第2話 不良高校生の日常

「おし、おし!」


 ここは、教室。東京都渋谷区にある、都立高校の二年一組の教室だ。窓側の一番後ろに座っている渡辺瞬わたなべ しゅんは、自分の机の上で、トランプのピラミッドを作っていた。現在、三段目が完成。手に汗に握る展開だった。

 瞬は一度、周りを見回した。本日最後の授業は、日本史だ。日本史というだけで、睡魔が小躍りしているかのようにクラス全体が眠そうだ。こんな時は、イタズラでも仕掛けて、クラスのみんなをビックリさせたくなるが、今は目の前の『仕事』に集中だ。

 整った顔立ち、明るい茶髪、シルバーのピアス、細見だが締まった身体は、遠目で見れば男性アイドルの一人に見えなくもない。ただ、気の強そうな瞳は、今は面白そうに、キラキラと輝いている。顎に手を置いて、ふーむ、次はどうするか、と考えている。クラスのみんなも、それに気づいたのか、面白そうに、瞬の机を見始めている。


「よーし、ではでは・・・」

 

 四段目を作ろうとして、二枚のトランプを置こうとした瞬間、右ポケットに入っているスマホが震えて、手に力が入り、せっかく作ったピラミッドがバラバラと崩れる。

 絶望の表情を浮かべながら、右ポケットに入っているスマホを取り出し、画面を見ると、スマホの無料通話アプリ『LINE』からメッセージが一件入っていた。


エリ 『今日、暇?』


 瞬は、自分が座っている窓側一番後ろの席の右斜め前方向を睨めつけると、金髪の女神を思わせる美貌の持ち主、赤瀬絵理あかせ えりが、手を口に当てて、プププと笑いを堪えるフリをしている。チッと舌打ちすると、急いで『LINE』で返信する。


シュン 『暇じゃない』

シュン 『てか、俺のピラミッドが(怒)』


 絵里が瞬のメッセージを見る。こちらをチラッと見て、返信する。


エリ  『あたしのせいじゃないし(笑)』

エリ  『スタバに新しいメニュー入ったって!』

エリ  『帰りに行かない?』

シュン 『行かない』

エリ  『は?強制だし』

 

 瞬は絵里からのメッセージを見てから、絵里の方を見る。うんうんと、微笑を浮かべ、頷いている。いいから来い、強制、という意味らしい。癪に障る。ちなみにスタバとはアメリカを本拠地とする、人気のコーヒーチェーン店のことだ。


シュン 『今日はスゲー忙しくなる予定だからリームー』

エリ  『りーむー?』

シュン 『無理』

エリ  『無理とか無理』

エリ  『つーか、あたしが誘ってんのよ』

エリ  『モデルの阿多氏が!』


 瞬は何かと思った。『阿多氏』?なんだろう。仏の名前だろうか、日本史だけに。阿多氏、あたし。あー漢字変換。思わず、クッとちょっと吹き出してしまった。


シュン 『妙な仏の名前を出すモデルは遠慮願う』


 絵里が怪訝な顔で、画面を見つめて、ちょっとすると、あっと言って、ジロッとこちら見て、返信してくる。


エリ  『いいから、放課後スタバ行くの』


 じーっと絵里がこちらを見てくる。瞬は、ふんと鼻を鳴らし、瞬はチャットをグループチャット、複数人が同時にチャットできる状態へ切り替えて、クラスの仲間全員にメッセージを送信する。


シュン 『金髪の女神エリ様がスタバ奢ってくれるって!』


 その瞬間、無数のチャットが入る。


リュウ  『マジ?!エリ様バンザーイ!』

ショウ  『イエイ!俺、抹茶クリームふらんべ』

リク   『また瞬は(苦笑)』

ツバサ  『いいねーゴエモンも一緒に行けないかな』

ミオ   『みんな、授業中だよ』

リュウ  『出た!澪ちゃん真面目なんだから!でも、委員長キャラ萌え』

ショウ  『竜、キモイ』

リュウ  『はい出た キモイ。いじめですか LINEでもイジメですか』

リュウ  『翔、かっこ悪い』

シュン  『いや竜がかっこ悪いし、キモイ』

リュウ  『うるせー イケメンには俺の気持ちなんか分からないんだよ』

リク   『イケメンがどうとか今、関係ないよね(困)』

リク   『てか、翔、抹茶ふらんべじゃなくて、フラペチーノだよ(笑)』

ツバサ  『でも、実は、本当のイインチョーはあたしなのだ!』

ミオ   『知ってます』

リュウ  『こまけーことはいーんだよ!』

リュウ  『てか、肝心のエリ様から何もないけど?』


 と皆はチャットを一通り終えると、絵里の方を見る。


「・・・・・・」


 地響きでも起こりそうな表情、険悪な目つきで、瞬を睨んでいる。だが、当の本人はどこ吹く風、瞬は、再びトランプのピラミッドを作り始めていた。

 どこかで血管が切れる音がした。


「瞬、あんたねぇぇー!」


 キーンコーンカーンコーン。絵里の叫びは、本日最後の授業終了の鐘とかぶって、途中から聞こえなかった。


 授業終了後、クラスの仲間が、絵里と瞬へ話しかけようとする前に、絵里は瞬に突進していった。まるで雪の妖精を思わせる美しい顔は、今は真っ赤にさせている。


「瞬!あんた、あたしを舐めてるでしょ?!」

「いや、舐めるって、そういう趣味ですか、エリ様」

「この、口ばっか!」


 絵里が、瞬のカバンをかっさらい、勢いに任せて、瞬の頭めがけて振り下ろしてくる。


「あぶね!」

 

