第4話 不良高校生の喧嘩
心の中で、そう呟くと、一度、後ろについてきている『幼馴染兼家族』の顔を見る。ぷんぷんと怒った顔をしていたが、瞬の顔を見て、不安な顔色に変わる。
「ん、どうかした、瞬くん・・・」
「いや、俺より前に、絶対出るな」
「えっ・・・うん」
急に真顔で言われ、もじもじしだす澪。そんな澪を見たら、熱くなった気持ちは少し収まってきた。そんな話をしていたら、既に校門前だ。
校門から少し離れた場所に、いかにもヤンキーという5人の男達が下校する生徒達に因縁をつけながら、たむろしていた。金髪、茶髪、ピアス、鼻ピアス。
瞬の姿を見つけると、目の色を変えて、瞬の方を睨めつけてくる。翔はヒューと口笛を吹いて面白そうに、澪は不安な表情で、瞬を見る。当人である瞬は、5人の男達の目の前まで行き、心底面倒くさそうな顔をする。
「俺に何か用?悪いんだけど、俺、恋愛対象って、ノーマルに女の子なんだよね」
「てめー、ふざけんてんじゃねーぞ!」
5人の中でも、一番背の小さく坊主で、目が血走っている男が、周りの目も気にせず、狂ったように叫ぶ。ただ、叫んだ後に、お腹を押さえて痛そうにしている。
「あっもしかして、腹下してる感じ?そりゃまずいって、トイレ行ってきなって」
「このどこまで?!」
瞬のどこまで本気なのか分からない小芝居に、その小男はもうキレる寸前だった。今にも瞬へ飛びかかってきそうだ。その5人の男達の中で、一番風格がある男が一歩前に出る。オールバックで背が高く、黒のブルゾン、ジーンズ、金のネックレス。明らかに高校生ではなかった。
「おい、ミキオ、先走ってんじゃねーよ」
「すまん、兄貴、つい」
その風格のある男が前に出ると、小男・ミキオは瞬を睨みつけながらも下がった。兄貴と呼ばれた男は肩を大きく揺らしながら、瞬の目の前へ立つ。
「わりーな、いきなり。確認しとくが、一昨日、こいつをシメたのは、てめーか?」
「いや、知らない」
瞬はわざらしく、顔の前で手をフリフリして、違うとアピールする。だが、その発言には小男・ミキオが黙っていなかった。小さい身体を怒らせている姿は、ファンタジーに出てくる小鬼(ゴブリン)のようだ。
「てめー、嘘ぶっこいてんじゃねーぞ!一昨日、てめーが俺の腹に一発入れたんだろうが!面は割れてんだよ、ワタナベシュン!」
一昨日のことだ。瞬は学校の帰りに、翔と飯を食って、その帰りに、家までの近道のため、人通りの少ない道を通って帰った。あたりは暗く、既に夜の時間だった。そこで、変な声が聞こえてきた。
「やめてください・・・」
「へへっ、こんなところをそんな恰好で歩いているんだ。誘ってるんだろうが!」
小男が、若い女性の腕を引っ張って、ぐいぐいと路地へ引きずり込んでいる。瞬はやれやれとため息交じりにその会話に入っていった。
「おいおい、まだイカれるにはちょっと早くねーか、この時間で」
瞬が声を掛けたとたん、小男がこっちを向き、眼光鋭く睨んで、怒声を上げる。
「あぁ、なんだ、てめー!引っ込んでろ!」
若い女性の方は、恐怖からか、おろおろしながら、瞬の方を見ている。
「しゃーねーな」
瞬は少しずつ近づいていき、途中から急に加速して、一瞬にして、小男と女性の目の前まで行く。小男はビックリして動けない。そのまま身を屈めて、アッパーのように右拳を繰り出す。小男の腹の中心にクリーンヒット。小男は、ぐぅの音の出ず、気絶して倒れる。女性の方は手を離され、少し後ずさる。
「たくっ、隙あり過ぎだっつーの」
瞬は右手を振りながら、吐き捨てるように言う。そんな瞬に絡まれていた女性が近づいてくる。若い、おそらく20代前半だろう。ただ、恰好や雰囲気が大問題だった。一目見ただけで分かるほど、豊満な肉体をしていた。胸は大きいのに、腰は細い、そして、お尻も大きいのだが、形の良い丸みを帯びていた。漂い色気、胸を特に強調した服装。キャバクラのような水商売の仕事をしているのだろう。だが、こんな恰好で渋谷の裏通りを歩いていては、絡まれて当然だ。
