異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【17】
【17】
「これが、私の師の話だ」
「ほう」
あるダンジョンの深層。
ダンジョンとは思えない、夜の草原が広がる空間。
そこに、二人のエルフがいた。
そこは、時代を越える階層だ。二人は別の時代で産まれ、縁あって今この時、冒険を共にしている。
二人共、まだ青年である。
似たような軽鎧と同じ緑のマント、顔もよく似ていて、帯びた剣まで似ていた。
その剣は、ドワーフ製だ。
儀礼的なデザインで、刃を肉抜きして軽量化を図っている。素早く、それでいて盾や鎧をバターのように切り裂く。
銘は、コールドライト。
世に二つとない名剣が、ここには二つ存在していた。
「認識妨害で名はわからんが、特徴を聞くと、君の師はどーにもあいつだな。あいつかぁ。他が良かったなぁ。他に良い師はいなかったのか?」
「はっはっは、いない!」
エルフの一人は、複雑な表情を浮かべた。
もう一人のエルフは、豪快に笑っていた。
似ていても、表情は全然違う二人だ。
いや、もう一つ差異がある。笑うエルフの背には、古びた剣があった。
「ああ、そうだ。これをあなたに渡さなければ」
「?」
笑顔のエルフは、腰の剣を差しだす。
「待て、同じ物を貰っても困る。一つで十分だ」
「では、あなたの息子に」
「息子か。それはそれで過ぎた剣だ」
「ははっ、では魂を継ぐ相手に譲ってくれ」
「魂か。また変なことを。いや、私と君の縁とやらは、もしかすると“これ”なのか。しかし、剣士が剣を譲ってもよいのか? 魂を手放すことに等しいが」
「私には、これがある」
背の剣を引き抜く。
「ほう、それも名のある剣か?」
「いえ」
飾り気のない剣だ。質実剛健といえば聞こえは良いが、悪くいえばよくある剣。似たような物は、何千、何万とあるだろう。
「ただの老人の剣だ。けれども、私の師はこれで全てを斬った。私もそれに近付きたい」
最後に見た剣に、青年はまだまだ届かない。あの光、到達点すら見えていない。それ故に、挑戦しがいがある。人生を賭けるに値する。
「良き師、なのだろうな。あんな女運のないぶきっちょ野郎でも」
「それは言い過ぎだ」
「そいつの最後は………いや、よしておこう。この目で見てやる。さて―――――――」
二人のいる草原に燐光が舞う。
夜が明けるようにも見えた。
「私たちの時代は、別れるようだ」
二人はもう、ここで倒すべき敵を倒した。
それから、随分と長く思い出話をしてしまった。けれどもそれも、終わりのようだ。
二人は立ち上がる。
また、別々の道を進むために。
「一つだけ教えてくれ」
メルム・ラウア・ヒューレスは、エルフの青年に語り掛けた。
「幸せか?」
「………………」
青年は答えようとして、笑顔を崩して言葉に詰まる。
ほんの少しだけ時間をかけ、
「それなりに」
と、答えた。
メルムは、微かに笑った。
夜が終わる。
重なった時が終わる。
青年は一人、殺風景になった無機質な階層を歩く。
すると、一人の男を見つけた。座り込んでカップ麺を啜っている。
男は言う。
「剣は渡せたか?」
「渡せたよ」
青年も座り込んで、男の食料を勝手に漁りだした。
「どうだった。祖父の姿は?」
「確かに顔は良かったが、私の方が上だと思う」
「そうか?」
「父上、思い出は美化されるのだ」
「そうかもなぁ」
青年の父親は、見上げて過去を振り返る。
と、それよりも他に言うことがあった。
「お前、感想それだけ? 他にもあるだろ色々と」
「剣の腕は、私以上だった。でも、五年くらいしたら勝てる、かも。恐らくたぶん。師匠ほどの圧倒的な差は感じなかったかな」
「他には?」
「女の趣味は合わない」
「知りたくない情報だった」
「あっ、シグレ姉の店によく来る治療術師の女性。あの人は実は、祖父の――――――」
「よし止めろ! それも知りたくないな!」
「なんだ父上。知らない血縁を結構発見できたというのに」
「母さんとエアには絶対言うなよ。墓まで持っていけ」
「うむ、私も親戚に手を出しかけていて肝を冷やした。ギリセーフだ。てか、父上が把握しろよ。リスト作ってくれ」
「レムリアの血縁探すだけで精一杯だった。メルムは、女関係はしっかり責任とってると思ったのだが、ほんと思い出は美化されるな」