 瞬が横っ飛びで避けたので、カバン(瞬の)が少しだけ机をかすめる。そのとたんバラバラと、再びトランプのピラミッドが崩れる。瞬が驚愕し、思わず叫ぶ。


「あー?!なにすんだよ?!俺のピラミッド?!」

「まだやってたの?引く」


 絵里は呆れ顔で、瞬を見る。瞬は、絶望の表情から怒りの表情になり、


「許さんぞ!この金髪ビッチ!こうなったら!」


 そう言って、瞬は、教室の後ろの方へ飛び、助走をつけ、身を屈め、急に絵里の方に突進していった。一瞬にして、絵里の目の前まで行くと、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。絵里は驚くばかりで動けない。そこで瞬は、さらに身を屈め、いきなり、右手を左斜め上の方向へ素早く、刀を切り上げるような動作をした。その瞬間


『絵里の短いスカートが見事にめくられた』


「な、な?!」


 絵里は反射的に手でスカートを押えていたが、何が起こったのか、理解できていない。クラスの時間が一瞬止まったような静寂だ。そんな中、瞬がドヤ顔で言う。


「またつまらぬものをめくってしまった、ふっ」


 爆発でも起こったように、教室内が、阿鼻叫喚の叫び声、奇声、悲鳴に溢れかえる。


「きゃあああああ!この変態!バカ!スケベ!死ね!」


 絵里が奇声をあげながら、再び瞬に襲いかかってくる。瞬は、騒然とする教室内を器用に、机の間をすり抜け、教室前方のドアの前まで来て、捨て台詞を吐く。


「へへ!俺のピラミッドの怒りだ!」


 そして、ドアを開けて、逃げようとするが、ドアの前に担任の磯野先生が仁王立ちしていた。薄くなった頭は逆光により輝いている。だが、顔は鬼の形相だ。


「バーカモン!」


渾身のゲンコツを食らわせられる。


「いててて。あの海坊主」


 帰りのホームルーム。瞬は、頭のタンコブをさすりながら、一人愚痴る。絵里がさっきから、ジッと怒りの視線を向けているが、無視だ。こっちは本当にダメージを受けているのだ。でも、顔じゃなかっただけマシか。そんなことを考えていると、帰りのホームルームが終わる。どうすっかなぁと背伸びをしながら呟くと、絵里が黙っていなかった。


「あんたはあたしとスタバでしょ!」


 絵里はすでに、瞬の席の目の前で立っており、腰に手を当てて、すっと背を伸ばして、見下ろしている。瞬はそんな絵里をジト目で見ながら


「なんだよ、二人でかよ?」

「べ、べつにいいじゃない!なに?文句でもあるの?」

「ないけど・・・おーい、澪もいかね?」


 その言葉に、教室のちょうど真ん中の一番後ろに座っている、別の女子と話し込んでいた女の子、藤田澪ふじた みおが振り返る。

 黒髪のセミロング、大きな瞳、綺麗なピンクの唇、絵里とはまた違う魅力、清楚、貞淑、おしとやかといった言葉がよく似合う純日本美人だ。


「えっ、瞬くん、なに?」

「だから、澪もスタバいかねーかって」

「んー、どうしようかな・・・」


 と指を顎に当てて、首を傾げて困り顔である。なぜなら、そのやり取りを絵里がじーっと見ているからだ。怒ってもいないし、割り込んでもこない。ただ、じーっと見ている。そんな状況に耐えかねたのか、話し込んでいた女子、北野きたのつばさに話を振ってみる。


「ねー、つばさもどう?」

「スタバ?いいねぇ、行きたーい!わたし、ミルクレープが食べたい!はぁぁぁ、想像したら・・・はぁぁぁ」


 すでに食べる気満々なのか、メガネをかけた瞳をキラキラさせながら、両手を頬に当てて、幸せそうな顔している。いつもニコニコほんわか天然、それが、北野つばさだった。しかも、かなりの食いしん坊で、常に何か食べている。それなのに、身体は全然太っていない。ただし、胸だけはかなり自己主張が強く、クラスで一番大きい。そんな幸せそうにしていたつばさだが、すぐにハッとなって


「はう!ゴエモン達にゴハンあげなきゃだから、無理だ!」

「そうなんだ、じゃあ、わたしもいこうかなぁ」


 とそう言って、澪は、上目使いで、瞬を見る。絵里も見ている、こちらはジト目で。

瞬は心底面倒になってきた。


「じゃあ、おれもゴエモンの顔でも拝みにいくかな」

「なっ、瞬?!ちょ、それどうい・・」


 絵里が言い終える前に、瞬は身体を思いっきり屈めて、ニヤリと意地の悪い笑み。絵里がハッとして瞬時にスカートを押える。クラス中の視線(特に男子)を集める。が・・


「へへ!お疲れちゃーん!」


 瞬は既にカバンを持っていた。いきなり走り出して、澪とつばさの肩をトンと叩き、行こうぜという合図を送り、そのまま走って教室後方のドアをおもいっきり開けて、廊下に出てしまう。こらー、瞬ー、という絵里の叫びが聞こえなくなるまで、走って逃げる。廊下から浴びる日の光が気持ち良かった。

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