「女の子がそんな恰好で、こんな通りを歩いちゃダメだよ」
「はぁ、ごめんなさい、仕事の途中だったので。でも、女の子って。ふふ、あたし、君より年上だよ」
「関係ないの。女の子は女の子。表の通りまで送っていくから」
「ありがとう。君、優しいね。モテるでしょ?」
「いや、全然」
「嘘だよ。かっこよくて、強くて、優しい。これでモテなかったら、周りの女の子達、絶対、変だもん」
二人で並んで歩く。女性は、さっきの騒動?はどこへやら、瞬を誘惑的な瞳で見つめながら言う。
「じゃあ、俺の周りは変わった女の子ばっかなんだよ」
瞬の頭の中に、澪、絵里、つばさが浮かんできた。頭の中の彼女らは、プンプンと怒りながら、瞬に対し、抗議していた。
「あっ、今、女の子のこと、考えてたでしょ? ふーん、やっぱりいるんだ、彼女。うーん、ていうか、彼女達かな?君、優しい顔して、結構・・・」
「なっ、なんで分かるんだよ?え、エスパー?」
「ふふっ。女の勘ってやつですよ。でも、そうだね、彼女って呼べる子はまだいないのかな?」
「いや、全然いるよ!3人くらいいるよ」
「あっさっき、頭の中に出てきた女の子、3人なんだね」
「へっ?」
「ふふっ、アタリみたいだね!」
女性は面白そうに目を細める。瞬は、この人には勝てそうにないなと、苦笑交じりのため息をついた。
「あっごめん!怒っちゃった?」
「ううん、お姉さんは面白いなって思ってさ。えっと・・・」
瞬は名前を聞こうとした。しかし、その前に
「あっ、リエだよ!」
「すげ。俺は、渡辺瞬」
「あー、聞いたことある!瞬殺のシュン!」
瞬は、その通り名を聞いた途端、コントのようにこけそうになった。
「リエさん、それだけは勘弁してください、マジで」
「えー、かっこいいのに・・・」
「なんでや!瞬殺のシュンって、シュンが二つあるじゃん!かぶってるじゃん!怒るでしかし!」
瞬は、右手の人差し指を突き上げ、メガネを押し上げるようなポーズを取った。往年のお笑い芸人のモノマネである。
「あははは、シュンくん、おもしろーい」
リエは、妖艶な雰囲気はどこへやら、子供のように、カラカラと笑う。まるで少女のようだった。瞬もつられて、笑ってしまう。
「でも、シュンくんって、渋谷では結構有名だよね。多人数でも、一瞬で相手を倒しちゃうって!しかも【
「いや、勝てないと思ったら逃げちゃうだけだし。翔とは、まぁ、ダチだな」
「すごーい!彼女いないなら、わたし、立候補しちゃおうかな」
「お姉さん、少年をからかうのは、ほどほどに」
「えー、結構本気なのに・・・」
瞬はここ最近で一番焦っていた。澪や絵里で、女の子には耐性があると思っていた。しかし、この魅惑的なお姉さんからすると、まるで子供だ。美人なのに、どこか母性を感じさせる雰囲気、そして、それに相反するような扇情的な瞳で見つめられると、どうして良いのか分からなかった。リエはそんな瞬を面白そうに見つめる。そんなやり取りをしていたら、大通りへ出ていた。
「ほら、もう大丈夫でしょ」
「あー、ひどいんだ!わたしとおしゃべりするの嫌?」
「いやいや、違うって!」
「ふふふ、嘘だよ。シュンくん、可愛いだもん」
「勘弁してよー」
瞬は、リエとおしゃべりすることは嫌いではなかった。むしろ、楽しかった。からわれるのは、嫌いだが、リエにからかわれるのは嫌じゃない。これって、ヤバイのか。そんな瞬をよそに、リエは自分のスマホを取り出していた。
「ねぇ、今日、助けてもらったお礼がしたいなぁ。携帯教えてくれない?」
「あぁ、『LINE』やってる?」
「うん!じゃあ、フルフルしよ!」
フルフルとは、スマホ端末同士を近くに置き、端末をお互いに振ることで、それぞれの『LINE』の友だちに追加されるのだ。大通りにて、スマホ端末を振る男女はなかなか滑稽なものがある。それぞれに友だちに『シュン』『リエ』が追加される。
