第3話 不良高校生の放課後

 階段のところまで逃げてくると、澪とつばさが追い付いてきた。


「もう瞬くん、いきなり走り出すんだもん!」

「瞬くん、すごーい!絵里ちゃん、顔真っ赤にして、怒ってたよ!」

「ははは、絵里は怒ると、いつも顔真っ赤だもん、赤鬼」


 かかかと笑って、胸を張る瞬。そんな瞬を、澪は呆れ顔、つばさはおかしそうに笑って、一休みする。息が整ったところで、3人一緒に歩き出す。向かう先は1階の図書室だ。

 図書室には、奥に図書委員が使用する司書室がある。そこに裏戸があり、そこには学校の中でも死角と言える場所がある。そこでつばさは、学校周辺に住みついている猫達にエサを与えていた。その中でも、尋常でない大きさの猫がいる。名をゴエモンという。学校周辺の猫達のボス的な存在だ。つばさが特に可愛がっており、学校がある日は、毎日エサを与えているのだった。澪とつばさは親友だった。澪も動物好きのため、こうして、たまにつばさに付き合い、ゴエモン達にエサ、もといゴハンを与えにいくのだった。

 3人一緒に階段を下りる。校舎は下校する生徒、部活に行く生徒で活気に溢れていた。つばさは、るんるんと幸せそうだ。だが、それに反して、澪の方は不満そうな顔で、瞬の方をチラチラと見ている。いい加減に気になるので、瞬から澪の方へ話しかける。


「なに、澪」

「えっ?なにって?」

「そうチラチラ見られると気になるんだけど」

「み、見てないよ」


 はぁとため息をする瞬。そんな二人をつばさがニヤリと笑みを浮かべ、話に入ってくる。


「瞬くん、本当は分かってるくせに。わざわざ聞かないのー」

「はぁ?分からねーし」

「またまた! 澪ちゃんはさっき教室で、瞬くんと絵里ちゃんが仲良くしてたことにちょい悪ジェラシーなのです」

「ちょい悪って、可愛くねー」

「ちょっとつばさ!」

「いいじゃないの~、これから二人とも『同じ家』に帰るんだから、その前に片付けておいた方が良いでしょ?」


 つばさは、面白そうに、どこから出してきたのか、猫じゃらしを取り出して、あろうことか、澪に向かって、ほいほいとふりだした。澪もさすがに呆れて


「もう、つばさ、私は猫じゃありません」

「猫だよ。可愛い子猫ちゃーん」


 つばさは、澪に向かって、高速で猫じゃらしをふる。


「これが嫌なら、瞬くんにちゃんと言うのだ!」

「えっ?・・・うん」


 その返事につばさは満足したのか、前を向いて、猫じゃらしをふりふりして、歩き出す。おずおずと澪が、今まで呆れ顔で、その光景を眺めていた瞬へ話しかける。


「瞬くん、絵里ちゃんのこと、どう思ってるの?」


 ど真ん中のどストレートの質問だった。これだけでも澪が瞬のことをどう思っているのか、透けてみえる。だが、瞬はたいした動揺も見せず、淡々と答える。


「べつに、ただの友達、クラスメイトだろ?」

「うん・・・」


 澪は一応頷いているが「納得できない」という顔に書いてあった。瞬はため息一つ、補足する。


「それに、絵里を優先するなら、さっきだって、スタバに行ってるよ。ちゃんとこっちに来てるだろ」


 瞬は澪の顔を見ずにぶっきらぼうに、そう言った。澪はその言葉にハっとして、瞬を見つめ、やがて、笑顔になり、「そうだね」と嬉しそうに言った。猫じゃらしを振っていたつばさも一件落着と見て、話に入ってくる。


