は言わねぇけどよ。男に二言はねぇ」


 俺の言葉を受け、なぜか女は少しだけ笑った。


「フフ。変なの……えっと、ウチは一条優奈いちじょうゆうな。1年A組よ」

「俺は藤堂悠雅だ。……ん? 1年A組……ってクラスメイトかよ!?」


 一週間経って初めて、俺はクラスメイトの一人を知ることになるのだった。

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