第7話 Another End
足を棒のようにして走り続けた私たちは、ようやくアスファルトで舗装された大通りに辿り着いた。街灯が次々に明かりを消して、夏の暑い陽が西の空を白く染め始めている。私と由佳は、お互いの顔を見合わせて、安堵の笑みを浮かべた。
あの男は、もう追って来ないだろう。あの白い浴衣を着た少女が私たちを助けてくれたのだ。それが何であるのかは判らない。ただ、肩の荷が下りていくことだけが確かだった。
私たちは無人の駅へと入り、古びて所々割れている青いプラスチック製のベンチに腰かけた。あまりの安堵感の広がりに、全身の力がスッと抜けていくのだ。私たちが、暫く、仮眠をとっていると、夏の照りつける日差しが両瞼を叩いて、目覚めを伝えに来た。
私たちが眼を覚めました時、陽は高く登り始めていた。時刻は午前六時。雀たちが鳴いて、爽やかな風が頬を撫でてくる。私は大きな欠伸をした。まるで、長い夢でも見ていたかのように、目の前がぼんやりとしている。由佳も憔悴しきった表情で私を見つめる。
「警察に電話しよう」
私はスマートフォンを取りだし、警察に電話をする。正直、何を話したのか、良く覚えていない。とにかく、事の顛末を冷静かつ慎重に話すように努めたのは間違いない。
結局、私たちは、この駅で警察の到着を待つことになった。十分ほどしてから、ようやくパトカーが到着する。二人の警察官が下りて来た。二人の警察官は私の左肩の傷を見ると、直ぐに応急処置をしてくれた。
私たちは何を話したのか忘れたが、身ぶり手ぶりを交えて概要を話した。要領をあまり得れなかった、そのうちの一人の警察官が山の中へと入って行った。その間、もう一人の警察官と私たちはパトカーの中で事情聴取を受けることになった。
由佳はその状況を思い出したのか、興奮し、饒舌にまくしたてるように喋り散らかしていた。私は、その合間、合間に相槌と状況について補助をしながら、事情聴取は進んだ。
それから、おそらく山に入った警察官が何かを見つけたのだろう。その間に次々と警察と救急車両が山の駐車場へと入ってきた。多くの警察官や救急が山へと駆け上がっていく。その姿を私は目でやりながら、何処か不安な感慨が襲ってくるのを禁じ得なかった。
やがて、私たちが乗っているパトカーの無線から真紀と男の遺体が発見されたとの連絡が入った。それから蜂の巣を突いたように、騒然とした現場は警察関係者たちが走り回していた。真紀と男の惨殺体が青いシートに包まれて、山を下りてくる。ブルーシートの間から生々しい赤い鮮血が滴っていく。私と由佳は思わず目を瞑った。
やはり、私たちが見たものは夢などではなかった。でも、どうして真紀が、あんな残酷な殺され方をしなければならなかったのだろう。私の疑問は涌き出ては消え、湧き出ては消える。もし、謎を解く事が簡単であるならば、誰も傷つけずに終わる終わり方もあるのだろう。
それから、警官たちが辺りで話しているのを聞いてみると、どうやら、景子の遺体収容は寺務所が倒壊し、今、直ぐには困難だと言っていた。何ともやり切れないことだ。私を殺そうとしていた景子、自らが死ぬ事になるなどと思っていたのだろうか。
その後、私たちは病院へと搬送され、検査を受けた。特に肩の傷も骨には異常がなく、縫うような大怪我でもなかった。ただ、その後が長かった。それは容疑者扱いに似ていた。私と由佳の狂言。謀略説など、長期に渡って警察の取り調べを受ける羽目になったのだ。結局、男が振りかざした鎌が私の肩に刺さっていた事や真紀や男を殺害した、証拠が見つからなかった事などから解放された。
その間に、あの寺務所を解体して穴の中を探したそうだが、複数の骨が見つかった。あまりに多すぎて、誰の骨だか区別もつかなかったそうだ。ただ、全ての骨のDNA鑑定をした結果、景子の骨は無かったとの事だった。景子の骨は一体、何処へ消えたのだろうか。
あれから一年半が過ぎ、春を迎えた。高校を卒業し、大学に進学した私は新たな道を走り始めた。当時付き合っていた彼氏とも、同じ大学に進学し、私は春を謳歌しようとしていた、ある日の事だった。
学食で昼食をとって、教室へ戻ろうとしていた時だった。後ろから
「裕美!」
と、そう叫んだ人物が居た。その声は聞き覚えのある声だった。そして、振り返り、私は絶句した。
「えっ?あなたは?あの時の・・?」
「ふふふ・・私の事が判るの?」
私は肩を震わせながら頷いた。あの時、男から助けてくれた、あの浴衣の少女ではないか。
「そう、ようやく、帰れたわ。元の場所へ」
その女は辺りを懐かしそうに見渡していた。私は恐る恐る訊ねてみた。
「もしかして、あなたは景子と真紀、景子のお父さんを生贄にして、生きかえったの?」
「ふふふ・・・。そうよ。でも、景子は違うわ。また、復活したもの」
「な、何ですって!」
私は驚愕した。あの景子が生きている。
「ふふふ・・。何よ!まだ、気づかないの?私はね、アイツらを踏み台にして、復活したのよ!裕美!今度こそ、逃がさないわよ!」
景子の声がどす黒く響いた。
「今度は、お父さんを甦らさなきゃいけないんだよ!」
そう笑った景子の口の中は、どす黒く濡れていた。私はただただ、背筋を凍らせるしかなかったのである。
-了-
怨霊寺 ~Another End~ 伊藤 光星 @genroh_X
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