「うむうむ!良きかな良きかな!瞬くん、ちゃんと澪お姫様を守ってあげなきゃダメだよ!最近はなにかと物騒なんだから!」

「なんだよ、藪から棒に。まぁ確かに、今このへん、タチわりー【MAD(マッド)】がしゃしゃってきてるけどさ」

「MAD?なにそれ?なんとか動画?」

「ちゃうっちゅーなん。最近、渋谷で調子のってきてるチーム【MAD(マッド)】確かシライとかやつがヘッドだったかな。もうやりたい放題。通行人を脅して、カツアゲ。深夜の集会、クスリに、怪しげのパーティ、とにかく女も男もヤバイ奴らばっからしい。特にヘッドのシライはかなりキレタ奴らしくて、翔も気をつけろって言ってたな。一回、翔のチーム【青天(スカイ)】とかちあって、翔とそのシライってやつがタイマンはったらしいんだけど、外見ひょろ男のくせに、妙に動きが良くて、豹みたいだったってよ。しかも、人を傷つけることに、こんなに躊躇がないやつははじめてだって、翔が言ってた」

「なにそれ、こわーい!」


 と全然怖くなさそうに、きゃーと悲鳴とも歓声とも取れない声を上げるつばさ。瞬と澪は顔を見合わせ、苦笑する。


「なんだよ、物騒って、その話じゃなかったのかよ。」

「うん。私の話は少し違うんだよね。なんか最近、渋谷だけじゃなく、都内で失踪事件が増えてるんだって。失踪してるのは、家出中の女の子とか、あとは、その、道端に立って、違法に売春してる女の人とか。それに、男の人でもホームレスの方とか、危ないクスリやっている人とか」

「つまり、あまり表立って、捜索がされにくい奴らが消えてるってことか?」

「うん。でも、最近では、なんか資産家の子とか、モデルの子とかも失踪してるって、図書室で誰かが噂してるのを聞いた」


 さっきまで明るい表情だったつばさもさすがに話題が話題だけに少し真面目な表情になる。瞬も澪も同様だ。校舎もさっきまでの活気はどこへやら、人がいなくなっているのだろう、少し静かだ。


「まっ、あとで翔に聞いてみるさ。あんまり気にすんな。翔のチーム【青天(スカイ)】がいる限り、渋谷で好きにはさせないさ」

「瞬くんもいるしね!」


 澪は自信満々に答える。瞬は照れ臭そうにそっぽを向いた。澪は、瞬がいる限り、自分の周りには、どんなに危険な状況が起きても大丈夫と信じて疑わなかった。そう、瞬がそばにいる限りは。



 そうこうと話している間に図書室の前に着いた。奥の司書室は、こぢんまりした書庫のようだ。そのさらに奥に裏戸がある。そこから外に出ると、小さい丘になっており、丘の上には道がある。なので、裏戸前のスペースは、そんなに広くはない。

 

 そこに・・・


 5~6匹の猫が行儀よく座っていた。しかも、一切鳴き声をあげない。ただ、出てきたつばさをつぶらな瞳で見つめていた。


「わぁー偉いねぇ!みんな、静かに待ってたんだねぇ!偉い偉い!可愛い可愛い!」


 つばさは、今にもとろけそうなほどの笑顔を浮かべ、エサの缶を一つ一つ空けて、紙皿の上に乗せていく。猫なら、それを見るなり、飛び交ってきそうなものだが、微動だにしない。ただ、エサを見つめているだけだ。澪と瞬も紙皿に乗せる作業を手伝う。五、六個くらい缶を紙皿に乗せる作業を終えると、つばさは、満面の笑顔で『お友達』を見つめると


「どうぞ、召し上がれー」


 すると、猫達の中心にいた、一番大きい、猫というのもおかしなデカイ黒猫が、のそのそと動き出し、一番エサが多い紙皿のところへ行き、もそもそと食べ始める。少し食べた後、つばさの方を見て、大きな口を開け、「にゃー」と鳴き声をあげた。つばさは、そのデカ猫、ゴエモンを見ながら、にっこりと微笑む。それから、別の猫達も次々とエサを食べ始める。

 まるで動物園のサルだな、と瞬はこの光景を見るといつも思う。まずはボスであるゴエモンが食べる。それから、つばさの方を向いて、にゃーと一鳴き。たぶん「いつもありがとう、つばさお嬢。そして、お前達もいただきやがれ」といった感じかなと、ゴエモンとその部下達(猫)を見ていると思う。


 つばさはすでにトリップ状態で、猫達をわしゃわしゃと撫でまくっていた。どこかの動物王国のあの人を思わせる。それともわざなのか。澪の方は、いつの間にか牛乳を用意していた。


「この子には、こっちの方が良いんだよね」

 

