第4話

「ん?」


 翌日、学校に行くと一条が教室にいた。

 いや、クラスメイトなんだから、当たり前なんだが、クラスメイトを教室で見るのは初めてだから、少し新鮮だ。……いや、新鮮ってオカシイだろ。他のヤツも来いよ。


「おはよう。今日は学校に来たんだな?」

「あ、おはよう。うん、昨日でバイトが終わっちゃったからね」

「やめたのか?」

「いや? もともと、ウチは短期のバイトに入ってたんだよね。長期間のところは雇ってくれないか、危ないところが多くて……」

「雇ってくれない? どうして?」

「あー……ウチってバカだからさ。資格もないし、それに中学がね……」

「なんだ、一条もバカなんじゃねぇか」

「アンタと一緒にしないで」

「一緒じゃねぇのか? バカにもいろいろあるんだな」

「その思考がすでにアウトでしょ……」


 何故か一条は俺の言葉にため息をついた。幸せが逃げるぞ。


「んで? 中学がどうしたって?」

「え? あ、うーん……ウチの中学ってさ、結構有名な中学だったのよ。もちろん、悪名って意味で有名だからね?」

「んなこと言われなくても分かる」

「……それで、中学の連中は悪さばっかりするもんだから、ウチの中学の生徒はどこも雇ってくれなくなったのよ。遠くの場所でバイトしようにも、交通費自体がそもそも払えないし、そんな悪名が広がってるのに雇おうとする場所はだいたい女子には危ない仕事が多いの」

「はぁ。大変だな。んなことはどうでもいいが、ウチの知り合いの所で働いてみねぇか?」

「どうでもいいって……ん? 今、働いてみないかって言った!?」


 一条は突然目を見開くと、俺に詰め寄った。


「ああ、言ったぞ。俺の知り合いがやってる店で、丁度人手が足りねぇらしくってよ。しかも女ならなおいいらしいからどうかと思ってよ」

「……女子の人手が欲しいって、絶対危ないところじゃないのよ……期待して損した……」

「おい、危険とは失礼なヤツだな。結構稼いでるらしいぞ?」

「……一応聞くけど、どんな店なのよ?」

「ん? 喫茶店だ。確か『スイートタイム』……だったか? まあそんな名前の場所だ」

「………………は?」


 俺の言葉を聞いて、一条はその場でポカンと口を開けた。


「おいおい、女がしていい顔じゃねぇぞ」

「うるさい! って、ちょっと待って! 『スイートタイム』って言った!? あの!?」

「あのって言われても俺は一つしか知らねぇが……虹彩商店街にある喫茶店だな」


 虹彩商店街ってのは、廃れていく商店街が多い中、いつも人で賑わってる商店街だ。

 一条は呆然としたまま口を動かす。


「やっぱり……!」

「なんだ? やっぱり知ってんのか」

「知ってんのかって……アンタこそ知らないワケ!? 『スイートタイム』って言えば、テレビで何度も特集を組まれるような超人気店じゃない!」

「は?」


 テレビって……おい。

 いや、やましいことをしてるワケじゃねぇが……ウチの家業的にどうなんだ?

 まあ親父が絡んでるだろうし、大丈夫か。


「まあどうでもいい。とにかく、そこで人手が足りねぇらしいから、バイトが欲しいんだとよ。稼いでるだろうから、給料もいいんじゃねぇか?」

「行く! 絶対に行くし!」

「そうか。じゃあ、今度そこのオーナー……でいいのか? とにかく、そこの知り合いと会わせてやるよ」

「やった! ……でも、なんで?」


 一条は急に不思議そうな表情で俺を見る。


「何でって……友達だろ? 直接的に助けることは出来ねぇが、こういうことならいくらでも助けられるからな」


 そういうと、一条は再びポカンとした表情を浮かべた後、頬を少し赤らめた。


「……ホント、アンタ意味わかんないし……」

「そうか? 単純な思考回路だと思うんだけどな」


 だからこそ、勉強に苦労してるんだけどな。

 一条は一つ咳払いすると、俺に不思議なことを訊いてきた。


「そう言えば、アンタはいいの?」

「は? 何が?」

「……その様子じゃ知らないみたいね」


 俺が聞き返すと、一条は頭を痛そうにする。


「あのね? この一週間で、もう一年の中では派閥が出来てるの」

「派閥?」

「そうよ。一年の中でも強い連中が中心となって、派閥を作ってるの。それ以外の一般的な強さの不良共は、その派閥に参加するか、または上級生……つまり先輩たちの派閥に参加してるワケ」

「へー」

「まったく興味なさそうね!?」

「いや、本当に興味ねぇし……」

「……どうやらアンタは、一年の男子連中の中でも特殊な一人らしいわね」

「その言い方だと、俺みたいなヤツがいるのか?」


 ということは、俺と同じように勉強を頑張ってるヤツがいるんだな。仲良くできそうだ。


「アンタが何考えてるかなんとなくわかるけど、アンタの想像してるようなヤツがいるわけじゃないわよ?」

「なに!?」

「そんなに驚くこと!? ま、まあいいわ。特殊な連中って言うのは、喧嘩が極端に弱くてどこの派閥にも入れてもらえず、それどころかパシリにされてるような不良か、逆に強いけど群れを好まないヤツかの二択ね。後者の方はほとんどいないけど……」


 もう意味が分からねぇ。

 学校に来て、なんで喧嘩の強さが関係してくるんだよ……。

 比べるなら学力だろ。俺がボコボコにされる未来しか見えねぇが。


「アンタの様子じゃ、どこの派閥に属する気もないらしいわね……」

「当たり前だ。アホくせぇ」

「そこまで堂々と言い切れるアンタを尊敬するわ。まあアンタの方がバカでしょうけど」

「否定できねぇな」


 いや、本当に。

 俺の言葉に、一条は苦笑いを浮かべるのだった。


***


たけしさん! マジなんですって!」


 不良グループ【ブラッディア】のアジトで、悠雅にぶっ飛ばされた三人は目の前に座る男に必死に伝えていた。

 短く刈り上げられた金髪に、口や鼻にピアスが付けられている。

 タンクトップの上から制服を羽織っており、その肉体は非常に筋肉質の大男。

 そんな大男の名は、金剛武こんごうたけし

 【ブラッディア】のリーダーであり、黒王高校の三年でもあった。

 武は目の前の三人を興味なさげに一瞬見ると、鼻で笑う。


「テメェらがそこまで弱いとは思わなかったぜ? そのガリ勉メガネとやらに負けるほどな」

「違うんですって! 不意打ちされたからってのもあるんですけど、何て言うか……それ以上に強かったんですよ!」

「ガリ勉メガネがか? 冗談言ってんじゃねぇよ。……だが、そいつに仮にも俺の部下がやられたわけだ。」


 武は獰猛な笑みを浮かべると、三人に告げた。


「いいぜ? この俺がお前らの仇を討ってやるよ」


 ――――悠雅の知らない場所で、不良たちは少しずつ動き始めているのだった。

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