エデンの都

大原一哉

第1話 プロローグ

 人間が生きる目的は、幸せになることだ。だが、人間が本当に幸せになるためには、それに見合う悲劇が必要だ。人間は悲劇を乗り越えてこそ本当に幸せになれる。俺達の使命はその悲劇を生み出してあげることだけだ。



 スマートフォンの無料通話アプリ『LINE』のとあるグループチャットの履歴、グループ名は『虹色の大罪』とある。アカウント名には、七つの大罪と虹の構成色を組み合わせた名前が並ぶ。


傲慢の青 『そろそろ次のゲームが始まる』

怠惰の水色『これまでのゲームと違って、時間も労力も資金も使ったよね』

強欲の橙 『やれやれ、儲かられねーのに、よくやるぜ』

傲慢の青 『【橙】には分からないかな。使命感というやつさ』

嫉妬の黄 『それで人を殺してりゃ世話はないわ』

憤怒の赤 『【青】よ、お前の行動に納得できない場合は、私がお前を断罪する』

傲慢の青 『大丈夫。1か月後の【研究発表会】では【赤】を納得させてみせるよ』

暴食の緑 『何でもいいから、面白くしてよ?じゃないと、俺が面白くするから』

色欲の紫 『【青】様のご武運を御祈りしております』

傲慢の青 『みんな、期待してくれ。今回は私自ら、プレイヤーとして、事件に関わる』

嫉妬の黄 『大丈夫なの?足とかつかない?』

傲慢の青 『時にはリスクを負わないと、良い成果を得られないからね』

怠惰の水色『大丈夫!僕がサポートするから!証拠が残るわけがない』

傲慢の青 『それに今回から対戦者ができる』

暴食の緑 『へー?どこのどいつ?』

傲慢の青 『不良な高校生、金髪碧眼の天才少年、デブ刑事のトリオだ』

傲慢の青 『彼らが、私達の追跡者になり、宿敵になる。そして、私の大願へと導いてくれる』

 

 満足気に『LINE』でのチャットを終えて、『傲慢の青』は【プレイヤーとして参加している舞台】へと戻ることにした。


 ここは日本、とある廃墟だ。しかし、内装は外見とはまるで違う。中世ヨーロッパの『玉座の間』ようだ。その『王座』に一人の男が座っている。黒髪に、凶悪な光を放つ黒い瞳、ただ、顔立ちは整っており、黙って座っていれば、なかなかのイケメンだ。

 しかし、目の前の光景がそれを否定している。その男の周り、特に『下半身』の周りに、複数の半裸の女性が群がっていた。彼女達が好きでそのような行為をしているわけではないことは顔を見れば、一目瞭然だ。困惑しており、それでも男の機嫌を損ねないように、必死に『奉仕』をしている。そんな異常な光景だった。


 玉座は、豪勢で、堅牢なものではなく、機能性重視の黒塗りの椅子、大企業の重役が座るような椅子だ。玉座の間の明かりは、蠟燭の灯だけで薄暗い。その玉座の間には、かなりの人数が壁越しに立っていた。老若男女様々な人間がいるが、一目見ただけで、健全な人間達ではないことは分かる。そんな異常な状況の中、玉座の男が自信満々に言い放つ。


「これはお前にとっても、俺達にとっても、そして、この国にとっても、革命になる!」


 男は、下半身に感じる快楽もあって、昂揚感に満ち溢れた表情をしながら、立ち上がって、目の前の『少年』に向かって叫ぶ。突然、男が立ち上がったため、女性達も慌てて、移動する。


「おいおい、そんな奉仕じゃ王様を満足させることはできないぞ、牝ども!満足させないと、また『お仕置き』しちゃうぞ?はーはーっはっは!」

 

 王を自称する男は、女性達をまるで動物を見るような目で、ふざけ半分にからかう。それでも、女性達には効果絶大で、女性達の顔が一瞬強張り、奉仕にさらに力が入る。


 『少年』はそんな異常な光景を目の当たりにしているというのに、王の男の方を向いていない。少年が青ざめた顔で見つめているのは


 目の前で『妹が半裸で縛られている光景』だけだった。


 しかも、その少女の首には切れ味が鋭そうなナイフが赤いバンダナを顔の下半分に巻きつけた『見覚えのある男』によって、突きつけられている。

 少女は、涙を流しながら自分の兄を見つめている。そんな妹の姿を前に少年は震えながらも強い口調で言い放つ。


「これを、これを実行すれば、ほ、本当に妹を解放してもらえるんですか?」

「当然じゃないか!これを実行した日には、必ずお前の妹を解放にすると約束しよう。それに、お前がしっかり大義を成せば、褒美も取らす!この王は寛大なのだ!はーはっはっはっは!」

 

 王の男は、右手を差し出して、握手をするように、フレンドリーさをアピールしながら、高笑いしている。玉座の左右には、玉座と同じような椅子が設置されている。右隣には、縁のないメガネをかけた知的だが神経質そうな男が、無表情で少年を見下ろしている。左隣には、若いが、妖艶な雰囲気を漂わせた女性が柔和な笑みで、少年を見ている。

 そんな三人、妹と赤いバンダナの男を前に、『大義』を実行するか否か、少年が苦悩の表情を浮かべていると、王の男は、悪い微笑を浮かべ


「結城君、君には今の状況がまだ理解しきれていないみたいだな・・・」


 そう言って、赤いバンダナの男へ顎で指示を出す。その瞬間


『きゃあああああああああああああああああ』


つんざくような少女の悲鳴が広いホールへ響き渡る。


 赤いバンダナの男が少女の背中へ、いきなりナイフで切りつけた。透き通るような白い肌に、痛々しい赤い斜めの線が入る。赤いバンダナの男が血の滴り落ちるナイフを再び少女の首へもっていく。

 少女は嗚咽を漏らしながら、顔を下に向け、兄の少年の方を見ないようにしていた。少年はパニックで動けなかった。今、どこにいるのか、なぜ、目の前で妹が涙を流しているのか、理解できない。


「結城君、次は、もっと赤い、赤い、花火を見せることになるが、それでも良いのかい」


 王の男は、優しげな口調だったが、目だけは、今までで一番凶悪の光を放っていた。少年は理解した。自分がやらなければ、妹は殺される。


「やる!ぼ、僕がやる!だから、妹は助けてくれ!」


 もう自分がなにを言っているのかさえ、よく分からなかった。自分が言っている『やる』とは何をやるのかということさえ、忘れてしまっていた。でも、やらなければ、目の前で『妹が殺される』ということだけは分かった。


「ふぉぉぉぉ!結城君!君は今日、英雄になる!諸君、英雄に讃嘆を!」


 王の男が天に仰ぐように両手を広げ、ホール全体に響き渡るように、叫ぶ。王の間を囲んでいた人間達の咆哮が響く。地鳴りでも起こったようだ。

 そんな中、少女は兄の少年の方を向いて


「ごめんなさい」


 と弱弱しい声で言った。実際、少女の声は少年には届いていないが、唇の動きと表情でなにを言っているのか、少年は理解できた。


 少年は弱弱しい微笑で「大丈夫」とだけ言った。そして、目の前のテーブルにあるものを見つめた。長方形状の粘土のような物体、そこから伸びている何本もののコード、意味ありげなタイマー。また、地図も広げてある。首都圏の地図で【渋谷】の箇所に大きく赤いマジックでバツマークが書かれている。


 少年は、王の間の、地鳴りがするような怒号、王とその側近、妹と赤いバンダナの男、それら全てがもう見えていなかった。瞳の色を恐怖から『異常な色』へと変化させながら


その『爆弾』を見つめていた。

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