 そう言って、牛乳をプラスチックの容器に注ぐ。そこに子猫が寄ってきた。にゃあにゃあと小さい身体で一生懸命にミルクを飲む姿が可愛らしく、愛らしい。澪はそんな子猫を幸せそうに撫でていた。瞬は、そんな澪を優しい目で見つめていた。澪がこんな風に幸せそうに笑っていると、瞬は心底安心するのだ。

 少し前まで『澪がこんな風に笑えるようになるとは到底思えなかった』からだ。そんな回想に入ろうとしていると、裏戸の横から人影が現れた。


「ははは。癒される光景だな」

「翔、どうした?」


 瞬の親友、渋谷のチーム【青天スカイ】のヘッド、木村翔がそばまで来て、優しく笑っていた。細くしまった身体、綺麗な金髪、純日本人のくせに日本人離れした風貌。瞬が男性アイドルなら、こちらはハリウッドの若手俳優のようだ。


「いや、邪魔して悪い。瞬、お前にお客さんだ」

「げっ、翔が呼ぶにくる奴って、面倒な予感しかしないな」

「まぁ、アタリだな、校門で待ち伏せだ」


 瞬は、はぁとため息をついた。心当たりはある。たぶん一昨日の件だ。それを聞いて、澪は急に立ち上がった。びっくりした子猫達が、ふぅふぅと威嚇している。「あっごめんね」と子猫達に謝ってから、澪は瞬に向き直る。不安な表情をしている。


「どういうこと?瞬くん」

「いや、まぁ、日頃の行いってですかねぇ。まっ、行ってくるわ」


 瞬はそう言って、翔と一緒に校門へ向かおうとする。

澪もつばさに「あたしも行ってくるね」と言って、ついてくる。


「おいおい、お前まで来るなって」

「瞬くん、すぐ無茶するから監視役!」


 澪は真剣な目で瞬を見返した。こうなると澪は、頑として言うこと聞かない。普段穏やかにくせに、瞬の事になると周りが見えなくなるのが、藤田澪という少女の性格の根幹にあるものだった。そんな様子を見て、翔はニヤリを笑ってから


「いつも通りだな、瞬と澪は」

「もう翔くんまで!翔くんもに言ってやってよ。お前には不良は似合わない、危ないことするのはやめろって」

「まぁ、似合わないことはないな。俺のチームに欲しいくらいだし」

「勘弁してくれ」

 

 翔のチーム【青天(スカイ)】は、青を基調とするチームだ。渋谷を拠点とする中高生を中心とした不良の集まりだった。不良なので、悪さはするものの、チームのメンバーを気の良い奴らだった。気が合う仲間で集まって、わいわい騒ぎたい、そんな奴らだった。


「なんにしても、私もついていくから!」

 

 澪はふんふんと鼻息を荒くし、瞬と翔の後についてくる。


「はぁ。じゃあ、いざって時は隠れてろよ!」

「・・・」

 

 無言である。目で、瞬に行くなと訴えている。

瞬は無理やりに目を逸らし、翔に小声で、さっき話題に出た話を聞く。


「翔、最近、このへんで失踪事件って増えてんのか?」


 瞬の問いに、今まで軽い笑顔だった翔が、鋭い不良チームのヘッドの顔になる。


「お前の耳にも入ってくるようになったか。あぁ、うちのメンバーではいねーが、知り合いが失踪したってやつはいる。しかも、多いのが女の子だ。それに、ホームレスやら、ヤク中やらも。昨日までいたやつがいきなり消えるらしい。でも、共通してるのが、なんかヤバイ奴らが絡んでたって話だ」

「ヤバイ奴ら?ヤクザか?」

「いや、組は絡んでない。今のヤクザは表立ってそんなことはしない。ヤクザ、半グレ、そういう奴らよりももっとヤバイ。後先考えないテロリストみたい連中だ。うちのチームでも、今、探らせてるんだが、ヘタには動けない。ヘタに動くと、その怪物に喰われるかもしれないからな」


 瞬は『テロリスト』という単語が妙に耳に残った。そんな奴らがもしかしたら、自分の周りにいるかもしれない。自分の家族、友人に危害が及ぶかもしれない。


―――そんなことは、絶対に俺がさせない。今度こそ、俺が守るんだ。

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