リエのプロフィール画像は可愛いウサギのイラストだ。それに引き換え、瞬のプロフィール画像は、罰ゲームで、ご当地キャラの被り物を被った時の写真だった。可愛いキャラなのだが、顔の部分だけがくり抜かれており、そこからガンを飛ばしている瞬の顔が出ていた。わけのわからない画像である。それでも、リエは満足の笑顔を見せた。
「『LINE』でメールするね!今日はもう仕事に戻らなきゃ」
「うん、気を付けてね。もう、あんなところをそんな恰好で歩かないでね」
「うん、また何かあったら、シュンくんに連絡するね!」
「勘弁して」
「ふふふ、また会おうね!シュンくん」
「あぁ」
リエは、ゆっくりとネオンが光る方向へと進む。途中で振り返って、こちらを向き、バイバイと笑顔で、瞬に向かって、手を振った。瞬も軽い笑顔で振りかえす。今日は、面倒なことに巻き込まれたが、あんな綺麗なお姉さんと知り合えたから、素晴らしき日だな、と瞬はルンルン気分で家路についた。家に帰ってから、瞬の顔を見た瞬間、澪が激しい追及を始めたことは言うまでもない。
ただ、その殴った相手のことなど、今日、呼び出しがあるまで、すっかり忘れていた。それなのに、こう興奮されても、こちらとしては、いまいち気持ちが盛り上がらない。なので、悪ふざけのようなことばっかり言いたくなる。
「あれぇ?俺が殴った奴はいきなり女性を路地に引きずり込もうとした変態野郎なんだけど、あれ、あんた?」
瞬はわざとらしく、アメリカ人が何かを聞き返す時のような、手の平が上を向く形で両手を広げて、顔は間抜け面だ。これにはさすがに、5人の男達の一人がぷっと吹き出した。それを見た瞬間、兄貴と呼ばれた男がギロッと、吹き出した男を睨む。吹き出した男は、ぎょっとして「すまん」と言って、改めて瞬の事を睨みだした。兄貴と呼ばれた男が、今までで一番鋭い眼光で瞬を睨みつける。
「てめー『瞬殺のシュン』とか言われて、調子くれてるらしーが、俺らのバックには、ヤクザなんかより、ヤバイ人達がいんだよ。なめってっと、殺されるぞ」
瞬は、まず『瞬殺のシュン』を否定しようとした。だが、兄貴と呼ばれる男から出た言葉がもっと気になった。先ほど、翔の話の中にも出てきた言葉だ。『ヤクザよりヤバイ奴ら』瞬の中のこいつらへの興味度が増した。
「暴走族OBとかよりもヤバイのか?」
瞬の言葉に、兄貴と呼ばれた男は、瞬がビビったと勘違いしたのか、気を良くして、半笑いで得意げに語り出す。
「あぁ、ヤクザ、暴走族OBなんか、目じゃねー。ありゃ、一種のテロリストだぜ」
瞬は眼光が鋭くなる。こいつらには詳しく事情を聞く必要がある。
「こんなところで、たまってると目立つ。場所変えようぜ」
瞬のその言葉に、小男・ミキオがニヤリと笑う。兄貴と呼ばれた男が先頭切って、瞬を囲むように5人の男達歩き出す。
翔と澪は、校門近くで見守っていた。声までは聞こえないが、瞬の悪ふざけを、翔は面白そうに、澪はハラハラしながら見ていた。だが、ついに瞬が5人の男達に囲まれて、別の場所に移動することになってしまった。
「待ってました!そうこなきゃ!」
「ちょっと、翔くん!止めてよ!」
「なんでよ?これからが面白いとこじゃん!あれ?」
翔は、自分のスマホに『LINE』のメッセージが入っていることに気が付いた。翔はメッセージを見るなり、今までに面白そうだった顔を急に強張らせて
「わり、こっちも失踪事件の方で進展があった。澪、瞬のこと、頼む!」
「えっ、ちょ、どこ行くのー?」
翔はそれだけ言うと、シュっと左手を上げて、走り去ってしまう。
残されたのは、澪ただ一人。
「どうしよう・・・」
澪は途方に暮れながら、呟いた。
★
渋谷は、駅近くは様々な店があり、華やかだ。だが、少し離れれば、空き地などいくらでもある。いや、集中して華やかな中心地があるからこそ、離れた場所にある空き地は、より一層人通りが少なく、近づきにくい場所となる。
5人の男達が、瞬を囲みながら連れてきた場所もそういう場所だった。周りは、解体工事を待つ建物ばかりの広い原っぱ、草が生い茂り、それを銀色の鉄板が囲んでいる。5人の男達は優位な立場になって、態度がより一層デカくなる。兄貴と呼ばれた男は、勝ち誇ったような顔をしているし、小男・ミキオは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。瞬の背後から、ねっとりとした声で話しかける。
