四幕_2
「いいか、くれぐれも気をつけるんだぞ」
連雀は何度も汗でかき上げた
「気をつけるって、何に?」
早く外に出たいと
そっと胸を
「おまえ、さっきの
「……わかる?」
「それくらいはな。初めて仙になったばかりの雛というのは
「……連雀が受け取らないんなら、ちょっと自分で買い物してみようかなって。やっぱり
父が
買い物をすることはあおいの夢だった。
「
「別に買うなと言いたいんじゃない」
調子に乗ってしまったと反省していると、連雀は首を振る。
「俺はこの後仕事があるからついていけない。だから、自分でしっかりと気をつけるんだ。仙貨というものは便利だが、同時に
そのあまりに真剣な
「厄介って?」
「ここは仙の住む仙界だが、お前が思うような夢の世界じゃないということだ」
「それってつまり、仙貨を
「似たようなものだ。仙気を練って作る以上は
「そんなこと、
連雀は厳しく
「いいか、
「彼らが危険って事?」
「必ずではない。だが気をつけろ。いいか、獣精は
「仙になったらお肉を食べてもいいの? ……あぁそういえば、わたしも
連雀はそうだと頷いた。
「肉食なのに肉を食えない獣精の多くは
そこまで言うと、連雀は不安そうにあおいの顔を覗き込んだ。理解できているか心配といった様子だ。
「なによ、ちゃんと聞いてるわ」
「──例えば、あと一〇文の仙貨で昇格のための仙気が
なんだか
もちろん狐が肉食である事くらいは知っている。仙貨がちょうど溜まって仙になれば、肉食の禁が解かれることもわかった。狐はきっと目の前の
(でも狐なんて。小さいし、力も弱いし、ちょっとおどかせばすぐに
むしろ狐は好きだ。
思ったことが顔に出ていたのか、連雀は
「きゃ!」
「おまえは危険意識が低い! 仙気を自在に
あおいはぎょっとした。想像したのは
「ちょ、ちょっと、そんな危険なやつ、鳥界山に住まわせてていいの!? もしかしたら
仙貨を払った途端にぱくり?
途端に青ざめたあおいに、連雀は少し
「俺も昔、目の前で仲間を失った。俺もあいつもまだ仙としては未熟な
そう語る連雀の
(連雀が、雛のとき……仲間を)
以前吉備が言っていた、連雀の過去に関係した話だろうか。連雀は何か過去の出来事を引きずっている、だから
「誰かを
「…………はい」
先ほどまでとは打って変わってあおいが
「仙は不老不死だが死なないわけじゃない。人のように
「……はい」
返事をすると、行っていいぞとばかりにぽんと背を押す。
「
気をつけるんだぞ、とさらに念押しのような声を背に聞きながら、あおいは足取り重く
連雀の忠告を聞いた後では、最近ではすっかりと慣れてきた鳥界山の大路もまた様子が
大屋敷の
(でも確か熊は雑食だし、動物を襲うよりも木の実のほうが好きだって死んだじいちゃんが言ってた気がするから……多分大丈夫)
そう思いながらも、同時にたしか「死肉は好んで食べる。むしろ好物」とも言っていたことを思い出して、あおいはぎゅっと身を縮めて早足で歩いた。ちょこまかと
(もしかして、前は外出を反対されてたのって、こういうことだったの?)
鳥仙として未熟だったころに仲間を失って。同じことを
「だったら、閉じ込める前に言ってくれればいいのに。まあ、連雀らしいけど」
最近自由を許してくれるようになったのは、鳥で言えば巣立ちの練習のようなものなのかもしれない。雛はだんだんと巣から離れてひとりで近くの枝を散策するようになる。危険を
町屋街にたどり着けば、案外肉食の
「
自分にそう言い聞かせて、まずは一つ目の目的の店へと向かった。
白鶴屋の近く、『小間物』の看板がかかった店だ。店先に立てられた棒には大小たくさんの
(よかった、これなら大丈夫)
店主は
店内を見回せば、簪のほかにも紅や
(わあ、いいなあ!)