「レムリア王の血縁なら、私が手を出してもセーフだよな?」
「勘弁しろ。倫理的にギリアウトだ」
「その方が燃えると祖父が」
「よし、ヤメロ、頼むから僕の思い出を汚すな。母さんとか、滅茶苦茶嫌ってたけど最後の最後に見直したんだぞ。しつこいが話すなよ?」
「了解、了解」
青年は乾パンに蜂蜜をたっぷり漬けて食べる。
「父上、ダンジョンのこの先はどうなっているのだ?」
「それなりに混み入っている。進むのか? お前はダンジョンより、世界を駆けまわる方が性に合っているぞ」
「私もそう思う。そういや、祖父は何でダンジョンに潜らなくなったのだ?」
「子供だ」
「それは私には“まだ”な話だな」
「ああよかった。実はもう、五人くらいいるんじゃないかって、エルフの子供見る度に母さんと二人でビクビクしてた」
父は胸をなでおろした。
「私が付き合ってる女性を紹介したら、『もういい』って言ったのは父上と母上だぞ」
「お前が週間で女とっかえひっかえしてるからだ!」
「父上だって、冒険者時代に何人か手出したって叔母から聞いたぞ!」
「出してねぇよ! 未遂だ! 僕は母さん一筋――――――あ、いや、ランシールとテュテュと結婚したか」
「私は、結婚するなら一人だな」
「あ、てめ、都合のいいことを」
「恋は沢山でもいいが、愛は一つだそうだ」
「………それもメルムが?」
「いや、ロージーがそんなこと言ってた」
「失恋する度、うちで泣きわめいてるやつが言ってもなぁ」
「父上が貰ってやれよ。かわいそうだし」
「僕にとって大事なやつだが、なんかもう妹よりも妹というか。身内感が強すぎて女として全く見れない」
「あれはあれで、良い女と思うけどなぁ」
「止めてくれ止めてくれ。本当に止めてくれ、頼むからそれだけは頼む」
「私が命賭けて戦う時より、必死で止めるのな」
「止めるだろ。ロージーがお前と付き合って『ソーヤさん、初孫さんですよ~♪』って言ってきたと思うと、おふああああッ!」
父は、よくわからない悪寒に襲われた。
「父上のボーダーラインがわからんのだ」
「すまんな。惚れる女は選べないが、エルフにしておけ。もしくは長命の種族な」
「じゃ、ロージーでも」
「却下だ。百年くらい悩み込んだ末にそれなら、僕も一考するが」
「んま、ロージーは私を、男として見てないから付き合うとかないけどな」
「父親をからかうな。後、ニセナと、イゾラ、当然エアも止めろよ」
「はっはっは」
青年は笑って誤魔化し、父を不安にさせた。
「そういえば、一個聞きたいのだ」
青年は、祖父にされた質問を父にする。
「父上は幸せか?」
「幸せだ」
即答だった。
「そうなのか」
「そうなのだ」
父が笑う。
祖父に似た微笑だった。
「では、幸せと言い切った冒険者の話を聞きたい。小出しじゃなくて全部」
「はぁ? 嫌だよ」
「はぁ?! 父上、どんだけもったいぶるんだ!? ここダンジョンでも深層だぞ? 同期や、同年代では私一番の冒険者なんだが?! がっ!?」
「でもほら、一応保護者同伴じゃね。卑怯ってか、えこひいきってか」
「父上、後ろで腕組んで見てただけだろ! しかも、結構な頻度でアクビかまして、余所見もしてたの私見てたからな!」
「それは正直すまん。けどなぁ、僕も話とか………………恥ずかしくて」
「うわ、キモ」
「息子に言われても特にこないな。娘に言われたら泣いてた」
「いいから話せ! はーなーせ! 冒険者として追い付いたら、全部話す約束だろ! 母上に約束破ったって言いふらすぞ!」
「わかった。わかった」
仕方ないなぁ、と父は背に隠した本を取り出す。
「ほれ、これ」
「なんだこれ?」
「僕の冒険譚が書かれている」
「うっわ、息子に自叙伝渡すとか。父上めっちゃ恥ずかしいぞ。明日近所に言いふらしてやる」
「書いたの僕じゃないからな!」
本には、『著:マキナ・ロージーメイプル』とある。
青年は、ニヤニヤと笑いながら本を開く。
「仕方ないなぁ、読んでやるか。仕方ないなぁ。父の自叙伝を、父の前で音読してやろう」
「ああもう、勝手にしろ」
「さて、タイトルから―――――――」
<完>
異邦人、ダンジョンに潜る。 麻美ヒナギ @asamihinagi
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