「へっへっへ、いくらテメーが、あの『瞬殺のシュン』でも、こんな場所で5人に囲まれたら、どーしようもねーわなぁ?じゃあ、まずは、一昨日の礼からしてやるぜ!」
小男・ミキオが、背後からいきなり殴りかかってきた。右ストレートが真っ直ぐに、瞬の顔を目がけて飛んでくる。
「隙だらけ、なんだっよ!」
瞬は、くるっと左足を軸足にし、右足を円を描くように左回転させて、小男・ミキオの左脇腹に強烈な蹴りを食らわせる。
「おふっ」
小男・ミキオはそのまま膝をついて倒れ込む。声も出せないらしい。他の3人は、いきなり瞬が反撃してきたので動揺して、動けなくなってしまった。しかし、兄貴と呼ばれた男だけは違った。瞬の反撃と同時に、ボクサーのような構えをして、背後から、鋭い右ストレートを放つ。
その攻撃に、瞬は、前方へジャンプするように移動してかわし、その着地と同時に身を右斜めに傾かせ、目の前にいる男の左脇腹へボディブローを放つ。その男も小男・ミキオ同様、「おふっ」と言って、そのまま膝をつき、倒れ込んでしまう。
瞬は、残り3人の男達の方へ振り向きながら、唇の右端を釣り上げ、ニヤリと笑う。まるで悪戯っ子が悪戯を成功させた時に見せる、してやったりという表情だ。その表情に、兄貴と呼ばれる男が大きく舌打ちをして叫ぶ。
「囲めや!リンチだ!」
それでようやく、残った3人が瞬を囲み、戦闘態勢になる。虚を突いて、2人倒したとはいえ、3対1でもかなり不利な状況だ。でも、瞬の顔には、依然として『悪戯っ子顔』が張り付いたままだった。
戦闘態勢に入った3人の男達を前に、瞬は、凄い速度で目の前の男へ突進していく。目の前の男は、ビビったものの、なんとかパンチを繰り出す。背後からは兄貴と呼ばれる男ともう一人の男が迫ってきていた。パンチを繰り出した男も、瞬が後ろへ避けると思った。
だが、瞬はあろうことか、さらに速度を上げて、そのパンチをギリギリでかわすと、カウンターで左ストレートを相手の鳩尾へ打ち込む。相手の男は声にならない声を上げて、これまた膝をつき、倒れ込む。瞬は、そのまま鳩尾を食らわせた男の右側へスッと抜けて、残り二人と対峙し、ピースサインを出す。
「あと二人」
その言葉に、さすがに兄貴と呼ばれた男ともう一人もキレたのか、なりふり構わず、突進してくる。こうなると、もう瞬のペースだった。瞬は、この広い原っぱを十二分に使って、逃げ回った。スピードで二人の男が、瞬に敵うはずもなく、ただの追いかけっこが始まった。
右に左に、俊敏に動き、しかも、スピードが全く落ちない。
兄貴と呼ばれる男ともう一人は、最初こそかなり勢いで殴りかかってきたが、だんだん勢いもなくなってきた。時々「おらっ」とか「まてや」とか言っていたが、既にスタミナ切れか、ゼェゼェと息切れしている。兄貴と呼ばれる男が必死な様子で語る。
「お、おめー、マジヤベーぞ、俺らに手を出したことがバレたら、あの人達に・・・」
「その話、詳しく、よろしくっ!」
そう言いながら、瞬は、もう一人の男をボディブローで倒す。兄貴と呼ばれる男が手を膝につきながら、顔に汗を光らせ、半笑いで話す。
「あの人達に消されるぞ、ガチで。マジ、さらわれて、ボコられて、しまいにゃ、殺される」
「だから!」
一瞬にして、兄貴と呼ばれる男の前まで走り込み、おもいっきり『金的『を蹴り上げる。兄貴と呼ばれる男は前のめりに倒れ「おぉぉぉ」と悶絶した。
「だからさ、ヤベー奴らなのは分かったよ。そいつらは、どこにいる?人数は?ヘッドの名前は?」
男を軽蔑の目で見下ろしていた。そこに・・・
「素晴らしいね!ワタナベシュン」
エデンの都 大原一哉 @ichiya_oohara
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