おどおどとしていたあおいの気分は一気に
金や銀の花簪、
簪の一つ一つを手にとって髪に当ててみる。品
(歩くたびにゆらゆら飾りが揺れるのがいいな。せっかくなんだから、ちょっといいやつ。これとか、これとか、こっちは大人すぎるし、こっちは派手かな。夏だからびいどろのもいいかも。氷みたいで
結局あおいは鴉の仙たちが帰り、入れ
奮発しようと決意してやってきたあおいだったのだが、結局
(あれ、だけど一〇〇文の品に四〇〇文弱の価値の
このままではお
少し迷ったあおいは、じつは入店からずっと気になりつつも無視をしていた品物に目を向けた。紅と白粉だ。
(連雀も、
化粧をして、簪を
あおいは
店主に
三毛猫の店主はやはり
「
「いいの。その巾着、二つともとっても気に入ったから今すぐに使いたいの。簪と化粧道具をその大きいほうの巾着に、釣り銭を小さいほうの巾着に入れてちょうだい。
あおいが
「ありがと。ほら巾着に
「そ……うでございますね。またご
あおいは大きい巾着を手に
大路にでて、あおいはほっと息をつく。
「買い物は楽しいし
のんびりといろんな店をのぞいて回りたかったけれど、あおいはあきらめて吉備の店へと向かうことにした。はじめて仙貨が出せたことを報告したかったのだ。それにやさしい吉備ならきっとあおいの買った簪をほめてくれそうな気がした。
けれど、裏木戸にある吉備の店に行ってみればいつものごとく暖簾は下げられ、吉備もまた留守だった。残念に思いながらあおいは最後の目的の店へと向かう。
少しでも
(彼らだって、多くは懸命に働いて
あおいはふとそんなことを思った。
暑い中行商をしたり、仙を乗せて重い
少し前まで下働きをしていたあおいは、ふと自分の手のひらを見つめた。そこにはまだ
(仙は、お金持ちの
犯罪を許す気持ちはないけれど、江戸で
もちろん
そう思うと、あおいの気持ちは
普通でいいのにおどおどしていたさっきまでの自分が
あおいは
「いらっしゃい。あら、今日は連雀様はご
暖簾をくぐると、赤茶の髪を
しかしそれも本人の意志
「連雀はお仕事。今日はわたし一人で買い物なの。連雀にはお
「ご贔屓にどうも。外は暑かったでしょう、今包みますから冷たいお茶でものんで涼んでから行ってくださいね」
金つばを
金つばの包みを受け取り、あおいは帰路についた。
それでもあおいの足取りはどこか軽い。巾着の重みが嬉しかったし、
生ぬるい風が着物のすそをかすかに
(わたし、すごく気分がいい)
自分でも自覚できるほどに
ずっと練習してきた
自分が仙であるということが、自分にも連雀にも確固として証明できたような気がする。
(初めて出せた仙貨で、初めて自分で買い物ができたわ。
ついつい歩きながら口元がほころぶ。奉公の初給金はあおいが受け取ってすぐに母が取りに来た。あおいは自分のための団子一つ買うこともできなかったのだ。
(お母さん、今どうしてるかな。連雀がいっぱい
地上界の母に会いたいという気持ちは今でもある。けれど帰りたいという気持ちがずっとずっと
その居場所を確固なものにするための第一歩がやはり仙貨を出すことで、それが一時的にでもできたことが嬉しい。
あおいはほくほくとした顔で、大路の先に見えてきた屋敷の門へと視線を向けた。
「──あら?」
彼らはそのまま門の近くでたむろし、あおいが門前に
「ねえ、きみ。ここの屋敷に
「はい。そうですが」
人数は四人、そのうち一人は女仙だった。声をかけてきたのは茶まだらの
「
「……はい」
不安を感じて彼ら一人一人を見回した。瞳の色は男仙は金、女仙の一人だけが大きな黒目だった。
「ねえ、
一人がどこか険のある目でそう言った。仲間たちもそれに同調してあおいを囲む。
「俺も見たい。見せて、早く」
「鳥仙として初めての二世なんでしょう? いったいどんなすばらしい翼を持っているのか、ぜひ知りたいわ。さぞ見たこともないほどの美しい翼なんでしょうねぇ」
「出し
あおいは
もはや
「おいおい、早くって言ってんだろ」
「生まれついての仙だからって、いい気になってんじゃないわよ」
次第に彼らの表情からは、無理やりに浮かべていたような笑みすら消えた。
「……俺らのこと馬鹿にしてんのか?」
「お高くとまりやがって」
「……ちょ、ちょっと、やめてくださいっ」
助けを求めようと屋敷の門を守る
どん、と
よろめいて後ろに
荷物を抱えていたあおいは受け身をとれずに
「…………い、た……っ」
なんとか手をついて上体を起こす。
手を?に当ててみれば、こびりついた砂の
「偽仙、
再び一人がそう吐き捨てる。
あおいが
「あんた、確かに仙気はあるわ。けれど、それがなに?
彼らは
「只人と変わらぬものが、どうして神楽を
「津久見もお前も、どうして資格のないものが毎回選ばれるんだ!!」
「夏の神楽舞には
「ねえ、お前」
女仙がかがみこみ、紅が鮮やかな口の
「舞子に選ばれるために、連雀を
あおいは絶句した。
この女はいったい何を言っているのだろう。
「あのひとがこんな地味な
「なにを……っ」
「青鵬の君には何を
おそらくは、彼女が仲間の言う梟仙の福乃なのだ。神楽の舞子に選ばれなかったことを、しかも選ばれたのが仙気も操れない未熟なあおいだと知って
「連雀を、
あおいはキッと福乃を見つめ返した。
「わたしはたしかに未熟で、仙気を自在にできるわけじゃないけど、だけどそれと連雀は関係がないわ! 連雀は何も悪くない! 彼のことを悪く言うのは許さないっ」
「口ごたえするんじゃないよっ!」
福乃は
痛みは感じなかった。
痛覚を
「連雀のこと、謝って!」
「
福乃が
あおいは
歯を食いしばってあおいは女仙の目を
しかし、
「──やめろ」
割って入った声。福乃の目だけを見ていたあおいは、それでようやく彼女の手が
「……連雀」
地面に近い位置にいるあおいに、立った長身の連雀の顔はひどく遠い。それでもわかるほどに、彼の今の目つきは
「連雀、私は!」
「だまれ、福乃。神聖なる鳥界山で何の
「だけど、この娘は……」
「談判ならいくらでも聞く。だがその前に、
「………………」
連雀が?んでいた腕をはなすと、福乃はそのまま
一度だけ、福乃は振り返った。
(……あ)
それは
それを見て、あおいはわかった気がした。彼女はきっと、連雀に
「
連雀の温かい指が、ためらいがちにあおいの?に
「大丈夫だから。ちょっと、転んだだけ。それよりも、着物
「着物より、お前のほうが心配だ」
「ううん。わたしは
自分が半人前で未熟で、仙貨すらも自在に出せないから。
だから連雀はかわりに仙貨を払い、かわりに
「馬鹿をいうな。立てるか?」
手を差しのべてくれたけれど、それをとることはできなかった。あおいはよろよろと自力で起き上がり、
「……つぶれちゃった」
焼きたてのほかほかだった金つばは無残につぶれ、包みが破れて一部は砂にもまみれていた。
「…………ぅ」
こらえきれなかった。
体中から
「あおい」
悲しくて、辛くて、
「痛いのか、あおい?
あおいは首をふった。世話になりたくない。何もできない自分が連雀に何から何まで世話になるなんて、やっぱりおかしいのだ。
優しく背を押しても動こうとしないあおいに、連雀が
それでも屋敷に入る気にはなれなかった。中に入ればきっと
「どうしたんだ、あおい」
困り果てた様子の連雀。あおいは
あきれ果てた連雀があおいをおいて屋敷に帰ってくれたらいいのに。そうしたら、あおいはきっと泣き
そう思っていると、ふと肩に温かい
「泣くな、あおい。もう泣くな」
「…………ごめ、ん、なさ……」
「なにを謝るんだ。俺が悪かった。あいつらと
「ちがっ、わたしがっ! わたしが不甲斐なくて!」
「歌を、教えてやる」
あおいは泣きはらした目を上げた。見上げた連雀は少し困ったような
「俺がお前に神事で歌う歌を教えてやる。だから、泣くな」
「でも」
「でも……連雀、
「だっ、
一瞬止まった涙が、再び溢れてくる。
「わたし、いても……いいの?」
「どこに行く気だった。鳥界山はおまえの世界だ」
「だって、わたし、何にもできない、し」
「おまえはまだ、
「ちいさかったら?」
「仙の
続きは本編でお楽しみください。
ようこそ仙界! なりたて舞姫と恋神楽/小野はるか 角川ビーンズ文庫 @beans
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